四季

「今年も忍人さんと一緒に満開の桜が見られて幸せです」
「そうだな」
「綺麗ですね」
「ああ、とても……綺麗だ」
「忍人さん、何処見て言ってるんですか?」
「君を…」
「私じゃなくて、桜を見ましょうよ。せっかく一緒にお花見に来てるんですから…」
「解っては居るのだが……花吹雪の中ではしゃいでいる君から、どうしても目が離せない」
途端に真っ赤に茹で上がった千尋は、足元の花弁に足を滑らせる。
「きゃっ!」
すぐさま忍人はその身体を抱き止めた。
「ほら、目を離す訳にはいかないだろう?」

「暑い~」
「その主張は認めなくもないが、だからと言って服を肌蹴るな」
「でも、暑いんです。ああ、水浴びしたい。ちょっと、森の泉まで行ってこようかなぁ」
「ダメだ!何処から見られるか解らないんだぞ。あの時だって、たまたま通りかかったのが俺だったから良かったものを…」
「私としては、あの時点では、忍人さんだったから良かったとは言い切れないんですけど…」
忍人だったから良かったと言えるのは今だからこそだ。あの時点では、千尋は通りすがりの男に素っ裸を見られたに過ぎなかった。
「そ、それはそうかも知れないが……敵や不埒な輩ではなかっただけマシだろう」
「だったら、敵や不埒な輩が来ないように、忍人さんが見張っててください」
「さすがに、俺一人では手に余る。水浴びしている君の横に付いてて良いなら何とかなるが…」
「いくら何でも、それは恥ずかし過ぎます!ああ、でも、水浴びしたいし……いっそ、服のまま水に浸かっちゃおうかなぁ」
「やめてくれ。周りへの言い訳が大変だ」
忍人は観念したように大きく溜息を付くと言った。
「仕方がない。柊と風早を呼ぼう」
「それが意味するところは…?」
「柊に結界を張らせて、俺と風早で柊の覗き見を阻止する」

「君は、本当に幸せそうに食べるな」
「うぅっ…呆れてますか?」
「そんなことはない。ただ、感心しているだけだ。そんな顔を見ていると、俺まで幸せな気分になって来る」
そう言って、本当に幸せそうに微笑む忍人の笑顔に、千尋は赤面する。
「見てばかりいないで、忍人さんも少しくらい食べたらどうですか?」
千尋は、照れを誤魔化すように秋の味覚を使った数々のスイーツを勧めたが、忍人はそこから目を反らす。
「俺が甘い物を得意としていないのは、君もよく知っているはずだろう」
「でも、この材料は全部、忍人さんが採って来たんですよね。なのに、自分では全然食べないなんて…」
「君の為に集めて来たんだ。だから、君が全部食べてくれ。俺は、それを食べる君を見ているだけで十分だ」

「寒いのってあんまり得意じゃないんですけど、この季節には大切な行事が沢山あるので結構好きです」
忍人さんのお誕生日に、クリスマス。忘年会に、年越しそばに、初日の出に、新年会。そしてバレンタイン。
千尋は、忍人には聞き慣れない名称を次々と並べ立てた。
「大切な行事と言うなら、新年参賀が抜けているようだが…」
「折角考えないようにしてたのに、言わないでください。もうっ、正装なんてしたくないのに…」
「仕方ないだろう。年初めの大切な行事で、主だった族の長やその名代が顔を揃えるとなれば、女王は正装するのが当然だ」
「だったら、忍人さんも正装してください」
「断る!女王と違って、俺には正装の義務はない。絶対に、いつも通りの服で押し通す」
「狡いです。自分だけ楽するつもりですか?」
「楽をするとか、そう言う問題ではない。第一、俺があんな動きにくいものを身に纏っていたら、万一の時に困るだろう」
「また、そんなこと言って…。ちょっとは自分の部下を信用してくださいよ」
「部下達を信じていない訳ではない。ただ、君に何かあった時に動けないのが嫌なんだ。傍に居ながら、君が他の者に守られるのを見ていることしか出来ないなど、俺には到底我慢ならない」


-了-

《あとがき》

季節毎の忍千の一幕を描いてみました。
台詞ばかりで、殆ど地の文は無し。
元々、こんな風にポンポンと言葉の応酬を書いてから、説明臭い地の文を書き加えて小説としての体裁を整えていたりします(^_^;)

ED後の話なのに、どうして『忍人の書ルート』に分類されているかと言うと、こっちの方が「春」で一緒に桜を見てることの重要度が高まると思ったのと、「冬」で正装の話が出てるからです。
正装についての設定は「婚礼衣装は誰が為に」参照。これが「生太刀」シリーズなので、この作品も同シリーズとなります。

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