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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.01.30

昨日、買い物へ行ったら期日前投票ができると
言われ、免許証を見せて済ませました。どんな
理由もなかったのですが、終わってよかった。

やっと眠気から解放された昨日、本格的な練習
再開にあたり、身体づくりを始めようと思って
いました。1/26に山で演奏修行しようと、胡坐
に近い和琴の演奏姿勢をとろうとしたら左足が
攣って曲がらず、投げ出したまま弾きました!?

もちろん寒い中をバイクで1時間半ほど走って
冷えたせいもあるでしょう。けれど、今までに
経験がないし、老化現象なら大変なことです。
誕生日を来週に控え、一昨日の夜、3ヶ月先輩の
同級生に、「人生七〇からだよ!!」と活を入れら
れたこともあって、身体を整えてまいります。

さて、何でもよく食べる家人はとくに中華系が
好きなのですが、ずっと作っていなかったため
昨夜のメインをバクバク食べながら、「明日は
麻婆豆腐が食べたい」と言ってました。OK了!
'26.01.29

「結局、轟音はどうだったの?」と訊かれました。
すみません、ブログに書いていませんでしたね。
距離的に浦島神社が肉眼で見える場所だったし、
『神上』を演奏していたら、最後の最後にゴオ〜
という轟音が聞こえてきました。ともに1時間に
一度のペースで飛んで来るだけなので大丈夫。

そうそう、2Fのツバメが巣に藁を運んでました。
巣に入れる際、ストーヴの上に落としていたので
手で掃ってから点火しました。彼らなりに、冬の
過ごし方を工夫しているようで、頼もしい限り。

'26.01.28
 さぬきキウイっこは香川県と香川大学が共同研究に取り組み、日本に自生しているシマサルナシと食味のよいキウイフルーツを交配して育成したオリジナルキウイフルーツです。キウイは包丁を使うと酸味が際立ちますが、さぬきキウイっこは手で割ってそのまま食べられる手軽さと、和三盆のような甘さが魅力です。香川県は、らりるれレタスさぬきのめざめ(巨大アスパラガス)等、美味しい新品種を誕生させていますね。
 今回の帰省は、直前まで歯茎が痛かったので、2泊3日のあいだ電位マットで寝られないことが不安でした。痛みが再発したらどうしよう? と心配していたら、少し疲れ気味かな? と感じる程度で帰京できたのですが、2日間の睡眠の質が低すぎたようで、今日は午前3時〜10時、午後2時〜6時まで、計11時間も熟睡してしまいました。人生初!! です。
'26.01.27
 16時に帰宅したら、小さめのツバメが2羽巣に入っていました。オスは燕尾が長いため縦には入れませんが、この子たちは頭だけ出しているのでメスですね。明るいうちに灯油を入れておこうと出窓を開けても飛び立たず、再び灯油缶をセットするまで見ていました。連日「もうストーヴを点けたよ」と家人から聞いていたので安心してましたが、元気そうで良かったです。
 高松空港にはなぜか徳島空港で買えなくなった「鳴門っ娘」がありました。徳島のM先生に頂戴して以降、何度も取り寄せた小麦粉不使用の鳴門金時型芋菓子です。
 ブログは『あとで消す日記』と神楽歌とは?


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com