ある非日常・6

「ところでリュミちゃん。その大切そうに抱えてるものは何なのさ。」
「ああ、これですか?セイランから戴いたのですが、珍しい楽譜なんです。」
リュミエールは包みを開けて、オリヴィエ達に表紙を見せた。
「ふ~ん、変わった題名だね。でも、あいつがリュミちゃんにプレゼントくれるってことの方が珍しい気がするけど。」
「あ~、リュミエール~。あなたは、それがどんな曲なのか、ご存じなんですか~?」
「いいえ、聴いたこともない曲です。」
リュミエールは本当は早く中を見たいのだが、ここでビニールパックを開けて、万一にもお茶などこぼしては、と思うと後でゆっくり落ち着いて開いた方がいいと判断して、まだ中を見てはいなかった。
「あ~、いくらあなたでも、それは演奏出来ないと思いますよ~。」
「えぇっ、リュミちゃんに演奏出来ない曲なんてある訳?」
オリヴィエは、ルヴァの言葉が信じられなかった。
「あの、難しくても練習すれば・・・。」
「練習してどうにかなるものとは思えなんですけどね~。」
ルヴァは困惑したように言うリュミエールに、追い打ちをかけた。
「いったい、どんな曲だってのさっ。」
オリヴィエは焦れたように、ルヴァに詰め寄った。
「あのですね~、それは古の曲でしてね~、その~、楽譜を見れば分かることなんですけど~。」
「はっきり言いなさいよ!」
「音が出ないんです~。」
「「はぁ?」」
リュミエールとオリヴィエはルヴァの言葉の意味が分からなかった。
「ですから~、ず~~~っと全休符が続くんです~。」
「何よ、それ?」
「何でも、空間を聴く曲だとかで~、演奏者が5分3秒瞑想して終わるんですね~。」
リュミエールとオリヴィエは目眩を覚えた。それじゃ、演奏のしようがない。
「あ~、リュミエール。心の中で5分3秒きっかりカウントする練習しますか?」
リュミエールは意識が遠のいていくのを感じた。しかし、次の瞬間、大変なことに気が付いた。
「ああ、どうしましょう。セイランは演奏を楽しみにしていると・・・。」
「何よ、あいつ、そんなこと言ってたの?」
「ええ、それは楽しそうに。」
「セイランは知ってたんでしょうね~。彼も作曲家ですから。」
リュミエールは何故セイランがあんなに楽しそうだったのか、やっと分かった。
「あ~、その楽譜、譲ってもらえませんか~?」
突然のルヴァの申し出に、リュミエールは面食らった。
「それは大変貴重な資料ですからね~、ぜひ譲ってもらいたいんですよ。」
「ちょっと、ルヴァ。いくらこんなもんでも、一応プレゼントでしょ。それをいきなり譲ってくれなんて非常識なんじゃない?」
「でもですね~、それは本当に貴重なものなんですよ。それにですね~、私が無理に譲ってもらってしまえば、セイランに演奏を聴かれないで済みますよ。」
「リュミちゃん、さっさと譲っちゃいなさい!」
オリヴィエはあっさり手のひらを返した。
「はぁ、でも・・・。」
セイランの思惑はどうあれ、やはりプレゼントであることには変わりなく、リュミエールはそれを他人に渡してしまうことをためらわずにはいられなかった。しかし、今ルヴァに渡してしまえば、確かに演奏せずに済む。
「あなたが罪悪感を覚える必要はないんですよ。私が無理に譲ってもらう訳ですからね~。」
その言葉に、リュミエールはルヴァに助けてもらうことにした。ルヴァの資料にかける熱意はかなりのものだから、充分な言い訳が出来る。そう自分に言い聞かせて、リュミエールはルヴァに楽譜を渡した。
「さあ、一安心したところで、私は帰らせてもらおっかな。」
「そうですね~、私もそろそろ失礼しますよ。」
そう言うと、2人は連れ立って帰って行った。

前へ

次へ

indexへ戻る