| 日付 | メ モ |
| '12.02.10 | あ〜〜、忙しかった! 函館から戻って連日予定が目白押しでしたが、週末を迎え、やっと落ち着きを取り戻しつつあります。 …で、ふと気付くと、もう19日の歌詞カードや資料を作り始めないと間に合わないところまで来ていました。 19日のお客様は(欠席される方がおられないとしたら)御予約いただいた皆様で丁度よい感じです。 昨年の和歌披講にしても初めての試みで手探り状態ではありましたが、終わってみると非常に楽しかった という印象しかないため、今年の「いまうた・むかしうた」も私自身が新しい視点で楽しめるよう頑張ります。↓下の謎のコメントですが、一つはカタがつきました。私はガキ大将の時代からケンカが強い(?!)ので。 もう一つは、この国のマスコミの体質の問題なので、どうにも解決のしようがないように思います。 ただ一つたしかに言えることは、日本はマスコミなんか無い時代からずうっと存続されていて、 かつてはきちんと国の行く末を見据えて動く人たちがいたってこと。 それが今じゃマスコミの影響力を過信する人々が、人の知的財産権を無視して 何でもパクろうとすることが野放しにされているのですから恐ろしい限り。 高い給料を貰っているエリートが、一介のフリーの演奏家が自前でコツコツと積み重ねてきた研究を 平然とタダで奪うということが許されてよいものでしょうか? これまでは自分の権利を主張したことなどありませんでしたが、今後はことと次第によっては 行動を起こすことがあってもよいのかな…?という気がしてまいりました。
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| '12.02.08 | ある事情により、7日22:30〜23:30、25:00〜30:00の間、ずっとバイクに乗っていました。←物凄い走行距離。 今は詳しくは申せませんが、このところ理不尽な目にばかり遭っています。 相手が聞く耳を持たない場合は無視するほかないと思ってはいるのですが、 「売られたケンカは買う」性格なので、厄介ごとに巻き込まれやすいわけです。
あまりに身体が冷え、振動で腰が痛くなってしまい、メールを書く元気もありません。 いま31:30なのに眠る気にもなれませんが、たぶん今日は返信できないと思うので御容赦ください。
なぜ心静かに生きることを邪魔するのか、人の時間や考えを掠め取ろうとするのか、 本当に理解できません。私には名誉欲も権勢欲もありませんので、どうか放置して下さい。 幼稚園の頃から、求むれば敗ると心得て生きてきました。 いまさら生き方を変えるなんて無理でしょう? 頑固ですみません。
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| '12.02.07 |
無事帰宅し、戸澤先生のCD『ファゴット協奏曲集』を聴きながら書いています。 素晴らしいです、ソリストをつとめるとなれば良い音を出そうとか何らかの気負いがあって普通だと思うのですが、 まるでタバコでも燻らせているかのような自然体。 これが伊福部先生が高く評価されていた戸澤先生の魅力なんですね。 1994年1月30日に記された御本人のライナーノートも実に先生らしくて素敵。 "自分の演奏したものがレコードになる"という事は、音で飯を喰っている者にとって最高の喜びの筈だ。しかしスタジオに行く日が近づくにつれて徐々に不安感が増してきた。それは日頃目標としてきた世界の名手達の演奏を改めて聴き直すと、その見事さに益々気持ちが萎えてくるのである。 考えたあげく自分なりの結論に達した。それは幸い?にも楽器に接してから音楽先進国たる欧米で学ぶチャンスがなかったことだ。故に日本の一ファゴット吹きが珍品を作るのも一興と考えるに至った。 かくなる上は日本で学んだ西洋音楽らしきものを、臆面もなく演奏してみようと心に決めた。又々幸いな事に、モーツァルト、ウェーバーの諸先生とは面識も、直接のおつき合いもない利点?を生かして自分勝手にやらせて頂くことにする。(後略) これを書いている途中、イタリアからメールが届いていたのでUPしてから聴いていますが、 戸澤先生の「自分勝手」な演奏がマエストロの演奏と同質であることに驚いています!! うーん、私もヴィヴァルディ先生たちの作品を「自分勝手」に歌うぞ!という気になってきました。
さて私は自他を問わず「いまの音」にしか興味がなく、戸澤先生の経歴も存じませんでしたが (家人がこのCDの解説の一部を書いているため、以前CDを聴いた折に読んだはずなのに)、 のちのちのためメモに残しておきます。 海軍軍楽隊でクラリネット、ファゴットを覚え、戦後は東宝交響楽団、近衛管弦楽団、NHK交響楽団を経て 日本フィル創立時のメンバーとなり、分裂後は新日本フィル、それから札幌交響楽団でしょうか? 1972年に他者が書いたプロフィールを1994年のCDに使っているため、よくわかりません。 なぜ御本人に直接おききして新しいプロフィールを載せなかったのでしょう? う〜む、黛敏郎『10楽器のための喜遊曲』、いいですねぇ。1969年の録音なのに、いま聴いても凄く新しい感じ。 演奏家が生き生きしてるのは曲がいいからですよね。みんなの才能がぶつかって飛沫があがってる!! あ、終わっちゃいました。夢中で聴いていたため、この程度のメモを一時間も書いていることになります。 右側の写真は、函館空港から見た函館山?(だと思います) 山梨県生まれの戸澤先生は海の近くに居を構えられ、1999年に他界されました。 先生の釣った魚を食べに行きますとの約束を果たせないまま…。
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| '12.02.06 |
ラビスタ函館ベイ、最上階の露天風呂に入ってきました。ここは夕方から翌朝まで夜通し入れます。 北側と南側の露天風呂に入ってみましたが、ガラスを張り巡らせてあっても雪が吹き込むんですね。 やはり北側の方が融けづらいようです。ともかくここの温泉は肌がすべすべになります!函館での「うたの寺子屋」の依頼があった時、陸路で和琴を運べないとか寒いとか、さまざまな問題があった にも拘わらず、すんなりとお引き受けしたのは、ファゴットの戸澤先生が亡くなられた地だったからです。 私が戸澤宗雄先生のお名前を知ったのは1994年のこと。 『伊福部昭・全歌曲』をセッションで録ることになった際です。伊福部先生に共演者についてのお考えを伺うと、 本物の器楽奏者というのは、どこまでが楽器でどこからが腕なのかわからないのが理想で、 まさにそういうダンディーなファゴット吹きを知っていると仰るではありませんか。 それが元札響のメンバーで、当時は津山にあった作陽音楽大学の教授だった戸澤先生でした。 むかし伊福部先生の映画音楽もずいぶん録音されたそうで、いわゆる楽隊屋の雰囲気の漂う音楽家でした。 1995年2月27日、群馬県大泉文化村へいらして下さった戸澤先生は、定年退職後、趣味の釣りをしたいからと 函館へ移られました。そして当時、仙台に居た私に「酒の肴では同等になったと思っています」などと お便りを下さったりしていました。そんな戸澤先生の在りし日をしのぶためにやって来たのです。
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| '12.02.05 |
数年前に購入したものの一生着ることはあるまいと思っていた毛皮のコート。エスキモーみたいな私ですが、 道行く人々が一様に「寒い寒い」と口にされる中、平然と吹雪の中を歩けました。 しかし、もう二度と着る機会はないでしょう。嵩張るし…。今日はこの山台一つが私のステージでした。 ここに到達するまでが大変で、あり得ないことの連続でしたが、支援会員の皆様の会費を使わせて頂いて ラビスタ函館ベイに宿泊しているわけですから、午前中の「うたの寺子屋」、午後の「藍川メソッド」ともに ボランティアでやらせて頂くのは当たり前。ご参加くださった皆さんはとても熱心に理解しようと聴いて下さい ましたし、若い世代の方々はすぐに上達されたので、沢山の荷物を持ってやって来た甲斐がありました。 私自身の体調は、柏倉先生のお蔭で首が(以前よく使っていた)2000年撮影のピンクのワンピース写真と 同じくらいになりましたし、かなり身体が軽やかに動くようになってきました。 自分でもあの写真は嘘だなぁ…と感じるほど首がコリと浮腫みで太くなっていたので、 たった二回の施術でここまで変化するのかと驚くばかりです(ん? 二枚とも首が写っていない!?)。 でもなかなか睡眠時間を確保できないのでクマがいけませんねぇ…。 治療して頂いたあとは物凄く眠くなるのですけれど、そこを頑張って起きて仕事をし続けなくてはならないのが 辛いところです。 でも今晩は露天風呂にも入ってゆっくりしようと思います。このホテルは最上階にある温泉へ行くための カゴとゲタと黒の作務衣風ジャージがセットされている点が素晴らしいです。 ただ、私は皆さんのように黒の作務衣風ジャージで朝食会場へ行くことはできませんでした。 妹からのメールでしっかりと起きて食べましたが。朝食日本一!は伊達じゃありません。明朝も楽しみです。
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| '12.02.05 |
午後3時過ぎに函館に着き、夕方、函館ビールで食事。その後、函館の夜景を楽しみました。 それにしてもロープウェイは物凄い人です。 登りはすんなり乗れたのですが、函館山に着いたら下りのロープウェイを待つ行列が! 駐車場はどこも満杯で観光バスが10台以上停まっていました。冬の函館がこんなに人気だったとは…。
それでも冬にしては珍しい視界100%の素晴らしい夜景だったので列んだ甲斐がありました。今回の「うたの寺子屋」はラビスタ函館ベイに泊まりたい一心で引き受けた!? と言っても 過言ではないだけあって、とても行き届いた快適なホテルです。 が、超満員なので時間帯によっては、朝食は並んでも食べられないかも? とチェックインの際に言われました。 朝食付きなのに、これって違法じゃないんですか。
なんて悪態をついている暇はありません。朝9時出発なので、もう眠らなくては! そう、私の場合、ご飯が食べられるかどうかではなく、午前中に起きられるかどうかが問題なのです。
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| '12.02.03 | | 22時半に東京駅2km圏内へ移動してきました。ここまで来れば乗り遅れることはないでしょう。しかし、やはり普段お稽古に使っている程度で寝具の手入れなどが出来ていないため、寝られる状態にするまでが大変でした。着くなりオイルを焚いていますが、エアコンをつけたら顔が痒くなってきました。カフェアイカワは全て漆喰だからたまに行っても大丈夫なのですが、このマンションは壁紙だし、すぐアトピーが出ます…(明朝が恐い!!) 忙しくて食べる暇がないから作らなくていいという家人を無視して、前日までに作った常備菜だけでは足りないといけないので、そのまま食べられるサラダというものを初めて買ってみたのですが、ルッコラは○○産、レタスは○○産とか全て産地が書いてあるんですね〜、驚きました。あとは冷蔵庫のキャベツを無駄にしないようさつま黒豚をミンチにして貰い、出汁をとってザクザクッと切った材料をタジンに入れ→、ピアノの練習をしている間に美味しそうに煮詰まったところで家を出ました!
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| '12.02.03 |  | 29時半です。零時過ぎに帰宅して、大慌てで晩御飯を作りました(肉じゃがのベースを作っていたので九条ネギとスナップえんどうを入れて温め、赤エビの味噌汁を作り、キングサーモン西京漬を焼き、和牛としらたきの唐辛子風味を作っただけですが)。なかなか風邪が抜けなくて、まだ冷菜が食べられない人を放置して行くのは人道に悖るような気もしないではありませんが、他に和琴の弾き歌いができる人や『藍川メソッド』を教えてくれる人がいないので仕方ありません。 で、荷物はこのように幅60cmのバッグに円座を入れ、もう一つを入れ子にして機内に持ち込むことにしました。実はこのバッグがバースデープレゼントなんです。イタリアの革職人が作ったクロコエナメル型押しバッグ10色。この藤色と紫の他、赤、ピンク、茶、黄、黒、緑、深緑、金。裏が無いため小指で持てるところが◎!!!
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| '12.02.02 | 日付が変わったとたん、メッセージを下さった皆様、ありがとうございます。 よくぞ私なんかの誕生日を覚えていて下さるものです。ま、覚えやすい日ではありますが…。 もともと「年齢は生年からではなく没年から数えるべきである!」なんてイカレた発言をしてきた私ですし、 年賀状すら書かない不届き者ですので、返礼メールも出しませんが、お許しください。また、↑で柏倉先生の「養氣閣」へリンクさせて頂くにあたり、自分でボタンを作ろうとしたら 旧字の「氣」がエラーになって作れなかったので、取り敢えず勝手にHPのロゴを縮小してしまいました。 すみません、あとでまた方法を考えます。 今27時半にやっと腰かけることができましたが、今日(1日)は一日中バタバタしていまして、 まだ函館で皆さんと歌う曲を決めていません。夜はこれから…というところながら、 また水道管が凍るといけないので、28時までには入浴したいと思っています。 バタバタした最大の理由は、22日の和歌披講のあと、東京のマンションに和琴を置いてきたことです。 2mの和琴が送れなかったため、3日に東京のマンションに泊まり、和琴を持って4日に羽田へ行くほかなく、 明日は外出して帰宅が夜遅くなるため、今日ある程度常備菜を作っておかなくては間に合わない と気づいたのです。しかし、東京のマンションに泊まるなんて去年の6月以来じゃないかなぁ…。 ほんとうに生活スタイルが一変してしまいました。 でも、身体と同じで、心も、折れないように撓むことが大事! と強く思っています。 今のところ母が頑張ってくれているので、非常に助かっています。 昨年、私が8月から11月にかけて頻繁に帰省していたのは、ずっと薬漬けにされ薬に依存していた母を 中野先生(みなちゃんの御父上)が説得してくれて、薬を減らすための通院に付き添っていたためです。 その結果、ほとんど全ての薬を止められ、禁断症状(?!)も克服できました。 高齢者を簡単に薬漬けにする医療には素人だけでは立ち向かえません。 心あるお医者様の診立てと看護師さんたちのお力添えがあってこそ。日々感謝の一言です。
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| '12.02.01 | うわほほほ…、と最近は感嘆詞ばかり書いている気がしますが、 起床したら整体の柏倉先生からメールが来ていて、HPを拝見したら、昨夜私が書いた文章がUPされていました!!柏倉先生にはこれからずっとお世話になると思うので、私のページからもリンクさせて頂こうかと思いましたが、 今でもなかなか予約が取れないのに大勢の人が行かれたら予約が取れなくなっちゃう… と自分の身の安全を優先していました。 でも、身体の不調を抱えて生きるなんて辛いだけですし、動ける身体に変えて下さる方を知った以上は お知らせするのが礼儀であろうと考えを改め、「推薦のことば」を書かせて頂きました。 函館へ行く前に、明日も(時間外に?!)柏倉先生に施術して頂けるのを楽しみにしています! あ、そうそう、「仙人コース」は上級コースで、「普通の健康な人間コース」を卒業した人が対象なんですって。
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| '12.02.01 | あああ…、ヘマは↓これだけではありませんでした。 25時から26時まで和琴の弾き歌いをしたのですけれど、円座がデンと床に置かれていました。 こんな嵩張るものを持って飛行機に乗るわけ? 和琴もあるのに?? しかたありませんね…。忘れちゃったんだから。 これだけ奇妙な行動が続いた日に、携帯を送らなくて済んだだけでも上出来だと思わなくては。日付が変わってからは正気を取り戻したのか、北海道での「うたの寺子屋」だからアイヌの歌をやろう と思い立ち、仙台での『縄文の音を探る』レクチャーコンサートの折に作ったレジュメを打ち出しました。 起床後は、午後の『藍川メソッド』で歌う曲を決めなくては。
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| '12.01.31 | ちょっと変な感じ。例のごとく、午前中は8時過ぎから正午まで寝ていたのですけれど、 寝ている間にインフルエンザと闘っていました(←別に気が違っているわけではないと思いたい)。 額を触っても熱はないのに、まるで高熱があるかのように節々が痛かったのです。 で、当の本人は「いま風邪をひきたくないんです、困るんです」と言っている(もちろん声は出していませんよ)。 こんな感じで、物凄く寝苦しかったのに、起きたらどこも痛くありません。起床後は、何をおいても先ず函館へ送る荷物造りです。 一番大きなトランクで送るのですが、ずっと雪の予報だし、トランク自体が濡れて 中まで浸みてくると困るので、装束一式やワンピースなどをビニール袋に入れてから詰めました。 足袋やら長靴やら細々とした物を忘れるとアウトなので、いちいちメモ用紙に書きながら…。 ほどなくトランクは満杯。 あとは手荷物で持参することにしましたが、和琴も持たなくてはならないのでほどほどが大事。 トランクのカギを閉めてから、ふっと不安がよぎり、そうだまやちゃんに電話をしよう!! と思い立ちました。 ところが、いくら探しても携帯電話が見つかりません。 3Fでも2Fでも電話で呼び出してみましたが、音が聴こえません。 もしかして…と、エレベータ前に置いたトランクの横で掛けると、かすかに呼び出し音が?! しっかり中に入れてからトランクを施錠したんですねぇ…。 私はいつも気が張っていて極めてミスが少ないと思っていたのでショックを受けつつも練習をして、買い物へ。
バイクをブンブン飛ばしてスーパーまで行ったら、手ぶらでした!? え〜〜、お財布も持たずに買い物に来たの、初めてだよ〜と泣きながら帰宅し、 もう少し遅い時間まで開いている別のスーパーへ。 無事、買い物を済ませたので、今度は精米です。 今月は3回しか玄米を炊かなかったから忙しかったんだなぁ…なんて考えつつ精米機を見たら、 離れた場所に御釜を置いていたため、精米した白米がどんどん外に飛び散っていました。 こんなに変なことばかりしてしまった経験って無いのですが、どうしちゃったんでしょう…私。 あ、でも身体はよく緩んで快調ですよ(頭のネジだけを締めればいいんですね)!
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| '12.01.31 | 今日も疲労困憊です。もう31時半ですが、取り敢えず、いま原稿を送ってみました。 まだまだ直しがあると思いますが、内容が主催者の意向とかけ離れているといけないので。ここ何日か、インフルエンザの人と生活していますが、何でも伝染しやすい私が発熱もせず頑張っています。 きっと梅醤番茶やドクダミ・ヨモギ茶や柿の葉茶が効いているに違いありません。 さっきも水道管が凍結していて、まだ洗顔も出来ていませんが、 寒さに負けない元気な身体で函館へ行かせて下さい。(←いったい誰に頼んでいるのやら…) 結局、2mの和琴は送れないことになりました。 30万以上のものは保険を掛けられないので送れないと運送屋さんに断られてしまったのです。 1.4mの和琴は1万円払えば飛行機に乗せられるので、衣裳や譜面台などを先に送らなくてはなりません。 そのリミットが今日なのですが、これから寝て、間に合うのかなぁ…?
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| '12.01.30 | うわぉ、もうセ!! 実は28日の夜というか29日の朝から10時間近く眠ってしまったので眠くはないのですが、 原稿を読んでは直し…の作業で疲れ果てました。それにしても、今回の整体は効きましたねぇ。 29日にイタリア古典歌曲を歌ったら、母音の移動が物凄くスムーズで、 まるで蝶番に油をさしたような状態になっていました。 身体も三分の一になった感じのままだし、腰がバチッと決まっているので歩くのも軽やかです。 もし若い頃にこの整体を受けていたら、今頃どんな歌い手になっていたでしょうか? 残念です…。 しかし、まだ身体は柔らかさを失っていないらしいので諦めずに鍛錬します。 ああ、でも文章はダメです。少しも上手くなりません。 首の異常なコリの原因のほとんどは執筆にあると思うので、演奏家生命を保つためには 原稿を引き受けないのが一番!! なのですが、どうしたものやら…。
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| '12.01.29 | やっと和琴の弾き歌いができるようになりました! 17日に整体に行ったあと腰が痛くなり、楽座が出来なかったのです。 こんなことは今までに経験が無いので、よほど派手にズレてしまったのでしょう。 そりゃあ神楽歌が歌えないほど左右の声帯がくっつかなくなっていたのですから、腰も推して知るべしです。 それで、19日にインターネットで口コミ検索し、音楽家がたくさん行っている整体の先生を見つけました。 なぜ友人に紹介して貰わなかったかと言うと、8月から月一回お世話になっていた整体の先生は 従妹の紹介だったので、彼女が信頼している以上トラブルがあっても何も言えないからです。 それでHPから予約を申し込んだら、すぐに「あの、藍川由美さんですか?」との返信を下さいました。 たまたま遠藤郁子さんが伴奏しているCDを聴いて下さっていたのだそうです。 うん? 私は『山田耕筰歌曲集/この道』だとばかり思っていましたが、もしかして『伊福部昭 全歌曲』? 別にどちらでもよいのですが、ともかく御縁の糸がつながって、28日の夜に伺うことになりました。 施術して頂く間に、身体が三分の一になったかと思うほど軽くなり、腰もバチッと決まりました。 先生からは「今日はゆっくり休んで下さいね」と言われて帰宅しましたが、そうはいきません。 来週の日曜日には和琴の「うたの寺子屋」があるため、楽座が出来るようになっていないと困るからです。 恐る恐る座ってみたら大丈夫でした。ただ長時間同じ姿勢を続けられるかどうかが問題です。 歌い始めると、声が出ること出ること…。しかも、和琴も実によく鳴るのです。これが、在京オーケストラの首席奏者たちが挙って通う理由か! と納得しました。 私の場合は一人二役ですから、他の演奏家よりもはっきりと効果を認識できます。 そりゃあ、骨があるべき位置にあれば筋肉も余計な緊張をしなくてすみますからね。 身体がリラックスすると少ないエネルギーでよく振動するため、息は長く続くし、和琴の倍音と歌の倍音が よく絡むし、これは明日のイタリア歌曲が楽しみになってきました。 結局25時から26時半まで、ずうっと楽座のまま歌えたので、もう大丈夫だと思います。 ↑は今日出掛けるまでに届いた段ボール10個のうちの1つ。香川県から届いた産直野菜! 助かります。 夢にまで見たキャベツとほうれん草。どんな料理を作ろうかとわくわくです。 誕生日プレゼントは、何と毛皮でした! 今日着て行ったワンピースにぴったりだったので、今後、皆様の御目にとまることと思います。 右は今年のバレンタイン用に取り寄せたショーコラ。1月中のお届け限定で割引価格だったので もう来ちゃいました。家人の好物なので、ふだんは上野駅構内で買ってます。 ヌメ革のトートバッグは私が大好きなので、友人の息子さんにも送ろうと思って3つ購入しました。 私のは赤、家人には黒、ミリタリー系イケメンにはカーキです。 バレンタインデーよりも早く届くと思いますよ。お楽しみに!
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| '12.01.28 | 昨夜は29時に入浴しようと思ったら、水道管が凍っていて断念。 27時に朝ごはんの準備をした時にはちゃんとお水が使えたのに…。 そこで今日は、原稿を中断して28時に3Fのお風呂に入ったら大丈夫でした。が、お風呂からあがって 2Fの台所でお湯を沸かそうとしたら、もう水が出ませんでした。こんな年は滅多にないんですけどねぇ。 それから再び原稿に復帰して、やっと初期形を完成させました。明日から推敲です。 原稿用紙たった40枚分ですが、これを骨子に本が書けそうな感じ…(絶対に書きませんけど)。 セ実は今から12時間前に北海道の妹から大きな段ボールいっぱいのドクダミが届き、 友人からは早めの誕生日プレゼントを贈ったとのメールが届き、何だか嬉しい悲鳴…!!! もう誕生日が来ることを喜べる年齢じゃないけれど元気があり余っているので。しかし一週間後に函館へ行くなんて信じられません。 慣れない冬の北海道で和琴抱えて転んだらどうする? と考えると心配で、 まだ和琴を2mにするか1.4mにするか迷っています。送るなら、そろそろ準備しないと間に合わないわけですが。
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| '12.01.27 |  |
夜のバイクは道路の凍結している場所がよく見えなくて危ないので、3時過ぎから郵便局やスーパーやコンビニなどを回って4時過ぎに戻ると、姪っ子からマクロビオティックのお菓子が届いていました。 私が抹茶プリン大好きって知ってた? わけではなく、彼女が自分の好物を選んでくれたらしい。 洗濯物を干してから(←何と所帯じみた話!!)サ、ジャワロブスターを淹れてマクロビ生プリンを食べたら吃驚!!!! こんなに美味しい物が世の中にあったとは…。白砂糖、卵、牛乳を使わず、湯煎や焼きを入れていないのですから当然といえば当然の美味しさですが。 でも、社会人になったばかりなのに、こんなに高い物を送ってくれなくていいよ(とはいえ、こんなに高いプリンを自分で買えるかというと疑問…)。クッキー大好き人間も居るので喜ぶと思います。ありがとう。
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| '12.01.27 | いつものように遅い夕食が終わり、原稿に復帰しよう!キと思ったのですが、まだ書き足りませんでした。 私がピアノ伴奏で歌ったCDだけを聴き、日本的な発声ではないじゃないかと批判する方が居られます。 これまで全く反論をしてこなかったのは、あまりにバカバカしいからですが、 今回の原稿ではこの件にも触れなくてはなるまいと考えています。 まず、「日本的」とはいつの時代の何を指しているのか。ここが問題です。 平安時代と江戸時代の歌では発音も発声もコブシの付け方もまるで違います。 同時代の歌でも、雅楽の伴奏か、三味線の伴奏かで発声法は全く変わってくるでしょう。 それが、平均律のピアノ伴奏ですよ!? 日本の音楽とはピッチからして全然違います。 しかも、階段式にしか音が出ないピアノに対し、曲線で動く日本語の抑揚。 どちらかが譲歩しなくてはアンサンブルなど成立しません。 冗談音楽にしたくなければ、音程も抑揚も自在に変えられる声がピアノに歩み寄るしかないでしょう。 すなわち、「日本的」な発声から遠ざかるしかピアノ伴奏の日本の歌を成立させる方法はないと考えています。 時に、ピアノのピッチに合わせる時間を遅くしたり、意図的にずらしたりして 少しでも日本的な味わいを加味しようとすれば、「音程が悪い」なんて批判されてしまいますしね。 要するにピアノ伴奏付き歌曲の場合、ピアノのピッチに近づけながら言葉の発音も聴き取れるよう、 広義のベルカント唱法で歌うしかあるまいというのが私の考えです。 悲しいかな、我々は再現芸術家ですから、作曲家が浪花節を書いていれば浪花節の発声で歌えますし、 長唄を書いていれば長唄の発声で歌えますが、○○風の歌曲を書いているだけだとしたら、 どうしたってピアノ伴奏付き歌曲の線を越えることはできません。 演奏を云々する以前に、ピアノ伴奏で日本民謡を編曲したりする作曲家の姿勢を問う必要があるのでは?
これが、私の言う「借り物競走」です。 近年やっと古代歌謡をうたえるようになって、その時は借り物競走をせずに済んでいますが、 借り物じゃない明治以降の歌って、あまり無いんですよね。
ただ、それまでにも丘先生の記念アルバムでは尺八だけの伴奏で詩吟を録音していますので、 『高校三年生』や『東京のバスガール』の発声と比べてから批判してもらえると有り難いかな…。 それと、和琴伴奏の催馬楽での古代歌謡の発声とも是非聴き比べて下さいね。 ピアノ伴奏の歌曲とは違う印象をもって頂けるのではないかと思います。 もちろん一人の人間が全ジャンルの声を完璧に出せるようになるなどとは思っていませんが、 可能な限り本質に近づくために努力を惜しむものではありません。
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| '12.01.26 | 私の取り柄は、頭が働かなかろうが体調が悪かろうが、ともかく座ってパソコンに向かうことでしょう。 今のところ冴えないながらも原稿の字数だけは増え続け、何とか形になりそうな段階まで来ました。今回の原稿で何がそんなに難しいのかと言うと、誤解だらけの音楽教育を基礎とした音楽療法ゆえ、 現場の方々と共通の言語認識ができないのではないかとの不安が払拭できない点です。 たとえば日本では何とかの一つ覚えのようにベルカント唱法を持ち出してきますが、 ベルカントとはそもそも発声法というよりも、イタリア語を美しく発音するという意味合いが強いので、 日本語に当て嵌めると、当然、日本語の歌詞が聞き取れるか否かがポイントになってきます。 ところが、大きな口をあけて頭から声を出せなどと指導するのがベルカントだと勘違いしているとしたら、 話が噛み合いません。最初からボタンをかけ間違えているのです。 まず、イタリア語のベルカントをマスターしてからベルカント唱法を語って欲しい! と強く願う次第です。 思えば、谷川雁さんと上野公園を歩きながら質問攻めに遭った折にも、 日本の声楽はどうなっているんだと言われました。 プロの声楽家も子どもたちも日本語発音がなってないとの御意見にはまさに同感! としか言いようがありませんでしたし、私がかねてより実践していた歴史的仮名遣いの発音を生かすことを 雁さんも主張されていました。 この点において、ほぼ同じ考えを持っているとCDのライナーノートに書いて下さったわけですが、 某大学のコクゴのセンセイは我々のこうした考えを批判する論文を二度にわたり大学の紀要に掲載しています。 世の中のほとんどのコクゴ教師が同様の考えを持っているのだとしたら日本語は終わっていますね。 たとえ現代国語の教師でも、平安時代とは言わないまでも江戸時代の文献ぐらいは当たるべきでしょう。 「こひ(恋)」は「子火」、「あふ(逢う)」は「安婦」と聞こえたと書いてありますので。 そんなこんなで発声も発音もグチャグチャになっているのが日本語ということになろうかと思いますが、 同じくライナーノートに「洋の東西を弁別できる」と書いて頂いた以上、言語による発声の違いくらいは 文章で説明しなくてはならないだろうと頑張っているわけです。 しかし、イタリア語と日本語の母音の性格も違いもわからない方々に理解して頂けるでしょうか?
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