誓い

-3-

宮中の殆どの者が見守る中、千尋は天に向けて天鹿児弓を引き絞った。
「柊の中に、我に対する二心があるならその胸に当たれ。なければ、我らを陥れようと企てた者の足に当たれ」
放たれた矢は、上空で光となって四方八方へと飛び散った。そして無数の光の矢と化して、人込みの中へと降り注ぐ。その間、柊は微動だにせず、笑みすら浮かべて真っ直ぐに千尋を見つめていた。
光の矢は、意図的に悪辣な噂を流した者や悪意を以て柊を告発した者達の足に突き刺さった。祟りの噂を盲信しただけの者には掠りもしない。
そして、柊の死を確認すると同時に全快するつもりで見物に来ていた件の高官達も、足を射抜かれて絶叫した。
各所で上がる悲鳴を頼りに、兵達が周りを取り囲んで次々と縄を打つ 。女王を貶め、宮中を混乱させ、国政を滞らせた罪は万死に値するが、その前に関与の程度や余罪も吟味しなくてはならない。
その一部始終を目にした者達は、もう千尋を侮ることはなかった。ましてや、このような誓約を成功させた女王に巫力が無いなどとは言えるはずがない。
「柊……あなたの忠誠の揺るぎ無きことは、ここに明らかとなりました。これからも、生きて私の力となってくれますね?」
柊は歩み寄った千尋の前に膝を折り、頭を垂れて応えた。
「はい、喜んで。すべては我が君の御心のままに…」

橿原宮の混乱は治まったものの騒動の後始末で中つ国は更に大荒れとなった。
しかし、官人達の畏敬の念を手中に収めた千尋の元、柊が如何なくその手腕を発揮し忍人が駆け回ってそれらを鎮めた。
そして晴れて、千尋と忍人の婚儀の日と相成った。
「おめでとうございます、我が君。この目でお二人の晴れ姿を見ることが出来るとは、望外の喜びに存じます」
「ありがと、柊。本当に……生きててくれて良かったよぉ」
千尋は柊にギュッとしがみ付いた。
婚儀直前の花嫁が他の男――しかも柊――に抱きつくのを間近で見た忍人はかなり面白くない気分になったが、千尋に他意はなく押し寄せる感激と安堵からの行動であることは想像がついたので黙っていた。風早も那岐も居ない今、柊は彼らの代理とも言える立場なのだろう。
柊も同じことを思ったらしく、解放されると千尋に告げた。
「私も生き延びることが出来て良かったと、改めて感じております。お傍に居られぬ友の分まで、これからもお二人を見守り続けることが、私の役目であり願いでございます」
それから柊は、忍人に向って言う。
「約束は忘れないでくださいね」
「……何のことだ?」
急に話を振られて、忍人は面食らった。すると、柊は「おや、お忘れですか、あの夜のこと?」とからかう。
「私がこうして生きているからって、無かったことになんてさせませんよ」
「ああ、あれか。勿論、あの約束は守る。元より、言われるまでもないし……お前は確かに千尋に命を差し出したのだからな」

あの後、忍人は柊に猛然と抗議した。
「命を差し出すなどと大仰なことを言って……端から千尋に誓約を執り行わせようと目論んでいたのか!?ならば、もっと早く言え!そうすれば、あんなに彼女が思い悩むことも、こんなに国が混乱することもなかっただろうがっ!!」
しかし、柊は澄まして応えた。
「それでは説得力がありません。そもそも私から言い出したのでは、信憑性に欠けます。私の命についても同様です。容易く差し出すのではなく、万策尽きたからこそ意味があるのです。それに私はあの時、本気で自らを消し去る覚悟でした。起死回生の一手として誓約の執行は念頭にありましたが、我が君が気付いて下さらなければどうしようもありません。土壇場で姫があそこまで強く立ち直られるとは、何とも嬉しい誤算です」
そこで柊は、幸せそうに微笑んだ。
「私にとっては正に命懸けの大博打でしたが、我が君は心から私を信じ、そこに命運を賭けることをあの場で思いつき……それどころか、反逆者まで一掃してくださいました」
あの誓約は、国内の大掃除の取っ掛かりとなった。
件の者達は皆、有力な族の後ろ盾を持っていた。それにより随分と勝手な振る舞いを重ねていたのだが、この一件で、多くの族は累が及ばぬよう彼等との縁を切り、先を争うようにして千尋に恭順の姿勢を取った。一部の対応を誤った族は、忍人達に討たれたり、孤立して自滅した。その結果、千尋は一気に国を掌握したのだ。

「ふふふ……あの時、あなたから命の対価を受け取らなくて幸いでした。危うく、我が君に顔向け出来なくなるところでしたよ」
冥途の土産ならともかく、これからも生きて二人を見守り続けるには何とも具合が悪過ぎる。
「まったくだ。俺も、無駄にお前に弄ばれずに済んで、心底安堵している」
忍人が柊相手に我が身を差し出してでも救い守りたかった姫は、自らの力で立ち直った。
強さを取り戻し、かつての姿よりも更に輝きを増して、今、自分と結ばれようとしている。
「忍人さん、柊と何か約束したんですか?」
珍しいものでも見るかのような顔で問いかける千尋に、忍人はその答えを告げると同時に誓った。
「君と末永く幸せに暮らす。命ある限り、決して君の傍を離れたりしない」
そして、忍人はその言葉通り、千尋の傍を片時も離れることなく、思っていた以上に長い時を仲睦まじく過ごしたのだった。

-了-

《あとがき》

風早のいない大団円のお話です。
普段はコンプリート後の大団円の設定で書いてますが、これはまだ風早の書EDを迎える前の設定です。
休みをもらった千尋が忍人さんに話しかけようとしているその後ろで、幻影のような灰色の麒麟がうろうろしています。

長くなったのでページ分けしました。
忍千でありながら柊ばっかり目立ってて、実態は柊小話のようになっています。特に1話目には忍人さんの出番が殆どないので、下手をすると2話目へのリンクをクリックしてもらえず終いとなってるんじゃないかとの不安があります。
最後までお読み下さったあなたには大感謝です<(_ _)>

一番書きたかったというか、最初に浮かんだネタは2ページ目に凝縮されています。
で、そこへ至るまでの経緯をああでもないこうでもないと捻り出し、更にどうにか結末も捻り出して、このようなお話となりました。
ここまで行き着く過程で作品の形を成したもの2点を、「数多の書」に柊小話「愚者の乱」として、「禁断の書」に柊忍(?)小話「最期の願い」として、それぞれ掲載しております。

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