アカンボとの暮らしつれづれ
2000年2月6日(生後183日め)
雨。冷えるせいか、昨日、寝かし付けながら眠ってしまって、風呂にも入らずそのまま寝たせいか、足腰が痛い。
夫が家で仕事をするというので、午前中は一人で日用品の買い出し。図書館にて貸出延長の手続き。読み切れない。
のいは、私の留守中、眠りながら寝返りを打っていたそうな。
2000年2月5日(生後182日め)
国道沿いに最近できたお茶屋さんへ、のい をおんぶして行ってみた。煎茶と釜茶をはかり売りしてもらった。
四国の珍しい番茶があったので、それも買った(詳しくはお茶のみにて後日)。
府内町(大分市中心部)の某老舗は、タカビーなくせに「嬉野茶は熊本」だとか平気で言う(正解は佐賀)のだが、
この新しい店の店員さんたちは、知識があってニコヤカで、気に入った。
帰り道、住宅街を歩いていると、後ろから自転車でやってきたオバアサンが、のい に声をかけてくれた。
のい はニコニコと愛想をふりまき、オバアサンを喜ばせた。彼女は70才くらいにしか見えないが曾孫がいるとか。
寄った八百屋でも、オバアサン2人組に話しかけられ手を握られ、対して笑顔を振りまき、キャアキャア言われていた。
「CMに出てる子に似ちょるね…お味噌汁飲んで、オイシイ!って言う子」……それはまさしくマルコメ坊や(笑)。
1人が「育児は大変やね。(のいに向かって)早く親孝行をせんとね」と言うのに対して、もう1人が
「今こんだけ可愛いんやから、それで十分。親孝行やら期待したらいかん。◯さんの子も小さいときは可愛かったやろうが」
と返したのが、大変含蓄深かった。……八百屋談義。
2000年2月4日(生後181日め)
布団に下ろしても泣かなくなって久しかったのに、また泣き始めた。
私の手とのいの手を重ねて拍手をすると、嬉しそうにしている。
2000年2月3日(生後180日め)
朝5時半、のい の泣き声。いつもより3時間も早い。寝ぼけつつ授乳。のい も寝ぼけながら飲んでいた。
おかげで1日中眠い眠い。のい は、やたらと寝返って、シーツをよだれだらけにしていた。
今日は節分。本厄が終わりこれからは後厄だ。私にとって王子様のような存在だった長沢節先生に続き、
どんとさんがこの世から旅立たれ、バンバンバザールの安達さん(夫ブラザーズに見紛う容姿)がバンバンを脱退し、
節目をひしひしと感じる今日この頃。
2000年2月2日(生後179日め)
おんぶをして外へ出ただけなのに、大声で笑う。スーパーで、おばあさんにあやされて、これまた大笑い。
昼間はえらくご機嫌だったが、夕食後、風呂に入るまでの間、泣いて泣いて、夫を困らせた。
時々、舌をペロペロ出したり、口をキュッと結んでみたりしている。食べる練習をしているのだろう。
2000年2月1日(生後178日め)
前向きに抱いて散歩。刺激が多かったのか、家に戻ると次の授乳までぐっすり眠った。
右の乳を飲ませた後、左乳にいくぞ!と見せかけて、離乳食のかぼちゃ粥を与えたら、久々においしそうに食べた。
この頃は、鏡に映った自分を、自分だと認識し始めているようだ。
前は「お母さんが2人いる!」とでも言うように、私の姿にばかり気をとられていたのに。
2000年1月31日(生後177日め)
オンブして買い物に出た。レジで、後ろのオバアサンと隣のレジの人に、あやされる のい。
支払いをしている私の背に「きゃああ〜、笑いよん!」と、2人の黄色い声が(笑)。
さて家では、布団に入れても、私が離れると、寝返ってはニヤリと笑い、こちらへ近づこうとする。
まだ這えないので、ウーウーと言っているだけだが。オムツ替えも、身体をねじるので大変になってきた。
2000年1月30日(生後176日め)
なかなか離乳食が口に入らない。「私のつくったのは口当たりが悪いのかも」と、
ベビーフードのおかゆを与えてみたが、反応は同じ。2口食べたら、その後は泣いて嫌がる。
最初の頃、10匙ほども食べたのが嘘のよう。食べる気になるまで、気長にやるだわさ。
ともあれ、私のつくり方がまずいのではないと分かったのは、収穫。
2000年1月29日(生後175日め)
夫が家で仕事をしてくれたので、私は家の外の用事に励むことにした。
とはいえ、授乳と家事の合間に走るので、そうそう遠くまでは出られない。のいを散歩にも連れ出したし。
夕方の授乳の後、車で一人、買い出しに出たら、大型スーパーでH産婦人科の主任看護婦さんを見かけた。
彼女は、仕事もバチッとこなして、子ども(小学生くらいかな?)も育てている。
「私は今、外で働く他にしなきゃならないことが沢山あるんだから」と自分に言い聞かせつつも、
20年来のキャリア志向が頭をもたげて、ついつい引け目を感じてしまうのだった。
のい と数時間離れていたら、帰宅後、のいの可愛さが、いつもにも増して感じられた。親バカだわね。
のい は、私が不在の間ずっと起きていたためか、久しぶりに湯舟で眠ってしまった。
2000年1月28日(生後174日め)
天気がいいので、久しぶりに美術館まで散歩。広くて綺麗なトイレで、のいの上着を脱がせて、
ボランティア室へ。Mさんとおしゃべり。のいはMさんに愛想良くニコニコ。
前にMさんが抱っこして下さったときには大泣きしたとかで(私は忘れていた)喜んでもらえて良かった。
ハーバード大学展をみた。ロートの『樹木』という作品にピーン。のい はダッコ紐のなかで静かにしていたが、
途中で眠ってしまった。私は7.5kgを抱いて歩き回ったので、帰宅してから腰が痛くなった。
のいも、もうしばらくすれば、備え付けのB型ベビーカーに乗れるんだがなあ。
夜、夫が遅めの帰宅。のい はいつもの時間を30分ほど過ぎたところでグズグズ。夫が戻った途端にニコリ。
2000年1月27日(生後173日め)
DPT(三種混合)接種の2回めを受けた。朝は南国大分でも大雪で、心配したが昼には溶けた。
車で郊外のI小児科へ。少し早めに行ったら待合室に人が少なく、すぐに終わった。
のい は一泣きしただけだったが、やはり疲れたのか、夕方はぐっすり2時間も眠った。
2000年1月26日(生後172日め)
実家から、のい の衣類や玩具のプレゼントが届いた。ありがたい。
母がかなり昔につくったというパッチワークのボールは、のい の手で握るのにちょうどいい形。
さっそく持たせたら喜んで、仰向けのまま両手で振りかざし、ついでに脚まで上げて、まるでオットセイ。
2000年1月25日(生後171日め)
朝からコロンコロン。しかし、まだ同じ方向にしか回れないし、仰向けに戻ることもできない。
私と夫以外の人を区別できるようになったらしく、外でよその人に話しかけられても、
前ほどには笑わぬ。今日はスーパーのレジで、後ろの女性があやして下さり、珍しくニコッ。
私が枕元で作業していると、安心してよく眠る。おかげで、スクラップの整理がはかどった。
紙に触りたがるので、チラシを持たせたら、グシャグシャにするだけでなく舐めもする。湿ったところが破れ、
もしや飲んでしまったか!と慌てたが、破片は布団の上に落ちていた。気をつけなくては。
2000年1月24日(生後170日め)
午前中、身体を横向きに、顔を真っ赤にして、寝返りをしようと気張る。
もう1人でできるはずなのに、助けを求めるように私の顔を見て大声を出す。指1本で肩を押したら、コロリン。
午後の散歩の後、やっと自分1人で寝返るコツを覚えたようで、プレイマット(夫の勤め先からの出産祝)の上で
コロンコロン転がっていた。転がるたびに、私が喜んで手を叩くので、不思議そうな顔をしていた。
疲れたのか、夕方はよく眠った。起きてからも上機嫌。
2000年1月23日(生後169日め)
大分でもインフルエンザが流行の兆し。県立図書館へ本を返さねばばらぬが、
のい を連れていって感染するのも嫌なので(過日の嘔吐下痢症にはここで感染した)、
夫にのいを見てもらい、私一人、車で行った。予防のためにマスクを着用。
授乳時間がおすので、急いで中身も見ずに本を選んだ。絵本の並べ方のデタラメさにはイライラさせられた。
時間ギリギリに家に戻れたが、のいは泣きもしておらず。お腹をすかせていたらしく、久々に離乳食をすすんで食べた。
夜、佐野元春氏出演の『ミュージックフェア』に、KYON氏も出るというので見た。
KYON氏のアコデヲンが響こうとしたその瞬間、眠っていた のい が目をつぶったまま泣いたが、
夫がなだめてくれたので助かった。今日は夫サマサマ。
2日前の『FUN』の時も泣かれた。なだめながら細かい音を聴くのは辛い。やっぱり録画が必須かしらん。
2000年1月22日(生後168日め)
のい の布団の向きを、いつもと90度ずらし、頭がダイニング側に来るように敷いたら、
私たちが朝食をとっているのを見ようとエビ反りになった勢いで、平地での寝返りに初めて成功した。
書類の整理をしているのを、興味深そうに眺める。新聞や雑誌などをめくるのを見るのも好きらしく、
記事に読み入っていると、キーキー言ってめくるのを催促する。
私が手を動かすのを見るのが面白いのだろう。なお、Mac(PowerBook2400c)のキーボード操作については
手を動かすことの範疇に入れてもらえぬらしく(マウスじゃなくてマウスパッドだから?)、のい には嫌がられている。
2000年1月21日(生後167日め)
寒かったが午前中と午後の2回、散歩をした。そして、のい は
午前中と午後の2回、見せびらかしたいほど立派な、赤ちゃんウンチ(黄色くてゆるい)を出した。
遊んでいる最中に、突然真顔になり、大きな音を轟かせた。ウンチの後は、すこぶる機嫌がいい。
のい が機嫌良くしているので、私もさくさくと仕事を片付けることが出来て、嬉しい嬉しい。
2000年1月20日(生後166日め)
脚の芯が冷えるような寒さ。昼間は大分でも降雪。それでも、のい は元気よく布団をけり飛ばしていた。
美術館仲間のKさんと電話でおしゃべり。来秋はいよいよ欧州の美術館を巡る研修旅行だって。いいなあ。
さて、夜寝付いた後で、30分〜1時間おきに、目をつぶったまま大声で泣くのには参る。夜泣きの前兆か?
乳を飲まないと泣き止まないときもあれば、夫が指を吸わせただけで泣き止んで眠る場合もある。はてな。
2000年1月19日(生後165日め)
夜の7時のテレビニュースを見ているときに、オンブから下ろして のい に大泣きされ、
思わず、画面の森田さんに「あ、すみません」と謝ってしまった。なんでだ。
2000年1月18日(生後164日め)
オンブして、その上に“亀の甲”を羽織ったら、暖かくて気持ちいいのか、よく眠った。
しかし、背中から下ろすと、どうもグズグズ言う。遊んでやっても、機嫌はいまひとつ。
なのに、蛍光灯の光には異様に反応して、奇声を上げて喜ぶ。不気味だ。
2000年1月17日(生後163日め)
下の歯ぐきの真ん中に、乳歯の先端がうっすら見え始めた。ああ、とうとう来たか。
2000年1月16日(生後162日め)
雨のため外出せず。のい は家の中で遊ばせた。初めて平地での寝返りに成功したが、どうも偶然らしい。
2回成功した後は、うーん!と気張ってばかり。できなくてイラつくのか、キーキーと叫んでいた。
私は昨日借りた、所ジョージ選の『投稿 四字列語』を読んで大爆笑。こういう本は借りて読むに限る。ただ、
“晴購雨独”(核家族の乳児育て事情。晴れた日は散歩がてら買い物、雨の日は家で孤独)は身につまされた。
今日も夜、眠ったまま大泣き。すぐ泣き止んだのだが、一体なんなんだろう?
2000年1月15日(生後161日め)
晴れ。市民図書館で、のい の貸出カードをつくり、絵本を借りた。
私と のい の姓が異なるので、カウンターで何か事情を問われるかと内心ワクワクしたが、ノーパスだった。
午後の散歩の後、椅子に座らせてリンゴ果汁を匙でやったら、すいすいーっと飲んだ。
おかゆに比べたら、手馴れた(口馴れた?)感じ。初めてミカン果汁を飲ませたときを思うと感慨深い。
夜、日付が変わる頃になって、眠ったまま突然大泣き。手を握ったら泣き止んで、再び眠った。
泣き止むとき、「あれ?なんで泣いちゃったんだろう、てへっ」とでも言うように照れた顔をするのが面白い。
2000年1月14日(生後160日め)
今日の のい は眠りが浅く、私が2m以上離れただけで、気付いて泣く。食事の支度も20分と続けて出来ない。
仕方ないので、眠っている のい の横で、本や新聞、手仕事を片付けた。
こういうの、端からは暇そうに見えるんだろうなー。実際は動けないだけなんだけどさー。
買い物に行く用事がなかったので、紐なしで抱いて、史蹟内をぐるぐると歩きながら、日なたぼっこ。
自分の足の指を握るのを教えたら、オムツ替えのときに自ら足を上げて静止するようになった。便利便利。
夜、実家から『家庭の医学』(かな?)のコピーがFAXで送られて来た。例の左手の症状は、
まさに「茎状突起痛ドクペルペン狭窄性腱鞘炎」(恐怖心をそそる名前だ)。痛みは、書いてあるより全然少ないが。
2000年1月13日(生後159日め)
手首の痛みとグリグリが気になって、近所の整骨院へ。謎の電流を手首に流された後、マッサージ。
“病的な歪みではないが、産後の生活習慣の変化からくるもの” との診断が下った。
カルシウムが不足すると軟骨がいびつになるらしい。酷い時には額関節症になってしまうこともあるとか。
枕の高さを身体に合わせ(片手の人さし指と親指を広げた長さ の半分が、ちょうどいい高さだそうな)、
同じ方ばかり向かないように……などの助言をもらう。以上で、診療費は630円也。
マッサージされている間もずっと、のいをダッコ紐で抱いていたが、のい は泣きもせず。
どころか、先生を不思議そうに眺め、先生に「アー」「ウー」と話しかけていた。
2000年1月12日(生後158日め)
最近は、寝返りをしようと一生懸命だ。段差があればできることもあるが、平地ではまだうまくいかない。
粥の水分量を増やしたせいか、あるいは食事前にウンチを出したからか、再び離乳食をパクパク食べ始めた。
昨日つくって冷凍したホウレン草のペーストを、粥に混ぜてやった。のい は口の周りを緑色にして笑っていた。
2000年1月11日(生後157日め)
朝起きたら、手首が痛い。手首の痛みは、のい の誕生以来ずっと続いているが(1日何十回とダッコするから)、
数日前、左手首の親指側に、軟骨が飛び出たようなグリグリを発見。どうしたものかと思うが、放っている。
のい が眠ったすきに(いつ起きるか分からない爆弾!)、家事をし、自分の食事をし……の連続に、
なんだか疲れた。仕事をしている方がよっぽど楽だ。自分の意志でどうにでもコントロールできるもの!!
それでも、のい を他人に預けて仕事をする気は、今はない。そこまでしてやりたい仕事は、今はない。
2000年1月10日(生後156日め)
明日、某大手スーパー大分店が、リストラのため閉店される。そこで閉店売り尽くしセールに行ってみた。
朝食の後、少し早めの離乳食(かぶ入り味噌おじや)をのい を食べさせ、夫に後を頼んで、自転車でダッシュ。
目的? もちろん、のい のものに決まってるでしょ! 着くなり、子供服売り場へ。
既に叩き売り状態。ロクな商品は残っていなかったが、オムツカバーと肌着を、定価の7割offで買った。
のい が腹をすかせて泣いているのでは?と、ダッシュで帰ったが、ずっと眠っていたらしい。
午後、NHKの「青春メッセージ」という番組に、Black Bottom Brass Band(BBBB)が生出演。
出番直前にちょうど のい が目を覚まし、泣き出した。が、『Raise Up』に踊り出した私を見て、
驚いたのか泣き止んだ。のい の手をとって一緒に踊ったら、なんとニヤリ。いいぞいいぞ。
2000年1月9日(生後155日め)
朝市に行こう!と昨夜から言っていたのに、夫は起きない。のい さえも起きない。よく眠る親子だ。
のいが目をあけるのを待って授乳し、のい と夫を布団に残して、自転車で坂道を下った。
郡部産の穫りたて野菜は、もう少ししか残っていなかった。出遅れた。
帰宅直後から雨が降り始め、久々にまとまった雨。外に出られず、のい が散歩に行きたがって暴れたら、
アパートの階段を上り下りして、気を晴らさせた。
2000年1月8日(生後154日め)
車で県立図書館へ。夫が運転。私はのいをダッコ紐で抱いたまま、後部座席へ。
入口で、利用者用のA型ベビーカーを発見したので乗せてみた。ベビーカー初体験だ。
のいの顔を進行方向に向けて座らせていたら、私の方を見ようと、首をひねるのが可笑しい。
密着してはいないが離れてもいない、そんな距離感が新鮮だった。肩もこらないし。
でも、ちょっと目と手を離した隙に何かあったら大変……と緊張した。ダッコの方が安心。
夜、寝付かせようと、借りた絵本を出してきたら、表紙の絵と私を交互に見て、嬉しそうにしていた。
が、私の読み聞かせでは眠らず、歌をうたったり(昨日はこれで眠った)、夫が読み聞かせたり。
結局、眠らせるのをあきらめ、大人2人が勝手に本を読み始めたら、コトンと眠ってしまった。
2000年1月7日(生後153日め)
市民図書館へ。ダッコ紐をして、行きも帰りも片道30分かけて歩いた。
図書館に着いたら、ソファでジャケットとチョッキを脱がせ、体温調節。
本を選んでいる間、のい は眠っていた。帰路はずっと周りをキョロキョロ見ていたが、
家の近くまで来たら、突然しゃべり始めた。いつもの道だと分かったのかな?
近所のおじさんに話しかけられて、ニコッと笑い返した。最近は男の人にも愛想がいい。
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