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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.04.21


今朝8時過ぎ、うちのツバメの巣を3つも壊した
ムクドリが産卵していた空き家の外装工事が
始まりました。ムクドリのペアが奇声を発し、
あまりにうるさいので窓を開けたら、あわてて
逃げてゆきました。が、その後もほぼ一日中、
工事の様子を監視しつつ、大騒ぎしてました。

一般に言われるように、ムクドリってホントに
雨戸の中に巣を作って子育てするんですねぇ。
空き家になると、即、ムクドリが来たのには驚き
ました。そして、ツバメとの闘いが数年続くと、
周辺に居たスズメが姿を見せなくなりました。
空き家の雨戸にやって来たムクドリのせいで、
ツバメもスズメも生活を脅かされたわけです。

今や、そんなムクドリの産卵場所が奪われよう
としています。他方、4/15に私がタケノコ掘り
から戻ったら、玄関の一番高い場所にある巣の
近くにヤモリらしきものが居て、どうなること
やらと思ったら、その夜から1羽のツバメが泊ま
り始め、今日は、2羽で巣を修復していました。

オスは去年と同じツバメのようですが、メスは
わかりません。結局、1Fは去年と同じ4つの巣。
2Fはいつのまにか西側の巣が修復されて去年と
同じ3つとなりました。まだ、去年生まれた子が
帰ってくる可能性はあるものの、今年も7つの巣
で落ち着きそう。見守り隊として頑張ります。

'26.04.20
 ←剥くのが少し上手になってる!? 体調によるかも?
 誰かが皮を剥いてくれたら幾らでも食べられるよね〜と思いつつ、頑張って剥いた執筆日でした。18日に演奏修行に行ったため、昨日はぐったりしてました。しかし、天気予報が「21日〜24日は黄砂や強雨に注意」と繰り返していたため、急遽、今日出かけることに。
 長い階段が思い浮かばず、平沢官衙(かんが)へ行くことにしました。北条大池が桜の名所なので、そろそろ空いている頃かと思いまして。予想通り、ほとんど人影がなかったため『千歳(せんざひ)』と『葦駮(あしぶち)の歌』を演れました。驚くべきことに、抗菌剤を飲みながら一生懸命うたっていた4/2よりも、ずっと軽々と歌えました。まだまだこれから…。あとでブログに加筆しますね。
'26.04.19
 このままではいけない!! との気持ちが強まって現状打破につとめ、かなり大変だった昨日、家人が頂いてきたメロンでメロンソーダを作って飲みました。最近まで炭酸水を飲めなかった私ですが、炭酸水を飲まなくてはやってられない状態に陥り、今まで飲んだことのないメロンソーダを作ってみました。食べたあと、喉がイガイガしないのが最高ですね。次はいつ飲めるかわかりませんが…。
 4/2の収録後、ずっと歌えておらず、倭琴ケースも開けていませんでしたが、演奏修行をしないことには歩かないし、体調が戻らないと判断して準備を始めますと、倭琴を掻く軋(ことさぎ)が見つかりません!? そんなあれこれをブログ「体力は戻るのか?に書きました。今後もリハビリを続け、加筆してまいります。
'26.04.18
 「どんなものでも全部そのまま食べて良い形で出してね」と言う家人。執筆日は食事以外におやつタイムやフルーツタイムがあるので大変ですが、大山町からお送り頂いた柑橘類のおかげで助かってます。
 そんな家人は、基本的に私が出掛けることを嫌うのに、最近は「次の収録まで出かけないの? 階段を登ったりして鍛えた方がいいよ」と言うんです。リビングに入る度にヨガマットで転寝してる人が居て、心配なのかな?
 家事労働はできても、筋膜リリースをしようと寝転がったら意識を失う…みたいな日々でした。これまでずっと「もっと睡眠をとるべき」と言われてきましたが、私の場合、眠くならないのが元気の証明のようです。ちょっと寝転がったら爆睡してしまう状態は私にとっては不健康という感じ? 2,3日前から転寝しなくなり、昨日やっと筋膜リリースができました。
'26.04.17
 この小さな花壇には昨シーズンまでピンクの松葉菊が垂れ下がっていました。それが細長い葉っぱに植え替えられていて、誰方が植えて下さったのかしらと思っていたら、白い花が咲きました。拙宅の4つの花壇はご近所さんがお手入れして下さり、裏の花壇には毎年大きなバラが花をつけます。大きめの花壇には芍薬が見事に咲いたりもして、「見て下さいました?」と声をかけて頂くと、この方が植えて下さったんだとわかります。
 小さな花壇すら管理できない私。健康も同じで、うかうかと強い抗生物質を飲んでしまい、未だ完全には復調してません。今も尾を引いているのは腎臓で、副作用の項目に「急激な腎機能悪化」とありました。
'26.04.16
 うちの2Fのペア(ボス夫婦)かわいいでしょ? 毎朝こんな感じなんですよ。動物病院の先生が、私がカラス除けのCDを吊るすと言ったら、「カラスやムクドリが来なくなるなら、ツバメも嫌がって寄り付かなくなるかも知れませんね」と仰せでしたが、私は内心「失礼な。ツバメはそんなおバカさんじゃありませんよ」と思っていました。
 うちの子たちは今までも大きな毒蜘蛛が巣に近づいてきたら、すぐ2Fのリビングの窓へ来て私に警戒声を発したり、何やかやと私に訴えてピンチを乗り越えてきました。私がバルコニーにアミを出して、CDをつけていると皆でジッと見ていたため、そのアミを2Fから1Fに垂らしたからといって警戒することなどありません。逆に喜んで、2Fの子も1Fの子も一緒にグルグル旋回してました。
 さて、体調が良いのか悪いのか分からない私。秘密基地とタケノコのブログを書きました。神楽歌『篠(ささ)』はどうなることやら…です。


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com