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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.09.04

頑張って 1日で 6,000字近く書きました。

棄てる者は 棄てられる?

ご一読いただければ嬉しうございます。

'26.09.03

佐原のおむすび屋さん"和ぎ"(なぎ)で出される
太郎左衛門米があまりに美味しいので、頒けて
いただいてます。道の駅さわらではとうに売り
切れてしまい、"なぎ"さんが年間契約しておられ
る玄米を購入させて頂いてますが、8月の下旬に
道の駅に新米が出ますとアナウンスされたため
足を運びました。ところが、画像通り「9月上旬」
に変更されていたのです。そこで昨日電話して
確認したら「今月末になるそうです」との返事!?
この先も雨の日が続くこと、その後、農薬などが
検出されないかの検査が行なわれるそうです。

新米への道遠し…。それまで、藍川家と直轄牧、
水戸徳川家の「御鷹場」についてやっと書く気に
なってきましたので、しばしお待ち下さいませ。

'26.09.02

もう20年以上前のことなので、"時効"と考えて
書いてしまいますと、父は"散骨"を希望してい
ました。末期ガンだったので、毎日さまざまな
指示をされました。葬儀屋は予約したか? 等
もともと細かい性格なので、微に入り細を穿つ
要求が繰り出された結果、無くなった数時間後
には僧侶が来られ、荼毘に付しました。本当に
天晴れな最期でした。父は「死んでゆくだけの
人間が、生きて仕事をしている者の貴重な時間
を奪ってはいけない」というのが口癖でした。

父の希望通り、極めてコンパクトな家族だけの
葬儀をスムーズに行なったわけですが、そこへ
香川県から駆けつけてくれた伯父が、宇多津で
告別式を行なうこと、本家の墓所の隣に墓を建
てることを我々に承諾させたのです。それは、
父の遺言に反するのですが、母も私も父の墓を
建てたいと言う伯父に反論できませんでした。

祖母が亡くなった際、父が相続権を放棄したこ
とで財産の大半を一人で相続した伯父は、弟に
立派なお墓をプレゼントしたかったのです。
その気持ちが理解できた私は渋々承諾。去年
"墓じまい"に時間とお金をかけた次第です。

当時、もし島田先生の御説を知っていたら断乎
お断りしたのに、お墓があるのが普通だと言わ
れた時に、ちゃんと反論できなかった己の無知
を嘆くほかありません。お金の無駄でした。

'26.09.01
 一昨日、完全無添加の生ハムが1kg届いたので、米粉のカンパーニュにのせて頂き、昨夜はガルビュールもどきに。髪の毛に必要なプリン体を摂るためパセリは山盛り!? 今日は生ハムをダシ代わりに使って料理します。
 スペインでハモンセラーノの原木をお土産に頂いた時は困り果てましたが、今回届いたのは切り落としだったので手軽に食べられ有り難い限りです。
 実は昨日は父の命日でした。日本では改葬手続きが難しいことを知らず、昨夏、母方の先祖500年分の位牌を納めた高野山のお寺へ父の遺骨を改葬しました。共同墓地と馬乗り馬頭観音に書いた島田先生の御説を知っていたら、最初から父の遺言通りにして無駄なお金を遣わずに済んだのに、一旦は親戚の圧力に屈しました。
'26.08.31

8月もとうとう今日で終わり。終活中とはいえ、
原付散歩に夢中で、銀行にすら行けていない私。
カード1枚解約するのも、JREポイントが溜まって
いたりして簡単には進みません。そこで、今日は
"VIEW ALTTE"でポイントを現金で受け取るべく
駅まで行き、成城石井で買い物してこようかと。

未明に、「セリエAが開幕したから、いつでも来て
くれたら車で案内するよ」メールがイタリアから
届き欣喜雀躍!? と言いたいところながら、主婦
の身ゆえ、簡単には遊びに行けませんよねぇ…。

しかしながら、限りある命。命あっての物種…。
身体が動くうちに、本場イタリアでサッカー観戦
したいものですが、何を優先すべきなのか? 円
安もネックなのですが、「うちに泊まればいい」と
言ってくれていて、断る理由もないんですけど。

'26.08.30
 すみません、8/28のブログの推敲が進まず、なかなかupできませんでした。6,000字以上書いたため!?

   共同墓地と馬乗り馬頭観音

 昨日はABEMA(将棋)地域トーナメント2026のライブを観ていたら家人が休憩しに来たので、佐原で買ったいちじくと、イタリアの山羊チーズを切っただけのおやつを出しました。さわら道の駅ではオーガニックの梨も買いましたが、いちじくも梨も木熟で糖度が高く、もう少し近ければ毎日通うのに…と強く感じました。
'26.08.28
 今日は香取市へ行き、稲刈りをする人々、稲刈りを終えた田んぼを見てきました。同じ千葉県でも大変な違いがありますし、水不足の香川県ともまるで違います。さわら道の駅はいつもながら凄い賑わいと売れ行きで、ここに住むと食べ物に困らないだろうな…と思いました。太郎左衛門米の新米が8月下旬に入ると聞いて行ったのですが、9月上旬入荷に変更されていました!?
 帰宅後は、ちょうど放牧豚のパンチェッタが届いたので、手抜きして前菜にしました。我々は生肉大好き人間なので、同じバラ肉ならベーコンよりもパンチェッタ派!! イタリア気分を味わえました。
'26.08.27
 香川県の水田が干上がって、お米の収穫量が半減!? とのニュースを気にしていたところ、国内外の河川が氾濫したとのニュースが相次いで、地球も人間も悲鳴を上げるしかないのか…と嘆息するばかりです。
 古代人ならこうした現象をどう捉えるか…と考えてみたりもしますが、現代社会には通用しないでしょう。精神的なつながりも希薄になってきたようですし。かつては「人の蠅を追うより自分の頭の蠅を追え」との諺があったくらい他人の世話を焼く人が居たものですが、これほど災害が続くと心も体も疲弊してしまいますね…。


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com