栄冠は誰の手に

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運動会は、千尋の開会の挨拶から始まった。
「それでは皆さん、競技規則に従って、姑息な真似をせず正々堂々と競い合い、味方の勝利を喜ぶのみならず敵の健闘をも称え合い、決して刃傷沙汰など起こさず、勝ち負けに固執し過ぎることなくこの場を楽しむ気持ちを忘れずに、全力を尽くして戦いましょう」
その言葉に、あちこちで忍び笑いが漏れた。物言いたげな顔で、千尋が想定したであろう懸念の元として思い当たる人物達に視線をやる者もそこかしこに居た。
そして、心当たりのあり過ぎる二人が溜息混じりにボソッと呟く。
「我が君、そこまで仰らなくても…」
「そう何度も念を押されずとも、解っていると言ったはずだが…」

運動会の内容は次の通りだ。
第一種目:二人三脚(2試合)
第二種目:障害物競走(2試合)
第三種目:スウェーデンリレー(1試合)
第四種目:綱引き(3試合)
第五種目:むかで競争(1試合)
第六種目:玉入れ(1試合)
最終種目:借り物競争(4試合)
各試合とも着順に20点、10点、5点が配布される。

競技規則について記された竹簡が各組に渡され、不明な点は競技の準備時間に随時道臣や葦原家の3人に質問出来るものとされた。
アシュヴィン達は急ぎ二人三脚についての記述に目を通すと、すぐに組合せと出走順を決めるために打ち合わせを行った。
「シャニは背丈が合わないから無理だな。…となると、まず従者達を斥候に出して、第2試合を俺達兄弟で決めるか?」
「いや、常に勝ちを狙うべきだろう。確かに我等はあちらと違って勝手を知らぬが、さして難しい競技とも思えん。先程の説明によると、組んだ者同士が息を合わせることが肝心だという話だ。ならば、ここは両組とも主従で組むのが得策ではないか?」
結果、ナーサティヤとエイカ、アシュヴィンとリブが組むこととなり、意見の通ったナーサティヤ組が先陣を切ることとなった。
白組の先陣は風早と柊。背丈も釣り合うし、これで最初のレースを制して勢いをつける狙いだった。それに、風早も柊も岩長姫とは組みたくなかったのである。
黒組の先陣は那岐と千尋。経験者同士が組むことで勝ちを狙うのみならず、恐らく白組からは風早と柊が出て来るだろうと読んでの布陣だった。果たして風早と柊が千尋より先にゴールテープを切ることが出来るのか、これは心理戦でもある。千尋側から風早達に手加減するよう頼むのは反則だが、彼らが勝手に気兼ねする分には反則とはならない。それに、初っ端から直接対決で忍人があの二人に負けたら後が大変だとの思いもあった。

そして第1試合の結果は、1着が白組、2着が紅組、3着が黒組だった。
「ふぇ~ん、純粋に体格の差で競り負けた~」
「あの二人…千尋が相手でも手加減なしかよ」
肩を落とす千尋の傍らで、那岐は恨めし気に風早達の方を見遣った。その横では、エイカがナーサティヤに詫びている。
「申し訳ございません。私が至らぬばかりに…」
「勝手を知っていた分、あちらの方が有利だっただけの話だ」
ナーサティヤから寛容な言葉が返って来て、エイカは感動に打ち震えた。その向こうでは、那岐の非難するような視線を受け流して風早達が勝ち誇っている。
「はは…全力を尽して戦うように言ったのは千尋ですからね」
「ええ。競技においては、相手が誰であろうと、正々堂々、全力で挑むのが最大の礼儀というものです。いわば、これは私達の我が君に対する敬意の証でしょう」

第2試合の結果は、1着が黒組、2着が紅組、3着が白組だった。
「…ったく……転んじまうとはねぇ」
岩長姫の走りについて行けず、転倒して慌てふためいて余計に足を引っ張ってしまった布都彦は、すっかり項垂れている。
「くっ…また2着か」
「はぁ、二人三脚とは奥深いものなのですね」
アシュヴィンとリブの息はピッタリで、殆ど単独で走っているのと変わらないくらいの速さだった。だが、忍人と遠夜の方が更に速かったのだ。歩いているようにしか見えないのに、走っている他の組をぶっちぎっていた。
「俺の足について来られるとは大したものだ」
「オレは…忍人の対だから…」
その誇らしげな微笑みで、遠夜の言葉は千尋の通訳を介さずとも何となく忍人に通じていた。

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