Prism Hearts

第2話

被害者が若い女性と聞いてすっ飛んで来たオスカーは、アンジェリークが若すぎるのを見て少々肩を落としたが、未来への投資とばかりに気を取り直してエネルギッシュに事情を聞き始めた。警察の事情聴取と思って緊張していたアンジェリークも、親身になってくれているように見えるオスカーに徐々に肩の力を抜いて聞かれたことや思い出せることを出来るだけ細かく話していった。
一方アリオスとエルンストは、思った以上に真面目に仕事をしているオスカーの横で、アンジェリークの今後のことについて話し合っていた。
「新たな引っ越し先が決まるまでホテル暮らし、は学生にはキツいよな。」
「知り合いに預かってもらうというのは如何でしょう?」
「お前、そんなアテあるか?」
はっきり言って、そこまで面倒を見てやる義理などないのは2人とも解っているのだが、どうもアンジェリークという少女はどこか放っておけない雰囲気を持っていた。普段からお人好しと言われているアリオスだけでなく、研究のことしか頭にない堅物と思われているエルンストでさえ、「関係ありません」と放り出すには心が痛む。
「とりあえず、うちに置くという訳にはいかないのでしょうか?」
「そりゃ、出来ればそれが一番手っ取り早いが……あいつが許すと思うか?」
部屋はある。有り余っている。使われているのはごく一部の部屋だけで、あとは管理のためにアリオスが出入りするだけである。その無駄な資源も手入れは行き届いているからいつでも使用出来る。しかし、問題は家主が許すかどうかだ。自分の部屋から殆ど出てこないくせに、この家に出入りする者にはやたらと神経を尖らせる。今のように一時的に足を踏み入れる程度ならともかく、寝泊まりするとなると間違いなく家主の許可が必要になる。
そうやって2人が話題にしたことが原因ではないだろうが、内線が派手なコール音を発した。
「おっ、ご主人様のお呼びか?」
急いで壁掛け式の端末に走るアリオスの背に、オスカーのからかうような声が掛かる。
「ああ、やっとお目覚めだな。」
アリオスも軽い調子で返し、インターホンで二言三言話すと部屋を出て行ったのだった。

アリオスが朝食を持って部屋へ行くと、レヴィアスは既に身支度を整えて窓際の卓について待っていた。
「待たせたな。」
「まったくだ。」
レヴィアスは不機嫌そうに言ったが、大して怒ってる様子でもなかった。アリオスが朝食を目の前に並べると、それ以上文句を言うことはなく黙々と食べ始める。
しばらくしてレヴィアスはふと思い出したように手を止めると、傍らで給仕しているアリオスに向かって言った。
「下が騒がしいようだが、何をしている?」
それを受けて、アリオスはやっと話が切り出せるとばかりに、エルンストの電話から始まる事の顛末をなるべく客観的に説明した。面と向かって、アンジェリークをここに置いてやりたいなどと頼むような真似をすれば、レヴィアスの口からどんな交換条件が滑り出すか解ったものじゃないからである。
しかし、どんなにポーカーフェイスを装っても、その裏でアリオスが何を望んでいるのかなどレヴィアスにはお見通しである。
「ほぅ、それで?」
一通り説明し終えたところで、レヴィアスはアリオスに問うような目を向ける。
「それで、まぁ、住むトコなくて困ってるらしい。」
「だから?」
アリオスが何を望んでいるか解っていても、それを自分から言い出してやるほどレヴィアスは親切ではない。
「だから、つまり、部屋が見つかるまでとりあえず住めるトコが必要なんだ。」
言質の取り合い、腹の探り合いのようなやり取りをしばらく続けた後、レヴィアスは唇の端で意地悪な笑みを浮かべた。
「望みがあるならハッキリ言ったらどうだ?」
「てめぇ、やっぱり解っててやってやがったな。」
どうにかレヴィアスの方から具体的な言葉を引き出そうとしていたアリオスだったが、こうなってはもうそれは不可能だということを悟らない訳にはいかなかった。しかし、そう簡単に敗北宣言を出す訳にもいかない。
「だったらハッキリ言うが、下の空き部屋の一つをしばらく使わせてやってもいい、なんて気まぐれを起こしてみねぇか?」
「否。」
即答だった。
この後も、アリオスは表現をあれこれ変えて言ってみるが、どれも即座に断られるばかりで埒があかない。
そして、ついに食後のコーヒーも飲み終わろうという頃になった。
「そろそろタイムアップだな。」
食事が終われば、レヴィアスはそれ以上アリオスとの言葉ゲームに裂いてやる時間は持たない。何か言うなら次の言葉が最後のチャンスだ。
「えぇい、こうなったら…。ちゃんとした引っ越し先が見つかるまでアンジェリークをこの家に置いてやってくれ!」
これでどうだ、とばかりに、アリオスはついに依頼系の言葉を口にした。すると今度ばかりはレヴィアスは即答せずに、少しばかり考える間を取った。
「ふむ…。一言足りぬが、まぁ、良かろう。」
「置いてやって良いんだな?」
すかさず言質を取るように問い返すアリオスに、レヴィアスは席を立ちながら応えた。
「ああ。アンジェリークとかいう娘、しばらく我が家に滞在させる事を許可しよう。」
レヴィアスから明確な返事を受け取って、アリオスは心の中でガッツポーズをした。すると、レヴィアスは横を通り抜ける際に、その指先でアリオスの首筋を斜めに撫で下ろす。
「但し、我の生活を乱す事は許さぬ。それは肝に銘じておけ。」
警告だった。しかし、そんなことなどわざわざ言われるまでもない事だ。この家で安全な暮らしをしたければ、レヴィアスの生活を乱していけない。それは最低限の決まり事だった。

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