栄冠は誰の手に

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「運動会を開催します」
千尋の口から何の前触れもなく飛び出した言葉に、忍人達は目が点になった。運動会を知らない忍人は勿論のこと、知っている風早も那岐も柊も困惑する。
「組み分けも考えてあるんだ」
そう言って千尋が広げて見せた竹簡には、白組と黒組のメンバー表が記されていた。
「主将は白が俺で、黒が忍人……だから、紅白じゃなくて白黒なんですか?」
「そうだよ。白黒と龍虎のどっちにするか迷ったんだけど…」
あくまで基準は忍人にあるのだと解る組名だと思った風早達だった。
「えぇっと、白の顔ぶれは……風早、私、布都彦、師君で…黒は……忍人、遠夜、那岐、足往、そして我が君ですか」
「うん。運動会を知ってる人と知らない人を分配して、同じ四神の人は同じ組にしてみたの。それと、体格のアンバランスを解消するために、こっちには足往も加えたんだ」
言われて見返すと、確かに千尋の言う通りになっていた。
「それでも体力的にこっちが不利なんじゃない?向こうは体力有り余ってるのに、こっちは1人多いったって僕とか千尋だろ」
「それは考えなくもなかったけど……忍人さんと遠夜は同じ玄武だし、私は忍人さんと一緒の組が良いし、賞品の都合で風早は主将の座を譲らないだろうと思ったんだよね。そうなると、運動会の知識と経験の都合で岩長姫があっちで那岐がこっちじゃないとバランス取れないでしょう」
”賞品”と聞いて、柊が目の色を変えた。
「勝つと、何か御褒美を賜ることが出来るのですか?」
「勿論だよ。勝利した組全員に月桂冠代わりの私お手製花冠、そして主将には祝福のキスを…」
「やりましょう、運動会。開催するにあたっては、俺に出来ることは何でも手伝いますから、遠慮なく言ってください」
千尋の言葉に被るようにして、風早が言い切った。完全に、千尋お手製花冠と祝福のキスに目がくらんでいる。
「副将にも祝福を頂けるのならば、私も如何なる協力も惜しみません」
「それって、あんたが副将やるって宣言だよね」
那岐に問われて柊はしっかり頷いた。
「いいよ、柊。本当に惜しみなく協力してくれるなら、副将も祝福してあげる。じゃあ、こっちの副将は遠夜だね。那岐はそういうの好きじゃないでしょ?」
「まぁね…」
本当はちょっと副将をやりたい気分の那岐だったが、千尋にこう言われてはとてもそんなことは言い出せなかった。
こうしてすっかり話が進んでしまってから、ずっと取り残されていた忍人はやっと基本的な質問を口にした。
「”運動会”とは何だ?」
どう説明するか、と風早達が言葉を探していると、千尋はニッコリ笑って答えた。
「”運動会”とは、命の遣り取りのない平和的な形で、日頃の鍛錬の成果を示す勝負の場です」
それちょっと違うから、と那岐がツッコミを入れる間もなく、忍人はあっさり乗せられた。これで千尋を止められる者は居なくなり、橿原宮において運動会が開催されることが決定したのであった。

日取りは柊の星読みで天候の良い日を選び、会場は忍人の賛同を得て兵の訓練場と決まった。
決行当日まで、風早達は競技に使う道具の用意や競技内容の説明に奔走する。玉入れの玉を作ったり、障害物競走に必要な物を借り受ける手配をしたりと大忙しだった。その合間に、こちらの世界の者達に競技の説明をしなくてならない。幸い審判を任される道臣は理解が早く、途中からは忍人達に解り易いように表現を補足してくれたので助かった。
そうして迎えた運動会当日、何処から聞き付けたのか飛び入り参加の申し入れがあった。常世の3兄弟とエイカとリブの5人である。
「俺達も”運動会”とやらに参加させろ」
「いいよ。それじゃあ、アシュヴィン達は紅組ね」
これあるを見越していた千尋はあっさり了承すると、風早に用意させておいた赤い鉢巻をアシュヴィン達に手渡した。
「ほぉ、準備が良いな」
「そうでもないよ。ちょっと人数の予測を誤ったもん」
千尋は、ナーサティヤとエイカまで来るとは思っていなかった。想定していたのはアシュヴィンとシャニとリブの3人だ。彼らが来たら、白組に入れて、岩長姫を黒組に引き入れるのが当初の予定だった。紅組の用意は、アシュヴィンが主将の座を譲らず自分達だけで別チームを作ることを主張した時への備えでしかなかったのだが、ナーサティヤはおろか、彼を土蜘蛛の術で連れて来たエイカも帰ることなく出場する気満々らしい。 紅組は大人4人と子供1人だが、運動会の知識も経験もないのでバランス的にはこれで構わないだろう。
風早と柊が気を利かせて全ての道具を希望した倍の数作っておいてくれて良かったと、千尋は胸を撫で下ろした。感謝の念を込めて風早達を見遣ると、得意げな笑顔が揃って返って来た。

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