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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.02.10

朝4時〜7時までマイナス3℃の予報。ここへ
引っ越してきて20年余、零下の日が続いたり、
ツバメが越冬したりする日が来ようとは…!?
今日の日中は久々の11℃ですが、体感温度は
6℃だそうで朝まで7℃、ストーヴ不要です。

私の方は抜歯したとはいえ、さしたる痛みも
ないのですが、下顎がズンと重いため、昨夜は
練習を休みました。実は、去年の収録の反省
から、天井が見えるような(屋内の)儀式歌の
歌唱法を離れ、だだっ広い大自然の中で歌う
イメージで練習し始めたら、演奏後直ぐには
立ち上がれないほど疲れ果てるようになり、
筋力不足を感じた次第です。そこで、頑強な
身体づくりからと決心し、いつでも良かった
抜歯を、その一環として昨日行ないました。

下旬の九州行きは、またしても滞在25時間の
旅ですが、皆様にお援け頂いて予定の行程を
走り切りたいと思います。よろしくバイク!!

'26.02.09
 今朝、謎の行動をとったらしい私!? 連日、オリンピックのライヴを朝7時過ぎまで観、今朝は7:45までBSで朝ドラを観た記憶がありました。ところが、抜歯に行く前に灯油を入れようとしたら満杯だったのです!? すぐ家人の仕事部屋へ訊きに行くと「灯油を入れる時間はなかった」そうで、ほかに誰が灯油を…?
 玄関を出たら、ご近所さんからおすそ分けを頂きました。歯科医院では、いつ麻酔されたか抜歯されたかわからないまま、あっという間に終了!! ドクターはお若い頃、かの帝国ホテルの名シェフ村上料理長の治療を担当されていたそうで、なんだかんだ言っても私は運が良いんですね。直ぐに食事するのもOKでした。
'26.02.08
 最高気温が零度だった今日、もうツバメは帰ってこないかも? と感じました。朝6時半にストーヴを消して灯油を入れようと窓を開けたら、巣には子ども(♀)が1羽だけ?! マイナス4度なのにどこへ行ったのやら? みぞれが降る中、エサとなる虫は飛んでないと思うし、凍死の恐れはないんでしょうか?
 午前中から仕事部屋に籠っていた家人に会った16時過ぎに、昼間、2Fバルコニー下の出窓で風雨を避け「寒い寒い」と鳴いていたと聞き安堵。巣を見たら親が2羽、2羽の子どもに覆い被さっているように見えました。
 まだまだ零下が続くので安心できませんが、実は私、明日抜歯なのでヒヤヒヤです。 
'26.02.07
 今日は18時に零下になったのでストーヴを点けました。明日の正午までずっとマイナスが続くので、朝6時までに灯油を補給しなくてはなりません。正午から16時までが零度、17時から再びマイナスになり、最低気温はマイナス5℃〜6℃になる予報なので、ストーヴは3日後まで消せないかもしれません。
 昨夜は最低気温が零度だったのでストーヴを点けなかったら、灯油を入れるために窓を開けたとき怒ってました!? 朝、4羽がてんこ盛りでダウンしてましたからね。それにしても、ストーヴを置いている凹みの幅は1m程で、至近距離から話しかけてるのに逃げたりせず話を聞いてる燕っておかしくないですか?


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com