L&A探偵物語

<CHAPTER 10-3>

一夜明けて、ティムカ達は要求された金額を用意することに成功した。事情を聞いたチャーリーが、ポケットマネーを提供してくれたのだ。
「少しずつでも、必ずお返しします。」
「いいって、そないに気にせんといて。これは俺のポケットマネーやし、犯人が捕まったらそちらさんから返させたるわ。」
無期限・無利息どころか返却も期待していないチャーリーに感謝しながら、ティムカは犯人からの電話を待った。
金が用意出来たという答えを受けて、犯人達は受け渡し方法を指定して来た。大使館勤めの女性に金を持たせて15時に中央公園の噴水の前に立たせろ、と言うのである。
ティムカは電話では要求を受け入れたものの、不安でならなかった。もしも身代金の受け渡し時に犯人達が本当にカムランを返すつもりがあるとしたら、その場に連れて来られた少年がカムランではないことがバレてしまう。しかし、真相を告げても良いものかどうか。
今、この大使館にいる女性は現地で登用したものだし、勤めるようになって日が浅い。調理場や清掃係とは言え登用するには厳重な審査を行っているはずなのであまり疑いたくはないが、こういう事態では大使館の中に犯人の一味が紛れていないとも限らない。真相を話した相手が犯人の手先だったら…。
「困ってるみてぇだな?」
女性達の中から誰を選ぶか。真相を告げるべきか。そう悩んでいるティムカの元に、またしてもアリオスが忍び込んで来た。しかも、今度は何と女性連れである。
「そちらの女性は?」
「俺の彼女。時々助手みたいなことをしてもらってるんだが…。」
正直言って、アリオスはアンジェを巻き込みたくはなかった。レヴィアスから作戦を指示された時も断ったのだが、レヴィアスが直接アンジェに話を持ちかけ、彼女が了承してしまったのだ。
「受け渡しにはこいつが行く。」
「そんな、危険な真似は…。」
「大丈夫です。アリオスがついてますから。」
アンジェは平和そうに微笑んだ。それを見るアリオスの顔には、信頼してくれるのは嬉しいがあまり無茶はしないで欲しい、と書かれていた。
「こいつと女性職員のどっちを信用するかはお前の自由だ。」
ティムカは、アリオスとアンジェの間で視線を行ったり来たりさせたり、目を閉じてジッと考え込んだりした挙げ句、アンジェに受け渡しを頼むことにした。
だが、受け渡しの時刻に噴水の前には立っていたのは、途中でアンジェと入れ代わったジョヴァンニだった。勿論、レヴィアスの命令で遠目にはアンジェに見えるように不本意ながらも変装している。アリオスがアンジェに危険な真似をさせたくないように、レヴィアスもアンジェを危険な目にあわせるのは避けたいと思っていたのである。ただ、アルヴィースのトップグループの人員で裏の仕事を中心に活動しているジョヴァンニを堂々とティムカに紹介する訳にもいかなかったし、彼では恐らく身代金の受け渡し役を任せてもらえる程信用してはもらえなかっただろう。アルヴィースとの関係を追求される心配もなく、また初対面で相手に信用してもらうにはアンジェは最適な人材だった。役目を終えたアンジェはこの時アリオスの仕事の成功とルノーの無事を祈りながら、アルヴィースの本邸でレヴィアスとお茶を飲んでいた。
「そろそろ、お客さんが見えても良い頃なんだけど…。」
ジョヴァンニは傍に立っている時計を横目に見上げて呟いた。すると、それを聞いた訳でもないだろうが、物凄いスピードでオフロードバイクが近付いてくると、ジョヴァンニの持っている鞄をひったくるように掴んだ。しかしジョヴァンニは離さず、鞄ごとバイクで攫われていった。
開けた場所である都合でかなり遠巻きに取り囲んでいた派遣軍は、犯人を取り押さえることが出来なかった。そして、アンジェが連れ去られたという振りをするアリオスにヴィクトールは済まなそうに詫びた。
「心配するな。あいつは絶対に俺が助け出す。」
その「あいつ」はアンジェのことと思わせながら、アリオスはルノー救出に向けて最後の仕上げに取りかかった。

鞄と共に攫われたジョヴァンニは、そのままルノーと共に閉じ込められた。
「ジョ…!!」
驚いて声を上げそうになったルノーを一瞬の表情で黙らせると、ジョヴァンニは犯人達が完全に辺りから消えるまで待ってルノーに耳打ちした。
「レヴィアス様からのお言葉だよ。「こんなくだらないことで死ぬことは許さぬ」だって。」
「兄さま…。」
ジョヴァンニは与えられた使命の半分を完璧にやってのけた。後は、騒ぎが起こるのに呼応して騒ぎを大きくしながら脱出するだけである。
そして大して待つこともなく、その時はやってきた。
「それじゃ、行こうかな。そうそう、僕は君を助けるようには言われてないから。レヴィアス様のお言い付けを守りたかったら、自分でちゃんと逃げてよね。」
逃げ出す寸前、振り返ってそう言い残すと、ジョヴァンニは素早く敵のアジト内を駆け抜けた。もしも運悪く彼と出会ってしまった犯人が居たら、その者は直後にはこの世と別れを告げることになること間違い無しである。
「ぼ、僕も、逃げなくちゃ…。」
ルノーはジョヴァンニの後を追って駆け出した。しかし、裏稼業を主とする中でも諜報や詐術を得意としている彼とは違い、ルノーはこういうことには詳しくない。ジョヴァンニの姿を見失ってしまうと、ルノーは逃げ道を探している内に反って迷子になってしまった。
前方から人の気配を感じたルノーは、慌てて近くの部屋へと身を潜めた。しかし、その人影はルノーを追って部屋へと入って来る。
「…兄さま。」
「死ぬな」と言われたルノーは、暴走への恐怖の枷が外れかけた。考えることは、目の前の敵を排除して自らの身を守ること。それだけだった。見つかる前に、力を発動させなくては。
しかし、力が発動する前に相手は正確にルノーの居場所へ歩み寄り、彼の身体を抱え上げた。
「やっと見つけたぜ。」
「アリオス!!」
「よ~し、無傷だな。それじゃ、とっととレヴィアスんとこ帰るぞ。」
アリオスの役目は、私設騎士団が騒ぎを起こしている間にそれに乗じてカムランをヴィクトールに引き渡して、派遣軍がカムランを救出したと見せ掛けた後でルノーを助け出すこと。ルノーに傷一つ付けること無く我の元まで戻せ、という命令に、アンジェを人質にとられたも同然のアリオスは、必死になって炎の中でルノーを探し回ったのであった。
「それにしても、相変わらず滅茶苦茶やってくれるぜ。」
途中で犯人と出くわしながらもルノーには傷を負わせること無く脱出したアリオスは、焼け落ちる犯人のアジトを振り返って呟いた。
カーフェイ達が犯人を皆殺しにして口を封じ更に建物に火を放っておいて、人質を取りかえされて逃げ切れなくなった犯人グループが自害したもしくは仲間割れの挙げ句に金を独り占めして逃げようとした者も証拠隠滅に自分で放った火に巻かれたという風に見せ掛ける。それがレヴィアスの採用したシナリオである。その焼け落ちる建物が小さな廃屋だろうと寂れた古城だろうと、レヴィアスにはそんなことは関係なかった。どちらでも彼の損害にはならないし、燃えてしまえば元が何であろうとも灰と瓦礫の山だ。
奪われた金については、耐火・耐熱性に優れたケースに入れて火を付けたことになっている犯人に抱え込ませてあるので、運が良ければ後始末に来た派遣軍が回収するだろう。
「あ、アリオス、怪我、してるの?」
運転席で傷の応急処置をしているアリオスを覗き込むと、ルノーは傷に向けて手のひらをかざした。
「あぁ?」
キョトンとしてルノーを見たアリオスが自分の腕に視線を戻すと、見る見る傷が癒されていく。
「あ、そうか。お前、治癒能力の方は普通に使えたんだっけ。」
だったらその場で直してもらっとくんだった、と今ごろ思い出しても後の祭りである。それでも、直ってしまえばそれで良し。アリオスはルノーをちゃんと座り直させると、アルヴィースの本邸に向けて車を発進させた。

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