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この原稿は、パイパーズの依頼により、書いたものです。


作曲家と演奏家


 多くの作品、殊に、独奏曲や二重奏曲は、特定の演奏家を想定して書かれる事が多いのは事実である。これは現代音楽とて例外ではない、いや高度の技術を要求される事から容易に想像できるように、却ってその傾向は顕著である。トランペット作品に限って言えば、ジョリヴェとモーリス・アンドレの関係などは、有名な例である。オルガン付きの「アリオーソ・バロッコ」と、打楽器のとのデュオ「エプタード」が、アンドレのために書かれた事は、トランペットの音楽に関心のある人なら、ご存知の方も多いだろう。しかし、ジョリヴェは既に評価の下った作曲家であるので、ここでは、もう少し近くの名曲をご紹介したい。先程の例を例えるまでもなく、演奏家から作品を選んでゆこうと思う。すべて、CDも発売され、譜面も出版されているので、機会があれば、手に取っていただきたい。


トーマス・スティーブンス

 現代音楽のトランペット奏者として、私が真っ先に思い付くのは、トーマス・スティーブンス。ロスアンジェルスフィルハーモニーの首席奏者である。彼が取り上げた作品は数多いが、中でもFrank CampoのTIMES(1971)やRobert Henderson のVARIATION MOVEMENTS(1967)は、コンクールの課題曲でも取り上げられ、知る人ぞ知る曲となっている。しかし、スティーブンスといえば、この曲だろうというのが、Luciano BerioによるSEQUENZA X(1984)である。
まず、この曲の特徴だが、この曲にはピアノの伴奏が付いている。しかし、ピアニストは一音たりとも打鍵しない。サステイン・ペダルを踏むことと、打鍵音がしないように鍵盤を押さえているのが、ピアニストの仕事である。トランペット奏者は、時折、このピアノの中に向かって、強く短い音を吹く。すると、一定の共鳴した音が響く(押さえてある鍵盤だけが響く)という仕掛けである。「この曲やるときは私を使って。」というピアニストが後を絶たない。つい、先日も、多分冗談だろうが、松平頼暁氏からも、依頼があった。トランペットパートは、特殊奏法の連続という趣である。いきなりフラッターの強音で始まり、ベリオ自身が名付けたドゥードゥルタンギング(吹きながら、舌を左右に動かす)をしながら、初めのフレーズは終わる。また、ヴァルヴを使ってトリルをしながら、短い音を散りばめて行くという部分もある。非常に音色色彩の強い作品であるといえる。他に、フィリードリッヒ・ラインハルト、ジョナサン・インペットなどもレコーディングしている。二十世紀の傑作と言えるだろう。


フリードリッヒ・ラインハルト

 日本では未だあまり馴染の無いフィリードリッヒ・ラインハルトであるが、現代作品を集めたCDを2枚リリースしている。その中から、2曲ほど紹介しよう。Giacinto Scelsi / FOUR PIECESとBernd Alois Zimmermann / Nobody knows de trouble I see。ジアチント・シェルシによる4つの小品は、それぞれ一つの音を注意深く聴くという姿勢が貫かれている。ミュートの使用と開閉、四分音やフラッターがところどころに散りばめられ、神秘主義やヒンドゥー思想の影響を受けた作品である。この人には他にホルンのための四つの小品、トロンボーンのための三つの小品があり、これらの作品の後、[I pesagi]という金管アンサンブル曲の完成を見ることになる。ツインマーマンの作品は協奏曲である。その題名「誰も知らない私の悩み」からも容易に察することが出来るように、黒人霊歌のメロディーを元につくられている。当然そこにはジャズの影響が色濃く見られる。作曲されたのは1954年、もう40年以上も前のことである。一度調性を捨てたヨーロッパ人がどのようにジャズの影響を受けていたのか、この曲から知ることが出来るだろう。リップトリルとフラッターがジャズの雰囲気を盛り上げている。また、ハーマンミュートを使用する。

ホーカン・ハーデンベルガー

 今、最も積極的に現代作品に取り組んでいるトランペット奏者と言っても過言ではないだろう。彼の演奏の中からも、2曲ほど紹介しよう。1曲は、Gyorgy Ligeti / Mysteries of Macabre。この曲は初めからトランペットのために作曲された物ではない。リゲティのオペラ、ル・グラン・マカーブルの上演の際、秘密警察長官(コロラトゥール・ソプラノ)役が病気になった。その代役としてトランペットでそのフレーズを吹こうということになり、ハーデンベルガーがその代役を務めた。リゲティ自身がそれを大変気に入り、それ以降、トランペットで吹かれるようになったといわれている。作品自体はピアノとのデュオであるが、せりふあり、ブレスノイズあり、無茶とも言えるような跳躍の連続で、ヒステリーの症状から、馬鹿げた秘密主義へと激しく移行する様を表現している。荒唐無稽なその歌詞の一部を紹介しよう。

ゲポポ秘密警察長官

いけいけ王子(プリンスゴーゴー)

 そして、もう1曲は、フォルケ・ラーベ作曲のシャザムを紹介しよう。無伴奏。たぶんこの曲はトランペットの為に書かれた曲の中で一番音域の広い曲だろうと思う。最低音は、1点ハの2オクターブ以上下のト音である。そして、最高音は、3点ト音。音域はなんと5オクターブもある。また、楽譜のいたるところに、様々な方向を向いた矢印が書かれている。これは、楽器をその方向に向けなさいという意味である。さらに、曲の最後には、観客に投げキッスをするように大きな動作で楽器を口からはなしなさいと指定がある。

マルクス・シュトックハウゼン

 名前を聞いてすぐ連想されるように、マルクスは、カールハインツ・シュトックハウゼンを父に生まれた。子供思いなのか、子供いじめなのか、意見の分かれるところだが、多くのトランペット作品を書いている。最も有名な作品は、EINGANG und FORMEL、入場と儀礼とでも訳すのだろうか。彼のライフワークとでも言える長大なオペラ「LICHT(光)」の「木曜日」の中、ミヒャエルの地球一周旅行の幕にミヒャエル役のマルクスが登場する場面で演奏される。EINGANGの中では、特殊奏法として、通常音から、ペダルトーンへの幅広いグリッサンドが使われている。また、FORMELでは、Wawa muteの開閉により6種類の母音を表現するため音の上に発音記号が書かれてあり、細かな音量表現のため、音量の大きさを別段に折れ線グラフで示している。

 演奏者は特定できない、というより、演奏を聴いたことがないのだが、ブエノスアイレス生まれの現代作曲家、マウリシオ・カーゲルも、トランペットの作品を残している。一つは習作であるが、その後「Rrrrrrr・・」という作品の中で、ヴァイオリンとクラリネットのデュオに書き直されたジャズ・ピース。もう1曲は、「コンクールのための小品」という名の、人を小馬鹿にしたような題名が付いている作品。

日本人作曲家の作品も紹介したい。いずれも出版されているので、容易に手に入れることが出来る。

篠原眞 三つの協奏的小品 

武満徹 径

湯浅譲二 天気予報所見

佐藤聰明 HIKARI

西村朗 ヘイロウス


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