栄冠は誰の手に

-5-

そして最後の種目は、千尋が一番力を入れていた借り物競争だった。その力の入れ様は、この種目だけは4試合行われることが物語っていた。こればっかりは、勝手を知らないとあまりにも不利ということで、紅組には那岐が相談役として送り込まれた。
借り物を指定する木簡を作成するよう言われて、アシュヴィンが問う。
「拾った木簡に書かれた物を持ってゴールすれば良い、ということは解ったが、これには何を書いても良いのか?」
「基本的にはそうだけど……味方が拾う場合もあるから、あんまり入手困難な物は書かない方が良いよ。お勧めは、自分が入手するのは容易だけど、他人には困難って代物だね」
その説明に首を捻る常世の面々に、那岐は面倒くさそうに補足する。
「つまりさ…『天鹿児弓』って書かれてたら、千尋から借りるしかないだろ?でも、貸すかどうかは千尋次第だからさ…味方が借りに来たらすぐ貸すけど、敵が借りに来たら味方がゴールするまで貸し渋ったり出来るってこと」
那岐の説明に、アシュヴィンとナーサティヤはニヤリと笑った。そこへシャニが更に質問を投げかける。
「敵にも貸さなきゃいけないの?」
「義務じゃないけど……競技を円滑に進める為にも、味方がゴールしたり着順が決定した時点で貸してやるべきだろうね。無意味に貸し渋ると反則取られかねないし……命の遣り取りしてる訳じゃないんだからさ、対戦相手にも紳士的な振舞いを見せるのが真の高貴な者の姿ってやつじゃない?別に、その物だけを貸さなきゃいけない訳でも無いからさ、大事な物なら自分が持ったまま一緒にゴールして、そこで審判にその物を提示すれば済むよ。千尋だって、誰に頼まれても弓だけを貸すような真似はしないと思うしさ」
訊いてないことまでペラペラ喋る那岐に、ナーサティヤが不審な目を向ける。
「そのような具体例まで話して良いのか?」
「構わないよ。聞かれたからって黒組が不利になる訳じゃないし、こんなことは千尋も風早も自軍に伝えてるはずだしね。それに、今の僕は紅組の相談役だからさ。向こうで当然伝えられてることや訊かれてることは、こっちにも言っておかないと……下手すりゃ黒組が反則取られるじゃないか」
だから、面倒でも必要事項はちゃんと伝えようと思う那岐だった。
「それから、そこに書かれてる”出走者以外には敵味方を問わず協力要請が出来る”ってトコ、要注意だよ。千尋が出走中に誰かが『天鹿児弓』を拾っちゃったら、千尋がゴールしてから頼まないと妨害行為と見なされるからね」
妨害行為を行えば、失格だ。最下位でも5点貰えるが、失格は無得点となる。ならば、大人しく相手のゴールを待ち、場合によってはそのゴールに貢献した方が良い。
「あの~、ここの”この競技に於いては術等も使用可能。但し、出走者の移動に関するもの及び幻術は除く”とは…?」
改めて競技規則を読み込んでいたリブが、顔を上げて那岐に問うた。
「ああ、それは…指定された物を用意するのに四雷の力とか青龍とか黒麒麟とか土蜘蛛の力とかを使っても構わないって意味だよ。但し、出走者は自分の足で走らなきゃいけないから、出走者は騎乗禁止だし、エイカも自分の試合の時は飛べないし、出走者を飛ばしたりは出来ないけどさ。それと、指定の品を幻術で審判に見せて借りた振りするのも禁止…って、これは柊に対して張られた予防線だね」
数拍置いて、ナーサティヤとアシュヴィンがほぼ同時に口を開く。
「つまり…エイカに命じて借り物を用意させても良いが、出走者をゴールへ運ばせてはいけない、と解釈すれば良いのか?」
「俺は、誰かの借り物を取りに行く為には黒麒麟を使っても良いが、その誰かを乗せてはいけないし、自分が借りる時は乗ってはいけないということか?」
「まぁ、そんなところかな。細かいことについては、不安だったら、実行する前にその都度聞いてよ。多分、そんなに面倒な借り物は出てこないと思うけどさ」
話している間にアシュヴィン達が書き終えた木簡を集め、那岐はそこにその場にそぐわない物が無いことを確認すると、道臣の元へと持って行ったのだった。

いよいよ借り物競争が始まった。
第1試合は、柊・足往・シャニが出走した。拾った木簡の記述は、狗奴・虎・黒麒麟だった。見るなり、足往とシャニは味方の元へと走って行く。
自軍に到着したのは足往の方が早かったが、そこで困ったように木簡を見せる。
「この辺に、虎が出る場所ってあったでしょうか?」
訊かれた忍人も言葉に詰まった。借り物競争で虎の捕獲を求めるなど、さては柊の仕業かと木簡を見れば、何と布都彦の筆跡である。
「柊に何か入れ知恵されたか…」
考えてみれば、彼らは白虎の加護を受ける者だ。恐らく、味方が引き当てたなら、白虎を召喚して済ませる気だったのだろう。
柊は出走中だし元より頼みたくなどないが、布都彦に頼めば白虎を呼んでくれるだろうか、と思案していると、千尋があっさりと解決法を伝授した。
「大丈夫。”白虎”じゃなくて”虎”だもん。忍人さんをゴールに連れて行って、『虎狼将軍』です、って言えばいいんだよ」
その手があったか、と足往と忍人は一目散にゴールに向かって駆け出した。
一方、シャニは声が届く距離まで駆け寄ると、木簡を掲げて自軍に向かって叫んだ。
「アシュ兄様、黒麒麟!」
初っ端から自分の書いた物を弟が引き当てたと解って、アシュヴィンの方からも駆け寄り、共にゴールへ向かう。
そして柊は運営スタッフの狗奴達に片っ端から声を掛けて行ったが、勝手に持ち場を離れてはいけないと言う忍人の教育が行き届いているのか、誰も一緒に来てはくれなかった。
紅組と黒組が相次いでゴールテープを切り、まずシャニがその場で兄に黒麒麟を呼び出して貰って1着と認定された。足往も千尋に言われた通りに申告して2着と認められる。
運営スタッフの狗奴達全員から同行を拒否された柊は、二人がゴールしてしまったのを横目に見て溜息を付いた。
「それにしても、布都彦も詰めが甘いと言うか……いいえ、これは我が君の才覚の勝利でしょう」
拾った木簡を見た足往が「虎ぁ~!?」と叫んだ時は心の中で高笑いをした柊だが、程なく足往が忍人を連れて来た時には「こんなに簡単に気付かれるなんて…」と歯噛みしたのだった。
「ですが、足往がゴールした以上、彼を連れて行っても構わなくなりましたね」
そう独り言ちて、柊はゴールした足往を借りに行った。しかし、足往も同行を拒む。
「あなたはもうゴールしたのですし、あちらの狗奴達と違って仕事に支障を来す訳でも無いでしょう?」
「嫌なもんは嫌だ!おいら、忍人様を困らせてばっかりいるような奴に協力なんかしたくないぞ」
柊と足往が言い争っていると、忍人が足往の背中を押した。
「足往…一緒に行ってやれ」
「えぇ~っ、どうしてですか、忍人様?」
「競技の円滑な進行の為には仕方あるまい。どうせ柊の最下位は決まっているんだ。ここで強情を張ったところで意味などないだろう」
足往も忍人に言われては逆らう訳にもいかず、大人しく柊に襟首を掴まれてゴールへ運ばれたのだった。

前へ

次へ

indexへ戻る