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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.04.18
 「どんなものでも全部そのまま食べて良い形で出してね」と言う家人。執筆日は食事以外におやつタイムやフルーツタイムがあるので大変ですが、大山町からお送り頂いた柑橘類のおかげで助かってます。
 そんな家人は、基本的に私が出掛けることを嫌うのに、最近は「次の収録まで出かけないの? 階段を登ったりして鍛えた方がいいよ」と言うんです。リビングに入る度にヨガマットで転寝してる人が居て、心配なのかな?
 家事労働はできても、筋膜リリースをしようと寝転がったら意識を失う…みたいな日々でした。これまでずっと「もっと睡眠をとるべき」と言われてきましたが、私の場合、眠くならないのが元気の証明のようです。ちょっと寝転がったら爆睡してしまう状態は私にとっては不健康という感じ? 2,3日前から転寝しなくなり、昨日やっと筋膜リリースができました。
'26.04.17
 この小さな花壇には昨シーズンまでピンクの松葉菊が垂れ下がっていました。それが細長い葉っぱに植え替えられていて、誰方が植えて下さったのかしらと思っていたら、白い花が咲きました。拙宅の4つの花壇はご近所さんがお手入れして下さり、裏の花壇には毎年大きなバラが花をつけます。大きめの花壇には芍薬が見事に咲いたりもして、「見て下さいました?」と声をかけて頂くと、この方が植えて下さったんだとわかります。
 小さな花壇すら管理できない私。健康も同じで、うかうかと強い抗生物質を飲んでしまい、未だ完全には復調してません。今も尾を引いているのは腎臓で、副作用の項目に「急激な腎機能悪化」とありました。
'26.04.16
 うちの2Fのペア(ボス夫婦)かわいいでしょ? 毎朝こんな感じなんですよ。動物病院の先生が、私がカラス除けのCDを吊るすと言ったら、「カラスやムクドリが来なくなるなら、ツバメも嫌がって寄り付かなくなるかも知れませんね」と仰せでしたが、私は内心「失礼な。ツバメはそんなおバカさんじゃありませんよ」と思っていました。
 うちの子たちは今までも大きな毒蜘蛛が巣に近づいてきたら、すぐ2Fのリビングの窓へ来て私に警戒声を発したり、何やかやと私に訴えてピンチを乗り越えてきました。私がバルコニーにアミを出して、CDをつけていると皆でジッと見ていたため、そのアミを2Fから1Fに垂らしたからといって警戒することなどありません。逆に喜んで、2Fの子も1Fの子も一緒にグルグル旋回してました。
 さて、体調が良いのか悪いのか分からない私。秘密基地とタケノコのブログを書きました。神楽歌『篠(ささ)』はどうなることやら…です。
'26.04.15

水曜は隔週でアーニャのトリミング日なので
10時に送り届けてから秘密基地へ移動です。
10時半過ぎ〜11時半まで滞在予定でしたが、
皆さまが私の分までアタリをつけて下さって
いてチャチャッと掘って終了。ウドも入れて
下さり、私は木の芽を摘んで袋に詰めました。

15分ほど余裕があったので、自宅へタケノコを
置きに戻ると、昨日、少し補修されていて気に
なった巣に土を盛っている子が!? 去年、壊さ
れた巣を捨て、雨水管の上に小さな巣を作った
ので、4/3にそちら側に新たにアミを垂らした
のに、そのアミのおかげでムクドリの襲撃から
逃れられると判断したのか、元の巣を直し始め
ました。7つの巣のうち、5つ修復されました。
'26.04.14

この巣が最初に崩れたのは3/13でした。1/2に
ボスが帰巣して以降、この巣には4羽の成鳥が
ひしめき合って暮らしていたせいで崩れたに
違いないと思い込んでしまった私。ところが
その日からボス夫婦は帰って来なくなり、同居
していた子(♀)2羽だけが暫らく居りました。

さらに3/31の朝、この巣はムクドリに攻撃され
ました。前日、1Fの巣にボスの子が帰ってきて
きれいに巣を整えた様子をここにupしたのに、
翌朝には巣のド真ん中に大きな穴が開けられ、
2Fの巣が↑ここまで壊されてしまいました。

これじゃあ、ボスは帰ってこないなと思いつつ、
2Fのアミにカラス除けCDを取り付けました。
そして「4/2に熊本から戻ったら1Fにアミを吊り
下げるからね」とピーちゃん達に話しました。

獣医さんが「ツバメは2度3度と攻撃されたら巣
を捨てますよ」と言うので、お喋りな1Fの主に、
諦めないよう訴えました。長い付き合いゆえ、
4/3にCDをつけたアミを垂らし、巣をキンキラ
モールで囲ったら、本当に喜んでくれました。

そして4/11、ついに2Fの巣の修復完了。ボスが
嬉しそうに巣の縁にとまっていたので数枚撮影
したら、自慢げに巣と私の間を飛びました。他
の巣に遅れたものの、もう産卵してます。例年
通り、一番子・二番子が無事巣立ちますように。

'26.04.13
 今朝、大きな柑橘類がドカン!! と届きました。そう、先日五馬媛の里へ行った折、お土産に詰めて下さった柑橘類が美味し過ぎて、家人が「白い方の銘柄は何ですか?」とお訊きしたところ、「パール柑です」と教えて頂きました。検索して、パール柑 5kg=9,480円とあるページを見つけたのですが、既に売り切れでした。
 ガッカリしていたところ、パール柑を9個もお届け頂き、感謝感激!! 私はオレンジ色の日向夏が大好きなので、すごく嬉しいです。有難うございました。
 今日は家人の用事に付き合ったのち、米沢牛専門店へ行きましたが、ちょっと期待外れだったので、月末の女子会は変更いたします。
'26.04.12

最強の抗生物質に列挙されていた副作用の中で
一列目にあったアナフィラキシーを免れた私が
苦しんだのは、ドライマウスと口渇に伴う多飲、
口内炎(私の場合は舌先にできた舌炎)、倦怠感、
ほてりでした。失神の項目もあり、失神しない
までも、失神しそうになると踏ん張りました。

薬を止めて9日目の今日、しゃべった時、舌先が
歯に当たっても痛くなかったので舌炎は治った
ようですが、水曜日に筍を掘りにゆくためには、
足元のふらつきをなくさねばなりませんよね。

近々、偶然、この日に予定していた"お出掛け"が
あり、ちょうど回復への準備運動になりそうと
期待しています。拙宅では、誕生日であれ、私の
旅行中であれ、家人は1年365日、私が作るご飯
を食べている訳ですが、先月中頃、突然、「ご飯
食べにゆこうか」と言い出して予約!? 2人で
ご飯を食べに出かけるって、何十年ぶりかな?

'26.04.11
 抗生物質を飲むのを止めて、少し熱っぽかったり、眼球が赤くなったりしているけれど、病院行きを先延ばしにしたので台所仕事を減らすべく、昨夜はメインを薩摩黒豚のしゃぶしゃぶにしました。帰宅時間に合わせて並べただけの前菜を出してから、しゃぶしゃぶの準備をしましたが、ダシだけはとっておいたので楽勝でした。少し手抜きしないと復調が遅れると思うので。
 そんな昨夜、今年も筍狩りのお誘いを頂いて狂喜乱舞(うちのツバメたちと同じですね!?)。実は、9日に買ったタケノコが、ちゃんと下処理をしたのにエグミが強く、「お刺身で食べられる秘密基地のタケノコとは大違いだね」と話した矢先のことでした。有り難いことです。城址に登る体力を取り戻さないと!!
'26.04.10

未明から雨が降っていたので、ツバメは土を
運びやすく、昨日と比べて明らかに縁が高く
なっていました。あと一息なので、明日には
完成しそうです。楽しそうなので良かった。

私の方は、昨日タケノコご飯を炊いて、頂いた
原木椎茸を昆布と煮、キュウリ6本を塩麹漬け
にする等、長時間台所に立っていられました。
体調が戻りつつあるようなので、病院行きは
先延ばしにしました。明らかに薬の副作用で
体調を崩し、それを改善するために、別の薬を
飲むというのは如何にも悪手だと思うので。

ただ、3月下旬から副作用に苦しみ(口が乾き、
唇が歯にくっついてMが発音できなかったり)、
スムーズに歌えなくなっています。とはいえ、
4/2の帰宅後、薬を止めたので、あと一息かと。

'26.04.09
 今日はもちろん名人戦を観ていて、もっと早く終局するかと思いきや、粘られています。そこで、帰宅後に消す日記を消すタイミングで、4/2の収録についてのあれこれをあとで消す日記に加筆し、水源での収録としてupしました。日付は今日ではなく、収録当日に設定させて頂きました。あとあとややこしくなるのを避けるためですので御諒承くださいませ。
 昨日、特急ゆふいんの森号でサイダーなるものを頼んだら、砂糖水に炭酸を入れただけのもので、甘くて飲めませんでした。観る将の私は大抵、紫蘇ジュースにリンゴ酢を入れ、強炭酸水を注いで飲みます。今日は無農薬イチゴを入手できたので贅沢な飲み物になりました。20時を過ぎましたが、名人戦は未だ終わりません。


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com