霊鎮め

-2-

足往から目を離せないとは言っても、千尋に知られない為には忍人が付きっきりで見張っている訳にはいかない。そこで忍人は、足往を運んだ者に見張りを任せて仕事に戻った。本当の理由は伏せて、目を覚ましても錯乱しているようなら絞め落としてでも大人しくさせろと言い置く。あの祖霊の物言いは、足往を知る者にとっては錯乱していると感じられるだろう。
しかし、再び足往の身体が起き上った時、祖霊は何も言わずに歩き出した。見張りから「大丈夫か?」と問われれば頷くだけで、少々覚束無い足取りで立ち去ってしまった。
足往が姿を消したと報告を受けた忍人は、すぐさま狗奴達に捜索を命じた。

畝傍山の中腹で足往を発見したとの報を受けて、忍人は現場へ駆け付けた。
頂点へ行かなくてはならない、と繰り返す足往の扱いに困っていたところへ忍人の姿を見つけて、その場に残って居た者達はホッとした様子を見せる。
一方、祖霊は忍人から遠ざかろうと山頂目掛けて走り出したが、幾許も行かぬ内に足を縺れさせた。起き上ることも出来ずに、その指先が地を抉る。
「くそっ、何てひ弱なガキなんだ。狗奴の肉体は強靭と聞いていたが、噂などあてにはならぬものだな」
「狗奴の肉体は強靭だ。子供と言えど、足往もかなり鍛えている」
「これの何処が強靭だと言うのだ?」
「お前が入り込んだ所為で、足往はどんどん衰弱しているんだろうがっ!?これが普通の人間なら、とっくに動けなくなっている。下手をすれば死んで居るかも知れない。それを、よくもそんな……狗奴を…足往を侮辱するな!」
激昂して殴り掛ろうとした忍人は、それが足往の身体であることに気づいて辛うじて制動をかけた。そして、傍に屈み込むと問答無用で足往の身体を背負い上げる。
「これ以上、足往の身体を酷使されては敵わん。どうしても山頂へ行かねばならないと言うのなら、俺が連れて行ってやる。望みが叶ったらとっとと足往の身体から出て行け」
連れ戻してまた抜け出されるくらいなら、望みを叶えてやろうと思ってのことだった。ここまでして行こうと思うくらいだから、念願が叶ったら身体を返してくれるかも知れないと、微かに期待も抱く。畝傍山の頂上に執着する祖霊、そこから恐らくこいつは王になり損ねた者なのだろう、との考えが脳裏を過った。
「まったく…こんな勝手の違う子供なんぞの身体に入ったばっかりに…」
背負われた祖霊はグチグチ言っていたが、構わず忍人は足往を背負って山道を登って行った。
「…子供とは言えずっと背負っているにはかなり重いはずだ。それを全く感じさせずにこんな山道を歩き続けられるとは……お前も只者ではないと言うことか。どうせなら、お前の身体を貰うのだったな」
耳元でそう呟かれて、忍人は足往の身体を投げ飛ばしてしまった。それはもう、殆ど条件反射である。一瞬にして全身に鳥肌が立ち、続いて頭に血が上って、気が付いた時には足往の身体はかなり先に転がっていた。
「足往!」
慌てて駆け寄ると、足往の心臓は止まっていた。すぐに応急処置を施して何とか息を吹き返したところで、後は遠夜の手に委ねるべく、忍人は再び足往を背負って全速力で山を下ったのだった。

前へ

次へ

indexへ戻る