| アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました
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| 日付 | メ モ | ||
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| '26.02.10 |
朝4時〜7時までマイナス3℃の予報。ここへ 引っ越してきて20年余、零下の日が続いたり、 ツバメが越冬したりする日が来ようとは…!? 今日の日中は久々の11℃ですが、体感温度は 6℃だそうで朝まで7℃、ストーヴ不要です。 私の方は抜歯したとはいえ、さしたる痛みも ないのですが、下顎がズンと重いため、昨夜は 練習を休みました。実は、去年の収録の反省 から、天井が見えるような(屋内の)儀式歌の 歌唱法を離れ、だだっ広い大自然の中で歌う イメージで練習し始めたら、演奏後直ぐには 立ち上がれないほど疲れ果てるようになり、 筋力不足を感じた次第です。そこで、頑強な 身体づくりからと決心し、いつでも良かった 抜歯を、その一環として昨日行ないました。 下旬の九州行きは、またしても滞在25時間の 旅ですが、皆様にお援け頂いて予定の行程を 走り切りたいと思います。よろしくバイク!! | ||
| '26.02.09 |
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| '26.02.08 |
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| '26.02.07 |
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| 日付 | 過 去 の メ モ | ||
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| '26.01.11 |
古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して 『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、 日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の 現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に 宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。 それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ 五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。 現在の和琴は六絃です。 ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽を 制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。 現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は 和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。 それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、 奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。 アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を 六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。 六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、 歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと 歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。 いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。 五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または 「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。 歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された 六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。 | ||
| '25.08.12 |
YouTube「伊福部昭室内楽作品」
1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録 2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録 3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録 4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録 5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録 6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録 7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録 8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録 9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録 10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録 11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録 12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録 13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録 14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録 | ||
| '23.07.20 |
712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は 神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる 神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。 それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。 仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく 武内宿禰を審神者(さには)として天皇自ら琴を弾くと 神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を 伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。 そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、琴を弾くよう 進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。 すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。 この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。 12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に 「和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。 その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。 大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、 スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、琴を持ったのはなぜなのか? 伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。 伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の 和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。 和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。 いわゆる里神楽を「御(お)神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御(み)神楽」、 市販されている「御(お)琴」に対し、宮中の和琴は「御(み)琴」。 すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)? | ||
| '21.07.27 |
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Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com |
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