L&A探偵物語

<CHAPTER 10-2>

レヴィアスの命令で、アリオスもルノー救出のために動き出した。
どう動くのも自由だが、最後まで公式には誘拐されたのがカムランであってアルヴィースは事件とは無関係であるようにしておくこと。それがレヴィアスから受けた命令である。その第一段階として、アリオスは今、白亜の大使館の中に忍び込んでいた。
王弟誘拐の件はティムカの耳にも入っていた。犯人からの要求は金で、レヴィアスに言わせれば大したことのないような金額だった。しかし、それは小国である白亜にとっては簡単に用意出来るものでは無く、即答することの出来ぬティムカに対して、犯人達は最初の交渉を終了した。
だが、まだ誰も実際の人質が取り違えられているとは気づいていない。アリオスは、関係者が真相に気づく前にティムカを協力者として自分たちのフィールドに誘い込むつもりでティムカが1人になる時を狙っていた。
少し一人になりたいから、と別室で休もうとしたティムカが背後に人の気配を感じたかと思うと、アリオスはティムカが声を上げる前に素早く口を塞いで彼の身を拘束した。
「アポも取らずに邪魔するぜ。あんたの弟のことで大切な話がある。」
不審人物にそんな風に言われて、ティムカは必死にアリオスの腕から逃れようともがいた。犯人の一味が、取引に押しかけてきたのかと思ったのだ。
「カムランは無事だ。攫われたのは別人だからな。」
真相を告げられたティムカは、驚いて動きを止めた。どうやら、誘拐犯とは別の人間らしいと思えてきたのだ。だが、まだ相手を信用するわけにはいかない。
「カムランは俺たちに協力して身を隠している。だが、それだけじゃ不十分だ。お前にも協力して欲しい。」
緊迫した声で真剣に話し掛けるアリオスに、ティムカが一切の抵抗をやめると、アリオスはそっとティムカから手を放した。だが、ティムカは振り返ろうとはしなかった。
「本当に、カムランは無事なのですね?」
「ああ、今のところはな。」
アリオスの返答に、ティムカは再び警戒心を顕わにした。
「正直言って、代わりに攫われた奴に何かあったら無事で返せる保証は出来ねぇ。」
「つまり、カムランはあなた方に人質に取られているということですか?」
静かに、しかし怒りをヒシヒシと表しながら、ティムカは前方の壁を見据えた。
「違うっ!!だが、もしも攫われた奴に何かあったら、その矛先をカムランに向ける奴が出ないとも限らない。俺は、そいつら全員を敵に回してまでカムランを守ることは出来ない。」
アリオスの言わんとするところを悟ったティムカは、アリオス個人に対しては好感を覚え始めた。ティムカを騙すなら、もっとうまい話の持ち掛け方がある。それを敢えてこんな言い方をするのは、彼らは彼らの都合で動いているだけであることを明確にした上でティムカに協力を仰ぐため。ティムカに協力して欲しいと思っているのは個人的な考えであることを示すため。
「それで、僕に協力して欲しいと仰るのはどのようなことなのでしょうか?」
ティムカは、まずは話だけでも聞いてみようと心を落ち着け、居住まいを正した。
「まず、攫われたのはカムランだということにしておいて欲しい。」
これを聞いて、ティムカは首を傾げた。アリオスが知らせに来なければ、自分たちは攫われたのがカムランではないことを知らなかったのに、何故わざわざ知らせておいてそんなことを言うのだろうか。
「もしも誰かがカムランと実際に攫われた奴との違いに気づいたとしても、あんたが「あれは弟だ」と言い張ってくれれば些細な違和感は拭い去れるだろう?」
ティムカはアリオスが知らせにきた意味を納得した。真っ先に違いに気づく自分に対して予防線を張ることで、犯人を騙し続けることが出来る時間を大幅に稼ごうというのだ。
「つまり、僕の役目は犯人に人質をカムランだと思い続けてもらうこと、ということですね?」
「そういうことだ。」
犯人が人質に価値があると思っている間は、人質の命は保証されることになる。犯人の目的が純粋に金なら、人質の取り違いに気付いたとしても今度はアルヴィースを脅迫して来るだけだが、あくまでティムカ達から金を脅し取ることにこだわるのであればルノーは用なしとなる。アリオスとしては、後者の方がルノーが助かる確率が高くて有り難かった。もしも自分の所為でレヴィアスが脅迫されるようなことになったら、ルノーは躊躇うこと無く自らの命を絶とうとするだろう。だが、自分が直接殺されそうになれば、恐らく力が暴走するだろう。辺り一帯を吹き飛ばすことにはなるだろうが、早めに見つけて止めてやればルノーは助かる。
「後は、まぁ、何か役に立ちそうな情報があれば聞かせて貰えると助かるが、あんまり贅沢は言わねぇよ。」
どうせ私設騎士団の奴らは電話を盗聴しているだろうし、役に立つ立たないは聞いてから判断することだ。それに、下手に連絡方法を教える訳にもいかない。
「今すぐ全面的に信用しろなんて言わない。3時間くらいしたらもう一度ここへ来る。俺に協力する気があるならテラスの鍵を開けておいてくれ。」
アリオスは、そう言うとテラスの方へと歩いて行った。アリオスが離れるなりティムカは衛兵を呼ぶことも出来たが、彼はそんな気にはなれなかった。
「ああ、そうだ、忘れてた。」
部屋の真ん中まで進んだところで、アリオスは思い出したように懐を探った。
「カムランから預かり物だ。何の意味があるのかは解んねぇけど、何だか大切そうに「兄さまに渡して下さい」って頼まれたんだ。」
傷めないように注意はしたつもりだがハードに動き回ったから傷ついてても勘弁してくれ、と言いながらアリオスはそっとテーブルの上に預りものを置くと、かき消えるように大使館を後にした。

3時間弱経って、アリオスは再び大使館へと忍び込んだ。
この間にアリオスはやりかけの家事を終えたり、レヴィアス達に弁当を届けつつ現状報告を行ったり、休み時間を見計らってアンジェに連絡を取ったりと大忙しだった。
そして、テラスへと近づいたアリオスは、鍵が開いていることを確認すると堂々と部屋の中へと入っていった。勿論、中にティムカ以外の人間が居ることは判っている。ティムカが自分達と敵対する方を選んだとしても、その時はその時。どうにでも出来る自信はあった。
だがアリオスの心配は杞憂に終わり、ティムカは全面的な協力を約束した。
「僕はカムランを信じます。」
カムランが、ティムカに渡す大切な『幸せの青い羽根』を託した相手だ。短時間の内にカムランが懐いてしまった相手なら、信じてもいいだろう。
それからティムカは傍らに居た階級高そうな軍服の男をアリオスに紹介した。
彼の名はヴィクトール。見た目が示した通りに、派遣軍の中ではかなりの上位に属する軍人だった。今回のカムラン誘拐事件は政治的な事柄も多分に関係すると言うことで警察から派遣軍へと主導権が移動し、現場の指揮を任されたのが彼だった。
「ヴィクトールさんはカムランと面識があるんです。それで、話しておいた方がいいと思って…。」
「話を聞いて、俺も協力させてもらうことにした。」
協力と言っても人質が別人であることを気づかせないように振る舞うというだけのことだが、とにかくアリオス達にとってはそれが最重要だった。
「サンキュ。」
アリオスは軽く、それでいて本当に有り難そうに2人に礼を言った。
それから、ティムカやヴィクトールに現状を確認しながら手がかりになりそうな情報を聞き出していった。
「なるほどね。平和そうに見えて、やっぱり結構大変なんだな。」
平和そうに見えないアルヴィースのトップに君臨するレヴィアスはもっと大変なのだろうか、と思いかけてアリオスは苦笑した。大変なのは多分レヴィアスじゃ無くて腹心のカインだな、と思い直したのだ。
「あの…、どうかされましたか?」
「いや、俺は庶民で良かったなって思っただけだ。」
解釈次第では庶民ではないが、一族として認められて無いし、生活は庶民そのものなアリオスは、あそこで一族に加えられて様々なしがらみを背負わされるよりも、今の生活の方が恵まれているのかも知れないと思えて来た。
「庶民、ですか?」
ティムカはキョトンとした顔をした。ヴィクトールも不思議そうに呟く。
「ごく普通の者とは思えぬが…。」
何処の世界に、何度も大使館に易々と忍び込んで来る者を庶民と思える者が居るというのだろうか。
「一体、お前は何者なんだ?」
「何者って程大した者じゃねぇよ。まぁ、探偵って肩書きは持ってるけどな。」
レヴィアスの趣味で開店休業状態が続くので"一応"が付いてしまうが、探偵でもあることには違い無い。例え、実体が主夫とか家政夫であったとしても。
「探偵か。では、今回のことは身代わりの少年の関係者が?」
「さぁな。」
依頼人についての情報は漏らさないのが鉄則だと言うアリオスに、ティムカもヴィクトールもあっさりと引き下がった。そこでアリオスは腰を上げ、最後に大切なことを問いかけた。
「ところで身代金は用意出来たのか?」
用意出来れば、次に来るのはその受け渡しと相場が決まっている。本当に金を欲しがっているのであれば、犯人達はどうしても何らかの行動を起こさざるを得ない。直に受け取るにせよ、間接的に受け取るにせよ、完全に身を隠すことは出来ないのだから、何らかの手がかりは掴めるはずだ。
「それが…。」
ティムカは俯き加減になって口籠った。
「もしかして、まだ用意出来てないとか?」
アリオスの問いに、ティムカとヴィクトールは小さく頷いた。
いくら弟が大切だからと言って、国を傾けることは出来ない。ティムカは、個人的な知り合いなどの伝手で金を工面して貰えないかを調整中だった。
「それも仕方ねぇか。だが、犯人が痺れを切らさねぇうちに用意するか、適当なところで用意したと嘘をつくか何かしてくれ。」
そう言い残すと、アリオスは話を切り上げて大使館を後にした。

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