里帰り

「物見遊山と言ってなかったか?」
詳しい行程を聞き、同時に浮かれている千尋の姿を見て、忍人は今更ながらに謀られていたとの思いを強くした。
すると、風早、千尋、柊が相次いで答える。
「ええ、表向きはそうですよ。でも真の目的は、皆で葛城の本邸に行くことです」
「忍継も一緒に、家族全員で忍人さんの実家に里帰りするんです」
「あのお母上にも是非一度お会いしたいと我が君が仰るものですから……体裁を整えるのは、私にも決して容易ではありませんでした」
「だったら、整えなくて良い!」
忍人がそう叫んだところで、整ってしまったものは仕方がない。ここまでお膳立ての整った物見遊山を今更中止させる訳にも行かず、忍人は渋々と護衛として妻子と共に郷里へと向かい、道中の宿として実家の敷居を跨いだのだった。

「本当に里帰りするとはな」
感心してるのか呆れているのか驚いているのか、そのどれとも取れそうな声音の父に、忍人は仏頂面で零す。
「ええ、どうせ親不孝で不心得者ですから……二度とここへ足を踏み入れるつもりなどなかったのに…」
「もうっ、忍人さんったら、まだそんな事言ってるんですか。既に足を踏み入れちゃったんですから、いい加減に諦めてくださいよ」
千尋に言われて、忍人は面白くなさそうに押し黙った。
それを見て、父長は楽し気に口元を緩める。
「確かに、奥方の仰る通り、ここまで来たら諦めるより他にあるまい」
滞在中は”陛下”と呼ばないで欲しい、との先触れに従ってか、葛城の長が自分のことを”奥方”と呼んでくれたことに、千尋は満足そうに微笑んだ。
それもこれも、入念な根回しによってその場から近親以外を徹底排除したおかげだろう。続いて顔を見せた中姫(なかのひめ)と小姫(こひめ)も、”お義姉さま”と呼びかけたり、風早が茶を煎れるのに合わせて手ずから茶菓子を運んだりもしてくれる。幼いながらに器用な姫達だった。

そして、噂に聞く忍人の母が現れた。
「忍人さんが帰ってらしたと聞いたのだけれど……あら、お帰りなさい。ちょうど良かったわ、あなたに似合いそうな衣が沢山あるの。ささ、こちらへいらしてくださいな」
忍継の顔を見て誘う母親に、忍人はゲンナリしながら応える。
「母上……忍人はこの俺です。それは、俺の息子の忍継です」
「まぁ、忍人さん、ちょっと見ない間に随分と背が伸びましたのね。あらあら、いつの間にかこんなに大きな子供まで…。ええ、ですが、その背丈でも充分に着られるものがありますわ。親子で一緒にいらっしゃい。そちらの御方もご一緒に如何ですかしら」
「わぁっ、楽しそう」
はしゃぐ千尋を、忍人がすかさず制する。
「何を言ってるんだ、君は……俺も忍継も着せ替え人形にはさせないという約束を忘れたのか。守れないなら、俺は君達を連れて今すぐ橿原宮へ帰らせてもらう」
「うぅ……すみません。正直に言うと、忘れてました」
「何だと!? あれほど念を押しただろう。他にもいろいろ忘れてるんじゃないだろうな」
「だ、大丈夫です。今、ちゃんと全部、思い出しました」

「母上……兄上ではなく、私に見立ててくださいませ」
声のした方を見遣ると、男装の麗人を思わせる、忍人に良く似た美姫が立っていた。言葉の内容と年の頃から言って、大姫(おおひめ)だろうと千尋達はすぐに見当がつく。
「あら、あなたも新しい衣が欲しいのですか。まぁ、珍しいこと…。ですが、それもよろしいわね。ささ、おいでなさい。一緒に選びましょう」
心底助かったと言わんばかりの顔をした忍人に、大姫は告げる。
「兄上、この貸しは大きいですよ」
「えっ、貸しなのか!? 一体、何で返させるつもりだ?」
「剣を一振り。懐剣ではなく、両刃の長剣で……切れ味抜群、細身で軽く、丈夫で実用的な一品を下さいませ」
「……紹介状を書いてやるから、直接職人の元に足を運んで依頼しろ。両刃で細身の長剣なら、この近くに良い刀鍛冶が居る。鞘師、塗師、柄巻師もだ。まだ然程名は売れていないが、その分早く仕上がる。皆、腕は悪くない。納得のいくものを作ってもらうと良い」
視察や巡検の傍らで、そういう人材を発掘するのは忍人の得意技だった。と言うより、行く先々でそういう人材を見つけることが、戦場を転々と移しながら戦い続けたあの日々の中では必要なことだったのだ。おかげで、何処へ行ってもそうする癖がついてしまい、それは今も抜け切らない。
破魂刀を手に入れてからはあまり自分の刀を打たせることはなくなったものの、小柄などは今でも時々打ってもらうし、他の者と引き合わせることなどもある。先日は密かに忍継の為に小振りの腰刀を発注したが、使い手本人が足を運ばなかったにも拘らず、出来は満足のいくものだった。
「だが、幾ら腕に覚えがあるからって、一人でなど行くなよ。身分を伏せて行くに越したことはないが、それと解らぬようにして護衛の1人か2人は連れて行け。身なりがどうであれ、年頃の娘であるには違いないんだからな」
「……兄上が仰ると、言葉の重みが違いますね」
戦時中から葛城将軍が陛下の一人歩きに悩まされて来たとの噂は、大姫の耳にも届いていた。
しかし、千尋はまるで違う解釈をする。
「うん。大姫ってば、忍人さんにとっても良く似た物凄い美姫だもん。気をつけなきゃダメですよね」
途端に、極一部を除く者達から、憐れむような視線が一斉に忍人に向けられたのだった。

-了-

《あとがき》

久方ぶりの葛城家シリーズ(?)です。
お手玉」から始まったMY設定バリバリの過去&家族構成捏造小話を元にしていると同時に、「大好き」の続編でもあります。

大好き」で語られた”千尋の希望通り”とは、物見遊山という名目での”家族みんなで忍人さんの実家へ里帰り”なのでした。だから、柊でも簡単には実現出来なかったのです。
それだけ頑張ったのに千尋の反応がアレでは、柊も嘆きたくなるってもんですよ(^o^;)

尚、既出の葛城家シリーズの主なラインナップは「お手玉」「迷妄」「微妙な立場」「春賀宴」「確執」(外伝)となっております。
また、他の小話でも設定や上記作品の流れが引用されてる場合があります。

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