誓い

-2-

いよいよ次の審議の際には最後の手段に打って出るしかないかと覚悟を決め、忍人に後のことを頼んでおくためにも繋ぎを取りたいなどと考えていた軟禁中の柊の元に、呼びもしないのに忍人の方からやって来た。
「おや、よく通してもらえましたね」
「これ以上見苦しい真似をせずに潔く身を処すよう説得に来た、と言ったら通してくれた」
「それは、それは……ですが、説得など出来ると思っているのですか?」
「本当は説得ではなく、頼みに来た」
外には聞こえない程度に声を抑えてそう言った忍人に、柊は目を丸くした。
「頼む、柊……その命、千尋の為に差し出してくれ」
千尋は何とかあのバカ共を黙らせる方法はないものかと頭を悩ませていた。何しろ千尋は柊を信じているのだし、実際に数え切れないくらい助けてもらって来た。それを、言いがかりとしか思えない理由で柊を切り捨てるなど以ての外だ。しかし、話の通じない輩をそれとして排除したところで、暴徒を野に放つようなものだ。
「なかなか処断を下さぬ女王に、不満の声は増すばかりだ。それでも、彼女が奴等の声に飲まれることはないだろう。だが俺は、もうこれ以上千尋が苦しむのを見て居たくない。それに、このままでは中つ国は内側から瓦解してしまう。だから……早急に奴等を黙らせる算段があるならまだしも、それが出来ないのなら、お前の命をもって黙らせて欲しい」

忍人に頼まれるまでもなくその覚悟をほぼ決めていた柊は、渡りに船だと思った。その直後、これは寧ろ、飛んで火に居る夏の虫だと思い直し、悪戯心がムクムクと湧き上がった。
「その頼みを聞く代わりに、あなたは何をしてくれますか?」
忍人の肩が跳ねた。
「この命をもって忠誠の証を立てることに否やはありません。我が君の御為ならば、命でも何でも喜んでお役立て致しましょう。ですが、それがあなたの頼みであるのなら話は別です。私が命を差し出す代わりに、あなたは私に何をくれるのでしょうか」
「俺に出来ることなら何でも…」
「では、脱ぎなさい」
「……っ……!?」
弾かれたように顔を上げた忍人に、柊は念を押すように告げる。
「聞こえませんでしたか?服を脱げ、と言ったんです。私のこの命の対価は、あなたの身体で支払ってください」
「………………」
忍人は俯いて固まったようになったが、その身体が小刻みに震えていた。
「ふふっ、出来ませんか。そのような覚悟も無しにのこのこ私の元へとやって来て、命を差し出せとは……私も随分甘く見られたもの…………っ……忍人!?」
嘲笑う柊の耳にカランという音が響き、見ると床に破魂刀が落ちていた。視線を上へと戻せば、忍人の手が飾り紐を解いている。
「まさか…」
「このくらいの覚悟も無しに、お前にこんな頼み事をしに来ようなどとは思わない」
だが、覚悟はして来ていても本能的に身体が抵抗を示す。それでも忍人は、微かに震える手でゆるゆると服を脱ぎ進めた。腰の飾り紐を外し、上着を抑える帯を解く。
忍人がやっとのことで上着を脱ぎ捨て内衣に手を掛けたところで、柊は堪らずにその手を掴んだ。そのまま、忍人の動きを封じるようにその身を抱きすくめる。
「……脱ぎ終えるまで待って居られなくなったのか?それなら好きにするがいい。ただ、出来ることなら、服を破いたり汚したりはしないでもらえると有り難い」
硬い声で淡々と言葉を紡ぐ忍人の耳元に、柊は囁くように謝った。
「すみません、あなたを見くびっていました。もう、いいです」
「いい、とは…?」
「そんな対価は要りません。それよりも、約束してください。必ず我が君と末永く幸せに暮らす、って…。それさえ約束してくれたら、私は我が君の為に――そして、あなたの為に――謹んでこの命を差し出しましょう」
「末永く幸せに…か。難しいな」
「解っています。破魂刀によって命を削られたあなたは、普通の人ほどには生きられないでしょう。ですが、せめて前線から身を引き、残された全ての時間を我が君の元で過ごして、出来るだけお傍に居てさしあげてください」
「ああ、それくらいなら約束出来る。お前が居なくなったら、千尋の傍にはもう俺しか残らないからな。決して、離れたりしない。必要とあらば、職も辞そう」
「それを聞いて、安心しました。あなたは私と違って、約束は間違いなく守ってくれますから………………姫をお願いします」
「……お前に言われるまでもない」
その様子を覗いていた見張りの目には、難しい顔で出て行った忍人の姿は、説得実らず体よく嫌がらせをされただけに見えたのだった。

次の審議の場で、やはりどうあっても聞く耳を持たないことを確認した柊は、千尋に向かって声を上げた。
「このままでは埒があきません。彼等は私が消えるまでこの背信的な行動を止めることはないでしょう。ですが、今はどのように咎め立てしようと徒労に終わります。ならば私は、我が君の御為に、私自身を消し去ることをも厭いません。私の忠誠の証として、この命をお受け取りください」
恍惚とした表情で申し出る柊に、千尋は苦渋の決断を迫られた。
確かに、今の彼等にはどのような言葉も通じないだろう。柊ですら論破出来ないものを千尋がどうこう出来るはずもないし、歪んだ思考に凝り固まった彼らには何を言っても無駄だ。
これ以上の施政の停滞や混乱は何としても防がねばならない。その為に柊を切り捨てることが必要なら、女王としてはそうするべきなのだろう。
咎人としてではなく忠臣としてその命を奪う。旅立つ風早を引き止められなかった時のようにまた大切な者を犠牲にしなくてはならない悲しみと悔しさに、千尋の胸は押し潰されそうになった。
それでも、それが柊の望みであるのならせめてこの手で、と思い詰めたところで、千尋の中にある考えが浮かんだ。
一か八か、自らの力と柊の忠心に賭けてみよう。
千尋は迷いを振り捨てて顔を上げ胸を張って、思い切った決断を下した。
「解りました。あなたの忠誠の心、確と示してもらいます」

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