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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.06.05
 先日、2Fのピピの孫の巣について書きました。高齢のペアゆえ去年も今年も一番子が孵らなかったこと。そして去年は二番子が1羽だけ巣立ったこと。それが今年は何と4羽孵っています。すでに他の巣の一番子は巣立ちました。そんな中、最初の卵を諦めて二度目の産卵をしたことで、今年は4羽誕生したのです。
 このペアは越冬ツバメになり、1/2に帰巣しました。恐らく今年も渡らないでしょう。あまりにもこの巣が好き過ぎるのでしょうか? 1Fには4ペアが営巣していて二番子用に新しい巣を2つ作りました。まるでツバメ屋敷ですが、追い出すわけにはいかないし、困りましたね…。
'26.06.04

検査に行ってきました。結果については以下の
ブログを完成させるべく、最後にまとめました。

体力は戻るのか?

'26.06.04

いくこさん、美味し過ぎます!! 家人も私も感動。
玉葱はシャキシャキ、ジャガ芋はホクホクで、和洋
を問わず、どんな料理にも合うこと間違いなし!!
毎日が楽しみになってきました。先ずは常備菜と
して、玉葱を薄くスライスし、レモンマスタードで
漬けておきます。これからの季節、お肉やお魚の
付け合わせとして活躍してくれることでしょう。

今日の午後は内科での検査です。数値が下がって
いると良いのですが。ご飯をお腹いっぱい食べて
甘いものもやめてないのに図々しい限りですが。

'26.06.03
 昨夜、骨付きラムをグリルして齧り付いたら仮歯が外れてしまい(!?)、緊急で予約を入れて家を出ようとした時、重くて持ち上がらないような段ボールが届き、古本かしら? と思ったら、いくこさんが丹精込めて育てられたジャガ芋と玉葱でした!! 去年いただいたらあまりに美味しくて、追加で送って欲しいと無心した、あのジャガ芋です。下段がジャガ芋、上段が玉葱。たくさん頂いて家人も大喜びです。今晩はジャガ芋を主食に、豚肉と塩のみの無添加ベーコンと玉葱を炒め、チーズ焼きにして食べたいそうです。ジャガ芋は白米より糖質が低いし、メインの手羽中は糖質ゼロで、黒酢を使った香草焼きにするつもりなので、どれほどお腹いっぱい食べても大丈夫です。
 今月まで最初にモズク酢、次に必須アミノ酸を全て含む牡蠣キムチを食べてますが、来月〜が問題です。
'26.06.02

台風前日にアヤメ見にゆく?

自分でも、どうなの? と思いつつバイクで出かけ
ました。潮来と牛久のアヤメ園が開花しておらず
空振りでしたからね…。佐原は七分咲きでした。

4/2に熊本から帰京後、6月末まで1日も休みがない
エンジニア氏から「7月以降」の提案がありました。
私は、"お仕事"としてではなく、"お友だち"として
お願いしているため無理を言える立場ではないし
外での演奏修行を強化して方向性が変わったので
もっと練習を積む時間が必要だと考えています。
収録しないまま死んでも構わないと思ってます。
入梅すれば外での演奏修行は望めませんしね…。

'26.06.01

アナログ人間ゆえ何かとヘマをしてしまいがち!?
奇妙な電話がかかってきたのを機に、番号を変え
たり、iPhoneの機種変更をしたり、全てを一度に
終わらせようと auショップへ行ったのですが、
機種代金がamazonより5万円高かった上、データ
の移し替えまでお願いしてしまいました。電話
番号はともかく、後は自分でやるべきでしたね。

という次第で、携帯電話の番号が変わりました。
今月中は前の携帯も使えますので、ご連絡頂いた
際、新しい番号をお伝え致したく存じ居ります。
折を見てショートメールでお報せできればとも
思っておりますので、宜しくお願いいたします。

'26.05.31

辿り着けない「姫宮」→東の軍神

久々にもち麦を加えたら超美味でした!!



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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com