・・・・・ささQさん
どうやら1万人近くは入っているであろう大阪城ホール、2001年11月30日。 
合計11組のアーティストが出演したこの日のライヴは、関西エリアをカヴァーするFM802での生中継があり、また後日WOWOWでも放送されまし
た。(残念ながらキリンジは、WOWOWでは「エイリアンズ」一曲のみのオンエアでしたが) 
  
「R&B系」と紹介されていた方たちによる「第一部」が終わって始まった、いわば「アコースティック部門・第2部」。 
キリンジはふたりだけで、ギター一本での出演との情報を事前に聞いていただけに、「出るならそろそろ?」「…うん、そろそろ」とソワソワして
くるキリンジファン(会場ではまあ、少数派)が並んで2名… じゃいこさんと私。 
そして突然(と思えた)ステージの大モニタに「キリンジ」の文字が! 
反射的に「うそっ」とか口走ってしまう私たち。(うそじゃねぇよ、これ観に来たくせに) 
  
白地チェックのシャツにジーンズでワシワシと中央まで歩く泰行さん。 
続いてくすんだ紺のシャツに、やはりジーンズの高樹さん。 
持ってる!城ホール、観客1万人でも!やっぱり泰行さんのカンペはA4サイズだ〜。 
  
キリンジ登場への拍手が静まり、人間の入った城ホールの客席を初めてステージから見渡したであろう泰行さんが小声でつぶやくのを、かろうじて
マイクが拾う。 
「…すげぇな。」 
  
その一瞬の間のあと、とっとと始まった兄アコギ1本のイントロはカントリー調、60拍/分ほどのややゆったりテンポに、会場から自然発生する手拍
子。
 
…手拍子の響きも量も、イイ…さすが大阪城ホール。
 
インストアライヴで披露された「サイモン・スミスと踊る熊」ふうのアレンジ。 
ギターを持たない手ぶらの泰行さんはジーンズのポケットに手をつっこんで、全身でリズムをとっています。 
…どんなに緊張しておられることだろう(と、思わずこちらが握りこぶし)。ところが。 
一声めからリラックスした感じの、なんとつやつやと豊かな歌い出し! 
ああ、「茜色したあの空は」だよ。(大好きさ) 
  
泰行さんの声ののびることのびること。ひと声聴いた途端、何と言うか「全幅の信頼がおける」と思えてしまう。 
大舞台にも堂々としてる…いや、というよりは、なんか 
「神さまが決定したことなので、そうあるべきだから歌う」というくらい、そもそも話の次元が変わってしまったような。 
それくらい、ものすごく届くモノが何かある、それくらい、神々しくて誇らしい歌でした。 
  
斜め後ろからちらりちらり、何度も泰行さんのほうに視線を飛ばしながら弾く高樹さんと、ステージモニタでアップになったとき、リズムに合わせ
て揺れながらまっすぐカメラのほうを見ていた(瞬間もあったような気がする)泰行さん。 
高樹さんは、あえて?と今になって思えるほど、実に淡々と寡黙にギターを弾かれたというのもあって、私はものすごく泰行さんの歌ばっかり聴い
てしまいました。 
もう、ものすごーくよく泰行さんの、キリンジの、「歌」が聴こえましたよ。 
  
  
続くMCはいつもの彼らのライヴ以上にあまりにもアッサリしていて、カンペを読んでの告知のみ。 
  
泰行さん「えーどうも。えー、キリンジと言います。『茜色したあの空は』という僕らの曲を聴いてもらいましたが。
 
えー、ここでお知らせがひとつ。僕らの新曲の『ムラサキ☆サンセット』という曲が、ハチマルニのヘヴィーローテーション、になりました」
   
(!FM802のヘヴィロテの威力を知っている関西在住の私たちはこの情報に結構度肝を抜かれる。嬉しい!) 
  
泰行さん「(会場からの拍手に)どうもどうも。」 
  
高樹さん「よろしくお願いします」(←早口) 
  
泰行さん「12月度ですね。…えー、さらに2月にまた大阪でライヴをやりますので、えー、なんか興味を持った人は、来てください。(会場拍手)…よ
ろしくお願いします」 
  
そして「では『エイリアンズ』という曲を演ります」という泰行さんの言葉が終わるやいなや、ポロロンと高樹さんのギターの音が。 
「え、もうMC終わり?」とか「そのカンペで喋りそれだけ??」みたいな感じで、会場にくすくす笑いが巻き起こってしまう。(ええ、私も初めて
観たライヴではものすごく心でツッコミましたね。) 
それと「エイズの話とかは?もしかしてナイ…のん?」というささやかな疑問も、たぶん。 
  
そのまま始まってしまった「エイリアンズ」。 
またもや高樹さんのハモりもコーラスもない、ちょっとボサノヴァ調のアレンジ。 
1曲目より少し弾きにくそうな気配がする…? 
そしてサビの高音もゆるぎない通る・届く・沁みる泰行さんの声。 
なんだか高樹さんからは「てめーら、この泰行の歌を聴きやがれ!」っていう無言のオーラのようなものが出てるような気がする。 
AAAに誘ってくれた隣のじゃいこさんが、メールに書いてくれてた言葉を一瞬思い出す… 
「何歌ってくれるかなぁ。エイリアンズを、あのでかい会場に響かせてくれたら嬉しいなあ。半分ぐらいは感動で固まるんじゃなかろうか。」 
  
こぎれいな普段着のような格好で、ふたりっきりで出て来て、 
「キリンジです」じゃなくて「キリンジと言います」と謙虚な自己紹介をする、この愛すべき兄弟。 
このでかい会場に「エイリアンズ」が本当に響いていて、そこに自分が居合わせていて、 
なんだかよくわからない何か幸せみたいなモノで、自分がいっぱいになりました。 
 
 
そして曲が終わると「ありがとうございました」とだけ言って、またとっとと引っ込んでしまうキリンジなのでした。 
終わってみれば、他の出演者とは違ってただ一組だけ、AIDSにも世相にも戦争にもひと言も触れないで、ただただ「音楽」「泰行さんの歌」がもの
すごく届く演奏だったこと、すごく誇らしいように思えたのですが、私には。 
「言わないほうが伝わることも、まぁたまにはある」と、ようはそういうことがわかったような気がしたりもして。 
と言っても現場ではひたすら聴くだけ、ただただ楽しんで来て、そんなことは帰り道で考えたんですが。 
  
さて、この先はライヴレポとはとても言えませんが、「キリンジ見たさ」だけで行ったものの、考える機会をせっかくいただいたので、AAA…'Act
Against Aids'というものにからめて少し。 
  
エイズについての啓発を目的として人を集めること…身も蓋もなく言うと、AAA活動としてライヴを企画するのはそれが趣旨ではないかと思いま
す。 
そして人を集め、観客を音楽で喜ばせることこそがミュージシャンの基本的な役割であり、出演者はそれに全力を注ぎ、啓発のほうはそのタントウ
シャに全力を注いでもらう…もしかしたらキリンジはそういう感じだったんじゃないでしょうか。 
そして観客のほうは…結局いくらかは「自分で考える」という作業をしなければ意味がないんでしょう、きっと。 
  
AAAが終わってほどなく発売された雑誌インタビューで、泰行さんが語った言葉を読みました。 
(ライヴでは)「MCなどに欲を出さず(笑)、いい演奏をしていい歌を歌うことに集中すればいい」「僕らのできるサービスは、いい演奏と曲作り
の段階でいいものを作ること」 
  
この「サービス」。 
  
あの日も、キリンジはひたすら誠実に、とてもキリンジらしく思える方法で、このサービスを実施してくれただけなのかと思います。 
このうえなく良い音楽をひっさげて、あんなによく届く演奏を。 
出演が決まってから、キリンジのお二方がきっといろいろ考えたであろうことを想像してみるのも至福でした。 
演奏スタイル、曲目、MC、歌詞カードは見るのか見ないのか(この日は見て歌っておられたようでした)、……二人がどんなことを思い、話し、決
めていったのか。 
そりゃもう、いっぱい想像しました。
 
  
曲目で言えば、おそらく最もたくさんのファンから望まれていた曲と言っても差し支えないであろう「エイリアンズ」はともかく、もう1曲に選ばれ
たのが「茜色したあの空は」だった、ということについて。 
なんでこの曲を。部屋で親しい人たちにでも聴かせるような、「あざとさ」の対極にあるような和やかなあのアレンジで。 
考えれば考えるほど、こういうイヴェントに対するキリンジの匙加減の妙が、私には好もしくてしかたなくなります。 
「僕の知らないアイツらの胸を痛ませる何か」に思い及ぶ人たちの作る音楽。 
決められたスペシャル・デイではなく、普通に過ごす日々のなか(例えば、とある真綿の降る夜)に起こる、たぶんささやかな出来事にこそ、何か
神さまのようなものを見出す人たちの音楽。…と、いやいやいや、そんなことは。 
そんなことはイヴェントと歌詞の野暮なこじつけというものだけれど。 
何も言われなかったから、自分で考えるしかない観客の一人だった私なりに出した、このイヴェントに対する答え、確かにその一部ではあります。
●set list●
01.茜色したあの空は
02.エイリアンズ
出演‥‥堀込泰行/vocal
    堀込高樹/acoustic guitar
2002.04.16. up
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