| アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました
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| 日付 | メ モ | ||
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| '26.08.07 |
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| '26.08.06 |
なぜ真夏にポトフを作らなくてはならないのか… まったくガッカリなのですが、1ヶ月待ちで届いた 清浄豚のベーコンなるものが非加熱の豚の塩漬で 恐ろしくしょっぱかったのです。これはベーコン ではなくパンチェッタとすべき商品? ともかく 塩抜きが必要なレベルで焼いて食べるのは無理。 国産のベーコンは国により必ず加熱処理すること が義務づけられています。なぜ、このような商品が 存在するのでしょうか? 恐ろしい世の中ですね。 今日はまた、キムチを混ぜたら食べられるとわかり 継続して取り寄せている経木納豆が届きました。 残念ながら牡蠣キムチのシーズンが終わったので、 最近は、帆立キムチ、海老キムチ等を試しています。 今日は冷凍庫にあったつぶ貝キムチを解凍しました が、納豆好きの家人に「邪道!!」と罵倒されています!?
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| '26.08.05 |
拙宅の一番小さい花壇は、門扉の両側にあります。 春は花壇から松葉菊が垂れ下がっているのに、この 時期なぜか毎年、紫御殿がピンクの花をつけます。 そして道路との境目には、毎年ユリが咲くんです!? こんな所にユリを植える人なんて居ます? ご近所 さんに訊いても皆さん「わからない」と仰いますが、 ユリって、自然に生えてくるものなのでしょうか? 実は、門の中にもユリが咲いているんです。すべて ご近所さんにお任せしているとはいえ不思議です。 紫陽花も、バラも、来年に向けて刈り込まれました。 私の髪の毛は不揃いなまま、短く切り揃えるべきか どうか、美容師さんと話し合っています。1ヶ月前、 「もの凄く切れ毛が増えてますね」と言われました。 毎年、夏はヘルメットを被ると汗をかくため、抜け毛 が増えるのですが、美容師さんは、切れ毛が気になる と仰います。私は前髪が薄くなり過ぎて心配なので 「もしかするとヘルメットのせいでしょうか? 脱着 するたびに前髪が引っかかるので。少しでも通気を 良くしようと、内部のクッションを外しているのに」 と言うと、「それは絶対にダメです」と諭されて、帰り にヘルメットを買いました。前髪は、1〜2cm程度の 短い毛が増えたとはいえ、また伸びるため、バイクに さえ乗らなければ早く回復しそうとのことでした!?
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| '26.08.04 |
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| '26.08.03 |
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| '26.08.02 |
PRESIDENT Onlineに掲載された島田裕巳先生の 「令和の帰省キャンセル事情」を読ませて頂いて 今まで"常識"と思い込んできたことの大部分は 薄っぺらな幻想だったのかと愕然としました。 だいたい明治以降、"天皇=神"なんて言い始めた 時点で危ういと感じていたはずなのに、簡単に、 "盆と正月には帰省するもの"なんて刷り込まれ たんですから!? 島田先生は「盆や正月に故郷に 帰省するという習慣は1960年代以降に成立した 比較的新しいもの」と仰せです。「帰省ブームは 戦後のサラリーマン社会が生んだもの」で、背景 に1964年の東海道新幹線の開通があったとか。 帰省が国を挙げての大々的なブームになるのは ジャンボ機が導入された70年代以降。本格的に は80年代のバブル期以降だと指摘されてます。 そりゃあそうですよね。年2回の休みに、10時間 以上もかけて帰省するなんてハードルが高い。 飛行機や新幹線があってこそ可能となるブーム なわけで、すでにサラリーマン社会でもないし、 "盆と正月"以外に帰省すればいい訳ですよね。 島田先生は宗教学者だけあって、"寿陵墓"や"墓 じまい"に関しても、簡潔に纏められています。 バブル時代に墓を建てるブームが訪れたのは、 地価が高騰してマイホームを買えなくなって、 まだ死んでいないのに墓だけ建てる"寿陵墓"が 急増したからだとか!? "終の住み処"の確保? 今や日本は99.98%が火葬で、世界一の火葬大国 ですが、戦後すぐの段階では、半分が土葬だった そうです。土葬だと棺桶も遺体も腐敗してゆき 土が陥没して墓を建てられないため、土葬時代 には仏壇で供養し、墓参りはしなかったとか。 それゆえ、墓もブームの産物で、墓参りも帰省と 同じか、それ以上に新しい習慣だと仰います。 そして、日本の宗教団体の信者数はバブル時代 がピークで、その後大幅な減少に転じたと〆て おられます。先祖崇拝を核にした日本の宗教が 意味を失ってきたことの反映なのだそうです。 | ||
| '26.08.01 |
今朝起きたら、もの凄く瞼が腫れていました!? なんで? と考えても思い当たりません。特に 体調が悪い訳ではありませんが、この顔で外出 するのは憚られます。消去法でゆくと、果糖が 原因ではないかと…。シャインマスカットが 美味し過ぎて、たくさん食べてしまいました。 そこへ、朝一番に沖縄産マンゴーが届いたので 泣きたくなりました。嫌いなものなら、平気で ご近所さんに助けて頂くのですが、好物ですと 惜しい気持ちが先に立ちます。私は、糖質制限 をしなくてはならない上、アレルギー体質でも ありますので、お気持ちだけ頂けば十分です。 今後は、甘いものは辞退させていただきます。 関東は相変わらず毎日揺れていますし、水不足 も深刻です。何より34℃〜36℃の高温が続き、 マンションの片づけに行く元気がありません。 ほかに行きたい場所もあって困り果てます…。 |
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| 日付 | 過 去 の メ モ | ||
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| '26.01.11 |
古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して 『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、 日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の 現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に 宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。 それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ 五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。 現在の和琴は六絃です。 ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽を 制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。 現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は 和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。 それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、 奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。 アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を 六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。 六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、 歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと 歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。 いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。 五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または 「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。 歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された 六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。 | ||
| '25.08.12 |
YouTube「伊福部昭室内楽作品」
1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録 2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録 3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録 4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録 5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録 6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録 7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録 8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録 9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録 10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録 11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録 12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録 13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録 14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録 | ||
| '23.07.20 |
712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は 神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる 神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。 それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。 仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく 武内宿禰を審神者(さには)として天皇自ら琴を弾くと 神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を 伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。 そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、琴を弾くよう 進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。 すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。 この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。 12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に 「和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。 その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。 大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、 スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、琴を持ったのはなぜなのか? 伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。 伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の 和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。 和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。 いわゆる里神楽を「御(お)神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御(み)神楽」、 市販されている「御(お)琴」に対し、宮中の和琴は「御(み)琴」。 すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)? | ||
| '21.07.27 |
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Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com |
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