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歌手的実用グルメ  レンティッキエのレシピ
イタリア-2008 イタリア-2009

1.天皇寺・白峯寺篇 2.宇多津篇 3.根香寺篇 4.鼓岡神社篇 5.こんぴら篇 6.高家神社篇 7.香川県の盆踊り篇 8.宇多津秋祭り篇 9.伊勢神宮お木曳篇

近      況
日付メ   モ
'10.02.108日の本番後やっとお粥を少し食べ、9日の夕方、買い物に出たついでにざる蕎麦を食べました。それでも真っ直ぐ歩けずフラフラしていたのですが、夜、5日ぶりに和琴を弾き歌いしたら普通に2時間うたい通せました。まさに日本の伝統音楽は重力の法則に適っている! しかしながら、3日も固形物が食べられず、りんごの絞り汁とヨーグルトで命をつないだのに、ゲネプロと本番を歌い通してなお身体のサイズが変わっていないなんて…。
'10.02.09伊福部先生の御命日に私共のコンサートにお運び下さいました皆々様、ほんとうに有り難うございました。早速アンケートからメッセージをお届け下さいまして感謝申し上げます。
「木村茉莉さんのハープの音があまりに心地よく」との御感想には大賛成、と申しますか、私など本番で『摩周湖』の最初の和音を聴いただけで涙が出てきました。素晴らしい音楽性、高潔なお人柄がすべて音にあらわれるんですね…。ともかく茉莉さんほど音楽家としても家庭人としても完璧な女性を私は存じません。家事労働でも演奏旅行でも、大変そうにやる私に対し、茉莉さんは楽々とやられます(まさに雲泥の差!)。でも一つだけ私が習得できたことがあるんです。20年近く前になるでしょうか、帰国後1週間経っても時差ぼけでシャッキとしない私が帰国翌日の茉莉さんと合わせをした時、「時差は平気ですか?」と尋ねると、「そういうの一度も経験したことがない」と言われました。もしかして私は自己暗示にかかっていた? と思い、それ以後は「時差なんてない」と思うようにしたら、それだけで移動した翌日から歌えるようになりました。ほかのことも克服できれば嬉しいのですが、これがなかなか…(一向に差が縮まりません)。「ヴィオラが人の声とよく馴染む」という御感想は、まさに百武由紀さんが共演者の音色に添う音を作って弾かれる演奏家だということの証明です。最初の合わせでは「先ずあなたが好きなように歌うのを聴かせて」と仰います。そしてあとはもう心地よいまでに同化した音色で倍音を高めて下さるのです。これは他に比類無き感性と技術で、私が学生時代から「お姉様」と慕い続けているだけのことはある(?)最高に素敵なヴィオリストです。ずっと金魚の○○状態の私ながら、ご一緒できる編成の作品があまり無いことから、久々の共演となりました。今日は前奏を聴きながら、伊福部先生に私の人生観を変えて下さったお二人と共演できる作品を書いて頂けて本当によかったと心から思いました。私自身の演奏に関しては、ただただ力不足を恥じるのみながら、発展途上の私の発声法について、信頼できる作曲家から明快な分析を頂けたのは幸せでした。今回は(先夜メモで弱音を吐いたのち消しましたが)5日から絶食を余儀なくされ、私の目指す発声法に必要な「支え」が使えないという片翼飛行になりましたが、その可能性を拾い上げて下さったことを有り難く思っています。また、『因幡万葉の歌』は1オクターヴ下げて歌うと伊福部先生が作曲された時のイメージに近づけるように感じました。80歳になったら試したいと思いますので是非お聴き下さい!
怪獣映画の音楽だけで「伊福部昭」を語られては伊福部先生のお仕事が誤解されかねません。さまざまな作品に光が当たることこそが大切だと思っていますが、私自身は歌うことしかできませんのでもっともっと伊福部ワールドを深めるべく声と感性を磨いてまいります。
'10.02.07さっき、やっと着物を着てみました。ふだん着慣れていないので、一度着てみないことには何が足りないのかわからないためです。以前、本番に帯枕を忘れて行き、上野から蛎殻町まで取りに帰って貰ったことがありました。足袋一足だって調達が難しいので(ストッキングならコンビニにありますが)準備を怠れません。さて実際に着物で歌ってみるとブレスの状態が全く違うので、やはり練習の段階から着物で歌うべきだった…と反省しきり。今年度こんな反省が多いのは何より時間不足のせいでしょう。私のように全てを独力でやらないと気が済まない人間にとっては、ギリギリここまでなら出来る=他のことが出来なくなる、ということに気づくのが遅かったようです。明日のコンサートの案内状もほとんど送れず仕舞いで、友人、知人の皆様に失礼を重ねているのはもちろん、伊福部先生にも申し訳ない限りです。旅から戻ると仕事が山積しており、それが片付かないうちに次の仕事に行くという悪循環。そこから脱却すべく、来年度は「うたの寺子屋」も都内を中心に行なうことにしました。現実問題として、これまでは地方での開催が中心で「うたの寺子屋」を御支援下さっている会員の皆様が、いったいどんな内容の催しをやっているのかわからない…という状態を4年間続けてきたのは異常としか言いようがありません。にも拘わらず、来年度も変わらぬ御支援を賜りまして心から感謝いたしております。新年度から会員になって下さる方も数名おられます。もうすぐ4月からの「うたの寺子屋」の御案内ができると思いますので、どうぞお運び下さいませ。
このように個人的なお付き合いのない「人」様に恵まれ支えられて生きている私ですが、昨年から私のコンサートの打ち上げで一面識もない方々が飲食されている場面に何度か遭遇しています。見ず知らずの方々から御支援を頂いている身ながら、それはボランティアに行く際の交通費、宿泊費としてきちんと会計処理しています。一面識もない方の食事代をそこから捻出するわけにはまいりませんので、当然ながら自腹を切っている次第です。特に宇多津では(夜遅くまで営業しているお店が無く、父の知り合いに10名ということで無理をお願いしたため)幼少からの仲良しや親戚の人たちに遠慮して貰って人数を減らしたのに、顔も名前も知らない(名刺一枚もらっていない)方々がいらして予定人数を超え、お店にも御迷惑をおかけしてしまいました。なぜ、こういうことができるのか私には理解できません。私も、私の友人たちも、貰いっぱなしには出来ない性格なので。お互いに一線を越えないから長続きしているのかも知れませんね。本当によくできた友人ばかりで常々感謝しています。とは申せ、伊福部先生にはいつも年長のつとめだからと言われ御馳走になっておりました。ですからコンサートの赤字を補填するのは当たり前です。「借り」だらけの人生になっては困るので…(でも本来はちゃんと宣伝して満員になるよう努力しなくてはなりませんでした、ごめんなさい)。
'10.02.06茉莉さんが弾く伊福部作品が素晴らしい理由の第一は作曲者の意向をそのまま表現できる点にあると思います。パリ・コンセルヴァトワール仕込みの盤石なソルフェージュ能力があったればこそ、ブレずに芸が深まってゆくのでしょう。私を含め、間違った楽語解釈で教育された日本人演奏家は、見当違いな解釈に陥らないよう注意が必要です。以前から何度も書いているように、イタリア語のスタッカートには短く切るという意味はないし、フェルマータに音を延ばすという意味はありません。作曲家の中にはそれを日本流の解釈で使っている人もいるようですが、大のイタリア通で知られる伊福部先生はイタリア語の原義まで遡って楽語を使っておられたため、指示も周到でした。音を長く延ばしたい時にはちゃんと「lunga」と書いて居られます。いったいいつになったら日本の音楽教科書が国際基準になるのでしょうか。
'10.02.05ガ……ン、という感じです。久々の顔合わせとなった『摩周湖』ですが、お姉さまたちに太刀打ちできませんでした。久しく忘れていた感動…とも言えますが、私はいったい何をやっているのか、何をやろうとしているのか、といった状態でした。私が私なりに努力を重ねても、その分お姉さまたちも先に進まれているわけですから…。いやはや、伊福部先生の音楽を演るには、これほどまでに屹立した崖の上に身をさらさないとダメなんだと思い知らされました。生やさしい場所で練習していた自分の浅はかさを恥じつつ、顔を洗って出直します。世の中には数多の職業演奏家が居られますが、職業としてではなく、音楽をやるべくして生まれてくる人というのが居るんですねぇ(いつまで経っても「爪の垢を煎じて飲む会」の会長たる私…)。
'10.02.05鬼の霍乱とはこのことか…と思うのですが、3日の夜、合わせから戻ると、物凄く丈夫な胃袋を持った家人が風邪で胃腸をやられたとか(私に遅れること3週間)で予定をキャンセルして先に帰宅していました。急いでおじやを作り、薬を飲んで寝て貰ったのですが、4日も仕事をキャンセルして静養することに。手作りの野菜ジュースも飲みたくないと言うのですから相当ひどかったようですが、夕食はきのこたっぷりの雑炊が食べたいと言われ、七輪で2時間かけてこんな感じに仕上げました。備長炭で炊いたからか、いつものお米が餅米のようでした。あまりきのこを美味しいと思わない私が凄く美味しいと感じたのも備長炭効果かも知れません。モチモチッとしたなめこ雑炊に素材の味が生きた薄味のスープをかけて頂きました。いま名古屋コーチンの卵料理に凝っている私ですが、卵など入る余地のない美味しさでした。
'10.02.04
再び業務連絡です。2月8日の『因幡万葉の歌』の衣装ですが、季節柄さくらの刺繍がよいのではないかと思い、出してみました。桜の地紋入り丹後ちりめんで、色目は全体がタマゴ色、裾にパープルのぼかし、右肩部分にペパーミントグリーンのぼかしが入っています。前回、帯をつづれにしたらパッとしなかったので、能衣帯の本袋を合わせてみましたが、いかがでしょうか。もう一枚、桜の総刺繍の訪問着を持っていますが、地色がグレー系なので野坂先生の総しぼりと色目が重なりそうです。着物は久しぶりなので、休憩時間に着替えが間に合うよう、これから着付けを練習しなくてはなりません。 先ずは、他の色目にすべきかどうか御意見をお聞かせ下さいませ。
'10.02.04日本郵便には色々な不思議があります。先月書いた「書留郵便」を不在時にポストに入れてゆくサービス(?!)とか…。今日は、郵便振替用紙で「藍川由美のCD」代金を振り込もうと思ったら「藍川由美」では送金できませんでした。振り込め詐欺には無縁だと思っていましたが、恐らくその影響でシステムが変わったのでしょう。10万円以上送金する場合は身分証明書を見せろと言われても、免許証も保険証も「藍川」ではないわけで…。自分のCD代金を送金するために納税証明書を持参しろとでも? というわけで、銀行振込に変えて頂いた方がよいかも知れません。以上、業務連絡でした(→カメラータ・トウキョウ御中)。
'10.02.03今日は『因幡万葉の歌』の合わせでした。声はまだイメージ通りにスパスパはまるというわけではありませんが、七割がた決まるようになってきました。あとは本番までに成功率を上げるだけということで、帰宅後は2時間ほど催馬楽を弾き歌い。『郢曲 鬢多々良』を作曲されていることからも、和歌の成立年代からも、伊福部先生が郢曲の歌い方をイメージされていたと考えるのは当然ながら、古代歌謡を習う前にはいくら『梁塵秘抄 口伝集』を読んでも発声法がイメージできませんでした。2007年に男声と同じ高さで古代歌謡を歌い始めたとはいえ、『因幡万葉の歌』の音域は1オクターヴ以上も高いわけですから、新たなテクニックを開発しなくてはなりませんでした。取り敢えず、七割がた決まるようになった発声法ですが、西川さんの笛(この曲ではアルトフルート)と非常に合います。伊福部先生が迷いに迷われた末に選ばれた楽器の音色と合うことに大きな意味がありそうです。『摩周湖』の方はまた全然違う発声法で声帯を引っ張りまくっています。何と楽しい演奏家人生なのでしょう。あ、もちろん厚さがソプラノ歌手の平均の3倍(!?)という声帯をプレゼントしてくれた両親にも感謝してます。
'10.02.03たぬきのバースデイカードが届いたため、書こうと思っていた日記が飛んでしまいましたが、嬉しかったことなので、やはり書いておこうと思います。
私がどんなつもりで演奏していようと、それを理解して欲しいと願うのは筋違いです。聴衆の皆様にはそれぞれの愉しみ方があるのですから。先日の古賀メロディーにしても、『古賀政男芸術大観』所収の楽譜からシュランメル音楽との接点を見つけたため、オリジナル楽譜で演奏しますと書いたり話したりしてもピアノがいいと仰る方がおられますし、御自身の古賀メロ像と合わないという方もおられたと思います。そんな中、私の唯一とも言える目的(日本の歌を真に日本人の心の歌とする)を理解し、協力して下さった方々がおられたことを知りました。豊田市でのコンサートに関わって下さった皆様や香川県の友人知人の中に、ご両親を誘って下さったり、お子さんをお連れ下さったり、三世代でお運び下さったりした御家庭がいくつもあったのです。こうして日本の歌が家庭内で共通の話題になれば、次世代へとつながる可能性が高まります。「知らない」とか「古くさい」の一言で片付けてしまったら、どんなに素晴らしい作品でも後世に残りません。明治以降、五線譜で作曲された日本の歌も、百年、二百年と歌い継がれれば日本のクラシック音楽になり得るとの主張に共感して頂けたことを心より嬉しく思います。皆々様の御厚情を糧に今後も精進いたします。有難うございました。
'10.02.02
毎年お祝いメールやカードを下さる皆様、ありがとうございます。私は昔から年齢を死から逆算して考えよう(作曲家論など)としてきましたが、そうは言っても自分の能力が年齢とともに低下することが恐くて堪りませんでした。西洋もどきの発声法では衰えを隠せそうになかったからです。でも日本の歌なら、筋力が衰えたら衰えたなりの歌い方をすることで味が出るはず。毎日の神楽&催馬楽弾き歌いで自分の起点とすべき発声を見つけられたことで、今はあと30年はいけそう…との感触を得ています。ああぁ日本人でよかった!
ところで、ひらがなが読めるグレゴリーは、↓の画像を"tanuki"と名づけていました。
'10.02.02
日付が変わると同時にこのバースデイカードが届き、吹き出してしまいました! コレ高松空港の三越売店で見つけた瞬間、グレゴリーに上げようと思い、レジの人から「アイカワさん、昨日テレビ見ました!」と言われつつ購入したお酒です。羽田からホテルまでタクシーで送り、「お風呂上がりに飲んでね」と渡したあと話題に上らなかったのでよもやウィーンへ持ち帰ったとは…(もしかしてウケた?)。グレゴリーに遅れること2週間、ついに今日、同い年になりました。でも体力は私の方があるなぁ…(彼は練習中に休憩したがるし、自分のスーツケースも持たない)。音楽家は集中力と持久力が勝負なので、私はまだまだ鍛えてゆきますよ〜。「伊福部昭の音楽 vol.2」まで1週間を切ったというのに、いま新しいポジションを試しています。『摩周湖』はジリの中から立ちのぼるような声、『因幡万葉の歌』は古代歌謡の発声で1オクターブ高い音を出すことに挑んでいます。 たいへんな冒険ですけれど。
'10.02.01日付が変わって2月になってしまいました。光陰矢のごとし…近々また一つ歳をとります。さて今日は丸一日、楽譜を引っ張り出して頑張ったのに、深夜に却下されてやり直し…。これでどうかな? 私は(昭和の音源しかないため)ヴァイオリン演歌を入れたくなかったのですが、企画者に頑張られてしまいました。しかしながら、第三回では初めて古関裕而の師・金須嘉之進の作品を、第四回では永井建子作曲の校歌からユニークな二曲を歌おうと決め、楽しみが増えました。永井建子が作曲した校歌の中では早稲田実業が有名なのですが、『拓殖大学校歌』は三拍子という点で異彩を放ってますし、『大谷大学歌』は転調と終わり方がステキ! 最近はオシャレな校歌が増えてきたとはいえ、パリ・コンセルヴァトワール出身で中国や日本の音楽を研究し、雅楽の本まで書いてしまったルルーの弟子なので筋金入りって感じですよね。起床後は「わらべがおか」をめぐる詩人たちをまとめたいと思います。
'10.01.31いま日付を見たら31日! 帰宅後まったく仕事が手つかず状態で(お蔭で顔が横に広がらずスリムです)、さすがに焦ってきました。午後は無理にでも仕事を再開しなくては。…というわけで、取り敢えず、昨日シャンプーに行ったアコ画像のみUPしました。
'10.01.30
歌と和琴の練習は順調ですが、頭がお仕事モードになりません。2日も3日もボ〜ッとしていられる身分でないことはたしかなのに、全く閃きがありません。しかたなく、また瀬戸大橋画像をUP。画像左の東山魁夷せとうち美術館に入る直前に撮りました。前回は和琴を抱えての移動で海を眺める余裕もありませんでした。和琴コンサートをやらせて頂いたラウンジは本当に絶景で、お茶だけをしにここに来られる方がいらっしゃるのが理解できました。瀬戸内海を見ていると飽くことがありません。こんなにきれいで豊かな場所で育ったんだ…と有り難く思います。自給自足に憧れる私としては、母のためにも、戻れたらいいなと思ってしまいます。たぶん、それで、お仕事モードに入れないのでしょう。いつエンジンがかかることやら…。リンクすべきかどうか迷っていましたが、「ドーパミン」が大放出?!されたそうです(鼻の穴を真下から撮影しないで〜!?)。
'10.01.29
お馴染みの香川虎生さん→ 宇多津町議会議員にして宇多津町太鼓台保存会会長の虎ちゃん! 宇多津町立小・中学校、香川県立坂出高等学校を通しての同級生です。え〜〜と、計12年間も?! 上京してからも東京坂高会で会ってました。前々からお祭り大好き人間として何か一緒にやれればと思いつつ、私が宇多津の盆踊り唄一曲復刻する時間がないため、未だ共闘かなわず(ごめん…)。これは青ノ山山頂にある古墳。小学生のころ登って以来かな? コンサート翌日も良いお天気で瀬戸内海の青と空の青に心洗われました。
'10.01.29
26日の本番後打ち上げ。右が高校時代(3年間を通して)の担任であり、声楽の師でもあった榎並瑛先生(のちに坂高校長)。グレゴリーに、私の高校時代、高松交響楽団でコントラバスを弾いていた榎並先生は大学ではクラリネット専攻だった…と言ったら目を白黒させていました! ふつう芸大声楽科に入れる経歴ではないため先生はよほど音楽的なんだねとグレゴリー。はい、正解です。
'10.01.28
27日夜10時に帰宅。食事の〆として同い年の従妹のダンナサマがもたせてくれた(高知まで釣りに行き七輪で焼いた)チヌを4尾、鯛茶漬にして食べました。色々とトッピングしようと並べていたのですが、チヌがあまりに美味しくて、とうとう何も入れず仕舞いでした。
その後、↓をUPし、暫くしたら、急に和琴が弾きたくなり、24:45〜26:15まで、神楽と催馬楽を弾き歌いしました。昨夜は荷物を整理したりしていて睡眠時間が少なかったのに、なんで30時まで起きてるんでしょうか私…。
'10.01.27
本番後は更新できず申し訳ありません。宇多津でのコンサートにお運び下さった皆様、有難うございました。最後は歌詞がないまま『人生の並木路』を御一緒にとお願いしたところ、殆どの方が4番まで歌って下さってビックリ!
今日からスッピンに戻り→宇多津の青ノ山展望台から瀬戸大橋と岡山を眺めた後、聖通寺山、東山魁夷せとうち美術館、大崎鼻、瀬戸内海歴史民俗資料館、白峰寺とまわって坂出駅前クリッパークラブへ。マスターに電話をしてお手製のピザを頼みました。自家燻製のベーコンに自家製のソース、これほど美味しいピザはイタリアでも食べられませんよ!
'10.01.26
あれえ〜〜?! 真理子さん褒め過ぎですってば! ブログを拝読すると、あの取材・編集・放送がいかに神速だったかわかります。高松・宇多津の往復だけでも一時間はかかりますから。毎日の放送、本当にご苦労が多いことと思います。でも、いつも素敵な笑顔で皆様に愛されておられる真理子さん! 私の叔母も近くでお話しさせて頂いたことがあるとかで大ファンです。←今日の瀬戸内海、キャプテン・クックの愛した海です。
'10.01.25
ちょっと、というか、かなり働き過ぎ? 13時にホールへ入り、14時前から15時にかけて今日夕方のRNCニュース「リアルタイム」用の収録があり、その後、讃岐うどんを食べたとはいえ、19時までリハーサルをしました。真面目すぎるというか、こんなに歌って明日声がもつのでしょうか? リハーサル終了後、ユープラザうたづの館長さんから「いまテレビ放送が終わりました」と言われ、あれから高松へ戻って編集して放送されるまで歌い続けていたのか…と絶句。それにしてもRNCの看板ニュース番組を担当しておられる美人アナウンサーの真理子さん、顔が小さすぎます〜(旅行にスカートを持ってきておらず、変な格好ですみません→私)。
'10.01.24のぞみで移動中。
本日のコンサートにお運び下さいました皆様、共演者の皆様、そしてこの4回シリーズをずう〜〜っと誠心誠意バックアップして下さった関係各位に心より御礼申し上げます。とても楽しい練習・本番をやらせて頂き感謝に堪えません。私自身の演奏はともかく、共演者の皆さんが良い演奏をして下さったので、お客様に喜んで頂けたことを何より嬉しく思います。私はまた一から出直しますので、今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。
'10.01.23今日も楽しいリハーサルでした。スッぺのマーチ『おお我がオーストリア』とリカルド・カサド編曲の『スペインの花』を聴けただけで感動! こんな日が毎日続くとよいのですが、あり得ませんね…。今回は、ここには書けないのですが、世界の音楽史に残る「大事件」があり、それを明日、グレゴリーに語って貰おうと思っています。今日そのリハーサルをしたら、外国語を聞くことで日本語脳がグチャグチャになるという体験をしてしまいました。彼がドイツ語で話したあとの『望郷の唄』と『夕べ仄かに』は、一番を歌うのに途中から三番を歌ったり、二番になったり…と滅茶苦茶でした。共演者の皆さんの演奏が本当に素晴らしいので、私がそれを台無しにしないよう、これから暗譜を再チェックします。どうか明日、歌詞を間違えませんように…、ドレスが入りますように…(入らなかったら前後半とも同じドレス!?)。
'10.01.23みんなで豊田市へ来ています。しかし、私ときたら(許容量を超えてしまったのか)忘れ物しまくりで大慌てです。ところが、やはりそういう人たちが集まっているからか、お店で入手できないものが仲間内で全て調達できました。たとえば、ブラジル産プロポリス。私はこれを声帯に直接塗布してバリアーにしているのですけれど、昨夜別宅(?)に泊まって絶対に忘れないようにとテーブルの上に置いといたのに、きれいさっぱり忘れてしまいました。タクシーに乗ってすぐ塗ろうと思って探したので無いことに気づいたのですが、いつも昼間はスイスイの東京駅への道が結構混んでいたので泣く泣く諦めました。高くても薬局にあるだろうと思ったからです。それが無かった…。次の瞬間、待ち合わせ場所で会ったSさんに「まさかプロポリス持ってないよね?」と訊くと「持ってますよ」と部屋まで取りに帰ってくれました。今度は練習後、みんなでわいわい御飯を食べ、コンビニへ行った際、調達しようと思っていた歯間ブラシがないとわかりガックリしていたら、Mちゃんが「ゆみさんが使っているブルーのやつ、なぜか出がけに一本だけバッグに入れて来た」と言って差し出してくれるではありませんか!? そう、私はあのワイヤーや糸を使わないタイプじゃなきゃダメなんです。不思議ですね…今日は他にもいっぱい助けてもらったことがありました。助けられた一日に感謝です。
'10.01.21皆さん流石でした。初顔合わせの人も居る中、すべて一回で通り、17時〜19時でリハーサル終了。アンコールの(ってバラしてもいいんでしょうか?)オーストリアの国民歌「おお我がオーストリア」をトリオに入れたスッぺのマーチはグレゴリーがトップを弾いているのですから当然ですがウィーンのリズムそのものだし、例の「スペインの花」も素晴らしい演奏でした。ホントに今日初めて会ったの? という演奏が出来るのがプロであって、完璧主義の(主義だけで完璧とはほど遠い)私が選んだアーティストの皆さんですから予測できた内容ではありました。ホールでのリハーサルもありますし、心配なのは私の暗譜だけ…といったところでしょうか。
'10.01.21
グレゴリーはもう東京に来てくれています! ←これは、前回グレゴリーと古賀メロをやった時(いつだったかな〜と過去のデータを調べたら2002年11月30日でした)、古賀財団の山本理事長から頂戴したスワロフスキィのブローチです。まさにオーストリア! シュランメル・アンサンブルと古賀メロの関係を意識して選んで下さったのだと思います。お高い品ですし、大切な記念品なので、大事にしまってあったのですが、ここぞとばかりにブローチに合うドレスを選んでみました。これが着る前にパンパンになってしまった(!?)スリップドレスです。どうも私はブルーが好きみたいですね。
'10.01.20
風邪の方は本葛に羅漢果とすり下ろした生姜を入れた葛湯でしのいでいます(子供の頃、あめ湯と呼んでいたものと似た味わい)。ほわんと幸せな気持ちになりますが、別次元でちょいと限界を超えてしまったようで、落ち込んでいました…。
なんてことを書くから御心配いただいてしまい申し訳ございません、川越市のN様。一応、優先順位をつける訓練をした方がよさそう…と考えています。それから、N先生、今日は(も!!)便宜をはかって頂き、有り難うございました。本当に時間に追われていましたので助かりました。元気に行ってまいります!
'10.01.19
夕方、いつものスーパーへ行くと、きれいな鰊がありました。美味しそうだな〜と思い、店員さんに「どうやって食べるのが美味しいですか?」と尋ねますと(←瀬戸内海のお魚以外は詳しくない)、「塩焼きですね」と言われたので、早速、七輪に備長炭を入れてセット(最初はいつものように床に置いてます)。それからテレビをつけたりしていると、リビングに煙が充満してくるではありませんか! 大慌てで七輪をガスレンジに載せ、そういえば鰊は脂が多いと聞いてたなぁ…と思い出しつつ焼きました。さすがに炭火焼きだと美味しかったです。本当は焼き魚と御飯とお味噌汁くらいにしておくと太りすぎを防げるんですけどね。幾つになっても食い意地が張っているため、さらにほうぼうのカルパッチョとサラダ、常陸牛の網焼きとキムチ(家人は例の如く拒否して五穀醤油を垂らしてましたが、私はキムチを少し炙ったお肉で巻いて食べるのが好み)まで食べたため、購入したばかりのドレスが早くもパンパンになってしまいました。本番が迫っているので着られなくなりはしないかと心配です。
'10.01.18ふう〜ん、一瞬しか見られないけどこういう写真だったんだ…(私がイタリアへ行っている間に撮影があったようなので)。本は見本をパラパラ読んでみたら(連載を読んでいなかったことが問題視されそうですが)私には面白い。今さらながら、頭の出来がだいぶ違うらしい…。
'10.01.18うっかりしてユープラザうたづのコンサート進行表を作るのを忘れていました。慌てて作って送ったところです。私の場合、セッティングの時間を計算して、何を何分しゃべるかを自分でまとめるため、本人が進行表を作るしかありません。今はまだ内容を詳しく詰めていませんが、だいたいこういうことを話そうと時間を決め、あとはアドリブでやります。コンサートに「話」を入れ始めた当初は、歌おうとすると頭の中が真っ白で最初の歌詞が思い出せない(身体が覚えているので歌い出せますが)…と焦ることが多かったのですが、最近は冷や汗をかくようなことはありません。暗譜もまだ大丈夫ですが、昔のようにはいきません。学生時代は二日も歌えば暗譜できると豪語していましたし、新作も必ず暗譜で歌う主義なので、林先生からは「暗譜の天才」とからかわれていました(「歌唱の天才」と言われないところがミソかな?)。
今はさまざまなことが上り調子で毎日が発見に満ちていますが、以前は、筋力や体力が衰える時が来ることが恐怖でした。それが、催馬楽や神楽を演るようになって、バレリーナの技術ではなく、日本舞踊の技術で出来る日本の歌を選んだことが正解だったと思えるようになりました。歌においては(一人一人声帯が違うため)自分が自分の先生になるしかありませんが、学生時代から芸大中の先生をつかまえては『梁塵秘抄・口伝集』について質問しまくり(答えて下さった先生は一人も居られませんでした)、暗記するほど読んでいたことが、これまで使ったことのない声へすんなりと導いてくれましたし。古代歌謡によって新しい世界が開けたこと、これまでのテクニックがつながったことに感謝しながら毎日の練習を楽しんでいます。
'10.01.17ただいま31時、ようやく火急の仕事が片付きました。なかなか演奏オンリーの態勢にはなれませんね…。私が世間知らずなだけかも知れませんが、小包を印鑑押さずに玄関に置いて貰う手続きがあるってことを今日初めて知りました。どうしても仕事に必要なものを(不在でも受け取れるように)普通郵便で頼み、一週間待ちに待ちました。やっとそれが届いたかと思いきや、ポストに不在票が?! 18時過ぎにそれを見つけ、すぐに郵便局(って言わないのかな?)に電話をしました。「普通郵便なのに、なぜ置いていってくれないんですか?」と訊くと、「ポストに入らない大きさだったからです」と言うので、「私は構いませんから、不在時はドアの前に置いて下さい」とお願いし、買い物に出ました。戻ってみると、再びポストに不在票が?! やむなく寒風吹き荒ぶ中バイクを飛ばしました(まだ熱が下がりきらないため抗生物質を飲んでる私…)。夜間受付で同じ事を言うと、「小包でも書留でも指定の場所に置いてゆくには手続きが必要です」と用紙をくれたので、即「大型普通郵便を玄関に置く」に○をつけて提出しました(紛失した場合、責任を問われたくないだけですね)。手袋をしていたのに帰宅後はしもやけが再発。この季節、バイクしか乗れないのはキツイですね…。それに、うちの周囲のガソリンスタンドが店も閉めてしまい、何キロも走らないとガソリンを入れられないのもツライ…。
'10.01.16このあいだ胃が痛かったのはストレスではなく風邪だったようです。痛みが弱まった14日深夜(15日2時頃?)から発熱し、頭がガンガンして動けなくなったので慌てて抗生物質を飲み事なきを得ました。で、やっと15日夜から普通の食事に。今日は、いつもの、この先どう化けるかわからない和牛スネ肉と玉葱とドライトマトを煮ただけのものを作りました。七輪だと焦げつく心配もなく、とろりとしたスープになります。このまま塩なしでもいけますが、何を希望されるかわからないので、その時の風まかせ…です(結局そのまま塩胡椒なしで!)。
一つ仕事が片付いたら二つ仕事が来たため今日は32時まで仕事をしましたが、火急の原稿執筆がもう一つ残ってしまいました。もう33時近いので起床後すぐに書いて送ります。
'10.01.15喋りました。時間を伺っていなかったので、もしかしたら喋り過ぎたかも知れません。富由美さんと龍太郎さんには、昨秋、和琴コンサート(東山魁夷せとうち美術館)の翌日、スタジオで和琴の音を聴いて頂いたので、つい気易く…(初っ端から笑いをブチかまされましたし!?)。
しかし、肝腎なことを話し忘れました。何てことでしょう。実は今回、『悲しい酒』の自筆初稿を初めて演奏させて頂くんです。本当はウィーンで録音したかったのですけれど、作詞家がレコード発売前に削ってしまった歌詞が入っているため、御存命中は歌われることを嫌がっておられたのです。とは申せ、作曲の視点からみて資料的価値の高い楽譜を手にしてしまった以上、歌いたいと思うのは演奏家の性…でございまして、録音するわけではありませんし、古賀政男の初稿がどんな風に変わっていったのかを皆様に知って頂くことも大切なのではないかと考え続けており、満を持しての披露になります。…とまあ、こんな風にコンサートの内容を御説明しなくてはならなかったんですねぇ(嘆息)。24日の豊田市コンサートホール、26日のユープラザうたづ、いずれも前半の最後にビックリの『悲しい酒』初稿演奏をやります!
'10.01.1515日はRNCラジオのインタヴューがあるので早めに休まねばと思いつつ28時を過ぎました。今月26日のユープラザうたづでの「古賀メロ・コンサート」と来月26日の「和琴コンサート」について話す予定です。グレゴリーが降りてくれたウィーンフィルのツアーは、何と指揮がバレンボイムとブーレーズで、ウィーンでの定期演奏会のあと、ニューヨークで3回の本番(今まさに旅行中!)だったんですね。かなり魅力的なプログラムで私が聴きに行きたいくらいですから、彼も弾きたかったと思います。…で、古賀メロですけれど、たとえば『悲しい酒』を美空ひばりと同じ調で歌うためには、相当低いミの音を何度も歌わなくてはなりません。私は学生時代からすぐ下のレまで練習しないで出ていたのですが、ミの音色を自在にコントロールする技術がなく、やっと出ている…という風にしか歌えませんでした。ところが、2007年に古代歌謡をやり始めると、さらに下のラまで出さなくてはならず、練習しているうちにラ♭まで出るようになった次第です。すると、ミが歌いたい音色で歌えるようになりました。どう生きても私が一生に出来ることなんか知れていると思いますし、下のファが出るようになったとしても何ら世のため人のためにはなりません。ただ、こんな小さなことが嬉しいし、いつまでもイメージを音にする夢をあきらめたくないと思っています。要するに世間に認められるとか、成功をおさめるといった概念が欠落しているんでしょうね。実在ともドラマとも違うと思いますが、言葉の意味だけでいえば「裸の大将放浪記」みたいな生き方がしたいかな…。
'10.01.14プログラムは何とか形になったみたいです。昨日からずっと胃が痛くてメモを書く元気はありませんが、アコ用に頼んでいたクッション階段が届いたので久々に更新。今日の二食目は雑炊にしました。もちろんキムチ入りが私です。ほんとに胃が痛いの? と疑われながら(なにせ心因性なものですから)…。
'10.01.13

昨日、今日と「伊福部昭の音楽 vol.2」のプログラムノートを作っています。解説は結局、片山先生が、時間ばかり使って一向に完成しない私の執筆の様子を見ているだけで具合が悪くなるとのことで、12日2:50に送ってくれました。それからレイアウトを決めて、プロフィールの字数などを揃えて寝たのですが、今日歌詞を入れたら上手くいかず、やり直し。さすがにもう32時なので疲れました。起床後、すべての原稿を4頁に収められたら印刷所に送って無罪放免です。ともかく1日も早く歌に専念できる環境にしなくてはと頑張っています。気分転換に和琴の画像をUPします。インターネット上には和琴と銘打って画像や文章をUPされている方が多いようなので、正真正銘の和琴画像を! 上はすぐに消さなくてはならないと思いますが、たぶん楽部で使われているもの。これが柾目に近いんですよ。それで私はこういうのが高いと思ったわけです。そうしたら下の玉杢の和琴が届いて、ふう〜ん…と思っていたら師匠に「もしかして柾目の方が高級だと思っていませんか?」と見破られた次第です。あああ恥ずかしい…、これほどの楽器を持つのに相応しくない私なのでした(↑はい、自慢画像です)。
'10.01.12
Y子さんからイタリアのお土産が届きました! 私はまだ送っていないのに…こんなに沢山お送り頂いて…どうしましょう。しかも、どれも立派なものばかり。トリュフ入りチョコレートは画像中央上の赤いシールのついた袋と同じメーカーですが、筒入りは初めて見ました。日本で買ったら(買えませんが)ゆうに1万円を超えるというか、現地価格でも1万円くらいするお土産、感謝しつつ頂きます。オルヴィエートといい、ペルージャといい、古代エトルリア文明の重要な遺跡の中に身を置けるだけで幸せを感じますよね…。JALがローマ直行便を廃止した今年、私はどうするんでしょう?
'10.01.11毎日、練習が楽しくてしかたありません。やはり神楽催馬楽の稽古を中止しなくて済むのは(そのぶん時間貧乏になるとしても)何物にも代え難い喜びです。古賀メロの練習に2時間、和琴の弾き歌いに2時間、本当はもっと歌いたいのですけれど、歌い過ぎると声帯に負担がかかるので、あとは声を使わずイメージトレーニングをしています。そんな折、姪のMちゃん(う〜ん、私の回りには本当にMちゃんが多いですねぇ)からお菓子が届いたため久々に電話をしました。妹が出たので、「お正月に水仕事をし過ぎて手がしもやけになったみたい。洗剤を使わないから後片付けに時間がかかって…」とこぼすと、「排水溝のためにも汚れを乳化してから流した方が良いと思う」と、洗剤のアドレスを教えてくれました。しかし(!?)お米を洗剤で洗うなんて私には想像を絶する話です。でも、似た体質の妹が薦めてくれるんですから注文してみました。少しでも水仕事の時間が短くなれば、あかぎれも防げるでしょう。…で、しもやけの手ではステージに出られないので、紫雲膏のお世話に。以前は紀伊国屋薬局で買っていましたが、ウチダの紫雲膏の方がよいと聞いて小さいのを購入し、アレルギー性鼻炎の時に鼻の粘膜に塗ったらよく効いたので、今回は大きい方を購入。しもやけは翌日には目立たなくなりましたが、左手の甲を触ると少しガサガサしているため暫く塗ろうと思います。零細なクラシック歌手ゆえの悲哀ですね(外国に行くと手荒れとは無縁なのに…)。
トップページに和琴コンサートの日程をUPしました。
'10.01.10今日も早や31時前です。連休で停滞中の仕事を横目に出来そうな仕事を片付けているため少し先が見えてきました。グレゴリーの来日まであと10日。豊田市のホームページやチラシに「ウィーンからの出演者は変更する場合があります」と記載して頂いたのは、歌劇場の演目に『屋根の上のヴァイオリン弾き』が挙がったり、ステージでシュランメル音楽を弾く場面のあるオペラが挙がったりすると来日できなくなるためでした。去年の6月にそれはクリアできたのですが、そのあとウィーンフィルのアメリカツアーが入り肝を冷やしました。帰国した日に日本へ向けて出発するのは無理なので降りてくれて助かりました。こんな綱渡りをしてまでグレゴリーに頼んだのには訳があります。ウィーンフィルのメンバーなら誰でもいいというわけではないのです。ウィーン・シュランメル・アンサンブルと最初のアルバムを録った時、トップを弾いてくれたグレゴリーが私にこう言ったのです。「あなたが日本で古賀の音楽を演奏することには偏見があるでしょう?」ビックリしました。「その通りだけど、なぜ?」と訊き返すと「僕がシュランメルをやることも偏見との闘いだから」と言うではありませんか!? 初対面でこのような会話をできる日本人演奏家が居るでしょうか(居るかも知れませんが、私は存知ません。ウィーンよりもずっとずっとクラシック音楽コンプレックスが根強く蔓延っている国ですから)。彼は続けました。「ヨハン・シュトラウスやヨハネス・ブラームスがシュランメル音楽のファンだったことは有名だし、その後の作曲家たちもその音楽を採り入れて作曲している。それは歴史的事実なのに、クラシック音楽ファンはポピュラーだというだけで低く見る傾向がある!」それって日本における古賀メロの位置そのもの!? ウィーンフィルにだってシンフォニカーにだってシュランメルン(シュランメル楽団)があるのに! そうグレゴリーと私は同じ苦労を味わっていたわけです。私は古賀メロの書法を仏教声明と関連づけて『「演歌」のススメ』を書き、グレゴリーはシュランメル以後の作曲家たちが、シュランメル音楽をどんな風に自作に採り入れているかを研究してきました。それこそ「ウィーン人でもないくせに」との偏見と闘いながら。日本人なら誰でも日本語の歌詞が聴き取れるように歌えるわけではないのと同じように、ウィーンの音楽家なら誰でもシュランメル音楽らしい演奏ができるというわけではありません。さまざまな時代のさまざまな音楽スタイルを弾き分けられる演奏家かどうかが私にとって重要なのです。古賀メロの何たるかさえ理解できないのに、「ええ〜古賀メロですかぁ」なんて言う演奏家とは演れませんので。久々のグレゴリーとの共演、ほんとうに楽しみです。彼と私だから出来る音楽、彼と私にしか出せない味…を楽しめるのが演奏の醍醐味ですよね。
'10.01.09またしても連休に気づかず、必要な物を調達し損なって困っています。浮世離れし過ぎていてとんでもないですね、私…。連休明けにはプログラムを印刷所に入れなくてはなりませんし。早く仕上げたつもりが、結局いつものペースに。
いつもと言えば、本番前には古代歌謡の練習をやめないと発声のバランスがとれなくなるのですが、今回はドンピシャリ! 全く同じポジションで歌えます(もちろん『東京ラプソディー』などのような外国曲の編曲ものは発声を変えなくては歌えませんが)。山田耕筰や古関裕而は絶対に古代歌謡と一緒に歌えないので、西洋のクラシック音楽を基盤にしていると断言できます。山田耕筰の『赤とんぼ』の原曲がシューマンだと知る以前に、まず日本的な歌唱法では歌えないため、どうも元ネタがあるらしいと感じていました。古賀メロディーは仏教声明を基盤としていますから、細かい歌い廻しが古代歌謡と違っても、息のおろし方(いわゆる臍下丹田に力を込める)に共通項があるため一緒に歌えるのでしょう。もちろん伊福部作品も大丈夫。伊福部先生は『日本誕生』でしたか、その題材から、映画音楽に催馬楽『安名尊』のフシをほぼそのまま使っておられますよね。あ、そう言えば『踏歌』というタイトルの作品もありました。器楽曲の話はあまり伺わなかったので(もっとも催馬楽の弾き歌いをする前には気づかなかったことばかりですが、踏歌の神事は催馬楽を歌いながら踊るため)、ちょっと気になります。ああぁ調べなきゃ…(という風に興味が尽きないため仕事が滞るんですよね)。
'10.01.087日31時です。今日は和琴のお稽古でした。1日にメモした「和琴譜だと呂歌で2音律歌で3音しか歌と和琴の音が合致しないため演奏されないのだと主張される方」の説が納得できなかったことと、昭和5年に録音された催馬楽の音源を偶然入手したことで、音階を自分で調べ直した結果、的を射た質問ができたらしく、少し輪郭が見え始めました。昭和5年の録音と戦後の録音では管絃の伴奏が違います。歌の音程も伴奏に引きずられている感じですし(とはいえ、明治撰定譜の和琴譜で演奏している私には関係ないのですが)。また「呂歌で2音律歌で3音しか歌と和琴の音が合致しない」という点は、呂歌では2音しか合わない曲が2曲(装飾音を入れると3音の曲も)、3音合う曲が2曲律歌では3音合う曲が1曲と4音合う曲が1曲でした。そもそも絃が6本で、音は5音(2音はオクターヴ)しかないのですから、3音も合えば十分だろうという気がしますが。歌と伴奏の音が合えばいいなんて考えること自体、つまらない調性音楽を有り難がる教育の弊害でしょう? それより音律にない音をたくさん派生させている点がお洒落なんですから、その魅力を論じるべきでは? と感じます。雅楽に西洋音楽至上主義を持ち込むなんて…(まぁ、野暮としか言いようがありませんね)!
'10.01.07昔の風習は侮れない…と感じることの多い私ですが、今日もまた実感させられました。
豊田市の「古賀メロ」プログラムに続き、ユープラザうたづでの「古賀メロ」プログラムに掲載しようと古賀政男の経歴を書いていたら、元日からの食べ過ぎが響いたのか(いや年中という声も)胃がむかついてきました。7日から授業が始まるという家人に、朝までに七草粥を作っておくからね、と言ったことすら忘れていたのに、しっかり身体が教えてくれました。七草粥が必要な日が来たよ…と。
'10.01.06結局、今日も雅楽に明け雅楽で暮れました(いやもう29時なので「明けました」かな?)。私用の凄い楽譜を作ったんです。家人からは「凄いと思うけど誰も使わないから…」とのお言葉。それって、また人から必要とされない仕事に夢中になってるって意味でしょうか? なんてからんでもしかたありません。我々は年中休み無しに働くしか能のない仲間なので。12月31日であろうが、1月1日であろうが、家に居れば二人とも15時間くらいパソコンの前に座ってますからね。そうそうこの本の表紙ですが、ちょっと位置が違うけれど、まだ本が入らない状態の画像もHP内にありました(左の画像が90畳の4分の1くらいかなぁ?)。近々もう一冊、政治思想関係の共著も出るようです。同じようにパソコンに向かっていても、完成する原稿の枚数が3〜50倍は違う(私は字数が少ない原稿の方が難しくて時間がかかるんです!?)と思いますし、人には向き不向きがあるってことを日々痛感させられています。
いま思い出したのですけれど、夕食を食べていた零時頃、今月は出版社に300枚書いて入れなくてはならないと言ってたような気が…。新聞のレギュラーもあるし、2月8日のプログラムは無理かもしれません。もしかして野坂先生と私が分担して書かないと間に合わないかも。大変!? これからメールを差し上げなくては(31時…)。
'10.01.05もう32時を過ぎていました。早くも年頭から崩壊の兆しが…!? 萬古焼の仕切りのある土鍋がお雑煮の下ごしらえをするのに便利だったので昨日UPしようと思ったら、調べ物をしているうちに寝てしまいました。今日は零時から和琴譜の疑問点をクリアするため、6曲を五線譜に書き写した上で現在歌われている形との違いをチェックしたら8時間経っていました。自分で調べた甲斐あって専門書の間違いが見つかりました。これで次のお稽古の準備も万全です。雅楽に接していると日本人の美意識の質と高さを実感できるので、つい時間を忘れてしまいます。催馬楽の場合は基本となる音律にない音を5音も6音も派生させているから神秘的な響きになるんでしょうね…。
'10.01.0333時頃に書いた↓メモは眠気に勝てず中途半端に終わってしまいました。今日はまだ27時、これから仕事なのでその前に続きを書きます。これまで人から必要とされない仕事を黙々と続けてきた私ですが、ある時ふと、自分がやりたいことを未だやっていないと気づきました。どんなことかと言うと、作りっぽくなく自然に歌える‘うた’、どこから始まってどこで終わるのかわからない‘うた’、作り手が自分を主張しない‘うた’…そんな‘うた’を歌ってみたかった。でも具体的な曲目が浮かんでこない。そんな時に竹久夢二記念館の館長さんに「自分で作曲したら?」と言われたんです。最初はまさか…と笑っていたのですが、どんどん曲が生まれて、自分で伴奏をつけて歌っていたら毎日伴奏が変わるので、手のつけようがない、と諦めていたところにジャズピアニスト福田重男さんとの出会いが! 音楽をやってきた畑が違うとはいえ、構えずズバッと本音で語ってしまうところが似ている(?!)ように思うので、もしかすると血の雨が降るかも知れませんが、童謡一つとっても福田さんの手にかかったらどんな風に変わるんだろう? との期待感が大きく、共演をお願いしてしまいました。まして私の作品もどきに至っては、自分の腕では弾ききれないイメージばかりが膨らんで困っていたので、福田さんの即興演奏におすがりするしかありません。初めてのことは先が見えなくて当然なのですが、それにしてもまるで格闘技の世界にでも足を踏み入れようかという場違い感があります。
6月26日(土)の夜、東京文化会館(小ホール)での『 美しい日本の歌」vol.10‘わらべがおか’をめぐる詩人たち』、‘わらべがおか’はもちろん谷川雁『白いうた青いうた』所収の歌のタイトルです。雁さんへ「私は気づいてますよ」とのメッセージを送るコンサートでもあります。どうぞお楽しみに(というか間違いなく一番楽しみにしているのは私です)!
'10.01.02昨日のメモに雅楽のことを書いてから、イタリアでマエストロに「あなたが弾いているオルガンの先祖は雅楽のですよ」と伝え忘れたことに気づきました。わざわざ重くて高い本を買ってプレゼントしたのに…。さすがに2冊買うのに勇気が要りましたが、我が師匠のインタビュー形式の講義をまとめた本ですので、師匠から頂戴した4枚組のCDをつけて差し上げました。
…と書きたいと思いつつ、気がつけば32時。さっき、ようやくプログラム原稿が完成しました。載せたいデータがたくさんあって、少ない字数でまとめるのに時間がかかりました。
古賀政男の音楽が好きで口ずさんだりするのに理屈は要りません。テレビの構造もわからずスイッチを入れることしか知らない私でもテレビを見られるように。でも、もしテレビが映らなくなれば、ほとんどの方は電器屋さんを呼ぶでしょう。このように皆さんから必要とされる職業は本当に羨ましい限りです。歌は誰にでもうたえるし、どんな風に歌おうと自分の勝手。万が一、のどを壊したら耳鼻咽喉科へ行けばよいだけです。私のような人間に存在理由があるとしたら、作曲家がどういう楽譜や文章を残し、どういう音楽を目指していたのかを掘り下げることかも? と思って、音楽の背景や演奏の基盤を文字にしてきましたが、そんなものはまず生活の役には立ちません。ただ、演奏家だから気づく視点というものがあるとすれば日本の音楽史の中で作品を位置づけられるかも知れないなどと、誰からも必要とされていないことをここまで続けてきただけ…。まったくもって粋狂な話です。
'10.01.01新年あけまして御目出度うございます。
今年はさまざまな新しいことをやらせていただく予定です。昨年の誕生日に和琴をプレゼントしてもらったことで私の人生は大きく変わりました。今となってみれば無駄な回り道をしてしまったものだと思いますが、日本の音楽教育を受けてきた私には考えもつかないことでした。単に、西洋の物差しで日本の音楽を見ず、日本の伝統音楽の物差しで日本の音楽を考えるというだけのことなのですが…。ピアノやシンセサイザーなどではなく和琴の性能から日本や東洋の音楽を考えると靄が晴れてスッキリと形が見えてきます。
引き受けた当初、ちょっと大変かな? と思った「縄文の音を考える」レクチャーコンサート和琴のお蔭で我ながら楽しいプログラムになったと思います。三分損益法だって、言葉だけで説明すると時間がかかり過ぎるけれど、和琴があれば即座に御理解いただけますし。
そして今年は、図々しくも、和琴弾き歌いコンサートを何度か行なう予定です。最初は自分で楽しめればよいと思っていたのですが、師匠にお尋ねしたら、和琴譜による催馬楽の演奏は楽部では取り上げる機会がほとんどないとのことで、平成2年4月の「ヤマトゴトU」の公演でも『安名尊』(呂歌)と『伊勢海』(律歌)しか取り上げられていませんでした。プログラムには‘明治生まれの楽師の方でさえ聴いたことが無いというので明治前半で廃れたのだろう’と書かれていました。それに女声の弾き歌いは楽部ではあり得ないので、もしかすると平安時代以降は皆無かも…ということになると演奏を復活させたい、と願うのが私の性格。しかも、現在は合奏での伴奏が主流で、和琴譜だと呂歌で2音、律歌で3音しか歌と和琴の音が合致しないため演奏されないのだと主張される方までいらして首をひねっているところです。もしかして倍音を度外視しておられるのではないでしょうか? 以前ここに書きましたが、伊福部先生からティンパニでファを叩くとファ♯が同時に鳴ると教えて頂きました。倍音は楽器によって違いますし、まだ和琴の倍音を調べていませんが、日本人の耳を卑下し過ぎてはいけないと思います。催馬楽のふしと和琴伴奏の半音のぶつかりは、すごくお洒落ですよ!
ともあれ、『明治撰定譜』(宮内庁楽部蔵)の「催馬楽和琴譜」は全て(と言っても6曲しかありませんが)弾き歌いできるようになりました。
2月25日(広島)『伊勢海(いせのうみ)』『美濃山(みのやま)』
2月26日(宇多津)『伊勢海』『更衣(ころもがへ)』『美濃山』『安名尊(あなたふと)』

東京では10月に『山城(やましろ)』『席田(むしろだ)』を含む全6曲を演奏させて頂く予定です。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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