ここでは議会以外の活動を含め、感じたことや考えたことなどを皆様にお知らせし、ご意見や感想をいただきたいと思います。

ご意見ご質問のある方はどうぞ。貴方のメールをくまさんが私のところに運んでくれます(絵の部分をクリックしてください)

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2004年(平成16年)
12月(師走・苦寒)

31日(金)曇りのち雪
 大晦日。曇りから雪が降り出しました。先日の雪と違いさらさらして積もる予報が出ていました。年越しの買い物をして帰ると自宅前の道は早くも積もり始めました。恒例の妻の実家に行く前に自宅周辺の雪かきをする。少し積もったところで雪かきをするのとしないのとでは後で違いますからね。
  さて、今年も様々なことがありました。議会の中では、4月に「三鷹駅北口周辺開発を考える議員連盟」を会派を超えて9名の議員の皆さんと作り、第四期基本構想の中に書き込みをしてくれるように「策定委員会」に要望し、いくつかが記述されたこと。また、8月から9月にかけては大正通りで旅館建設の計画が市に提出されましたが、住民の皆さんと共に集会を開き白紙撤回させたこと。また、9月議会では一般質問で2年前に補正予算を組んで一部実施された「地域イントラネットの計画」がまったく進んでいないことを指摘、改善を要望したこと。そのときに全中学校の校長先生から話を取材をし、この問題以外の話の中から教室への扇風機の設置要望が多いことを受け同時に要望し、来年度は全教室に扇風機が設置されるようになったこと。
 10月23日に起こった中越地震ではホームページに特別ページを設置し市の支援状況をお知らせいたしました。友好都市小国町に対する支援の状況はもとより、そのことが、武蔵野市の震災に対する取り組みが如実に現れると思い報告しましたが、流れを追ってみると武蔵野市の震災に対する取り組みの状況がかなりしっかりしていることが分かったと思います。また、11月22〜23日にかけて現地を視察してきました。10年前の阪神淡路大震災は都市型の震災でしたが、今回は違ったケースの震災でした。日々の議員活動でも感じており、自分自身のモットーとしていることですが、現地を見ることの重要性を改めて感じました。
 また、西久保一丁目では住民の皆さんと取り組んだ交通規制の問題がNHKの番組「ご近所の底力」で取り上げられ取材を受けました。来年放映になるとか。この問題は10年来取り組んでいた問題で、ようやく仕組みがうまく作れたものだけに感慨もひとしおでした。
 ホームページもアクセス数が23,689回を数え1年間で約7,000回を数えることが出来ました。ありがとうございました。また、毎週のようにトップページを飾った写真からNHK学園から優秀賞をもらい機関紙に掲載されたのも嬉しい思い出です。
 また、今年は夏の異常な暑さ、台風の上陸の多さや浅間山の噴火、最後は中越地震と数多くの天災に見舞われ災害に会われた皆さんは今もなお苦しんでおられることを思うと胸が痛みます。
 世界でもつい先日起こったスマトラ沖地震もどれだけ被害が出たのか、これからも増え続ける状況です。イラクでは日本人の人質騒ぎが相次ぎ、犠牲者も出ました。来月選挙は行われるのでしょうか。予断は許せません。その他、様々な問題が起こりました。まだまだ書き足りませんが、来年は皆さんにとって良い年でありますようにお祈りし、1年間のお付き合いに感謝し今年はこれまでといたします。1年間ありがとうございました。

30日(木)晴れ
 朝の散歩の時に、木の花小路公園に行く。寒く、昨日の雪でシモバシラが見れるかもしれないと期待したが思ったほど寒くなかったせいか、シモバシラは見えませんでした。いつか写真で報告したいと思います。
正月を迎える準備で1日過ごす。
 夜は恒例の消防団の陣中見舞いに出かける。今年は総務委員ではないので自主的に五分団と六分団へ行く。議員になった時が総務委員会でしたので、委員会として激励に行ったのが最初でしたが、毎年欠かさず伺っています。これをしないと年が越せません。皆さんは26日から連日歳末警戒のために夜中の1時まで分団の詰め所に詰め警戒してくださっています。本当にご苦労様です。全員が、地元で商売を営む皆さんでボランティア精神溢れる方ばかりです。常に災害時の訓練を受けており、火災はもとより地震などの災害が起こった時に備えてくれています。また、日頃から、青少協の活動や大運動会などにも積極的に参加し、街の文化の担い手でもあります。
 終了後、最後の忘年会へ遅れて参加。これで今年の忘年会はすべて終わりです。ヤレヤレ。  

29日(水)雪
 朝から今年始めての雪が降る。午前中ぐらいとの予測でしたが、結局夕方まで降り続いた。久しぶりに事務所で整理などをして過ごす。
夜は友人の会社の忘年会へ。

28日(火)晴れ
 スマトラ沖地震は予想以上に被害が拡大しているようである。5万人を超えたとのニュースが入ってきた。日本人の死者もかなりの数に上るとか。今年をの世相漢字は「災」だとか。国内外で最後まで「災い」が続いた1年でした。
 門松などを用意する。夜は忘年会1ヶ所。今年は30日まで連日忘年会が続きます。

27日(月)晴れ
 午前中は相談を受けた件で担当課長と情報交換。
夕方より、来年の都議選について仲間の議員と情報交換。
夜は忘年会1ヶ所。

26日(日)晴れ
 朝から築地に買出し。買出しというと大げさだが、新年の用意を築地で買出しをするのが我が家の恒例になっている。当然私は荷物運びのためお供で行く。少し遅れたせいもあるが、昨年よりずっと込み合っていた。こんなところにも景気の上向きを感じる。
 夜は、中央通り西祥会の役員会及び忘年会。来年度神輿を作るという議案が唐突に出され、様々な意見が出される。いつもシャンシャンシャンで終わる役員会もたまには意見が活発に交わされるのは良いのではないか。

25日(土)晴れ

早くも咲き始めた梅

山谷通りにて
 久しぶりに久我山までの道を歩く。
  山谷通りに梅が早くも咲き始めました。昨年もこの梅は咲くのが早いと紹介しましたが、今年も昨年よりはるかに早く咲き始めていました。暖かいせいでしょうか。井の頭公園の梅はつぼみが小さく咲くまでにもう少しかかると思いますが、本当にこの梅は早いですね。
  さすがにここまで来ると市の行事もありません。どのように過ごすかは、議員のそれぞれの判断の時期になってきました。
  午前中は時間が取れたので、カメラを片手に散歩する。先日も紹介した、水仙を始めとして寒い中様々な花が咲き始めていました。また、「コブシ」の蕾もかなり大きくなっていて全体的に暖冬の影響か開花は早いようです。 
 午後から、「けやき幼稚園」の立替の件で、建築中に借りる私有地の近隣に園長が挨拶に伺うのに同行する。
現場が西久保一丁目で私も知っている方が多いので説明をするのも楽でした。閑静な住宅地ですのでうるさいとクレームを付けられるのではないかと園長も心配していましたが、お会いした方の中で4件ほどが、「けやき幼稚園」の卒業生がいるとのことで皆さんむしろ喜んでくれているようでした。立替までスムーズに行くことを願います。
 夜は、武蔵野青年会議所OB会クリスマス会へ。
20年前にわんぱく相撲の始めての実行委員長を努めた話題や昭和62年の議員定数削減運動に夢中になった話などで盛り上がる。

 

24日(金)晴れ
  興銀全面勝訴。
  21日に代表者会議で、この問題について興銀の全面勝訴の予測との市長より報告がありました。予想通りの結果になりました。この結果、武蔵野市でも興銀の吉祥寺支店がありましたので当然還付することになります。金額も2億近くなります。内6千万円が還付加算金となります。国の政策の誤りによって地方自治体も高利の還付加算金を負担することになります。
 立替のために相談を受けているけやき幼稚園から仮設用地が公表出来ると市から連絡があったとの連絡あり。伺って話を聞く。明日近隣に挨拶した方が良いとのアドバイスをし、明日同行する事にする。

  参考 読売新聞12月24日付け夕刊記事より
  国や自治体が計3000億円超を旧日本興業銀行に返還する事態となった二十四日の最高裁判決は、旧住専の処理を巡って国の対応に“ねじれ”が生じる中で、旧興銀にとって住専向け債権の放棄以外に選択肢がなかった当時の状況を重視したものだ。
 「国が、ゴールを指示して(旧興銀を)走らせながら、横から足を出して転倒させたようなもの」。旧興銀側は最高裁での口頭弁論でそんな例え話を持ち出した。一九九六年、大蔵省(当時)が住専処理策に沿って母体行に債権放棄を迫った一方で、国税当局が債権放棄による無税での損金処理を認めず、追徴課税をしたことを指す。
 「住専国会」が紛糾する中、母体行責任を厳しく追及されていた旧興銀は、住専処理法の成立を待たずに債権全額の放棄に踏み切ったが、最高裁も当時の環境を考慮し、旧興銀の判断に理解を示した。
 今回の問題の背景には、戦後の金融界を支配してきた「護送船団方式」の終焉(しゅうえん)に伴う金融行政の混乱があった。大蔵省は母体行に一斉に債権放棄させようとしたが、都銀各行は従わずに、同年六月の住専処理法成立を待って債権放棄。同省の意向に従った旧興銀が追徴を受けた。判決は迷走した国の対応を批判するものとも言え、国税当局は、硬直的な課税が結果的に新たな財政負担を生んだことについて、改めて反省が求められる。
 一方、旧興銀を引き継いだみずほグループは、年7―4%と高利の還付加算金を手にする。住専処理の際に税金がつぎ込まれたほか、その後、みずほグループ自身も巨額の公的資金を受けているだけに、還付加算金の使い道については、国民に説明する責務があるだろう。(田中史生)

22〜23日
 
本会議が終わったので休みにいたしました。
  23日の夕方から、五中PTAの方より五中広報についての取材と相談を受ける。

21日(火)晴れ
 最終本会議。各委員会での審議の結果が、可決された。結果はこちらから。
今回の議会で最大の問題になっていた国民保険の財源に15億円も一般会計から繰り入れをし、来年以降19億円になろうとしている国民民健康保険の財政の健全化を図るための「武蔵野市国民健康保険条例の一部を改正する条例」が共産党、市民の党など一部の反対で可決された。もう少し、本会議で論議が出るかと思ったがほとんどでないまま可決。委員会でも思ったほど質疑が出ませんでした。反対した会派も国保が苦しいというのは理解しているのではないかと思います。誰でも、値上げの問題は気が重いものです、しかし、公平性の原則などのことをしっかりと認識し、負担を求めるべきところは主張していかねばならないと考えます。今回も、市民会館の電気釜の使用量の新たな徴収や市民農園の使用料の値上げの問題などが論議されました。今後、この受益者負担の原則にのっとった料金改定、料金の新設が増えてくると思います。しっかりと対応していきたいと思います。また、市民に負担を求めるためには、行政側の広報もますます必要になると思います。と同時に、行政側ははもちろん、議会の行財政改革も大いに推進する必要があります。来年は新たな気持ちで、取り組んで行きたいと思います。
 夜は、議員同士の会費制の忘年会を兼ねて打ち上げ。
 

20日(月)晴れ
 「ワンワンパトロール隊」の設立打ち合わせ。10月8日公会堂で行われた竹花副都知事の講演「地域の安全は自らの手で」を聞き、世田谷などで行われている「ワンワンパトロール隊」を武蔵野市でも早い時期に正式に発足したい。私は、設立趣意書などを作り打ち合わせに望む。ボランティアで街の安全を作る組織が新たに作られていきます。
 午後から、研修会で都内に出る。5時まで研修会。その後、市役所に戻り。議員の報償審議会への事情聴取に市議会市民クラブを代表し出席。我々は、約1千万円の収入を得ているが世間から見るとどうなのでしょうか。自分で活動日誌を書いているが、ほとんど定期的に休みが取れない状態であること、レポートを出せば30万ぐらいかかるなどを意見として述べる。
  終了後西久保コミセンの忘年会へ。様々な意見を聞くのもフィールドワークです。五中、五小の校長、教頭先生と教育問題で意見交換。このような時に出る本音が楽しい話題です。
 

19日(日)晴れ
 久我山までの道を歩く。山野草が少なくなったと思っていましたが、よく見ると次の花が咲き始めていました。代表が「水仙」でしょうか。近いうちに写真に撮りたいと思います。
ボーイスカウト武蔵野三団の餅つき大会へ。毎年この時期は五小とボーイの餅つきが続けて行われる。カブのメンバーも楽しそうに餅つきに挑戦。この辺が五小の校庭開放の餅つきと違うところか。
いつの間にか、「武蔵野から」の画像も100枚になりました。素人が気の向くままに写して来たものですが、先日のようにNHK学園で優秀賞を貰ったりする写真がたまに入るようになりました。時間が出来たら基礎から学びたいものです。

18日(土)晴れ  朝久しぶりに、久我山まで歩くコースを行く。今日は井の頭公園での紅葉がきれいに色づいていました。秋の紅葉は、やっぱりモミジですね。なんていったって「紅葉」というぐらいですから。今日の1枚はモミジにいたしました。しかし、モミジも最後と見えてきれいな葉が少なくなっていました。
 昼ごろ、五小に行き「もちつき大会」に参加。一臼突く。今日は保護者のお父さん方が多数参加されていました。この地区は男性の出が悪いとよく言われますが、もって行きかたによってはこれだけ多くの男性が参加してくれるのですから。市議会議員としてお手伝いはするが、市民が主体の行事はあくまでも後ろにいてバックアップの体制でサポートするのが役割だと決めて今までやってきましたが、今日はそのような意味で良いムードで行われていました。 途中抜け出して、吉祥寺で一ヶ所顔を出しながら吉祥寺図書館で本を借りてくる。松下圭一著「社会教育の終焉」です。社会教育のあり方を書いた名著と呼ばれている本で、一度呼んで見たいと思っていた本ですが、本屋に売っていない状態だったので、図書館のホームページで検索をかけたら吉祥寺図書館にあるとのこと。じっくり読んでみたい。
 2時より五小での「音楽の集い」地域でお馴染みのジュニア合唱団「風」の出演やら、PTAコーラス、吹奏楽、5年生の演奏と子供はもちろん大人まで、盛りだくさんの内容で、先日の「PTAコーラスの集い」や「連合音楽祭」とは違った楽しみがあります。それぞれがレベルが高く楽しませてもらいました。
夜は、忘年会1ヶ所。
 




17日(金)晴れ

 建設委員会傍聴の後、他の会派と来年の都議選について打ち合わせ。まだ今後の大まかな流れについての情報交換程度である。
終了後、レポートの二稿目が出来ているとの連絡が入り、印刷屋の事務所で校正。大体固まる。ずいぶん速い流れで来たものです。予定通り来年出せそうである。
  夜は仲間と忘年会。忘年会は仲間との会が多いものである。

16日(木)晴れ
 鉄道対策・農水省跡地利用特別委員会傍聴。いよいよ、農水省跡地に新公共施設構想の中間報告が行われる。図書館を中心とした「フォーラム」として会議などが行われるスペース、スタジオ的機能、市民が交流できる場としての機能を持たせるなどを基本コンセプトとしている。約10,000平方メートルの広さを持つ地上4階、3階の構想である。今後さらに検討し決定するが早く見たいものである。
 事務所で20日の「ワンワンパトロール隊」の趣意書を作り上げる。先月私が小国に行っている時に集まったが何も資料がなくはっきりしなかったので、先日正式に発足するためには最低、趣意書、会則ぐらいは作る必要があると発起人会で述べ作る羽目になった。
 夜は忘年会1ヶ所。

15日(水)曇り
 「レポート」の初稿が出来たとの連絡。最近はネットで原稿を送り、割付等をしてもらうのでかなりスピードが速くなった。印刷屋に行くこともなく、校正をして送り返せば済むようになりました。最終稿だけは印刷物で校正する様になります。宛名は、宛名のタックシールの打ち出し作業も終了。
 たまっていた相談などを処理する。議会中は中々思うように動けないので、今日のように議会の合い間があると助かる。
 夜は、友人と忘年会。

14日(火)晴れ
 朝のうちに印刷屋に原稿をネットで送る。ここまで来ると、ほっとする。しかし、便利になったものである。
 厚生委員会を傍聴する。国民健康保険の値上げの議案が審議された。しかし、たいした質問もなく、共産党だけが反対し、賛成多数で採択された。もう少し論議があるかと思いましたが拍子抜け。
 レポートを送るための準備をする。皆さんに作業をお願いする。
 そういえば、10月ごろにNHK学園からこのホームページで8月17日に掲載した「タケニグサとミツバチ」の写真が
優秀賞を撮ったとの連絡があり、機関紙に掲載されるとの連絡があった。その後何も言ってこないので、確認の連絡を入れる。12月末発行の機関紙の掲載されるとのこと。楽しみである。
今日は久しぶりに忘年会が入っていない。
 

「タケニグサとミツバチ」
NHK学園の優秀賞を受賞

 

13日(月)晴れ
 文教委員会。議案については大きな問題になるような案件はなかった。境の市民会館の陶芸に使う電気釜を有料にするという案件が提出された。市の様々な施設は有料と無料が混在しているが、この会館は社会教育のためのいうことで今まで無料であった。電気代が馬鹿にならないそうで、2000円を上限とする条例改正である。
これからの時代、どのように市を経営していくか、公平性の原則を鑑みると受益者負担の原則はしっかりとお願いしていくものであると思う。そういった意味で、この条例改正は地味ではあるが、今後の市政運営のあり方を考えると一つのターニングポイントになるような気がします。もちろん賛成しましたが、共産党、市民の党は相変わらず、今まで無料だったからとの理屈で反対した。
 比較的早く終わったので、昨日に引き続き「市政レポート」をまとめる。ようやくまとまってきたようである。来年早々には出せそうである。
 夜は、忘年会1ヶ所。帰ってきてから、レポートが気になり加筆する。明日は、印刷屋に原稿を持ち込めそうである。

12日(日)晴れ
 朝いつものコースを歩いた後、午前中は「ワンワンパトロール隊」の頼まれた原稿を書く。
ようやくまとまった時間がとれ、引き続き、「市政レポート」の原稿書きで1日費やす。
夜は、忘年会1ヶ所。

11日(土)晴れ  先日、駅前の村越カメラの社長から、駅前のロータリーにミカンがなっている。木を剪定した方からもらったが大変おいしかった都の連絡が入りました。ロータリーにミカンがなっているとは気がつきませんでした。早速、井の頭公園から上水への散歩の前に、三鷹駅前のロータリーになっているミカンを写しに行ってきました。今日の1枚はそのミカンにいたしました。鳥などに食べられた跡がありました。これでミカンがあるのを知った方はどうぞそのままにして、鳥の餌にしてください。
  午後から、「とべ!緑の教室 セカンドスクール10周年フォーラムシンポジュウム」へ。
  セカンドスクールが始まって早いもので10年が経ちました。始まった当初は保護者や教員からも反対があり、私もレポートで「セカンドスクールが始まります」と書いただけで、「もうそこまで決まっているのか」「塾に行っている子供はどうするのか」「教員がかわいそうではないか」などと抗議をいただきましたのを懐かしく思い出します。
 第二小学校の子供たちによる体験発表を見ても、〜「セカンドスクールの現在と未来」のテーマで行われたその後行われたパネルディスカッションでの、民宿を受け入れてくださる方のお話や送り出す親の気持ち、体験した卒業生、引率の先生の話を聞いても、それぞれが自然の感動、親離れや子離れのキッカケとなっているなど、すっかりと定着し、今後の発展にますます期待がもたれる内容でした。来年は時間を取って久しぶりにセカンドスクールの現場に行ってみたいと思います。
 引き続き、三鷹のお寺で行われた青年会議所で同期の友人のお通夜の手伝いに。
  着替えて吉祥寺の忘年会へ。
  
 

三鷹駅ロータリーに実るミカン

 

10日(金)晴れ
 午前中は相談者がお見えになり相談にのる。
  午後から総務委員会を傍聴する。吉祥寺地区の方から、固定資産税、都市計画税の減税を求める陳情が出され審議される。全体的には陳情の趣旨は理解した発言ではあったが継続審査となった。財源が厳しくなってきている中、まだまだ都市計画された道路はもちろん整備を行わなければならない時代に減税とはいかがかとの市長の意見である。我々議員も市を経営する立場からこの問題を捉えねばならないと思います。
  夜は、太極拳連盟のクラスの忘年会他2件。

9日(木)曇り
  本会議。議案の上程。今回は32本の議案が上程された。そのうち11本が市の施設の管理をする団体を決める指定管理者制度にかかわる議案で、やはり最大の議案は国民健康保険税の値上げの議案である。14日の厚生委員会にかかることになります。議案提出に先立ち、国民健康保険運営協議会では経過措置を取ることを条件に値上げを認めています。
さて、今日の議会では市長、市議会議員の期末手当の議案が即決で賛成多数で決まった。
また、先日クリーンセンターで爆発事故が起こったがその補修費が約4,200万円の補正が認定された。
 武蔵野市議会では、議案は各常任委員会に付託し審議をすることになっており本会議では大綱のみの質疑を認めるとされています。しかし、最近委員会で審議するような細かいことを本会議で質問する議員が目に余ります。今日も、値上げの議案に対し、値上げの理由などを聞いている議員がいました。これなどは委員会をまったく無視した審議といわねばなりません。議会運営委員会でよく話し合う必要があると思い、議運のメンバーに伝える。
 夜は、青少協五地区の忘年会へ。

8日(水)晴れ
 昨日に引き続き一般質問。じっくり聞かせてもらう。

7日(火)曇り
 大雪。いよいよ冬本番ですか。
一般質問。一日一般質問で終わる。我が会派からは桑津議員が教育問題他について質問。地震についての質問が何人かの議員からなされる。その中でも、水道事業組合の素早い対応について市長も高く評価していることが印象に残った。

6日(月)晴れ
 第4回定例議会。第4期長期計画の基本構想の議案が上程され、共産党、市民の党他無所属の議員の反対があったが賛成多数で可決された。これで、今後の10年間の武蔵野市の方向が決まったことになる。実際には細かく実施計画とも言うべき長期計画にのっとって事業が行われることになる。12年前に始めて第三期の長期構想の審査に加わった時と比べると、今回の長期計画は、地味な印象が強い。これは今後10年間の財政を考えると豊かだ豊かだと言われていた本市の財政も国の改革や少子高齢社会の到来で間違いなく悪くなることが予想され、現在のサービス水準を落とさず維持し続けていくかが問題になると思われているからだと思います。学校の改築などは今後もあるとは思いますが、新規の建物ということになると、境南口の農水省跡地に建てられる新公共施設の建設が最後の新しい投資とも言われています。
 政策的には、先に述べたように財政の見通しが厳しいことが予測される中、福祉を始めとして現在実施しているサービス水準を落とさずに、いかに効率的で、市民の力を活かし小さな役所を創っていくか。また、外国並みの犯罪が増えたり、先の中越地震のような災害時にどのように対処していくのかといった安心・安全な街づくりが求められています。また、少子高齢化の中、子育て支援からさらに家族のあり方までを考える施策が大きな柱になっています。
 今後市報等で長期構想の全文が配布されますので皆さんも是非お読みになっていただきたいと思います。

5日(日)晴れ
 昨晩は雨と風が強く、寝入ったのは4時ごろでしょうか。台風並みの雨と風とか。6時ごろ起きた時には雨が降っていたようですが、7時ごろには雨も上がりいつものコースを歩いてみる。木が折れていたり、植木鉢が落ちていたり、看板が飛んでいたりといたるところで台風の後のようでした。散歩の帰りには晴れ間が出てきたと思ったら、暑くなってきました。半袖で歩いている人も見かけるほどの暑さになって来ました。25度近くまで気温は上がったとか。明け方までの雨と風、そしてこの暑さ、とどうなっているのでしょうか。今年の異常気象を象徴するようなおかしな天気でした。
 午前中に近くの西久保公園で行われた「プレイパーク」の試行の現場へ。「プレイパーク」とはあまり禁止事項を設けずに、公園にある木を使ってブランコを作ったり、落ち葉のプールを作って遊ぶなど、遊びを子供たち自身に作り出してもらい、大人は見守り子供の自主性を重んじた遊びの場を作るものです。本格的なものは世田谷区の羽木の「プレイパーク」などが有名ですが、本市でも、このような目的の公園を作っていく方針で、今日はそのための初めての試みでした。午前中に100名ぐらいの子供が来るという盛況でした。遊びは第1回目ということもありこちらでだいぶ用意をしましたが、子供たちが慣れるにしたがって生き生きと遊び始めていました。今後の公園のあり方に期待がもてると強く感じました。
 午後からは、文化会館で開催されたPTAコーラスへ。市内の小中学校全校のPTAが参加しての催しで、聞いているとそれぞれ学校の指導者の方針、持ち味やPTAの方々の地区の特徴なども出ていて面白かった。
 五中のコーラスから写真を頼まれる。
 明日から12月議会。
  議会の日程、市長提出議案はこちらから。

4日(土)曇り

 今日の1枚は、井の頭公園で写したもみじの紅葉です。桜の葉も紅葉が終わりほとんど散りかけた中、真っ赤に色づいたもみじが印象的です。
  千川小学校創立50周年記念式典へ。
  昭和29年関前小学校として50年。昭和29年といえば私が小学校に入学した年。まだまだ戦後の貧しい時代だった時に開校するには「愛市公債」と呼ばれた市債を発行して建てた歴史を持つ小学校です。10年前の平成7年には蜂の巣型の校舎を、使い勝手が悪いとの理由で現在の校舎に立て替えた時、築後わずか20年で立て替えることに対する論議もさることながら、これからの教育を考えオープンスペースを取り入れた校舎、地域に開かれた学校であり、床暖なども設置され市内の他校との落差があまりにも大きいのではないか等々私も1期目の議員としてその論議に加わったことを昨日のように覚えています。
 『武蔵野「ラグビー」まつり』へ。
 この催しは市内の早稲田OB会と明治大学のOB会が企画して始まった早明ラグビーOB戦の試合が発展し、早明ラグビーOB戦の前に市内のクラブチームによる試合や子供たちにラグビーに親しんでもらう企画を取り入れなどし、市内にラグビーを普及させようとの目的で今年から『武蔵野「ラグビー」まつり』と名前を変えて実施されたものです。早明ラグビーOB戦は45歳以上は10対10の引き分け。第2試合35〜45歳以下の試合は17対14で早稲田OBが勝ちました。明日の本番はどうでしょうか。
 西久保一丁目町会の健康講座へ。毎年西久保一丁目の町会では講演会を企画しておりますが、今年の講師は一丁目にお住まいで、本町で「安岡整形外科脳外科クリニック」を開業されている安岡正蔵先生です。「高齢者の疼痛について」と題し、頭から始まり首、肩等の痛みについての話で「痛みの原因は様々あるが、あまり恐れすぎてはいけないが侮っていはいけない」等非常に身近な話題で具体的な話でした。今までで最高の70名近い方がお集まりになりました。
 夕方から雨が降り出し台風のような風も吹くとの予報。忘年会が1件ありましたがそこそこに帰ってきました。

 

井の頭公園の紅葉とマガモ

3日(金)晴れ  
 12月議会の議案を読む。今回の議会では国保税が最高限度額が48万円から53万円になる議案が最大の争点になる。他の議案はあまり影響のないものと思います。また、後日審議の内容についてはご報告いたします。
 昼食を兼ねて、西久保一丁目の役員の方と明日の講演会の打ち合わせ。
 夕方から仲間の忘年会へ。終了したとたんすぐに呼び出しがかかる。呼ばれるうちが花と次の忘年会へ。 

2日(木)晴れ
 「武蔵野わんわんパトロール隊」の設立について打ち合わせ。10月に竹花東京都副知事の講演を聞いた際、愛犬家の皆さんが、散歩する時に「防犯」などと書かれた腕章をしているだけで犯罪の抑止効果があるとのことで、杉並や世田谷で組織されているとのお話を聞き、山谷の駐在の滝澤氏と相談をし、武蔵野市でも作ろうと企画されたものです。私が小国町に視察に行った23日に会合が開かれましたが、今後の進め方についての打ち合わせ。
 御殿山に住む高校時代の先輩より電話があり、所属するグループで講演会を開くとの連絡。演題が、「縄文時代から 緑を愛する日本の文明」とのこと。講師は「国際日本文化研究センター」教授 安田喜憲氏。安田氏の著書「「日本よ、森の環境国家たれ」との本を以前読んだことがあるので講演は面白そうである。1月8日芸能劇場にて午後2時より。興味のある方はどうぞお出かけ下さい。
 その芸能劇場の前を通りかかったら、「四季の会写真展」が開かれていたので覘く。知り合いの方の作品が並んでいました。高齢にもかかわらず精力的に山の写真を出品。
 夜は、土屋市長の講演会及び忘年会に出席。

1日(水)晴れ
アクセス1000件突破
  いよいよ今年も最後の月になりました。昨日から夕方、朝と冷え込み冬らしくなってきました。
 12月の陰暦、古称にはお馴染み「師走」と始めて知りましたが「苦寒」をあげてみました。「師走」はご存知の通りですが、「師走」は陽暦に直すと1月から2月にかけてとなり、寒さのもっとも厳しい季節になります。「苦寒」の異称は昔の人がいかにも寒さに苦しんだ様を表しているように感じます。
  「市民クラブ」議会前の打ち合わせ。議会運営委員会傍聴。定例会前の日程等の確認。議場にパソコン等の持込を認めるかとの検討事項が出される。三多摩でも認めている議会は無いようであるが個人的には時代に合わせ持込を認めるべきだと思う。むしろ議会のITを使えるようにインフラを整備推進するべきだと思います。各会派で持ち帰り検討となる。
 終了後、先日小国町に行った総務委員会のメンバーから報告を聞く。武蔵野市の素早い対応、職員の活躍を評価する声が上がる。
 帰りがけに昨日の相談の件を処理。また、新しい問題として水道の関係の相談が知人の紹介で来る。夕方までに処理。
 このホームページにアクセス数が20000回を越えたのを記念して、トップページで紹介した写真をよりよい画質でご紹介できるように、とのねらいでというページを設けましたが、そのページのアクセス数が1000回を越えました。ありがとうございました。これからも武蔵野市の自然をご紹介していきたいと思います。
 


お馴染み「寒椿」



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