L&A探偵物語

<CHAPTER 9-3>

事務所へ帰る途中、アリオスは『火龍宝飾店』に立ち寄った。
「メル居るか?」
奥へ向かって声をかけると、メルが嬉しそうに飛び出してきた。
「これ、サンキュ。おかげで俺の動きを読まれずに済んだぜ。」
そう言ってアリオスは首から借り物のペンダントを外すと、メルの首にかけてやった。
「役に立ったの?」
「ああ、とっても。」
不安げに聞くメルに、アリオスは笑顔にウインクのおまけ付で応じた。
「わ~い、嬉しいな。」
占いの失敗で自信を無くしていたメルは、自分の作った護符がアリオスに相手の能力が及ぶのを阻止できたと知って大喜びした。
「また何かあったら、頼らせてもらうからな。」
「うん♪」
嬉しそうに飛びついてきたメルを、アリオスは抱き止めると頭を撫でてやった。
そして事務所に戻ったアリオスは、えらく不機嫌そうな顔をしたレヴィアスに出迎えられた。
「随分と機嫌悪そうだが、何があったんだ?」
自分は黙ってアンジェと会ったりしてないし、夕食の材料を買ってから帰ることは報告時に連絡してあるから「遅い」と怒られる筋合いはない。電話をした時にはまだ普段と様子が変わらなかったから、その後レヴィアスが不機嫌になるような要因と言うと、今回の仕事絡みで依頼人と揉めたという可能性が大有りか。
「報酬を値切られでもしたか?」
判ってみればくだらない話だったし、依頼人が報酬を出し渋っても仕方ないだろう。もっとも、この一件でロザリアとクラヴィスにちょっとした貸しが出来たので、少々値切られたところでレヴィアスは痛くも痒くもないのだろうが。
「アンジェが泣きながら電話をかけてきた。」
レヴィアスがボソッと告げた内容に、アリオスは手にしたものを取り落とした。割れ物が入っていなかったのは、不幸中の幸いである。
「当分の間、お前の顔は見たくないそうだ。」
「何なんだよ、それは!?」
アリオスには、アンジェがいきなりレヴィアスにそんな風に電話してくるようなことをした覚えなどなかった。
「支離滅裂で要領を得なかったが、「アリオスの莫迦」「浮気者」と繰り返していたな。」
レヴィアスは呆れ半分怒り半分といった感じでゆっくりと立ち上がると、アリオスを事務所の外に放り出した。
「これ以上愚痴や泣き声を聞かされるのは御免だ。きっぱり別れるかきちんと仲直りするまで、帰って来ることは許さん。」

訳が良く解らないまま締め出されてしまったアリオスだったが、それでも自然とアンジェの暮らすスモルニィの寮へとやって来ていた。そして、勝手知ったるとばかりに木に登り、アンジェの部屋の窓を叩いた。すると、中から聞こえていたボスボスという鈍い音やアンジェが何か喚いている声が静かになった。
「よぉ。ちっと話が…。」
案の定、警戒薄く簡単に窓を開けたアンジェだったが、アリオスの姿を見て取るなりムッとした顔を見せて窓を閉めにかかった。
「おい、ちょっと待てって。何怒ってんだよ?」
「アリオスの莫迦!浮気者っ!!」
「誰が浮気者だ、こらっ。」
声を潜めながらもアリオスは鋭く言い返し、閉められようとする窓を押さえた。
「言っとくが、ここ数日あの女に張り付いてたのは仕事だぞ。俺はああいうお嬢様は好みじゃねぇ。それくらい、解ってんだろ?」
「お嬢様?それじゃ、アリオス、私の知らないところでも浮気してたのね。」
「だから、浮気じゃねぇってば。」
アンジェと言い争いながら窓を引き合い、アリオスは他にアンジェが嫉妬しそうな心当たりがないか必死に最近の行動を思い返した。だが、ここ最近で自分の回りにいた女はロザリアだけだ。妬く程に好いてくれてるのは嬉しいが、身に覚えの無いことで浮気者呼ばわりされては適わない。
「あのお嬢様の他に俺の近くにいた女なんて心当たりねぇぞ。」
「嘘つき!!私、ちゃんと見たんだから。」
アンジェは窓から手を離して、近くにあったものを手当りしだいに投げ始めた。
窓を引き合っていた反動からバランスを崩したアリオスだったが、辛うじて落下は免れ、投げ付けられたものもどうにか避けたり受け止めたりしていく。さすがは常日頃からレヴィアスに物を投げ付けられているだけのことはあり、素晴らしい反射神経である。
「おい、いい加減に…。」
アンジェの手が止まったところで話を再開しようとしたアリオスだったが、アンジェは目の前でピシャリと窓を閉めてしまった。今度は、窓を叩いても開けてくれようとはしない。
「なぁ、落ち着いて話し合おうぜ。」
「話すことなんてないわよ!!当分、顔も見たくないわ。」
完全にお冠なアンジェに、アリオスは深く溜息をつくと、宥めるような口調で言った。
「わかったよ。とりあえず今は帰る。でもその前に、これ引き取ってくれねぇか?少なくともこの目覚まし時計が無いと、明日お前が困るだろ。」
半分だけ開かれた窓に、アリオスはアンジェが投げたものを差出した。
「落ちたやつ拾ってくるから、そのまま窓開けててくれ。」
アリオスのその態度に、アンジェは少しだけ気持ちが収まって来る。そして、下に落ちたものを拾い集めてアリオスが戻って来た時には、窓は完全に開けられていた。
「多分、これで全部だと思うが…。」
「うん、ありがとう。」
ちゃんと砂を払われたぬいぐるみなどをアンジェが受け取ると、アリオスは本当にそのまま帰ろうしたが、そこをアンジェが呼び止めた。
「あの…、少しくらいなら言い訳を聞いてあげても良いわよ。」
その言葉に、アリオスは目を丸くしながら戻って来る。
「ああ。だったらその前に、お前が何をみたのか聞かせてくれねぇか?」
とにかくアリオスの心当たりはロザリアの一件だけである。それが違うとなると、アンジェが「ちゃんと見た」ものが何なのか、見当もつかなかった。
すると、アンジェはムッとした顔でこう答えた。
「…今日の夕方、可愛い女の子に宝石屋さんで高そうなネックレスをプレゼントして、喜ぶその子を抱きしめてた。」
アリオスは、やっと合点がいったとばかりに左手の平に右の拳をポンっと打ち付けた。その様子に、アンジェは再び頭に血を上らせ始めた。
「やっと思い出したのね。さぁ、言い訳するならしてみなさいよ!!」
「へいへい。それじゃお言葉に甘えて言い訳させてもらうとするか。」
アリオスは、枝の上で改めて体勢を正すと言い訳を開始した。
「まず始めに言っておくと、あれは女の子じゃねぇぞ。あの宝飾店の店主の従弟。少年だ。」
「えっ?」
「で、あのネックレスはそいつの作った護符で、俺は借りてたそれを返しただけ。」
「えぇっと…。」
アンジェがおろおろし始めたのを見て取って、アリオスはだんだん意地悪な微笑みを浮かべ始めた。そして、あさっての方向を見ながら聞こえよがしの呟きのような言い方をする。
「あのガキ、俺にやたらと懐きまくってて、すぐ飛びついて来るんだよな。」
「あの、それって…。」
居心地悪そうにしながら上目遣いに表情を探るアンジェに、アリオスは意地悪く言った。
「誰が浮気者だって?」
「ごめんなさ~い。」
恥じ入って俯いてしまったアンジェに、アリオスは喉奥で軽く笑った。
「クッ、機嫌直ったみてぇだな。」
小さく頷くアンジェに、アリオスは声を殺して笑うと、仲直りの印にアンジェの手の甲に軽く口付けて寮を後にした。
そして上機嫌で事務所に戻ったアリオスは、ドアを開けた途端にレヴィアスの小剣の洗礼を受けたのであった。

-CHAPTER 9 了-

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