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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.07.03

神話のように語られていた「馬泥棒の白状祭」が
実際には江戸時代に軍馬を養成するための幕府
直轄の「牧」を設置するための一大プロジェクト
だったのではないか? との疑問により、朝まで
ブログ馬と和琴から考える社伝を書いていた為
メモを書けませんでした。長年、「神武天皇18年
(紀元前643年)創建」って?と頭が変になりそう
だったのですが、やっと私なりの線引きが出来、
落ち着いて古代歌謡研究に取り組めそうです。

ただし「馬」問題は未だ解決していません。牧場
から収録許可を頂いて足を運ぶと、高速道路や
飛行機の轟音が響き渡って何度も仕切り直し。
つい先日は射撃場が近くにあって驚きました。
長年住んでいる方々は気にならないようです。

'26.07.01
 実は昨日、また佐原へ行ってました。W杯を観て脱力してしまい、午後4時前にやっと家を出ました。走りながら、ずっと抱えていた違和感について考えました。あくまでも私個人の違和感なのですが、力のあるサッカー選手がW杯に出るチャンスを奪われ、人事を尽くせなかったことへの寂寥感とでも申しましょうか。私はその選手のファンではありませんが、個人の力量を客観視しない選別基準に問題を感じました。そう言えば、作曲家の松村禎三先生が「漫才師は仲が悪い方が良い」と仰ってましたね。いっそ、AIに選考して貰ったら良かったかも?
 佐原の道の駅では26日に買った660円のプリンが売り切れていて、スモモを買って帰ったら山梨県産でした。
'26.06.30

陽はまた昇る

ということで、定番にしたい朝ごはん。納豆の
おかげで茹で卵を作る手間が省け、文字通りの
時短がかないました。ほんとに助かります。

食べる順番が大事!! と指導されているので、
先ず「なんちゃってティラミス」を食べます。
低カロリーのカッテージチーズに純ココアと
無農薬ハチミツをかけるだけで美味しいので
家人も必ず食べてます。次にゴースト血管を
修復するヒハツコーヒーを飲み、ピクルスを
食べたら納豆ご飯という超簡単な朝食です。
レーズンや木の実が入った米粉パンにバター
を塗るとカロリーオーバーになりがちなので
納豆ご飯の方が良いのかな?と感じてます。

'26.06.29
 先日の高野豆腐、失敗した理由がわかりました。無添加の高野豆腐は膨軟剤を使用していないため食感が固く、消泡剤不使用のため薄くしか作れないとのこと。1時間近く水に浸しても厚みが出ず、いったいどうなってるんだろうと慌てましたが、それは無添加ゆえ…。もとより添加物を摂る気がないため高野豆腐は諦めました。
 次に挑戦したのは、備長炭発酵の昔ながらの経木納豆です。納豆のみではハードルが高いので、有精卵に混ぜたら美味しく食べられました。朝食を納豆卵ご飯にしたことで、3食ともお米を食べる日が増えました。私の場合、お米が体質に合っているのか、がぜん胃腸の調子がよくなりました。
 そんなこんなで糖質制限はうやむやに…。
'26.06.28

台風だったし、たまには簡単ご飯。健康鶏のモモ
(ムネ肉がベスト)の表面だけ焼いて脂を落とし、
昆布ダシ、純米酒、苦汁、鮎魚醤などとともに直接
炊飯器で炊いて無農薬ショウガご飯にしました。
いや実は24日のトキシラズも同じ炊き方でした。

結局、毎日が手抜きご飯!? サイドディッシュと
して、新タマネギとナスの焼き浸しを作ってから
牡蠣キムチに合う野菜中心の前菜を作りました。
朝採りの新鮮な野菜が入手できて助かってます。

今日は何を食べようかな? とワクワクしてるし、
これじゃ痩せられないというくらい食べてます。
そんな私が突然「乗馬クラブに入会しようかな?」
と言い出したので、家人が絶句!! 「サラブレッド
に乗りたいんだけど無理だと思う?」「いや大丈夫
だと思うけど…」「そうだよね。私も今なら乗れる
と思えるけど、80歳まで生きられる自信もないし、
生きてても馬に乗れるかどうかわからない…」と
伝えました。明日問い合わせてみましょうかね。



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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com