栄冠は誰の手に

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次の競技は障害物競走だった。セッティングしている間に、アシュヴィン達は道臣に細かいことを幾つか質問し、詳しい内容を聞いたシャニは、勇んで兄達に言った。
「今度は僕も出るからね。面白そうだし、これなら背丈なんて関係ないでしょう?」
「ああ、解った、解った。そう意気込まなくても、お前にも出てもらうから……そんなに焦るな」
アシュヴィンの答えにシャニは満足そうに微笑んだ。
「もう一人はどうする?私は、あのように地べたを張って網をくぐるなど…」
「そうだな、俺もあまり気が進まん。エイカは頭巾が脱げても困るだろうし……リブ、お前が行け」
「はぁ、それでは行って参ります」
白組からは風早と布都彦が、黒組からは忍人と足往が出場した。

第1試合の結果は、1着が黒組、2着が白組、3着が紅組だった。
「この程度の仕掛けで俺の足を止めることなど出来ん」
網はあっさり潜り抜け、平均台は地上と同様の速さで駆け抜け、木箱は軽くひとっ跳び、板壁は綱はおろか手すら殆ど使わず軽々と突起を数個蹴り伝うだけで登り切った。そして、吊るされた肉に狙いを定めて手を使わずに綺麗に齧り付き、鮮やかにゴールテープを切ったのである。
「さすがは忍人ですね」
「いや~、お二人ともさすがです」
素直に負けを認める風早達にスポーツマンシップを見出して喜びを感じながら、千尋は余裕の勝利を飾って戻って来た忍人を満面の笑みで迎えた。

第2試合の結果は、1着が黒組、2着が紅組、3着が白組だった。
興奮のあまり網に耳と尻尾が引っ掛かって大きく出遅れた足往だったが、名に恥じぬ足の速さで一気に差を詰め、残りの障害は忍人による鍛錬で培われた身体能力にものを言わせて軽々と突破した。最後の肉など、狗奴にとっては障害でも何でもない。
「危なかったぞ~。負けたら忍人様に顔向け出来ないところだった」
「まったくだ。あのように無様な体を晒して負けるような奴は、俺の部下には必要ない。だが…その後の追い上げは見事だった。良くやったな、足往」
忍人の声に一瞬ギクリとした足往は、最後にお褒めの言葉をもらって、垂れていた耳と尻尾がピンと立った。
「う~ん、残念、負けちゃった」
「しかし、最下位ではなかったぞ。本当に、お前という奴は…要領が良いのだな」
身体能力で負けていたシャニは、先を行った二人が網で難儀している間に両者の間に出来た隙間を抜けてトップに躍り出た。そして、足往が網を抜けるまでの間にかなりの距離を稼いだのだった。
一方、鍛錬を積んでるとは言ってもパワー寄りの布都彦は障害の一つ一つに手間取って、結局シャニを追い抜くことが出来なかった。
「兄上……私はまだまだ未熟者です」

スウェーデンリレーは一発勝負だった。障害物を片付けている間に、各組で最終打ち合わせが行われる。
4人でコースを半周・1周・1周半・2周と、走順が後になるに従って走る長さが増えることに、アシュヴィンは面白そうに笑った。
「龍の姫が暮らした世界には、変わった競技が多いのだな」
笑いながらも、頭の中では冷静に出走順を考えている。
「シャニは今走ったばかりだからな。ここは、休んでいた方が良いのではないか?」
「確かに、僕、ただ走るのってそんなに得意じゃないしね。解った、ここは兄様達に任せるよ」
シャニがあっさり引き下がったので、紅組はリブ・エイカ・ナーサティヤ・アシュヴィンの順での出走が決まった。
白組は元から4人しか居ないので、問題は順番だけだった。一番燃費の悪い柊から始まり、布都彦・岩長姫・風早と続く。
「師君には、最後に爆走してもらった方が良いと思うのですけどね」
「最終走者は主将が務めるのがお約束ですから…」
風早だって、作戦的にも体力的にも岩長姫に2周走ってもらった方が楽なのは解っている。しかし、主将の座は譲れない。千尋から花冠と祝福のキスをもらう為なら、2周どころか20周でも走ると心に誓っていた。
黒組は、この手の競技には全く乗り気でない那岐を除いて、千尋・遠夜・足往・忍人の順だった。本心を言えば、千尋は自分が忍人にバトンを渡したい。しかし、その為には1周半走らなくてはならないのだ。それは大変だし、勝負の点ではマイナスにしかならない。一番足が遅く体力のない千尋が半周でとっとと後続にバトンを託すのが良策と思えるのだった。

試合の結果は、1着が黒組、2着が白組、3着が紅組だった。
何しろ、黒組は第一走者の千尋こそ標準から外れないものの、他のメンバーが(元より人間外が2人居て)人間離れした足の速さを誇っている。慣れぬバトンパスを遠夜がいちいち立ち止まって行ってはいたものの、これまたトップスピードに乗るまでが速かったし、足往から忍人へのパスは大変円滑に行われた。
「純粋に駆け比べで彼らに勝とうと考えること自体、間違っているようですね」
岩長姫の爆走と人型麒麟の俊足で紅組には勝ったものの黒組には大差で敗れ風早と柊がそう零す一方で、那岐が半ば呆れた風に忍人と足往に問う。
「あんたら、バトンパスの練習した訳?」
すると、足往から意外な答えが返ってきた。
「特別な練習なんかしてないぞ。忍人様の言いつけを守っただけだ」
「…何言ったんだよ、あんた?」
言っただけでバトンパスが上手くいくようなコツなんてあったっけ?そもそも何でこいつがそんなこと知ってるんだよ、と訝しむ那岐に、忍人は平然と答えた。
「千尋にリレー競技について訊いたら、決められた道を通って大事な指令書を次々受け渡すことで一刻も早く指定の場所へ届ける模擬戦なんです、と言われたんだ。だから足往には、全力で俺の元に届けるよう命じた」
それを聞いた那岐は、道理で足往の足が一段と速くなって受渡がスムーズにいくはずだよ、と妙に感心した気持ちになったのだった。

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