L&A探偵物語

<CHAPTER 10-4>

「どうやら、揃って無傷のようだな。」
アリオスが怪我をしたことなど服の切れ方とそこに付いた血の跡を見れば一目瞭然にもかかわらず、レヴィアスは素知らぬ顔で開口一番にそう言った。
「ルノーをこちらへ。」
アリオスは言われるがままにルノーをレヴィアスの方へと押しやった。すると、レヴィアスはそっとルノーの頭の上に置くように手を伸ばし、そこで手首をわずかに捻って軽くペシッと平手でルノーの頭を叩いた。
「己の力量を考えて行動しろ。」
「ご、ごめんなさい、レヴィアス様。」
ルノーは全身で「見捨てないで!!」と叫んでいるようだった。それを見て、アリオスはおせっかいながらも口を出す。
「そいつを責める前に、キーファーを更迭しろよ。」
元々こんな面倒なことになったのはキーファーが要らんところでケチった所為なんだから、と呆れた風に言うアリオスに、レヴィアスは微かに笑って応じた。
「あれは今のままにしておかないと余計に危険だ。」
表ではカインに次ぐ地位で、裏の仕事を一手に引き受けて、なるべく余計なことをする暇を与えないようにしておかなくては。
そう囁くレヴィアスに、アリオスは「そりゃ、言えてるかも…」と頭を抱えた。それを見ながら、レヴィアスはルノーの頭に手を乗せて髪を軽く弄ぶ。その様子に安心したアリオスは、辺りを見回して首を傾げた。
「ところで、アンジェは?」
アリオスは、戻って来たら子犬のように駆けてくるかと期待していたのだが、一向にアンジェの姿が見当たらなかった。
時間はかなり遅くなっているが、もしかしたらもっと姿を隠していてもらわなくてはならない可能性もあったので、週明けまではレイチェルの家に居ることにして少なくとも今夜はここへ泊まっていく予定になっている。予定変更で寮に帰ったというならそれでも構わないのだが、そういうことはちゃんと伝えて欲しいと思うアリオスだった。
しかし、レヴィアスの返事はアリオスの想像を越えていた。
「我の部屋で動けなくなっている。」
「動けなく…?」
一体、何があったんだ、と慌ててアリオスがレヴィアスの私室へ駆け込むと、そこではアンジェが虚ろな目をしてソファーに横たわっていた。
「アンジェっ!!」
「あ~、アリオス~。」
アンジェはアリオスの姿を見て、虚ろな目に涙を浮かべた。
「どうした!?レヴィアスに何か妙なことされたのかっ!?」
「お腹すいた~。朝ご飯の後、お茶しか口にしてないの~。」
「……は?」
心配そうに顔を覗き込みながら肩を掴んで揺さぶるアリオスにしがみつくようにして、アンジェは「お腹すいた~」と繰り返した。
「わかった、もうちょっとだけ我慢しろ。すぐに何か作ってやるから。」
様々な疑問や怒りを覚えながら、アリオスは厨房へ駆け込んでその場に居た者達に有無を言わさず必要な材料を持ち出すと、レヴィアスの私室の近くに増設されたアリオス専用の簡易キッチンで腕を振るい始めた。
「ほら、とりあえず簡単なもんだけど、まずは空腹を補え。」
取急ぎ作り上げた卵入りのネギおかかチャーハンをソファーに腰掛けているアンジェとレヴィアスの前に置くと、アリオスは2人がそれを食べている間に残りの材料の調理に取りかかった。煮物は時間が掛かるから炒めものやサラダが中心になる。
後から次々と並べられる料理にアンジェがパク付き、レヴィアスが平静を装いながら止まることなく口を動かすのをしばらく黙って見守った後、アリオスは戸口の振り返ってそこに立ちすくんでいるルノーに目を止めた。
「お前も食うか?」
ルノーはビクッとしたまま動けなかった。レヴィアスの私室は立ち入り禁止の聖域みたいなものである。先程、頭に置かれた手に促されたようになってそのままここまでついて来てしまったが、部屋の前で我に帰り足を止め、かと行って黙って立ち去ることも出来ずに身の置きどころに困っていたルノーは、そっとレヴィアスの方に視線で伺いを立てた。
アリオスの声でルノーのことを思い出したレヴィアスは、傍らにあったクッションをルノーから見えるところに置くと、それをポンポンと叩いた。
「来いよ。レヴィアスの許可も出たぜ。」
レヴィアスの動作とアリオスの声に、ルノーは嬉しそうに中に駆け込んで来ると、レヴィアスの隣に控えめに腰掛けた。すると、レヴィアスは未使用の皿に適当に料理を乗せて、空になった大皿に乗っていた取り箸と共にルノーに差出す。
「何だかんだ言って、こいつには優しいんだよな。まぁ、俺も同じだけど…。」
聞こえないように心の中だけで呟いて、アリオスはルノーにも水を持って来てやった。私設騎士団の人間の中で唯一懐いてくれているから、と言う訳でもないのだろうが、ルノーはアリオスにとっても可愛い弟分だった。こうして幸せそうな顏を見ていると心が和む。
しばらく全員が黙々と料理を片付けていくのを見守った後、アリオスはレヴィアスの動作が少し落ち着いて来たのを見計らって口を開いた。
「ったく、お前の我が侭にアンジェを付き合わせて飢えさせてんじゃねぇぞ。」
「人聞きの悪いことを言うな。」
「だったら、ちゃんとアンジェに飯食わせろよ。お前と違ってこいつは空腹に弱いんだから。」
事故にあった時も、手荷物の中にお菓子がいっぱい詰まっていたから良かったものの、そうでなかったらアンジェは空腹のあまり早々に意識がなくなっていただろう。
「我は、食事をとるなら言えばいつでも作らせる、と言ったぞ。」
「本当に?」
アリオスの疑いの眼差しに、アンジェは口の中に大量の食べ物を詰め込んだまま大きく頷いてみせた。
「庇うことはねぇぞ。本当は言われてねぇんだろ?」
今度はアンジェは大きく左右に首を振る。そして、一生懸命口の中のものを飲み込むと、用意された水を飲み干して一息ついてから言い訳をした。
「もうちょっとしたらアリオスが帰って来るかも、って思ってたら食べ損ねちゃって。」
もうすぐ帰って来るから、あと少し待てば帰って来るから。そう思ってアンジェはアリオスを待ち続けた。もしもアルヴィースの料理人に食事を作ってもらったところにアリオスが帰って来たら、アリオスの作る美味しいご飯が食べられないばかりか、"一緒にお食事"ということも出来ないでしょう?と床を見るくらい俯き加減になって上目遣いに見つめられて、アリオスは呆れて深く溜息をついた。
「……俺が悪かった。これからお前に留守番させる時はちゃんと弁当をおいて行くようにするよ。」
途端にレヴィアスが、呟くようにそれでいてハッキリとアリオスの耳に届くように言葉を吐いた。
「常にそう心掛けろ。」
「へいへい。」
まったく、2人揃ってここまで腹減らして待ってることねぇのに。我が侭なレヴィアスはともかく、食い意地のはったアンジェまで…。動けなくなるくらいなら、適当に何か摘まんどけよな。
そう呆れながらも、アンジェがそこまでして自分の帰りを待っていたことに、何やら嬉しい気がしてしまうアリオスであった。

-CHAPTER 10 了-

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