L&A探偵物語

<CHAPTER 10-1>

早朝というには遅い頃、レヴィアスの机の上の電話がコール音を上げた。
簡単な朝食を済ませて洗い物の最中だったアリオスが急いで出ると、電話の向こうからカインが珍しく慌てた声でレヴィアスに取り次ぐように急かした。
「取り次げ、って言われても、あいつ寝てるぜ。」
「そうですか。」
カインは落胆したような声を漏らした。アリオスはそれで電話が切れると思ったのだが、カインにはどうやらそのつもりがなさそうだった。
「起こすか?」
「えっ?」
「物わかりの良いお前がそうやってるってことは、結構重大事なんだろ?」
「ええ、まぁ。」
一刻も早く指示を仰ぎたかったカインとしては、アリオスの申し出は嬉しい限りなのだが、起こして欲しいと自分から口にするのはさすがに憚られた。
「…わかった。起こしてみる。」
そう言って、アリオスは受話器を持ったままレヴィアスの寝室へと足を踏み入れると、彼を起こしにかかった。あのカインが言葉を濁しつつこうまで食い下がるような態度をとるとなると、余程のことなのだろう。レヴィアスから「我の睡眠を妨げた」と怒られるかも知れないが、この際そんなことは些細な問題である。
「起きろ、レヴィアス。カインから電話だぜ。」
「……うるさい。」
案の定、レヴィアスは布団を被ったまま向こうを向いた。他の者が部屋に入るとすかさず起き上がるくせに、アリオスが起こしにいくと意地になったように寝続けようとするから始末が悪い。
「起きろってば。何か、急ぎの用みたいだぜ。」
つべこべ言ってないで起きろ、とアリオスが布団を剥がしにかかると、レヴィアスは素早い動きで腕を振り回し、アリオスを殴り飛ばして寝直した。
「てめぇ、ひとを殴り飛ばす元気があるならとっとと起きろって。寝直してんじゃねぇよ。」
アリオスは再び布団に手を掛けたが、彼が手を離した隙にレヴィアスは広いベッドの真ん中でしっかりと布団に包まって、簡単には起こせそうになくなってしまった。
「ああ、もうっ、だったら横になったままでもいいからとにかく電話に出ろ。」
アリオスはそう言って受話器を差出したが、レヴィアスは見向きもしない。レヴィアスは、どんな用なのかを告げられれば聞く耳も持つが、単に「電話だ」と言われても起きる気にはなれなかった。そこにはカインへの信頼というものも少しは影響していただろう。
しかし、カインの方はこの期に及んでもアリオスに用件を伝えようとはしなかった。いくら危急の事とは言え、部外者であるアリオスにレヴィアスの許可なく事情を漏らす訳にはいかないのだ。
いくら起こそうしても一向に起きようとはしてくれないレヴィアスの様子に、アリオスは軽く溜息をつくと作戦を変更した。
「なぁ、頼むから起きてくれよ。」
考えてみれば、ここまで必死に起こしてやらなきゃいけない義理は無いのだが、カインの奇妙な態度にアリオスは不穏なものを感じていた。
アリオスが手にしているのが単なるコードレスの受話器である以上、レヴィアスの寝室での2人の応酬は電話の向こうのカインに筒抜けである。一向に起きようとしないレヴィアスに、それでもカインが電話を切らず、それでいて僅かでも事情を伝えようとはせずに待っているとなると、これは唯事ではないのだろう。ここは、どうあっても一刻も早くレヴィアスを起こすべきではないだろうか。
仕方なく、アリオスはベッドの端に片手と片膝を掛けると、その軋みに少しだけ振り返って目を細く開けたレヴィアスに向って「起きてください。お願いします」と頭を下げた。
そこまでして起こしにかかるアリオスに、とうとうレヴィアスは身を起こして受話器を受け取り、二言三言話すとアリオスを急かして共にアルヴィースの本邸へと向かったのだった。

カインが電話で告げた内容は、確かに危急の事態だった。白亜の大使館へお使いにいったルノーが、王弟と間違われて誘拐されたのだ。
これが裏方の仕事でトラブったのであれば、彼らはあっさりとルノーを切り捨てただろう。あるいは、アルヴィースの一員として誘拐されたのであれば面子にかけて敵への報復に取り掛かっただろう。その際、救出できるようならルノーの救出も行われることとなる。
だが間違いで攫われたとなると、どうするべきかはレヴィアスに指示を仰ぐ必要があった。
ルノーは表向きにはレヴィアスが可愛がっている弟分で、ちょっとしたお使いやお手伝いを行っている。他の者達にも可愛がられていて、あのジョヴァンニですらルノーには悪戯を仕掛けたり意地悪したりしない程だ。しかし普段の可愛い様子とは裏腹に、その実、桁外れのキャパシティの超能力を持っており、レヴィアスあるいはそれに準じる程に懐いている者が傍に居ないと制御出来ないとは言えその破壊力は裏の仕事において重宝されていた。そのどちらの面から見ても、ルノーは彼等にとって貴重な人材である。
「このような莫迦げたことで失うには惜しい。」
レヴィアスのこの一言で、ルノーは救出されることとなった。
そうと決まれば、救出に向けて私設騎士団は動き出す。まずは、攫われたのが偽者と気づかれない内に本物の身柄を拘束した。一方でルノーの居場所を探るために、ショナが犯人の動向に繋がりそうなデータを収集解析し、カーフェイが現場や周辺の調査に赴く。
「しかし、何だってルノーが攫われたりしたんだ?」
「ですから、王弟と間違われたのですよ。」
アリオスの呟きに、キーファーが嘲笑混じりに返答する。それに対し、アリオスはムッとした顔で言い返した。
「俺が言ってんのは動機じゃねぇよ。物理的に、あいつが攫われたってことが問題なんだ。」
幼いとは言え、あれでもアルヴィースのトップグループに属する人員である。当然、出かける時はお供が付くはずだし、それは半端な者では有り得ない。まぁ、ルノー以上の存在であるレヴィアスが単独でフラフラ出歩いているのだから妙ではあるのだが、力が不安定な為に自力で身を守ることが困難なルノーの場合は必ずと言っていいほど護衛の者が付く。基本的にはユージィン辺りが同行することが多いようだった。
その場にいたユージィンに、アリオスは不思議そうに問いかけた。
「お前、一緒じゃ無かったのか?」
「ええ。私は他の仕事がありましたので…。」
言い難そうに答えるユージィンを見て、横からレヴィアスが口を出した。
「何故、あれを1人で行かせた?」
実際は漏れなく運転手が一緒に行ったはずだが、この場合、それは人数に含まれない。
「それは…。」
ユージィンは答え難そうにキーファーの方をチラチラと見た。そこで、レヴィアスがキーファーの方へ顔を向けると、キーファーは平然とした顔でサラッと答えた。
「経費削減です。」
リストラを進めた結果、彼等の担うべき仕事量も増え、護衛に割ける人員も目に見えて減少した。その為、今回のお使いは必要なのは身分だけで内容的には簡単だったし、行き先が大使館なら先方での身の安全はある程度保証されるとして、大した随員も付けずにルノーを送りだしたのだ。
「些細なところでケチった結果がこれかよ。」
呆れたように言うアリオスに、キーファーは表情一つ変えなかった。
「何にせよ、我のものに手を出した者の末路は決まっている。」
故意であろうと事故であろうと、レヴィアスの部下に手を出したことは紛れも無い事実である。レヴィアスは、このことが外部に漏れないように犯人達には消えてもらうつもりだ。
レヴィアスの呟きを聞いて犯人に微かな同情の覚えながら、アリオスはふとあることを思い出した。
「そう言えば、本物の王弟って奴はどうしてるんだ?」
アリオスの問いに、カインは黙って隣の部屋を指差した。
アリオスは一応レヴィアスに視線を送ったが、止めるような素振りを見せなかったので、隣の部屋へと通じる扉を軽く叩くと部屋の中へと入って行った。
「お前が、白亜の王様の弟って奴か?」
中に居たのは、まだ年端もいかぬ少年であった。民俗衣装ではなく少々高級そうなだけの、この辺では普通に見られる格好をしている。
「なるほどね。杜撰な犯人なら間違いもするはずだな。」
部屋へ入るなりジロジロと観察するような目で見られてカムランは身を竦ませたが、それでも取り乱すことはしなかった。床に置かれたクッションチェアに腰掛けたまま、ジッと顔を伏せて大人しくしている。
アリオスはカムランに近寄ると、床に膝を付いて目線の高さを合わせた。そして、そっとカムランの頭に手をやる。
「悪いな。ある少年が、お前と間違われて攫われちまったんだ。」
ここに連れて来られて以来訳もわからずに閉じ込められていたカムランは、ハッとなったように顔を上げた。
「今、お前に出歩かれるとそいつが危険なんだ。だから、しばらく大人しくしててくれるか?」
「……はい。」
カムランが小さく頷くのを見て、戸口からその様子を眺めていたレヴィアスは心の中で呟いた。
「相変わらず、子供を手懐けるのが上手いな。連れて来て正解か。」

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