Prism Hearts

第3話

レヴィアスの部屋を後にしたアリオスは、ポケットの携帯にメールが入っていることに気づいた。確認すると、私室のプリンタから出力されている資料を持って来て欲しい、とのエルンストからの依頼だった。そのくらい自分で取りに来い、という思いがわいた直後に、アリオスは彼が足を痛めていた事を思い出す。
「了解、っと。」
エルンストは無理すれば歩けない事はないが、無理させるほどのことでもないし、無理させて悪化された方が今掛かる手間よりももっと面倒な事になるだろう。それに比べればこの程度のことは容易い事だとアリオスは思い直した。
そして資料を手に階下へ戻ると、そこではオスカーとアンジェリークが楽しそうに指相撲をしていた。
「手を握るにはもってこいの遊び、か?」
呆れたように呟いたアリオスだったが、辛気くさい空気の中で彼女が泣いてるよりも遥かにマシだと思って、ため息を一つついただけで気持ちを切り替えた。
「ほらよ、頼まれた資料だ。」
アリオスが明るくエルンストに資料を手渡すと、エルンストはそれをアンジェリークに差し出した。
「こちらが、先ほど検索した物件の資料です。参考になさって下さい。」
「実際に見に行くのに場所が分からなかったら、いつでも俺が案内するから任せてくれ、お嬢ちゃん。」
そこでアンジェリークが2人に感謝の意を表すのを見て、アリオスも続けて言った。
「お前さえ嫌じゃなきゃ、物件探してるしばらくの間うちに泊まると良い。」
「えっ?」
予想外の言葉に、アンジェリークは驚いた。
「いいんですか?」
「ご主人様の許可、おりたのか?」
アリオスが戻って来た時の様子から大体察していたエルンストはともかく、オスカーにもそれは耳を疑うべきことだった。
「ああ、どうにかな。あいつの生活を乱さなければ、当分の間置いてやって良いってさ。」
「どんな見返りを約束したんだ?」
興味津々で聞くオスカーに、アリオスは胸を張って答えた。
「見返り?そんなものは、あいつの生活を乱さないって、それだけだぜ。」
「久々の勝利か?」
「いや、期日の保証がないから引き分けってところだな。」
それでも肝心な目的は果たされたから、まぁ辛勝と言っても良いだろう。
その快挙に沸き立つ3人を見て、1人だけこの家の事情を知らないアンジェリークだけは首をかしげたが、とにかく当面の住処を得られたようだということだけは解ってホッとしたのだった。

「アンジェ、飯だぜ。」
扉の向こうから掛けられた声に、アンジェはその扉を開いてアリオスを招き入れる。
あの日、誘われるままに彼女はアリオス達の世話になることにした。
実際にかなり困っていたことも確かだろうが、そのあまりにも疑いを知らない少女の反応に、アリオス達はますます彼女を放っておくことが出来なくなった。そこで彼女の新しい家探しにも2人は手を貸すこととした。
エルンストは研究院での仕事の合間やオフタイムにネットで情報をあたり、物件を見に行く時は買い物ついでにアリオスが付き添うこととなる。レヴィアスの生活を乱さないことが最重要なので多くの時間を彼女のために割くことは出来ないが、時にはオスカーを引っ張りだして再び彼女が騙されることのないように計らった。
また、生活費は当面タダ同然となったものの、引っ越し先が見つかった時に求められるであろうまとまった金は仕送りだけではなかなか貯まらないので、アリオス達は伝手を当たってアルバイト先の世話までした。そして、そこで揉まれることで少しは社会慣れしてくれることを祈るのだった。
とにかく彼女はピュアと言えば聞こえは良いがドジで間抜けである。おまけに、一生懸命なのはいいことだが、そうなると周りに目がいかない。
アリオスが「アンジェ」と呼ぶことに決めたのも、表向きは知り合いの奥方が「アンジェリーク」と言う名なので紛らわしいし誤解を招く恐れがあるなどと理由付けをしたが、短く略すことでとっさの場合に対処しやすいというのが本当の理由だった。
「大学とバイトの両立は出来そうか?」
アリオスは、料理を並べながらアンジェに聞いた。
「う~ん、大変だけど…。アリオスの顔を潰さないように頑張るわ。」
「俺の顔なんかどうでも良い。元々そのことは口外禁止だからな。」
アンジェがここに住むにあたっての条件は、レヴィアスの生活を乱さないこと。そのためには、当然のことながらアリオス達のことも秘密だ。一緒に暮らしてるなどとバレたら大騒ぎになってしまう。バイト先のオーナーであるチャーリーも、アンジェがアリオスの知り合いで何やら訳ありであることは解っていても、一緒に住んでることまでは知らされていない。
「いいか、確認しておくぞ。この家の中のことや俺達のことは口外しないこと。」
「はい。」
これで何度目の注意だろう。時々再確認しないと、アンジェはつい気を抜いてしまいそうになる。
「この家の中では、決められた場所以外うろつかないこと。」
「はい。」
次々と挙げられる注意事項に、アンジェは素直に頷く。
「良し。追い出されて路頭に迷いたくなかったら、しっかり守れよ。」
そう言いおいて、アリオスは部屋を出て行ったのだった。

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