(しろあり 第119号掲載)

 
T シロアリ被害に対する一般の認識度
U しろあり防除剤の安全性を中心に
 1.防蟻剤の推移と現在の審査制度
 2.防除剤のあり方
V 転換期のシロアリ防除対策
W 住宅金融公庫仕様書の理解
 1.54年度版仕様書に初登場の「防腐・防蟻処置」の背景
 2.現行仕様書の重要点
X これからのシロアリ対策は「総合的シロアリ防除管理」
Y 結語

 近年、環境問題はさまざまな角度から討議され、各産業界はそれぞれの立場でその対応が迫られています。一昨年は(財)住宅建築省エネルギ−機構が、建設・厚生・通省産業の三省と林野庁の協力を得て組織した健康住宅研究会が、「化学物質による室内空気汚染が原因となる継続的な健康への影響を低減する住宅づくり」を目指して、『設計・施工ガイドライン』、および『ユ−ザ−ズマニュアル』を発表しました。これを契機に、その中で配慮すべき物質のひとつにあげられたシロアリ防除剤にも一層の関心が向けられるようになりました。
 このような周囲事情の中のシロアリ防除について、折に触れて感じたこと、そして考えたことなどを思うままに誌すことにしました。

T シロアリ被害に対する一般の認識度
 昨年(平成10年)の4月、千葉県の幕張メッセでGLショ−「エコメッセ」が開催され、ひとつのエリアの半数が健康住宅関連の展示に当てられました。このエコメッセを主催した環境計画の代表者高橋元氏の紹介と、氏のコメントが平成10年4月29日付の住宅産業新聞に掲載されましたが、その記事を見て非常に驚いてしまいました。次はその冒頭の言葉です。
「住宅に防蟻処理はほとんど必要ないんです。白アリが住宅に大きな被害を与えるのは、九州や四国辺りだけ。それ以外の地域では防除剤を使う必要なんてない。ユ−ザ−も業者もそのことを分かっていない。」
 高橋氏は上智大学卒業後、ドイツの国立ダルムシュタット大学を卒業し、3年前に健康住宅アドバイザ−として環境計画を設立したと紹介されています。自ら健康住宅アドバイザ−と称するのですから、それなりの勉強をされ、経験をお持ちの方に違いありません。しかし前記コメントを見る限り、シロアリについては何もご存知ない方のようです。
 また、平成7年3月3日付朝日新聞社発行の朝日家庭便利帳の“丈夫で長持ちする家の構造”と題する記事の中に、次のような文章があります。
「白蟻対策に苦労しているお宅が多いようです。白蟻は湿気を好み、湿った土台は格好のすみかになります。白蟻対策として、公庫の規準では、土台周りに白蟻処理剤 を使用することが、義務づけられていました。“白蟻対策済み、5年、10年保証”と いうキャッチフレ−ズをよく見かけますが、白蟻は侵入しない、ゴキブリも寄りつかない、こんな家に、人が住んで大丈夫か、という疑問が起きます。そこで昨年、桧やひばなどの耐腐朽性・耐蟻性の高い木材を使用すれば、薬剤を使用しなくても良い、と改正されました。」
 この記事を執筆したのは“女性建築技術者の会”の会員の方です。恐らく建築士の資格をお持ちの方であろうと思いますが、「公庫の規準では、桧やひばなどの耐腐朽性、耐蟻性の高い木材を使用すれば薬剤を使用しなくても良い、と改正されました」と一方的に言い切っているのには大変驚きました。執筆者はシロアリの生態、そして棲息する地域と被害の関係など、シロアリを論ずるときに知らなければならない基本をご存知ないのです。恐らく、公庫仕様書・木工事一般事項・4.3.1「適用」の防腐・防蟻措置は、「ひのき、ひば等の耐腐朽性及び耐蟻性の大きい樹種の心材若しくは心持材を用いるか、又は薬剤による防腐・防蟻処理を行うこととする。」のみだけを取り出しての発言でありましょう。第四章木工事一般事項全部を通読すれば、決して女性建築技術者の会氏のような理解と表現は導かれません。公庫が言わんとする防腐対策と防蟻対策の考え方については、本稿「住宅金融公庫仕様書の理解」で改めて触れることにします。
 さて、ここに問題があります。日本という地域に居住するごく一般的な日本人のシロアリに関する知識が、良くても高橋先生か女性建築技術者の会氏程度だとすると非常に困ることになります。シロアリの知識を持たない人がこれらのコメントを読めば、恐らくそのまま納得してしまうのではないかと思うからです。何しろ高橋先生はドイツの大学まで出られた健康住宅アドバイザ−で、エコメッセを主催した方です。また女性建築技術の会氏は「丈夫で長持ちする家の構造」と題する解説をなさる方です。この先生方が、間違ったことを言う筈がないという先入観が読む人を惑わします。最近はこれに近い話題が多くなりました。

 先日、反農薬東京グル−プらが編集した出版物『床下の毒物・シロアリ防除剤』(平成11年4月発行)のQ&A欄に次のような記事を見ました。
Q:阪神・神戸大震災では、防除してなかった家は倒壊したと
 聞きますが?
A:そういうデ−タを見たこともありませんし、現地の自治体の
 建築関係者からそんなことを聞いたこともありません。(以
 下略)
 大震災直後の平成7年4月26日付朝日新聞(夕刊)には、“シロアリ・腐食…地震直撃”の大見出しと、竹内敬二記者の、
「阪神大震災では木造住宅、とくに在来工法(軸組み工法)の家に大きな被害が出 た。この分野の耐震性の研究はあまり進んでいなかったが、震災後は被害を詳しく分析する試みが進み、“シロアリと腐食”が破壊の主原因となったこと、きちんと造り、補修・管理すれば弱いものではないことなどが分かってきた。」
というコメントのあとに、これを裏付ける大阪市立大の宮野道雄助教授と土井正講師による調査報告が大きく掲載されています。また、その後1996年に発行された日本木材学会編『木造住宅の耐震』の中で、土井講師らは重ねて、
「震度7の淡路島北淡町と神戸市東灘区の腐朽・蟻害の調査で841棟中276棟に腐朽・蟻害が認められ、その全壊率は89%であった。腐朽・蟻害のない565棟では全壊・半壊が50%であった。これにより、腐朽・蟻害が建物の耐久性を著しく低下させている ことは明らかである。」
と分析しています。他にも、阪神大震災については神戸大学等から同様の調査結果が複数報告されていることは、関係者で知らぬ者はいないと思います。

U しろあり防除剤の安全性を中心に
 1.防蟻剤の推移と現在の審査制度
 わが国では明治時代以降の長い間、砒素化合物がシロアリ駆除剤として使われてきました。戦後(昭和20年以降)はアメリカから有機塩素系殺虫剤が輸入されて、砒素化合物は次第に使われなくなりました。シロアリ駆除剤に利用された有機塩素系原体の主なるものは、ディルドリンとクロルデンでしたが、1962年にアメリカのレイチェル・ルイズ・カ−ソン女史が著わした『Silent Spring』が契機となり、農業をはじめ化学薬剤全般の環境への影響評価が再検討されるようになって、1986年にはわが国でも上記有機塩素系薬剤は使用場面の如何を問わず、使用できなくなりました。
 有機塩素系化合物の使用禁止により、これに代わって有機リン系化合物、カ−バメイト系化合物、トリアジン系化合物、ナフタリン系化合物、ピレスロイド系化合物、ピレスロイド様化合物等がシロアリ防除剤の主成分として登場したのはご承知のところです。
 わが国では医薬品と衛生害虫防除用薬剤は「薬事法」、農薬は「農薬取締法」、動物用薬剤は「動物用薬事法」、食品添加物は「食品衛生法」により、それぞれ化学物質と有効成分が規制されています。一方、これらを除外した一般化学品は、略して「化審法」と呼ばれる「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」によってその輸入・製造等について規制を受けますが、化審法で規制される化学物質は必らずしもその用途に応じた規制を受けるわけではありません。木材防腐・防虫剤についても、有効成分は化審法で規制されますが、製剤はその対象になっていません。しかし、例えば農薬登録を受けた化学物質でも、農薬の目的から外れてシロアリ防除剤として使用する場合は化審法による届け出が必要になります。化審法は当初、難分解性で生物濃縮性の高い化学物質の規制を目的として昭和48年に制定されましたが、62年に長期毒性等を含めた安全性を強化して改正されました。
 現在、シロアリ防除に使用される薬剤の殆んどは、昭和60年に設置された日本木材保存剤審査機関によって審査され、(社)日本しろあり対策協会、または(社)日本木材保存協会が認定登録したものです。日本木材保存剤審査機関では、規定試験による報告書を基に、WHO(世界保健機構)、FAO(国連食糧農業機構)、EPA(米国環境保護庁)等の関係評価を参考に審査されています。

 2.防除剤のあり方
 最近は、「環境汚染」、「シックハウス症候群」、「VOC(揮発性有機化学物質)」、「化学物質過敏症」、「環境ホルモン(内分泌撹乱物質)」などの単語を日常的によく耳にします。その意味するところは、全てシロアリ防除薬剤に少なからぬ関係のあるものです。
 シロアリ防除剤はしばしば“両刃の剣”に譬えられます。これは当然のことながら、シロアリ防除剤はシロアリをはじめ、その他の木材害虫や腐朽菌に対する防除効力を有することを要求されながら、それ以外の環境への影響は悪として強く否定されることによる譬えです。防除剤の使用場面からすれば、防除剤が直接人体に接触することはなくても、多くは屋内等の生活環境で使用されることから、防除剤製造者ならびに防除施工者はそれぞれの立場で常に、居住者と近隣周辺への安全性確保に努力しているところです。
 過去には、化学物質による不幸な事故がいくつかあったことは確かです。その例としてカネミオイル事件、水俣事件、サリドマイド事件等を挙げることができます。以後、これらの事故を教訓として、また近年ではバイオテクノロジ−の発展に伴って、科学的に高度な評価体制が確立されていると言われます。化学物質を欠いて現代の社会生活は成立しないとすれば、それによるリスクとベネフィットのなかで安全評価を考える必要があります。アメリカのFDA(食品医薬局)では“リスクは、極めて低く特定したレベルを越えないもの”と定義して、ゼロリスクを言っておりません。1996年施行のFQPA(食品品質保護法)ではさまざまな場合における安全量の変化を認めています。またEPA(環境保護庁)はFIFRA(連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法)で、農薬の使用によるリスクと、使用しない場合に失われる利益のバランスを図った措置を講じることを認めています。EUでもこの思想が導入されているといわれる今日、わが国でもゼロリスクばかりでなく、科学的な根拠に基づくリスクとベネフィットを受け入れる理解が望まれるところです。

V 転換期のシロアリ防除対策
 化学物質に対する不安を理由に、植物や微生物などの天然物の利用が盛んに言われるようになりました。植物の場合、その成分は所謂合成化学物質ではないにしても、天然化学物質とでも言うべき化学物質としては変りありません。また、微生物やバクテリアなどの利用については、あらかじめ生態系への影響を見極める必要があるかも知れません。したがって、天然物と言っても得られる効果と環境に与える負荷とのバランスを忘れることはできません。
 その上で、これからのシロアリ防除は薬剤だけに頼った従来の方法から脱した、選択肢の広い対策が求められることになるのは確かであろうと考えています。今、シロアリ防除対策はまさに転換期にあります。
 古今東西を問わず、何事においても変革とか転換の必要が生じた際には、いろいろの思考と発想が出現すると言われます。シロアリ防除にも同様の現象があるようです。
 90年代初期から、シロアリ防除剤の居住者への影響を話題にしてきた反農薬東京グル−プは、“シロアリ撃退法”1)として従来の化学物質を成分とする防除剤を否定し、次のようなノンケミカルによるシロアリ防除方法を提案しています。
 @ 木酢液で土壌処理を行う。
 A ヒバ油で木部処理を行う。
 B 月桃(草)のエキスで土壌処理を行う。
 C バクテリアを保有する線虫を利用して滅殺する。
 D シロアリ被害箇所に液体窒素を注入し、冷却死させる。
 E 建物を密閉し、シロアリの体温より高温の熱気を吹き込んで滅殺す
   る。
 F 蟻道に電気ア−クを通し感電させて滅殺する。
 G 1.6〜2.5 φの粒砂でバリアを設け侵入させない。
 H 使用材を薫材にする。
などがそれです。
 木酢液はその成分に、酢酸、メチルアルコ−ル、その他の化学物質を含有するので殺菌作用があり、古くから雑草枯殺や、樹苗の立枯病防除のための土壌消毒、便所の脱臭に利用されてきました。しかし(財)文化財虫害研究所の山野勝次博士のシロアリに対する木酢液の効力実験結果として、「シロアリは木酢液をとくに忌避することなく、食害防止効果も認められなかった。」の報告(1993)2)があります。
 ヒバ油も昔からその殺菌効果と強い芳香が利用されてきました。そしてその抽出原木であるヒバは、その組成分に忌避成分や殺蟻成分を含有するが故に耐蟻性が高いといわれます。
 ヒバ油に関連する防蟻効力試験については、ハワイ大学のJ.Kenneth Grace教授(昆虫学)の報告(1998)3)があります。この試験はホノルル市郊外のパ−ルシティ−都市庭園センタ−に日本の建築様式による基礎部分(布基礎、束石、床束、木土台)を実寸で再現し、日本の青森県産ヒバ材、奈良県と宮崎県産のヒノキ材、その他数種類の木材を床束と木土台に使用して行われたものです。試験材はそれぞれ、心材と心持辺材を区別して試験しています。Grace教授は試験の結果を「a.この試験はコンクリ−ト製の床束にシロアリが蟻道を構築し、日本産ヒノキ材とヒバ材の床束を加害する事を実証しました。従って、建築物に用いている木材をシロアリの被害から防ぐには、コンクリ−ト製束石の上に乗せた耐蟻性床束だけでは不十分で、物理的工法あるいは防蟻剤によるバリアが必要です。 b.この試験は、シロアリがヒバ材の床束の内部を貫通し、床束の上に設置した日本産赤松木片を加害する事を実証しました。」と報告しています。ヒバ油を自らの組成分として含有するヒバ材がシロアリに食害されるとすれば、ヒバ油にシロアリ防除効果を期待するには被処理材の単位 当たり、また 当たりに、どれ程の量のヒバ油の注入または展着が必要なのでしょうか。
 同様に、琉球の山野に自生し、古くから畑の周囲に植えつけて害虫忌避の目的に利用してきたと言われる月桃(草)も、シロアリを防除するのにどれ程の月桃エキスが必要なのでしょうか。ヒバ油にしても、月桃エキスにしても、それらにシロアリ防除の効果を確信できる資料をまだ見ておりません。
 また、効果に確信を持てるほどの量が使われたときのこれら天然化学物質は、合成化学物質とは違って人には全く影響を与えないのでありましょうか。天然化学物質のピレトリンを含有する除虫菊は、わが国では蚊取線香や殺虫剤の原料として利用されました。使い方により、このピレトリンは人体に少なからぬ影響を与えます。シロアリ防除に用いる薬剤は、本来の目的からして殺虫性能を持ち、防菌性能を有する物質です。その限りでは、たとえそれが天然物であっても、人や動物に対して全々毒性を示さないと言い切れるものは無いと考えるのが正しいでしょう。大阪大学の植村振作助教授は反農薬東京グル−プと共著の『床下の毒物・シロアリ防除剤』4)の中で次のようにコメントしています。
「天然のエキスといっても濃縮されたものでは、自然界に存在する種々の発がん物 質等も同時に濃縮されますので安全であるとは必ずしもいえません。例えば、木酢液 には発がん性が指摘されているホルムアルデヒド、ベンゼン、トルエン、ベンツピレン、ピリジン、石炭酸等が入っています。月桃やヒバ油も、もとは天然物でも、抽出して濃縮していますので安全性については相当の注意が必要と思われます。」
 化学物質は、天然物だから安全だということは言えません。

W 住宅金融公庫仕様書の理解
 1.54年度版仕様書に初登場の「防腐・防蟻措置」の背景
 住宅建設を推進する目的で昭和25年に住宅金融公庫が設置され、事業開始とともに公庫工事共通仕様書が制定されました。仕様書はその後昭和54年までの29年間に3回の改訂が行われましたが、その間、シロアリ対策が規定事項として記載されることはありませんでした。しかし、住宅需要が次第に増加した昭和40年代前半頃からシロアリ被害の発生が全国的に目立つようになったことで、公庫では『融資住宅建設基準』の49年度版に“シロアリその他の虫害防止のための有効な措置の実施”を規定し、続いて52年に新しく制定した『融資個人住宅建設基準』では、前記建設基準よりも具体的に“地域の実情に応じて土壌処理が必要”と明記するなど、公庫のシロアリ被害に対する関心は徐徐にではありますが、目に見える形で示されるようになりました。そのような事情を背景として、昭和54年4月発行の1979年度改訂公庫仕様書に、はじめてシロアリ防除対策が防腐対策とともに「防腐・防蟻措置」として一項目を占めることになりました。  木造住宅共通仕様書で言えば、それまで塗装工事の章に僅かに防腐剤塗布作業として扱われていた防腐(防蟻)対策が、木工事の章の一項目「防腐・防蟻措置」として規定された意義は大きいものがあります5)。その後幾度か、仕様書改訂の経過がありましたが、“住宅のシロアリ被害を防止しなければならない”とする絶対的命題は変りようもありません。したがって、時勢に応じて対策の手段と表現に変化は見られるものの、最初次の「措置」から現行の「措置」まで、基本的な考え方に大きな差異は認められません6)。現行公庫仕様書は、充分にシロアリ被害の恐ろしさを知った上で対応していると考えます。
 最初次の「防腐・防蟻措置」本文理解のために参考図として掲載された“防蟻対策地域区分図”と“処理基準表”は大いに役立つものとして関係業界から評価されていましたが、最近版に“地域区分図”の掲載が無いのは残念です。その後のシロアリ事情による修正を施しての復活を望みたいところです。

 2.現行仕様書の重要点
 公庫仕様書では、第四章木工事一般事項・4.1材料の解説で、
「住宅に用いる木材は耐腐朽性は勿論のこと、耐蟻性の高いものを選択することが建物を長もちさせるための重要ポイントである。日本の大部分の地域において、腐朽 菌とシロアリの被害を常に受ける可能性をもっている。耐腐朽性・耐蟻性の高い樹種を選択することが望ましい。また、木材の耐腐朽性・耐蟻性は、どの樹種にあっても、心材にあり、辺材にはあてはまらない。辺材を使用する場合は、防腐・防蟻処理を行うことが望ましい。」
との説明をしています。非常に穏やかな表現ですが、これは、同じ章のあとにくる4.3「防腐・防蟻措置」に重ねて読むべき大事な注意書きです。殆んど同様主旨の次のような解説が、「防腐・防蟻措置」の直後にも再度記述されています。
「住宅に用いる木材は耐腐朽性は勿論のこと、耐蟻性の高いものを選択することが 建物を長持ちさせるための重要なポイントである。ここでは、4.1.2(木材の樹種)の土台に用いる樹種と同様の観点から、耐腐朽性・耐蟻性の高い、ひのき、ひば、こうやまき、けやきを選択することが望ましい。
 なお、心持材を用いる場合であっても、その辺材部分には、防腐・防蟻処理を行う ことが望ましい。」
 「防腐・防蟻措置」を挟む解説で二度まで繰り返えすこのセンテンスは、正に防腐対策と防蟻対策を重要なものとする公庫の基本姿勢を示すものと言うべきです。公庫仕様書を読む者は、くれぐれもその意を理解しなければなりません。
 さて、「防腐・防蟻措置」の4.3.1「適用」には、
「防腐・防蟻措置は、ひのき、ひば等の耐腐朽性及び耐蟻性の大きい樹種の心材若しくは心持材を用いるか、又は薬剤による防腐・防蟻処理を行うこととする。」
とあります。この文言はやや明瞭性を欠く表現で、これが正しくない理解を生じさせる原因になっているような気がします。「適用」文言の意味するところは、
「本項4.3『防腐・防蟻措置』は、木部に対する防腐・防蟻措置と、土壌に対する 防蟻措置に適用する。防腐・防蟻措置を施すべき部位の木部には、ひのき、ひば等の 耐腐朽性及び耐蟻性の大きい樹種の心材を用いるか、又は薬剤による防腐・防蟻処理を行うこととする。」
と理解できます。敢えて言えば、4.3.1「適用」では表題項目である「防腐・防蟻措置」の適用対象を示せばよく、現行仕様書・「適用」に言う文意は、次項以下の適用事項実施のための仕様説明項目の中に移した方が分かり易いように思います。「防腐・防蟻措置」本文に連動してこれを補充する前記二箇所の解説では、耐腐朽性および耐防蟻性の大きい樹種の使用について、「心持材を用いる場合であっても、その辺材部分には防腐・防蟻処理を行うことが望ましい。」と言っています。これと、表「建設地別の防腐・防蟻処理並びに防腐処理及び土壌処理の適用区分」を併せて読めば、心材であっても地域によってはシロアリ被害を受ける可能性があることを示唆していることが分かります。

 本文前出の女性建築技術者の会氏や、反農薬東京グル−プは、4.3.1「適用」事項の文章から、「ひのきやひばなどの耐腐朽性・耐蟻性の高い木材を使用すれば、薬剤を使用しなくても良いと公庫仕様書は改正された。」と言いますが、これは正しくない読み方です。前述のとおり、公庫仕様書は日本の気候風土を念頭に置いて、それに対応すべく記述されています。
 これに関連して(社)日本しろあり対策協会の屋我嗣良副会長が、“(社)日本しろあり対策協会の八丈島シロアリ野外試験地”と題する報告文7)の中で次のような適切な意見を述べています。
「住宅金融公庫の木造住宅工事共通仕様書(平成10年度版)の改訂に<ともない、4 木工事一般事項,4.3防腐・防蟻措置,4.3.1適用は“防腐・防蟻措置は,ひのき,ひばなどの耐腐朽性及び耐蟻性の大きい樹種の心材若しくは心持材を用いるか,または薬剤による防腐・防蟻処理を行うこととする”と言う。この内容は,抗蟻牲や防腐性の大きい樹種(ひのき,ひば,こうやまき,くり,けやきなど)の心材もしくは心持材は,長期間シロアリなどの被害がないので木材保存剤による表面処理は省いてもよいとしている。しかし,当協会では永い経験からある時期を経過すると樹種特有の有効成分が木材表面から揮散または減少し,遂にシロアリが木材の表面に蟻道を構築し,さらに他の木材へ被害が拡大することが予想されるので防除薬剤で表面処理する必要があるとし,『住宅金融公庫の仕様書』と考え方を異にしている。そのため,それらを実 証するために建設省,住宅金融公庫,住宅・都市整備公団および当協会で“仕様書に伴う防蟻防腐試験実施への検討”の委員会を作り「表面蟻道構築試験」の野外試験を 実施(1995年9月22日より)している。ひのきの被害の証例は,1995年1月17日の阪神・淡路大震災の報告に見ることが出来る。日本木材学会編『木造住宅の耐震』1996年発行によれば,木造建築物の倒壊について,土井らによる“震度7の淡路島北淡町と神 戸市東灘区の腐朽・蟻害の調査で841棟中276棟に腐朽・蟻害が認められ,その全壊率は89%であった。腐朽・蟻害のない565棟では全壊・半壊は50%であった。これにより、腐朽・蟻害が建物の耐久性を著しく低下させていることは明らかである。”との報告がある。また,住宅の保存処理がなされてなく,さらに被害に大きく影響した臆 因は,ひのきが高耐久性であると過信されたことにもよる。ひのきの心持材が土台に用いられ,それらは辺材部を含んでおり,辺材部は耐朽性成分や抗蟻性成分をまったく含んでいないため激しく食害される。(中略)
 今後,建設省,住宅金融公庫,住宅・都市整備公団および当協会は,プロジェクトチ−ムを作り、“べた基礎コンクリ−ト貫通試験”と“ひば,ひのき等の木材表面蟻道構築試験”を行うことになった。」(しろあり第114号)
 この最後にある“ひば,ひのき等の木材表面蟻道構築試験”については、協会からハワイ大学のGrace教授に試験依頼をして、すでにその結果報告があり(しろあり第115号)、その抜粋は本稿 「転換期のシロアリ防除対策」に掲載したところです。

X これからのシロアリ対策は「総合的シロアリ防除管理」
 “効果が長期間持続し、その効果は目的とする防虫・防蟻のみにとどまって、人や環境には一切負の影響をおよぼさない防除剤”があれば、これは理想の防除剤に違いありません。防除剤は両刃の剣と言われるように、その効力と安全性を両立させることは容易ではなく、まず出来ない相談です。
 これからのシロアリ予防対策には、定期点検、処理剤使用箇所の圧縮、除湿対策による床下環境の改善、侵入を防ぐ物理的材料の使用、ベイト工法の活用等、手段と方法の選択肢を広げることが必要です。一方、駆除対策には、バクテリア・カビ・捕食性昆虫などの利用による生物的駆除法や、マイクロ電磁波による駆除法などが提案され、一部はすでに実用化されているものもあります。
 農業分野では以前からIPM(Integrated Pest Manegement)、即ち総合的害虫駆除管理という考え方が提唱されていましたが、化学物質の殺虫剤による環境問題を背景に、最近の農業専門誌などではよく目にする言葉です。岡山大学の中筋房夫教授8)によれば、IPMは、
 @ 複数の防除法を合理的に組合わせて用いる。
 A 経済的被害の視点から害虫防除の要否を決める。
 B 害虫の密度や作物被害の変動を見きわめながら防除を行う。
ことを重要な内容とすると言います。このうちAとBは農作物の生産を対象とした場合の個有の管理上の判断を前提とするものですが、@に言う「複数の防除法を合理的に組合わせて用いる。」は、今後のシロアリ対策と同じ方向を示しています。これからのシロアリ対策は、選択肢の広い対策が求められることになります。

Y 結語
 やや誇張した表現をすれば、今のシロアリ防除業界に危急存亡の影を感じます。
 合成化学物質を主剤とするシロアリ防除剤を環境の破壊者と見做して、これを「天然物に替えよ。」と言う声があれば、「当社は従来の化学物質系防除剤は一切使用しない。使用するのは天然物のみ。」と直ぐ様これに迎合するシロアリ防除業を名乗る者が現われました。また、住宅金融公庫仕様書の防腐・防蟻措置・「適用」の文言に対して、「桧やひばなどの耐腐朽性・耐蟻性の高い木材を使用すれば、薬剤を使用しなくても良いと改正された」と偏見的な見解を言う者があれば、これに応じて「防除剤は無用。ヒノキ材とヒバ材使用で防蟻対策は万全。」と広告をはじめた住宅会社があります。
 問題はこれらの喧伝の殆んどが、生半可な知識や理解によって発生していることです。困るのはこの喧伝によって、天然物処理の住宅を白蟻対策万全の住宅だと信じ、或いは、ヒノキ材やヒバ材使用の住宅ならば白蟻被害は起こらないと信じて、これらの住宅を選ぶ人達があることです。シロアリは米粒より小さくても、狂暴で機智に富んだ昆虫です。シロアリ対策は、安易な思い付きで片付くものではありません。昔の文献にも、わが国に居住する人達を悩ませたシロアリ記事を見ることができます。それだからこそ、社団法人日本しろあり対策協会は設立され、「シロアリによる被害を可及的に防止し、建築物等の耐久性を高めること」を目的として活動してきました。
 このたび日本木材保存剤審査機関では、木材保存剤効力評価検討委員会による5年間の作業を終えて、木材防腐剤、および木材防蟻剤・土壌処理用防蟻剤それぞれの改正効力試験方法と性能基準を提示する運びになったと聞いております。今後は、防除薬剤登録のために効力試験を依頼する薬剤製造業者ばかりでなく、謂わば、利用者、消費者の立場にある人達も、関心をもってこれらの試験方法や効力・性能評価を目にする機会が多くなるであろうと予想されます。その場合、その人達がこれら試験の目的である「防除剤の性能評価」を短絡的に読み違えて、効果の結果のみを取りあげ、「効果、性能のある防除剤を使用する」ことに姿を変えて一人歩きをしないように注意をすることが必要です。その例はすでに天然物利用に見たとおりです。「殺虫性能がある。」と言うだけの天然物による防除対策が必ずしも望ましい対策になり得ないことは、長年シロアリを相手にしてきた者には当初から分かっていたことです。また同様に、住宅金融公庫仕様書の文意を読み切れずに、効果のある対策を必要とする消費者をたぶらかし兼ねない発言がありました。これらの間違った喧伝に対して、シロアリ対策を考える業界は確りとした裏付けのある意見の言える業界であって欲しいと願っています。それには、本業界各個における自覚と、業界諸団体の連携が欠かせないものと考えています。

参考文献

1)・反農薬東京グル−プ(1993):農薬いらずのシロアリ撃退法・p37〜 69
  ・反農薬東京グル−プ(1994):住宅が体をむしばむ・p6
2)山野勝次(1993):木酢液の防蟻効力について,しろありNo.94・p28〜 31
3)J.Kenneth Grace(1998),Termite Penetration of Construction Elements(建築材料へのシロアリの加害に関する研究、王駟家・友情重孝訳):しろありNo.115・p18〜23
4)植村振作・反農薬東京グル−プ(1999):床下の毒物シロアリ防除剤・p17〜18
5)尾崎精一(1992):住宅金融公庫仕様書に「防腐・防蟻措置」が誕生するまで,環境管理技術Vol.10/No.2・p59〜120,No.4・p54〜55,No.4・p46〜50
6)尾崎精一(1980):住宅金融公庫仕様書に見る「防腐・防蟻措置」、   しろありNo.40・p27〜35
7)屋我嗣良(1998):(社)日本しろあり対策協会の八丈島試験地,しろありNo.114  ・p3〜11
8)中筋扁夫(1998):総合的害虫管理の現状と展望、今月の農学10月号・p17〜22
                                 


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