L&A探偵物語

<CHAPTER 9-1>

事務所に依頼人が現われた。派手な服装でケバケバしいメイクのその人物に、出迎えたアリオスは反射的に扉を閉めそうになってしまった。
辛うじて踏み止まってアリオスが依頼人をソファへ案内すると、レヴィアスは面倒臭そうにその向いへと座る位置を移動させた。
「まずは、この写真を見て欲しいんだけど…。」
オリヴィエと名乗る依頼人が1枚の写真を取り出して、2人に示した。
「うちのモデルで、ロザリアって言うんだ。この子が、最近誰かに付け回されてるみたいなんだよ。」
そこまで話した途端、レヴィアスが低く叫んだ。
「出てけ!!うちではボディガードは受け付けん。」
しかし、オリヴィエは楽しそうに話を続けた。
「きゃはは、聞いた通りの反応だね。でも、私の依頼はこの子のボディガードじゃないんだよ★あんた達には、付け回してる奴の正体と目的を調べて欲しいんだ。」
元より、カタルヘナ家のお嬢様であるロザリアの身辺警護は相当なものである。回りには常に護衛の者が配備されており、滅多なことでは彼女に危害を加えることは出来ない。
ところが最近、そんな彼女の回りで奇妙なことが起きていた。
差出人不明の奇妙な手紙や無言電話。護衛の者が不審な人影を追ってみても、溶けるように姿を消してしまい、正体を掴むことは出来なかった。
「ロザリア本人は平気な顏してるんだけど、さすがに私達は不気味でさ。懇意にしてる占い師に相談したら、ここを紹介されたってワケ。」
「何故、そこで犯人を占わせない?」
レヴィアスの問いに、アリオスももっともだとばかりに頷いた。
「占ってもらったに決まってるじゃな~い★でも、正体が掴めなかったんだ。」
「無能だな。一体、どこのエセ占い師だ?」
そんな奴に勝手に紹介されるなどプライドが許さん、とばかりに不機嫌そうな顔でロザリアの資料に目をやるレヴィアスに、オリヴィエはケラケラと笑い声を上げながら答えた。
「火龍宝飾店のメルちゃん。」
アリオスはその答えに目を丸くした。
レヴィアスのお使いで何度かあの店には足を踏み入れたことがあるが、そこの「メル」と言えば店主の従弟で、まだ子供ながらも店主と共に副業の占い師を務めていると評判の少年だ。勿論、占い師としての能力はかなりのものである。そして何故かアリオスに良く懐いていて、上得意の客でも滅多に占わないということになっているにも関わらず、アリオスのことを勝手に占ってはいろいろ警告してくれる。
「マジかよ。メルが占っても尻尾が掴めなかったって?」
「相手も同じような能力の持ち主か。」
占い師は自分と同等以上の占い師を占うことは出来ない。自分を占うことがタブーであるからというだけでなく、その能力が壁となって占いの結果が見えないのだ。
「それでメルちゃんが、あんた達に依頼してみたらって。勿論、その結果も見えては来なかったらしいけど。」
そして、口は悪いけど顔と腕は良いよ、と勧められて興味を持ったオリヴィエはこうして依頼にやって来たのだ。
「どう?引き受ける気になってくれた?」
メルにも尻尾を掴ませない相手というのに興味を抱いたレヴィアスは、様々な条件をつけた上で、この依頼を引き受けたのであった。

調査を開始したアリオスは、手始めにメルの所へと向った。ロザリアに関する資料は提出を受けたし、関連データの収集と解析はエルンストに依頼済みであるが、実際にロザリアの身辺を探る前に直接メルから改めて話を聞いておくことにしたのだ。
「あ、アリオス。久しぶりだね~♪」
「よぉ。うちの売り上げに協力してくれてありがとう、と言っておいてやろうか?」
嬉しそうに走り寄って抱きついて来た少年に、アリオスは不機嫌そうな顔で応じた。途端に、メルは不安そうな顔でアリオスを見上げる。
「勝手に紹介しちゃってごめんなさい。やっぱり、怒ってる?」
おずおずと上目遣いに顔色を伺うメルに、アリオスはアンジェを思い出して苦笑した。俺がこいつのこういう態度に弱いのって絶対アンジェの所為だよな、と。
「もう怒っちゃいねぇよ。だが、紹介する相手はもう少し選んでくれよな。」
依頼内容は悪くはなかったが、依頼人には大いに問題有りだった。そう長居していった訳ではないのにオリヴィエの香水の匂いはしっかりと辺りに染み付いてくれたのである。
オリヴィエが帰った後、アリオスは完全に香水の匂いが消えるまで徹底的に掃除や洗濯に追われた。自分の服は着替えてカバー類と一緒に洗濯機に放り込めばOKだったが、レヴィアスの服は手入れが大変だったのである。更には、その身に移った匂いを落とすために、昼間から交代でシャワーを浴びる羽目になった。
メルが素直にもう一度謝ると、アリオスは文句を言うのをやめて本題に入った。
「僕の知ってることって言われても、とにかく占いでは何も判らなかったし…。」
「それは聞いてる。でも、お前の場合通常の占い以外でもいろいろ感じることがあるだろ。オリヴィエから話を聞いた時にお前が感じたことを、感じたままに聞かせて貰いてぇんだ。」
占い師としてだけではなくメル個人の意見も聞きたいと言うアリオスに、メルはささやかな喜びを感じながらその時のことを一生懸命思い出した。
「えぇっと、話を聞いてて引っ掛かったのは、ロザリア様のことかな。」
オリヴィエがここへ来た時ロザリアも同席したのだが、メルには本当にロザリアは平気なようだと感じられた。気丈に振舞いながらも実際は怯えているのであればそういう空気が感じられるのだが、それは全く感じられなかった。そして、ロザリアを占う形で真相に近付こうとしても、やはり途中で力が及ばなかったのである。
「僕が占えた範囲では彼女に危険が及ぶような不吉な影は見えなかったけど、だからってあそこまで落ち着いてるのはおかしいよ。」
「なるほどね。」
その点については、レヴィアスもアリオスも疑問に思っていたことだった。話を聞いた限りではお嬢様が気丈に振舞っているということも考えていたのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「何て言えばいいのかなぁ、その、反って楽しんでるとか喜んでるとか、そんな感じを受けたんだ。」
言い難そうなメルの言葉に、アリオスの脳裏にあることが思い浮かんだ。
「そいつは貴重な情報だぜ。」
「えっ、僕、アリオスの役に立てたの?」
メルは嬉しそうに顔を上げた。
「ああ。」
「嬉しい♪」
笑顔を浮かべて頭を撫でてくれるアリオスに、メルは嬉しそうにしがみついた。

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