L&A探偵物語

<CHAPTER 8-1>

ある週末。アンジェが寮の自室で雑誌を読みながらゴロゴロしていると、突然窓が叩かれた。開けてみると、窓の外にはアリオスが居た。しかも普段着ではなく、お出かけ用というか遊び着を身に纏っている。
「どうしたの、アリオス?」
革ジャンやアクセサリーでばっちりキメたアリオスに、アンジェは不思議そうな顔で訊ねた。だが、返事はすぐには返って来なかった。
「クッ、お前って本当に警戒心ゼロだな。こんなに簡単に窓開けやがって。」
窓の近くにまで張り出した枝の上で、アリオスは声を潜めて笑っていた。
「なっ!?」
「っと、大声出すなよ。見つかっちまうだろ。」
アリオスは慌ててアンジェをなだめるようにした。それから、本題に入る。
「レヴィアスがさ、本業の方で出かけてて今日は留守なんだ。それで、たまには普通のデートってのをやってみようかと思って誘いに来た。」
アンジェに否やの意思のあろうはずもなく、彼女は二つ返事で引き受けると急いで出かける支度をして、外で待っているアリオスの元へと走って行った。
「早かったな。もっと時間が掛かるかと思ってたぜ。」
「だって、あんまり待たせちゃ悪いし。貴重な時間を無駄にはしたくなかったんだもの。」
もっと入念に服とかを選びたかったとは思うが、アリオスを待たせたままではそうもいかない。第一、滅多にないこのチャンス、少しでも多くの時間を『普通のデート』に使いたい。
「それで、何処に連れてってくれるの?」
「お前、リクエストとかねぇのか?」
逆に聞き返されて、アンジェは「それじゃ、水族館♪」と答えた。

水族館で、アリオスとアンジェは『普通のデート』というものを楽しんだ。
「おい、お前にそっくりのが居るぜ。」
「えっ、どの魚?」
期待に満ちた目でアンジェがアリオスの指差した先を見ると、そこにはフグがいた。
「怒るとすぐ膨らむところなんかそっくりじゃねぇか。」
「酷いわ、アリオス!!」
「ほら、膨らんだ。」
アリオスに笑われて、アンジェはその足を思いっきり踏んづけた。
「痛っ。何だよ、お前ってフグじゃ無くてハリセンボンか?」
その言葉に、アンジェはポカポカとアリオスを叩く。
「わ~っ、冗談だってば。本気で殴るなよ。」
「冗談でも、言って良いことと悪いことがあるのっ!!」
完全に怒ってしまったアンジェに、アリオスは慌てて謝った。
「悪い、ちょっと調子に乗り過ぎた。」
それでも、手を止めただけでアリオスを睨みつけたままでいるアンジェに、アリオスは素早く辺りを見回して、良いものを見つけた。
「ごめんってば。なぁ、アイス買ってやるから機嫌直せよ。」
「……シングルじゃ許さないから。」
「へいへい。ダブルでもトリプルでも好きなだけ買ってやるよ。」
言葉通り、チョコミントとバニラとビターチョコのトリプルを買ってもらったアンジェは、それを食べ終える頃にはすっかり機嫌が直っていた。
そしてイルカショーに無邪気にはしゃぎ回ったりクラゲの水槽に張り付くアンジェを楽し気に見つめながら、アリオスは幸せな気分に浸っていた。
「クラゲって、こうして見るととっても綺麗なのね。」
「そうだな。海水浴場や漁場や発電所の近くでは悪者だけど、水槽に居る分には…。」
透き通ってて、優雅に漂ってて、ホール全体で幻想的な雰囲気を作り上げている。
「ねぇねぇ、こっちのも綺麗。」
ちょっとしたキーホルダー並の大きさの綺麗なクラゲが、水槽の底に沈みかけては何やら必死の様子で浮上することを繰り返している。
「あ、沈んでく。」
「で、また必死に浮上か。面白いな。」
単純な光景なのに、何故か2人揃って飽きもせずにしばらくその様子を見つめてしまった。
「アリオスみたい。」
「……は?」
アンジェの言葉に、アリオスは目を丸くした。
「だって、レヴィアスさんに苛められてもすぐ復活してくるじゃない?」
「ってことは、あいつはこの光景が面白いから俺を苛めてるってことか。」
アリオスは、だったら今度はしばらく落ち込んだままでいてやろうかな、と一瞬本気で考えてしまった。
「あ、やだ、本気にしないで。」
アンジェは、アリオスが余りにも真剣な顔をしているので慌ててしまった。
「もしかして、冗談のつもりだったのか?」
「ご、ごめんなさい。」
縮こまるように謝るアンジェに、アリオスは意地悪な笑みを浮かべた。
「冗談でも、言って良いことと悪いことがあったんじゃなかったか?」
「えぇっとぉ、今度は私がアイス買うわ。」
そう言って財布の中身を確認しようとするアンジェに、アリオスは喉奥で笑った。
「クッ、それで機嫌直るのはお前くらいだぜ。」
「え~っ、アイスじゃダメなの~?」
どうしよう、と困った顔でアリオスとクラゲの間で視線を行ったり来たりさせるアンジェの様子をしばらく楽し気に見つめた後、アリオスは素早く身を屈めてアンジェの唇を奪った。
「俺の機嫌を直せる甘いものは、アイスじゃなくてこれだ。ちゃんと覚えとけよ。」
「……うん。」
すっかり茹で上がりながら小さく頷くアンジェに、アリオスは大声で笑い出しそうになるのを必死に堪えたのだった。

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