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この原稿は、パイパーズの依頼により、書いたものです。


ガブリエーレ・カッソーネ
Gabriele Cassone

文:曽我部清典 Kiyonori Sokabe

1959年生まれ。ミラノスカラ座、放送響等のオーケストラで演奏。86年のMarkneukirchen、87年のToulon入賞。88年のザルツブルグ音楽祭でのソロ演奏を機に、バロックTR奏者、現代音楽の奏者としてソロ活動をメインにシフト。L.Berio自身からSequenza XのTR奏者に指名され、世界各地で演奏。その他にも各種のCD録音に参加。P.Boulezからの信頼も厚くEnsemble Intercontemporainでもしばしば演奏。またNovara ConservatoryとCity School in Milanoで教鞭もとっている。

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 3月下旬にヤマハフランクフルトの小澤氏よりメールを頂戴した。ガブリエーレ・カッソーネ氏が、来日するにあたり、日本でライヴエレクトロニクスを使って音楽をやっている演奏家に会いたいとのことで、私にその白羽の矢が当たったらしい。最近、ライヴエレクトロニクスの方はお休みしているが、私自身の興味も手伝って、来日したその日に彼の宿泊先の部屋を訪問した。まず、自己紹介の後、プレゼントの交換をする。彼からは、古楽器を演奏した彼のソロCDと彼のために書かれた4作品の譜面を頂戴した。私からは、日本人の作品を7曲収めた私のソロCDのサンプル盤を(正式リリースの前だったので)。譜面は聴いて気に入ったものを、後日CDの製品盤と一緒に郵送することにした。メールアドレスも交換し、これ以降の情報交換を約束。

 さて、今回の来日は、東京オペラシティにおける「コンポージアム」シリーズ:ルチアーノ・ベリオ作品展でのセクエンツァXの演奏と、同時に来日した弦楽合奏団アカデミア・ビザンチナをバックにしての古楽器によるトレルリのトランペット協奏曲の演奏が目的であった。カッソーネ氏の古楽器の演奏に関しては、私自身も名前程度には知るところであったが、古楽と現代作品の両方にまたがって演奏活動を展開している、その難しさについて、まず、質問を試みた。

 「現在の演奏活動は、古楽が80%、現代作品が20%くらいの割合だと思う。」彼の古楽器演奏は、全くの独学だそうで、主にフリードマン・インマーの演奏をCDで聴いて、勉強したとのこと。楽器は、彼の友人が作ったという。セクエンツァに関しても、何かの折りに、作曲家ルチアーノ・ベリオと会うチャンスがあり、そこで自分の演奏を聴いてくれと、直訴。その演奏を、ベリオが大変気に入り、それ以降、世界中で、ベリオが演奏家を連れて行くコンサートには、指名されて、演奏に行くことになったという事である。努力家でアグレッシヴな性格なのか、また、名手だらけのヨーロッパでは、彼ほどの名手でも自分を売り込むことに貪欲でなければ、ソリストとして生き残って行けないのか・・・

 古楽器とモダンな楽器の両方を演奏することについての難しさは感じないか?という質問には、コンサート自体が少ないので、練習する時間は、たっぷりあるとのことだったが、それにしても、大変な基礎能力の高さを、インタビューの合間のほんの少しの演奏にも感じることができた。

 「イタリアでは、ヴァイオリンやピアノのコンサートには、たくさん人が入るが、それ以外の楽器では、観客動員は、かなり難しい。」イタリアには、日本のようにアマチュアを含めて吹奏楽団が少ない。管楽器をやる人数も少ないので、自ずとコンサートも少なく、聴衆も少ないのだと言う。このあたり、日本とはかなり事情が違うようだ。日本のように中学や高校の吹奏楽部で管楽器を手にするというわけではないらしい。

 「しかも、それが、現代作品となると、もっと大変で、聴衆の数が数えられるほどになる。」それは、常々、私も思っている事で、お互いに苦笑しあった。日本のように明治維新以降ようやく西洋の音楽が入ってきたのとは違い、千年以上も脈々と続いているヨーロッパ音楽の流れの中で、「前衛」はどのように息づいているのか・・・「伝統」が重ければ重いほど、「前衛」は、社会的にその行き場を失う。「伝統」と「前衛」の両方をレパートリーとする彼の言葉の意味は深い。

 話は変わるが、今年の二月に、イタリア大使館で、現代のミラノの作曲家の作品を聴く機会を、私は持った。その作曲家の名前を何人か挙げても、彼は全く知らなかった。意外なところで、私が橋渡しをする役目になったが、このことで、また新しく作品が生まれ、彼の名演奏でリアライズされることは、この上ない喜びであるし、そういった作品を演奏するチャンスを、日本でも見つけて欲しいものである。古くはアンドレやスティーブンス、ハーデンベルガーやカッソーネを見ても解るように、柔らかな感性を持った優秀な奏者のもとに、新しい作品は集まってくるものである。21世紀はどんな作品が生まれるのだろう?私にも、何とか吹けるような作品であればよいのだが・・・(笑)


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