お手玉

「端切れを分けてもらえないか?」
そう言って訪ねて来た忍人に、道臣は少々不思議に思いながらも聞き返した。
「構いませんけど……何に使うんですか?」
すると、忍人はちょっと恥ずかしそうに答える。
「忍継用の、お手玉を作ろうと思って…」
その答えに、道臣は何となく事情を察した。

忍継こと一ノ宮は、御年8歳。毎日忙しい両親に代わって風早に遊んでもらい、専任の学士達から様々な基礎教育を受けている。時々ふらっと現れる柊からは先日チャトランガを教わったらしい。岩長姫のところへ出入りして身体を鍛えたりもしているが、まだ武器を持たせてもらえるところまではいっていない。そして、肝心の父親は何をしているかと言うと、普段は忙しくて碌に構うことが出来ず、向き合う時間があれば各方面から上がって来た情報に基づいて説教すること多し。要は、風早が甘やかし放題に育てている分、躾担当にならざるを得ないというのが実情である。当然、子供は風早に懐くし、「碌に遊んでもやれないなんて…」と風早から嫌味を言われることしきりだ。
しかし、遊んでやろうにも忍人自身が碌に遊びを知らずに育って来た。
チャトランガにしても、柊のように絶妙の手加減が出来るような性格ではない。柊も忍人もほぼ思いのままに賽子の目を操れるので、その気になれば如何様にも加減が利くのだが、忍人は子供相手でも容赦なく全力で戦ってしまう。大人げないと言えばそうかも知れないが、戦に手加減など言語道断だ。その点では忍人に気質の似た忍継も同感ではあるのだが、そこはやはり常に早々に完敗するよりも、様々な戦略を試す時間を与えて貰える方が手応えがあって楽しいというのが正直な気持ちである。
そうこうしている内に、我が子との親密度は風早達に差を広げられるばかりで、それを縮める為の巻き返しの小道具として思いついたのがお手玉だった。

岩長姫の元に弟子入りしたばかりの頃、忍人は柊に騙されて数々の大道芸を仕込まれた。その中の一つがお手玉を使っての、千尋が言うところの”ジャグリング”である。
後に事の真相を知った忍人は激怒したが、それらの芸を師が修業の一環として追認したと聞かされて愕然としていた。
そして、このお手玉は、元はと言えば風早が柊に話して聞かせた、何処か辺境の地の童遊びだったとも知らされた。
ならば、息子と遊ぶのに利用しない手はないだろう。
風早と忍継が玉入れの玉を投げ合っているの見てお手玉のことを思い出した忍人は、すぐさま厨房で小豆を分けてもらい、端切れを求めて道臣の元を訪れたのであった。

「忍人が、我が子の為に遊具を作ろうとする日が来るなんて……これも陛下の人徳というものなのでしょう」
昔のままの忍人なら、族の為に結婚しても相手を顧みず、子供が出来ても世話は全部他人任せだったろうと思う道臣だった。
道臣が端切れと一緒に裁縫道具も出してやると、忍人はその場でチクチクと丁寧にお手玉を作り上げていく。
そうして仕上がった5つのお手玉を持って、忍人は満足そうな微笑みを浮かべて道臣の元を後にした。その後ろ姿が何処か楽し気に見えた道臣は、改めて感慨深くそれを見つめたのだった。

-了-

《あとがき》

子供の相手に慣れてない忍人さんが、自分に出来そうなことをあれこれ考えた結果、辿り着いたのがお手玉作り。
これで何とか、子供の心を掴みたい忍人さんです。何しろ、すっかり風早に取られちゃってるから……嫌味を言われるのも癪だけど、「俺の子なのに…」と周りの人達に妬いたりもしています。
この時点では、まだ子供は忍継くんだけです。千早ちゃんは生まれてません。

尚、忍人さんと大道芸との関係については、「旅芸」をご参照あれ(^_^;)

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