L&A探偵物語

<CHAPTER 11-1>

セイランがレヴィアス達の事務所への階段を上がっていくと、目の前にアリオスが飛び出してきて、大きな音を立てて扉を閉めると中から開けられないようにノブを握って必死に引っ張った。
「何してるんだい?」
半ば独り言のように声を掛けたが、アリオスからの返事はなかった。代わりに、部屋の中からレヴィアスの声が響いてくる。
「逃げるな!この不届き者!!」
中からノブをガチャガチャとする音が聞こえてくるが、アリオスの必死の抵抗に扉は開く気配を見せなかった。
「不届き者、って…。一体、何をしたんだい?」
今度はハッキリと問い掛けるようにすると、アリオスは抵抗を続けながら返事をした。
「皿割った。」
昼食後の洗い物を終えて食器棚へ皿を返そうとした時、手が滑って皿が床へと落下した。そしてアリオスがその破片を片づけて顔を上げると、すぐ近くに不機嫌そうなレヴィアスが立っていて、恐ろしい目つきで睨んでいたのである。
アリオスは、反射的に逃げ出した。そして予想外にレヴィアスの手元をかい潜って外へと脱出できたところに、ちょうどセイランがやって来たのである。
簡潔に返された言葉に、セイランは他人事のように語り出した。
「こういう話を知っているかい?昔、どこかの辺境惑星の小さな島国で、ご主人の家に代々伝わっている家宝の皿を割ってしまって殺された女中が、夜な夜な井戸で皿を数えるんだ。」
「ああ、知ってるぜ。一枚足りな~い、ってやつだろ?」
つい話に乗ってしまったために危うく扉を開かれそうになりながら、アリオスは続けた。
「そりゃ俺だって、アルヴィース家に代々伝わってる家宝の皿を割ったってんなら、レヴィアスは鞭振り回そうが小剣投げつけようが気の済むようにさせてやるさ。」
しかしディスカウントストアで大量に買ってきた皿を1枚割ったくらいでそんな目に合わされて堪るものか、とアリオスは扉を引く手や壁に掛けた足に力を込めた。
それからしばらく「開けろ!!」「冗談じゃねぇ!!」と繰り返す2人の応酬を見守っていたセイランだったが、おもむろにアリオスの軸足目掛けて思いっきり蹴りを入れた。
「ぅわっ、って、何しやがるセイラ…ン?」
とっさにそれを避けるべくその場を飛びのいたアリオスは、セイランに文句を言いかけて、目の前にレヴィアスの姿を見とめた。語尾が消え入るようにようにして発せられた問いに、セイランは平然とした顔で答える。
「悪いけど、僕は君たちほど暇じゃないんだ。用件、早く済ませたいからさ。そっちの騒ぎはさっさと終わりにしてくれる?」
どっちの主張が正しいかなど関係ない。セイランは自分の都合だけでアリオスをレヴィアスの手に引き渡したのだった。
アリオスが、セイランはそういう奴だったと思い出した時は手遅れである。既にその身はレヴィアスに捕獲されていた。
「わ、わざと割った訳じゃねぇぞ。手が滑っただけで…。」
腕を掴んでいるレヴィアスの手にそのまま更に力が込められるんじゃないかとの恐れを抱きながら、アリオスは言い訳を口に乗せた。しかし、レヴィアスは無言でアリオスを事務所の中へと連行していく。
「だから、注意力が散漫だったのは認めるって。悪かったよ。」
アリオスがそう叫ぶと、レヴィアスはピタリと立ち止まった。
「最初からそう言えば良いものを。」
独り言のように言うと、レヴィアスはアリオスを解放した。
「はぁ?」
「余計な手間を掛けさせるな。」
文句を言いたいのはこっちの方だ、とアリオスは心の中で呟いた。レヴィアスが今にも至近距離から小剣を投げつけそうな顔をするから、アリオスは危機を感じて逃げ出したのである。一言謝って済むなら最初からそう言えよ、と声に出さずにブツクサ言いながら、アリオスは戸口のセイランを迎えるべく紅茶の支度に取り掛かった。
これにはさすがのセイランも気を飲まれた。片がついたとの認識は出来たものの、とっさには足が動かない。
「何をしている?忙しかったのであろう?」
未だ不機嫌そうな表情をしているレヴィアスに招き入れられて、セイランは我に返った。そして、さっさと用件を済ませるべくスタスタと事務所に足を踏み入れたのだった。

セイランの用件は、人探しの依頼だった。
探す相手の名前はルヴァ。年齢不詳のセイランの恩師だというから、資料上の年齢は信用出来ない。とにかくこれが、その立場に反すること無く変わった人間であった。ただし、セイランとは全く違う意味で、である。
職業はセイランの研究室のある病院の付属の研究所に属する研究者なのだが、元々この機関そのものが営利団体ではなくセイラン達のような自由を求める研究者に場所を提供するだけにあるようなものなので、それをいいことに新しい薬草やら治療法やらの研究と称して世界中をフラフラと歩き回っているらしい。
「最後にお会いしてから、もうじき2年になるかな。」
そんな時、セイランの元に1枚の葉書が届いた。「近くまで戻ってきたので、そろそろ帰ります。お土産、楽しみにしてて下さいね~」と書かれたその絵葉書の投函場所は隣の町だ。しかし、それが届いてから3日経ってもルヴァは現れない。
「またどこかへ旅立って行っちゃったとすると、今度戻ってくるのは来年以降とかになりそうなんだよね。」
さすがにそろそろ1度職場に顔を見せて報告書の1枚も提出しておかないとマズいんじゃないかな、とセイランは補足した。
「お前が他人の心配するなんて、雪でも降るんじゃないか?」
「失礼なこと言わないでくれる?」
セイランはアリオスを睨みつけた。
「僕は普段から君のこと心配してあげてるじゃないか。」
その証拠に先日も消毒薬差し入れてあげただろ、と言われたアリオスは、あれって心配してるってよりレヴィアスをけしかけてるだけじゃねぇのか、と思いながらもひとまず口をつぐんだ。
「大方、土産が気になるのであろう?」
「まぁ、それもあるね。」
レヴィアスの言葉をあっさりと肯定するセイランに、アリオスは「絶対そっちが主目的だ」と心の中で呟いた。

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