ヨーロッパ演奏会レポート 2000年  【曽我部清典】


 日本トランペット協会の皆さん、こんにちは。今年度から常任理事を仰せつかりました曽我部清典です。自分の得意分野のことを活かしながら、日本トランペット協会のために、ひいては日本のトランペット界のために、微力ながら尽力したいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
さて、私のソロ活動の多くは国内外の作曲家の現代作品を演奏することですが、この夏、ドイツとオランダでいくつかコンサートを持ちました。前回理事会で原稿依頼がありましたので、そのご報告をさせていただきます。
 今回の演奏旅行は、私にとって3年ぶりの海外公演になります。3年前はギリシャのテッサロニキ市で行われたICMC(International Computer Music Coference)で中村滋延氏が私のために書いて下さった「KAGAMI」という作品を演奏しに行ったのでした。1週間ほどの滞在のうち、本番は1回だけだったので、殆ど観光&勉強気分でしたが、今回は期間は長いものの(18日間)3会場4公演でしたので、ヨーロッパを駆け足で駆けめぐったような気分です。
 まず7月7日に成田を発ち、その日のうちにハンブルグに着きました。翌日から現地の演奏家とリハーサルを重ね、11日ハンブルグ国立演劇音楽大学で松岡貴史・みち子作品展に出演しました。翌12日同大学で曽我部清典トランペット現代奏法レクチャー&コンサートを開きました。14日はロッテルダム現代芸術祭just about nowに出演。そして、16日にダルムシュタットに入り、19日ダルムシュタット音楽祭でトランペットのワークショップを行いました。一つ一つの公演について、レポートしたいと思います。

【松岡貴史・みち子作品展】
 松岡貴史さん・みち子さんは、お二人とも芸大の作曲科出身ですが、1999年1月にお二人の拠点である徳島で作品展が行われ、その中で貴史さんの「忘れられた時」というゼフュロス(私の考案によるスライド付きのトランペット)とピアノの作品と、みち子さんの「砂に残った足跡」というソプラノ・トランペットとピアノの作品を初演させて頂きました。その際に、2000年の2月から12月までの国費留学中にハンブルグでも二人展を開くので演奏してもらえないかというお招きがあり、他のコンサートとも併せて、今回の渡欧が成立しました。日本からは私の他にソプラノの持木文子さん、フルートの板東久美さんが参加。ヴァイオリンとチェロともう一人のソプラノ歌手は現地の演奏家が参加しました。
 「忘れられた時」では、ゼフュロスとピアノは互いに意識しながらしかし同期しないで、それぞれの時間の中を実際に音を出さない演奏行為も含みながら進んで行き、最終部分では即興的に音を出したりノイズを出したり、また何も音を出さなかったり(演奏行為のみ見せる)します。過去と未来が交錯し、Deja vuの様な効果を狙った作品といえるでしょう。ピアノは作曲者自身。ゼフュロスの、高音域で自由にグリッサンドする音色と機能は、かなり聴衆の度肝を抜いたようでした。
「砂に残った足跡」はコンサートの最後に置かれました。この作品はキリスト教的世界を描いた英語の詩(日本での初演の際は日本語で歌った)による歌曲ですが、トランペットは歌手と対等な位置に置かれています。神の代弁者として、暗にキリストの存在を示唆する役割です。ソプラノはロシア出身の歌手、タチアナさん(ご主人は英国人)で、この精神世界を素晴らしく繊細に表現していたと思います。ステージの自分より前に立った歌手の息遣いにタイミングや音程、音量を合わせるのはかなり大変な作業でしたが、うまくやれたのではないかと思います。作曲者自身も満足な出来のようでほっとしました。これは余談になりますが、彼女のご両親と弟さんがロシアから聴きに来ており、モスクワまで列車で二日間、モスクワからハンブルグまでバスで二日間かけて来たとのこと。私たちとは別の時間が流れているような気がしました。バブルがはじけたといっても、日本はまだまだ裕福な国なのですね。
私が出演した以外の作品では、チェロの独奏曲がとても心に残りました。演奏したのは若干22歳のリューベック出身のチェリストで、その技巧とパフォーマンスには、会場から割れんばかりの拍手が撒き起こりました。在ハンブルグの日本人の方も数多く来られていましたが、元ドイツプロオーケストラのホルン奏者で、今はハンブルグのヤマハにお勤めの藤田さんとおっしゃる芸大の先輩もいらっしゃり、終演後の打ち上げで楽しい有意義なお話もたくさん伺いました。現地の大学で学ぶ日本人の若いチェロ奏者とトロンボーン奏者とも話が弾みました。

【ハンブルグ大学トランペット現代奏法レクチャー&コンサート】
 翌12日はこの音楽大学の作曲家の教授であるマンフレッド・シュターンケさんの講義室をお借りして、「現代におけるトランペット奏法とその作品」というレクチャー&コンサートを行いました。共演者はピアノとパーカッション(龍安寺/ジョン・ケージ)が松岡貴史さん、スライドトランペット(龍安寺)と通訳にライプツィッヒ留学中の私の生徒の島丸睦美さん、もう一人、スライドトランペット(龍安寺)にやはり私の生徒でアシスタントとして同行の木原良徳君。聴衆は作曲家の学生、トランペットの専攻生、日本人の留学生といったところでした。
プログラムは以下の通りです。
径/武満徹(無伴奏) 
小品/ジャチント・シェルシ(無伴奏) 
ヘイロウス/西村朗(ピアノ伴奏) 
龍安寺/ジョン・ケージ(打楽器伴奏) 
<休憩>
接骨木の3つの歌より第1曲/近藤譲(無伴奏) 
resonanza/アレッサンドロ・メルキオーレ(CDによる電子音響の伴奏)
アーテム/マウリシオ・カーゲル(無伴奏)
光/佐藤聰明(ピアノ伴奏) 

 レクチャー終了後もシュターンケ教授はじめたくさんの学生から質問が寄せられ、約1時間ほど片づけをしながら、質疑応答をしました。音楽の本場のドイツでも、このようなトランペットの現代作品によるレクチャーは殆どされることがないとのことで、作曲家の学生や金管楽器の学生達は、食い入るように私の演奏に聴き入ってくれていたと思います。とても有意義だったという感想を頂きました。アーテムはドイツ在住のカーゲルの作品であるにもかかわらず、私の演奏で始めて聴いたという人が殆どでした。また、シュターンケ教授はマイクロチューニング(微分音を使った調律)の作品を近年発表し続けていらっしゃいますが、帰国後早くも8月に、シュターンケ教授からゼフュロス・ソプラノ・ヴィオラ・コントラバス(3本のゼフュロスとコントラバスでも演奏可能)という編成の作品が届きました。楽器の指定は、微分音を使った音列の演奏が可能な楽器なら、ある程度他の楽器に振り替えることも許されています。近い内に日本で世界初演の予定です。

【ロッテルダム現代芸術祭 just about now】
 ハンブルグからオランダのスキポール空港までルフトハンザで飛び、オルガン奏者の松居直美さんの案内で少しアムステルダム市内を見物してから、ロッテルダムに向かいました。オランダは見渡す限りの平原で、少し広めの灌漑用水(狭い運河)にモーターボートやヨットが係留されているのが、目に新鮮でした。途中、電車を乗り違えるなど、少しトラブルがあって、予定の時間より1時間遅れてロッテルダムに到着しました。
まず、ブリュッセル(ベルギー)からわざわざ駆けつけてくれた大宅裕さんとダルムシュタットで演奏予定の原田敬子作品のリハーサルを済ませ、夜の9時(まだ明るい!)から三輪眞弘作品「メガフォンM」の会場リハーサルに入りました。コンサートの会場はTENTと言われていたので、テント張りを予想していましたが、しっかりとした石造りの建物でした。言葉の頭文字をとってTENTと名付けたようです。
 コンピュータが私の音にちゃんと反応するかテストをした後、結局、日本でもらっていた譜面は全部破棄して、殆ど即興という内容になりました。音の高さやマウスピースに吹き込むようにしゃべる内容はすべて特に規定されてはいませんが、時々「メガフォンM」と楽器の中でしゃべるように指定されました。
 演奏する際のセットは以下の通り。
ゼフュロスに小さなワイヤレスマイクを取り付ける。その音を拾うレシーバーをMacintosh G3 noteの入力端子に繋ぐ。使うソフトはMAX-MSPというソフトで、取り込んだ音をリアルタイムで変調できる。(パリのイルカムで開発されたソフトで、最近のバージョンになってミディ信号だけでなく、生音もタイムラグなく変調できるようになった)コンピュータの出力端子をメガフォンに繋ぐ。
コンピュータのプログラムと私とコンピュータの位置関係は大きくわけて4つの部分に分かれます。
1 会場の外から吹き始める。その私の音や声を、数秒遅れてそのまま(何の変調も加えないで)出す。声を使った重音やグリッサンドを使って、なんの楽器か覚られないような演奏を心がける。また、その音の出し方を楽器の中にしゃべる。会場内に入り(ここで初めて聴衆はトランペットの音だったとわかる)、次第にコンピュータに近づく。
2 コンピュータの横まで来たら、コンピュータが、私の音や声を、数秒遅れてそのまま(何の変調も加えないで)出しながら、音名を叫ぶ(あらかじめ、12の音名の叫び声が録音されて、その音が鳴ることによって、呼び出される)。1から2への切り替えは特定の音列(G-Bb-A)を吹くことによって行われる。次第に会場内の遠い場所に移動する。
3 会場の隅まで来たら、特定の音列を吹いて、私の音や声を遅れなしに再現すると同時に、音名を叫ぶモードに移行する。3点Eの音を吹くと、大垣国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)の校歌(架空の)が流れる。2点F#を吹くと、すべての機能が停止する。
4 徐々にコンピュータに近づきながら、特定の音列を吹いて、ピアノの白鍵の音を吹いたらその音を歌う、それ以外は3のモードと同じ設定に切り替える。コンピュータの側まで来たら、楽器をメガフォンにかざしてみる。メガフォンから出た音をマイクが拾い、一種のループ状態(ハウリングに近い)ができる。吹いたり、かざしたりを何度か交互にやりながら、混沌状態(一種のカノン?)を作り出す。
5 特定の音列を吹くと、「Thank you」とコンピューターがしゃべって、曲は終わる。

 当日になりました。コンサート会場に集まった聴衆は、通常の音楽会の雰囲気とは違い、現代美術の関係者が殆どだったように思います。また会場内の展示も、音楽(音)を伴った芸術作品(インスタレーション)が殆どで、中には40数個スピーカーを升目状に並べて、コンピュータ制御でそれぞれ違った音を出すというものもありました。
肝心の演奏の方は上々の出来で、かなりのインパクトを与えたようです。コンサート終了後、質問の嵐に遭いました。ただ作品に関しては不確定な要素(即興部分)の割合が多く、私としてはもう少し書き込んで欲しいと要望を出しました。(9月16日大垣国際情報科学芸術アカデミーにて大幅改訂版初演、11月10日宮崎で再演予定)

【ダルムシュタット音楽祭トランペットワークショップ】
 ロッテルダムを出て、ブリュッセルで2度目の伴奏合わせ、フランクフルトからダルムシュタットと数々のトラブルに見舞われましたが、何とか無事、7月19日午前11時から、トランペット現代奏法レクチャー&コンサートの開催にこぎつけました。(この辺のトラブルについて興味のある方は、私のホームページhttp://www.jade.dti.ne.jp/~ebakos/germany/index.html以下をご覧下さい。)
開始の時間になり、狭い会場でしたが、満員すし詰めの大盛況になりました。はじめに、この講座の責任者の細川俊夫さんから、簡単な私のご紹介がありました。できるだけたくさんの作品をご紹介したいという思いが私にはありましたので、短い解説をして、質問はすべての演奏が終わってから受けるという形で始められました。作品は主に日本人作曲家もしくは日本に影響を受けたと見られる作品と、私のオリジナル楽器/ゼフュロス(スライド付きトランペット)の為の作品で構成しました。
私の第一声は「日本には金管楽器の歴史はまだ100年しかありません。日本人や日本の文化に影響を受けた作曲家の金管楽器のための作品が21世紀には数多く作られることを切望している。」というものでした。ドイツ語も英語もできない私のために望月京さん(作曲家)と私の生徒の島丸睦美が通訳を引き受けてくれました。時間の都合のため、作曲家が立ち会って下さった作品(原田敬子さんと松岡貴史さん)以外については一部割愛して演奏しました。演奏曲目・共演者は以下の通りです。
【演奏曲目】
1 径/武満徹 Paths/Toru Takemitsu
2 光/佐藤聰明 Light/Sohmei Satoh
3 忘れられた時/松岡貴史 Von den vergessenen Zeiten/Takashi Matsuoka
4 ヘイロウス/西村朗 Halos/Akira Nishimura
5 接骨木の3つの歌より第1曲/近藤譲 Song of Elderberry Tree/Jo Kondo
6 龍安寺/ジョン・ケージ Ryoanji/John Cage
7 密な/ペーター・ガーン Mitsuna/Peter Gahn
8 MOUTH/原田敬子 Mouth/Keiko Harada
9 Mega-phone-M/三輪眞弘 Mega-phone-M/Masahiro Miwa
【共演者】
松岡貴史 2・3・4(ピアノ)6(パーカッション)
大宅裕  8
島丸睦美/木原良徳 6(スライドトランペット)

 終演後はハンブルグ同様たくさんの質問が寄せられました。その主な内容は、フラッターや重音、様々なミュートの使用における音色の変化についてと、実際の演奏の可能不可能、そしてゼフュロスについてのものでした。
 作曲家はピアノや弦楽器・木管楽器に比べて、意外と金管楽器のことは知らないようです。それはもちろん、彼らの不勉強もあるのでしょうが、私たち金管楽器奏者の非協力的態度にも原因はあるのではないでしょうか?作曲家と演奏家の相互協力なくしては、新しい時代の傑作はなかなか生まれないと思います。私は事あるごとに作曲家への金管楽器のレクチャーを行ってきましたが、会員の皆様も積極的に作曲家とつきあっていただきたいと思います。そういったつきあいの中から、21世紀の傑作は生まれるのです。ハイドンもフンメルもその作品が書かれたときは「現代の音楽」だったという事実を忘れてはいけないのではないでしょうか?
自分のコンサートの翌日、アンサンブルモデルンのトロンボーン奏者ウヴェ・ディークセンのトロンボーン現代奏法ワークショップを見学しました。その内容が、自分がやっているものと大差なかったので、にんまりしてしまいました。ただ、循環呼吸と重音に関してはずいぶん時間を割いてデモンストレーションしていましたので、21世紀の奏者にはこの2つのテクニックは不可欠のものになるのかもしれません。
 毎日、4時からと8時から、2つのコンサートが、オランジェリーという立派な庭園のある会場でありました。残念ながらトランペットを編成に含む作品は一作もありませんでした。今でも印象に残っているのはレベッカ・サンダースのピアノ曲とバート・フラーのソプラノと室内楽のための「アリア」という作品です。レベッカにはトランペットのための作品もいくつかあったので、期間中出張していた楽譜屋さんに注文しましたが、すべてレンタル譜という事で、見ることはできませんでした。また、同時に他の作曲家の作品も注文しましたが、今日現在で先方からは何の連絡もありません。
今回の欧州旅行ではたくさんの日本人の方にお会いしました。まず、期間中、取り上げられていた日本人の作曲家は、細川俊夫さん、原田敬子さん、望月京さん、演奏家ではリコーダーの鈴木俊哉さん、箏の木村京子さん、後藤マキコさん、アンサンブルリシェルシェという団体には岡さんという女性のクラリネット奏者がいらっしゃいました。また、ヤマハフランクフルトの小澤さんには、ダルムシュタットまで連れてきていただいたり、工房を訪ねるなど、大変お世話になりました。ヨーロッパで活躍する日本人の皆さんに感謝すると共に、熱いエールを送りたい気持ちです。
今回のヨーロッパ旅行を総じて持った私の感想というか決意は、ヨーロッパに学びつつ、しかし自分の日本人としてのアイデンティティを失うことなく、たくさんの作曲家の皆さんの暖かい愛情を感じながら(時には叱咤激励も)、自分の信じる音楽をやって行きたいということです。来年はフランスとベルギーで(ひょっとしたらイギリスでも)コンサートが持てそうな感じです。またさらに自分を磨いて、頑張ってきたいと思っています。
 大変な駄文の上、長文になってしまいました。最後までお読みいただいた方には、大変感謝いたします。ありがとうございました。

2000年9月26日
曽我部清典

追伸 ------ ヨーロッパで演奏した曲を含んだCDを小島録音から2枚リリースしています。1枚は武満徹、西村朗、佐藤聰明作品を含んだ「今日までそして明日から」(ALCD-50)。もう1枚は龍安寺(ジョン・ケージ)やシェルシの小品を含んだ「透明な孤独」(ALCD-55)です。タワーレコードやHMV、山野楽器、ヤマハなど、大きなショップでは取り扱っていると思います。是非、ご一聴下さい。


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