L&A探偵物語

<CHAPTER OF NEW YEAR SPECIAL>

元旦の朝。アリオスがレヴィアスと共に初日の出を拝んで間もなく、事務所の扉が叩かれた。
「やっぱり、今年も来やがったか。」
そう呟きながらアリオスが扉を開けると、想像通りの人物がそこに立っていた。
「AHappyNewYear♪今年もよろしく、2人とも。」
「ああ。」
「へいへい、よろしく。」
軽い微笑みと共にスタスタと中に入ってくるセイランを出迎えて、アリオスは不機嫌そうな顔をした。
「ったく、毎年毎年正月に朝っぱらからうちに入り浸りやがって…。」
「毎年同じ文句を言わないで欲しいね。とにかく、今年も僕の愛用してる店は正月の営業をしてないんだ。」
およそ自炊と言うものをしないセイランにとって、口に合う食事を提供してくれる店の休業は死活問題である。しかもセイランは、不味いものを我慢して食べるくらいならお茶だけで三ヶ日を過ごした方が遥かにマシだと思っていた。だが、彼等と付き合うようになって、その問題から脱することが出来た。端から見れば年始の挨拶に出かけているようだが、その実、セイランはアリオスの作る食事を目当てにここに入り浸るのが習慣となったのである。ここへ来れば、美味しいものが食べられる上に楽しい思いが出来る。
店が開いていない。この事実の前に、アリオスはセイランを追い出すことが出来なかった。仮にも何かと世話になることがある相手である。セイランの目的が食事だけではないとわかり切ってはいても力ずくで追い出すことが出来る程アリオスは恩知らずではないし、セイランと何かと気の合うレヴィアスは2人掛かりでアリオスをからかうことに喜びを見い出しているから寧ろ歓迎するような雰囲気さえある。
「それに、君は口では文句を言いながらも、ちゃんと僕の分の支度をしてあるようだしね。期待を裏切っちゃ悪いだろ?」
応接テーブルの上に置かれた3人分の食器を見ながら、セイランは当然のようにレヴィアスの隣へ腰をおろすと、さっさとおせち料理に手を伸ばした。
和洋中が取り揃えられたおせち料理から紅茶に合うものだけを選んで箸をつけるセイランに、アリオスはストレートティーを出してやると、自分はほうじ茶を飲みながらいろいろ取り混ぜて突つき始めた。
そんな二人を見ながらワインを飲んでいたレヴィアスは、時々重箱に手を伸ばしては、アリオスの皿に黒豆を放り込む。もちろん、そんなことをされずともアリオスはちゃんと食べているのだが、それはレヴィアスからのサインだった。
「わざわざ念を押されなくても、充分に覚悟は出来てるって。」
黒豆を放り込まれる度に、アリオスはレヴィアスから「働け、働け、もっと働け。今年もマメに働け」と言われているような気がしてしまう。
そして、そんなこんなで新年初の食事を済ませると、アリオス達は恒例のイベントに取りかかったのだった。

昼過ぎ、アンジェ達が事務所にやって来ると、中では激しい戦いが繰り広げられていた。
「かくとだに~。」
セイランが札を読み上げ始めるや否や、向かい合ったレヴィアスとアリオスの手が鋭い音を立てて床を弾く。
「あ、あの…。」
遠慮がちに声をかけるアンジェに、3人が揃って顔を上げた。
「えぇっと、新年あけましておめでとうございます。」
3人が床の上の座ぶとんに座っているため、アンジェは手前の床に正座し、他の2人も慌ててそれに倣うとアンジェの挨拶に合わせてお辞儀をした。
「おや、これはこれは御丁寧な。」
「まったくだな。」
セイランとレヴィアスは驚いた風に呟いた。しかし、アリオスの返礼に合わせて一応は頭を下げる。但し、座ぶとんを外したのはアリオスだけだった。
アリオス達がそのままなので腰を上げられないでいる3人に、アリオスは後ろに手を伸ばして座ぶとんを取ると苦笑しながらそれを押し付けた。
「別に、ソファーに座っててくれてもいいんだぜ。」
そうは言われても何となく立ち上がり難いアンジェは、脇に座ぶとんを置くとその上に移動した。そうなると、レイチェルも立ち上がり難いし、エルンストも1人だけソファーに行くのはどうも憚られてならない。
その様子を見て軽く笑うと、3人はまたイベントの続きに取りかかった。
「君たち、もう少し左右のどちらかに寄った方が良いよ。」
セイランはアンジェ達に警告すると、次の読み札を手に取った。
「せをはやみ~。」
またしてもアリオスとレヴィアスの手が交錯する。何しろこの2人、揃いも揃って抜群の記憶力と判別能力の持ち主である。上の句が僅かに読み上げられただけで即座に下の句が思い出せるのみならず、バラバラに散らされてしかも札が弾かれる度に位置を刻々と変えていく取り札の正確な位置を常に把握しているのだ。勝負の分かれ目は取り札がどちらにとってより取りやすい位置になっていたかという運によるところが大きかった。
そして、50枚散らされた取り札が残り5枚になったところで終了。2人は取った札の枚数を数え始めた。
「21、22、23。やった~、俺の勝ち!!」
「22枚か…。」
僅か1枚の差で、アリオスの勝ちだった。
「それじゃ今夜はおせちの残りに決定だな?」
「仕方あるまい。約束は守ろう。今夜は残り物で我慢してやる。」
札を片付けながらそんな会話を交わすアリオス達に、アンジェはやっと2人が異様に真剣になって札を取り合っていた理由を知ったのだった。
「待たせたな。俺を誘いに来たんだろ?」
「うん、そうなんだけど…。」
話ながら立ち上がろうとしてアンジェは顔をしかめた。
「おい、どうした?」
「あ、足が痺れて立てない~。」
ただでさえ正座なんて苦手なのに、慣れない振袖では短時間で足が痺れてしまったアンジェだった。
「大丈夫ですか、レイチェル?」
「うん、何とか歩けるみたい。」
似たような状況のレイチェルは、エルンストに支えられて辛うじて立ち上がったが、アンジェは全く動けなかった。
「ったく、仕方ねぇなぁ。」
帯が邪魔で支え難いが、アリオスはアンジェを抱え上げるとソファーまで運んで座らせてやった。
「ほら、足伸ばせよ。」
軽く触っただけでもアンジェは痛がったが、構わずアリオスはアンジェの足を前に伸ばさせると足先から膝にかけて摩り始めた。
「どさくさに紛れて何をやってるんだい?」
「何って…。血行を良くしてやってるだけだぜ。」
役得とばかりに言葉を返すアリオスに、セイランは「治療」と称して反対側の足に手を伸ばした。
間もなく痺れがとれたアンジェだったが、痛みと恥ずかしさで涙目になっていた。
「酷いわ、2人して…。」
「でも、すぐに治っただろ?」
「そうそう。」
睨み付けられても平然としている2人に、アンジェは頬を膨らませた。
そんな様子をジッと見ていたレヴィアスは、スッとアンジェに近付くと手を差し伸べた。
「それでは、初詣とやらに出かけるとするか?」
「えぇっと、あの…。」
迷うアンジェにレヴィアスは何事か囁く。
「あ、そうですね。行きましょう、レヴィアスさん。」
アンジェはレヴィアスの手を取ると、レイチェル達を促して事務所を出て行った。
間もなく取り残されて呆然としていたセイランとアリオスは我に帰って後を追ったが、アリオスが焦りで部屋の電気を消し忘れたため、もぬけの空になった事務所に初詣にやって来たオスカーは開くことのない扉の前で延々数時間にわたって部屋の中に向けて口説き文句を叫び続けることになるのだった。

-CHAPTER OF NEW YEAR SPECIAL 了-

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