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アコの部屋
容量不足により「ピピ(2007-2015)日記」は削除しました



 2014.9.15-2017.5.13 (20件)


 やまとうたのふるさと

HP容量不足のため
倭琴の旅はてなブログにUP


近      況


日付メ    モ
'26.01.23

すでに23日28時!! 完全に破綻しています。帰省
準備が手つかずのまま、倭琴の手を考え直したり
神楽歌の解説を書いたりしていて、眠れません。
もちろん常備菜も一品も作れていません。毎日の
食事の支度だけで手一杯なので、絶望的な感じ。

皆様にご心配いただいた歯茎の炎症は、衝動買い
した電位治療マットで一晩寝たら治りました。
ちょっと信じられないのですが、睡眠時間は依然
として3時間がやっとなので、睡眠の質が向上し、
疲れが改善されたとしか思えません。とはいえ、
元気になったら更にやることを増やしてしまう
性格ゆえ、次の限界が眼前に迫ってきています。

恐らく明日はパソコンを開く時間がとれないと
思うので、このまま25日に高松空港へ飛びます。
讃岐も異常な低温が続いていて、バイクで長時間
走れるかどうかわかりませんが、ともかく山頂の
様子を見てこなくてはならないので頑張ります。


家人の好きなワイン煮は、最低でも二晩は煮込み
たいので、荷造りの前に仕込むことにしました。
料理は自己流で、目で(!?)作ります。赤ワインは
2本使いますが、先ずブイヨンで汁気がなくなる
まで煮込み、ボトル半分ずつワインを加えます。
今回はいつもの有機ワインではなく、3種類とも
初めての銘柄なので、同じワインを使うか、2本目
を別のワインにするか考慮中…。荷造りは完了。

'26.01.22

ツバメたちは今朝まではとりあえず平穏でした。
ストーヴは2,3年使っていなかったため電池切れ!?
でしたが、交換後は順調に作動し、満タンで8時間
もちました。今晩は、零下になる21時に点火予定
なので、翌朝5時に灯油を入れることになります。

ただ、私が帰省したのち常に締め切りに追われる
家人が、灯油を入れたり点火してくれたりするか
どうか…? いつも指令を出すだけの人なので。

それよりも悪天候のせいで、私のお尻に火がつき
ました。全国的に宅配便が遅延しているそうで、
明日出す予定だった荷物を今日出そうと、慌てて
梱包しました。買い物へ行くついでに、クロネコ
の営業所、クリーニング店などを回ってきます。

常備菜づくりは金土で頑張るとして、昨日は帰省
後の演奏修行に差し支えそうな『神上』の五線譜
を書き換えました。「揚拍子曲」の指示があっても
2分の4拍子で記譜された雅楽五線譜を見て歌うと
テンポや気分が少しも揚がってこないためです。

古代歌謡の記譜に関して、私は西洋的な拍子感で
はなく、「追分」的に淡々と拍を重ねる1拍子として
小節線を使わず書いてきました。その1拍を、雅楽
五線譜の『神上』は2分音符で表記していますが、
2分音符を1拍とする譜を見ると、どうしても拍を
ゆっくり感じがちなので、4分音符にしました。

'26.01.21
 1/21の24時に巣の下にストーヴを置き、点火しました。「夜中に巣に近づいてツバメが驚いて飛んでいったらどうするの?」との家人の言葉を意に介さず、「いざという時に意思疎通できるよう普段から話しかけて声を覚えて貰ってるから大丈夫でしょ」と、1分弱で設置しました。
 この、我が家で唯一凹んだ空間にある巣は、ピピが作って以来、十数年つかわれていて、今はピピの孫が巣に入ってます。ピピはよく喋るツバメでしたが、次代のオスはあまり声を出さず、「ピピの子なのに喋らないね」と言ってたら、数年後に物凄く喋るヒナが生まれ、「さすがピピの子孫だわ!?」と嬉しくなりました。翌年ピャピャピャ…と大騒ぎで帰巣した時にはこちらも大喜び!!
 今月2日の夕方も、私がガレージからバイクを出そうとしたら、ピピッピピッと鳴きながら頭上を旋回して巣に入りました。翌朝、雪が積もっているのを見て、やっぱり頭の良い子だなぁと感心しました。
 ただ、4日からバルコニーの遮熱防水コート塗布に入って高圧洗浄をした直後、巣の下に糞が積もったのには閉口…。鳥除けのアミは、2年続けてスズメとムクドリが巣に入ったため吊るしたままにしています。
 1/22の最低気温はマイナス5℃、1/23はマイナス6℃の予報なので、ストーヴ一つでは心配ですが、頑張って。


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日付過 去 の メ モ
'26.01.11

古代歌謡収録のために作成した『湯立』の五線譜を書き直して
『磯良』の譜を作りました。神楽歌にせよ、催馬楽にせよ、
日本の古代歌謡は替え歌だったからです。中でも日本最古の
現存音楽と言われる神楽歌は、その源流が奈良朝以前に
宮中に入った志賀の海人の歌にあると言われています。
それで、伊勢神宮や宗像大社沖津宮の御神宝と同じ
五絃のコトで神楽歌を再現したいと思いました。

現在の和琴は六絃です。
ヤマト王権が列島を平定したことでオリジナルの国楽
制定する必要にかられ、六絃のコトが作られました。
現在の『君が代』まで続く国楽「壱越調律旋」は
和琴を「レミソラシレ」の六音で調絃します。

それ以前は、北部九州の海人族がもつ五絃のコトが主流で、
奏法は、波の音を模したとされるアルペジオでした。
アルペジオを掻いてから一音のみ残す奏法は日本独自の
ものですが、五絃のコトで伴奏されていた海人族の歌を
六絃で伴奏するようになって齟齬が生じてしまいました。

六絃ではアルペジオののち「レ」または「シ」を残しますが、
歌のメロディーの基音は「レ」と「ラ」なので、六絃で弾くと
歌の「ラ」とコトの「シ」がモロにぶつかってしまいます。
いわゆる現代音楽では不協和音が問題視されることは
ありませんが、古代歌謡の場合はどうでしょう。
五絃には「シ」が存在せず、アルペジオののち「レ」または
「ラ」を残すため、コトと歌の旋律は完全に合致します。

歌が作られた時代の五絃のコトと、のちに制定された
六絃のコトでは、まるで違う音楽になるんですね…。

'25.08.12

YouTube「伊福部昭室内楽作品」

1.【荻野綾子に献呈】「平安朝の秋に寄する三つの詩」(1933) 2025年2月収録

2.『SUITE JAPONAISE (Piano Suite)』全4曲 (1934/38) 2025年2月収録

3.『ギリヤーク族の古き吟誦歌』全4曲 (1946) ハープ版 2024年11月収録

4.『サハリン島先住民の三つの揺籃歌』全3曲 (1949) ハープ版 2024年11月収録

5.『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』全3曲 (1955) シントコ版 2024年11月収録

6.【Stefano Kinaiに献呈】「シレトコ半島の漁夫の歌」(1960) 2025年2月収録

7.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61) 2024年5月収録

8.【Amsterdam Duoに献呈】『二つの性格舞曲』(1955/61 校訂版) 2025年2月収録

9.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/自筆譜) 2024年5月収録

10.【小林武史に献呈】『ヴァイオリンソナタ』(1985/出版譜) 2025年2月収録

11.【藍川由美に献呈】頌詩「オホーツクの海」(1958/88) 2025年2月収録

12.【木村茉莉に献呈】ハープのための「箜篌歌」(1968/1990) 2024年5月収録

13.【藍川由美に献呈】「摩周湖」(1992) ハープ版 2024年5月収録

14.【藍川由美に献呈】「蒼鷺」(2000) 2025年2月収録

'23.07.20

712年の『古事記』(ふることふみ)と720年の『日本書紀』(やまとふみ)は
神話の扱いが異なります。中でも『古事記』にあった和琴にまつわる
神話について、私は和琴の威力いかばかりかと疑いました。
それが、私が古代歌謡の道に入る"きっかけ"でした。

仲哀天皇が筑紫の香椎宮巡幸の折、熊襲を討つための御神託を乞うべく
武内宿禰を審神者(さには)として天皇自らを弾くと
神功皇后が神懸りし、熊襲征伐よりも三韓征伐に行くべきとの御託宣を
伝えるも、仲哀天皇は「偽りを言う神だ」と聞く耳をもちませんでした。
そこで審神者の武内宿禰が、仲哀天皇に今一度、を弾くよう
進言すると、しぶしぶ弾き始めたものの、ほどなく音が絶えました。
すぐに火を掲げて見ると、仲哀天皇は崩御していたとのことです。

この神話からは、ヤマト王権が和琴を重視していたことが伝わります。
12世紀には後白河法皇が編纂したとされる『梁塵秘抄 口伝集』に
和琴は和国の器にして、日本の音曲の頭としるべし」とあります。
その真意は『古事記』の和琴神話を紐解くことで得られるでしょうか。

大国主が須佐之男の娘・須勢理毘売と根の堅州国から遁げ出す際、
スサノヲの宝物たる太刀、弓矢、を持ったのはなぜなのか?
伊福部氏が大国主の家系であるだけに、深意を探りたくなります。
伊福部昭先生が雅楽で最も古い歴史を持つ御神楽歌や伴奏楽器の
和琴に興味を示されたこととも重なるはずです。

和琴(やまとこと)は御琴(みこと)とも呼ばれていました。
いわゆる里神楽を「御()神楽」と呼ぶのに対し、宮中では「御()神楽」、
市販されている「御()」に対し、宮中の和琴は「御()」。
すると、御託宣の「詔(みことのり)」は、御琴(みこと)宣(のり)?

'21.07.27


CD「エッケルトの仕事」
 7/26より『日独交流160年展』が始まりました。
 ドイツ連邦共和国大使館による『日独交流160年展』からフランツ・エッケルトに関する原稿依頼があり、執筆させていただきました。かつてRNB南海放送が《君が代》の取材でドイツ在住のエッケルトの遺族を訪ねた際、「父は日本の国歌を作曲した」と言われ、ドイツではそれが疑問視されていなかったと耳にしていたためです。
 なぜそのような誤解が生じたのかというと、大日本帝國海軍が各条約国に送付した「大日本禮式」(National hymn)の表紙に「composed on an OLD JAPANESE AIR by F.ECKERT」と記載されていたからです。
 実際には明治13年に宮内省が楽師に募集したメロディーの審査に関わったエッケルトが当選作を吹奏楽曲として編曲したわけですが、作曲したと誤解されているのなら訂正しておきたいと考えました。


Yumi Aikawa a Segesta - 2015/10/01放送分 →youtube.com