L&A探偵物語

<CHAPTER 7-3>

黙々とアリオス達が衣装の修理や補正をすすめる中、エイミーの衣装だけは入手のアテもなく時間だけが刻々と過ぎていった。開演まで残り2時間を切ったが、貸衣装屋をあたっている者達からめぼしい情報は入って来なかった。
そんな中で、右往左往している者達を冷ややかに見つめていたレヴィアスがふいっとアリオスに近寄って来た。
「末娘の衣装、我が手配してやっても良いぞ。」
アリオスは手を止めて顔を上げた。
「その代わり、帰ったら……。」
交換条件を耳打ちされたアリオスは、真っ赤になって後ずさった。
「ななな、何で俺がそんな真似しなきゃならねぇんだよ!?」
「嫌か?」
アリオスが大声を上げたために辺りの注目を浴びながらも、レヴィアスは平然と続けた。
「嫌なら、この取り引きは白紙に戻そう。お前が意地を張った所為で、衣装の用意が間に合わずにアンジェが泣いたとしても、もはや我の知ったことではない。」
「う~、ひとの弱味につけ込みやがって…。」
「つけ込まれるような弱味を見せる方にも責任があろう?」
冷ややかに言い放つレヴィアスに、アリオスは縫いかけのアンジェの衣装を握りしめて答えた。
「ああもうっ、わかったって。やるよ、やりますよ。…やりゃいいんだろっ!!」
自棄になって叫んだアリオスを楽しそうに見遣りながら、レヴィアスは1本の電話をかけた。
「ジョヴァンニを出せ。」
それを聞いて、アリオスは「ああ、そうか」と思った。ジョヴァンニの服なら小柄なエイミー役の少女に着られる。彼は体形自体女性らしく補正してドレスを身に纏うことも多いから、上手くすればそのまま使うことも可能かも知れない。
「わかったな?では、1時間以内に持って来い。」
アルヴィースの本邸からここまで車でも1時間では辛いのではと思われる中、ジョヴァンニは指示された衣装を抱えて本当に1時間以内にやって来た。しかも、ちゃっかりスモルニィの制服に身を包んで、誰にも見とがめられずに教室まで入り込む。そして、アリオスとアンジェの姿を見るなり呆れたような声をあげた。
「な~んだ。また、君達がレヴィアス様のお手を煩わせた訳?いい加減に身の程を知ったらどうなんだろうね。」
すかさずレイチェルが睨みつけたが、ジョヴァンニは全く意に介さずにレヴィアスの元へ歩み寄る。
「はい、レヴィアス様。御注文の品、持って参りました。」
恭しく差出された箱を無造作に開け、レヴィアスは中のドレスを引っ張り出すと一言「使え」と言ってエイミー役の少女に投げ付けた。電話で細かく指示を与えただけあって、文句なくジャストサイズである。
「用は済んだ。下がって良い。」
「は~い♪」
自分がやったことは棚上げしてレヴィアスにもそれと気付かせること無くジョヴァンニは笑いながら軽快な足取りで帰って行き、そしてこの悪夢のような事態を乗り越えたアンジェ達の劇は大成功をおさめたのであった。

アンジェ達の悪夢は終わったが、アリオスの悪夢はこれからが本番だった。
スモルニィを後にして、セイランのところまで行くとそこで別れるはずのセイランも車に乗って来たのだ。
「何で、お前が乗って来るんだ?」
「レヴィアスに夕食を誘われてね。それに、何か面白いことが起きそうだからさ。」
レヴィアスがアリオスに囁いた交換条件は他の者には知らされなかったが、帰ったらアリオスが何かさせられることだけは確かなようだった。
「それで、一体どんな交換条件を出されたんだい?」
セイランの問いに、このまま隠していてもバレるのは時間の問題だし、黙っているとしつこく聞いてこられてハンドル操作を誤る羽目になるかも知れないと、覚悟を決めてアリオスはボソッと答えた。
「メイドのコスプレ。」
あの懐かしい衣装の中にそれを見つけて、レヴィアスの悪戯心が騒いだらしい。帰ったら今夜はあのメイド服を着て家事をしろ、と言われたのだ。
「約束は守れよ。」
「へいへい。」
レヴィアスが先に約束を守った以上、アリオスに拒否権はない。
事務所に帰りついたアリオスは、言われた通り大人しくレヴィアスの着せ換え人形になると、メイドさんの姿で夕食を作り始めた。
「クスクス。可愛いよ、アリオス。」
「……。」
典型的なメイドの服を着せられ、当時も使われた銀髪のロングヘアのカツラを被せられ、御丁寧にレースのカチューシャまで付けさせられて、今のアリオスは何処から見ても可愛いメイドさんだった。鏡を見た本人が泣きたくなる程、よく似合っている。
「あの男が見たら、目の色変えて、また襲い掛かってくるであろうな。」
「冗談じゃねぇぞ。あんなのに見られて堪るかよ。」
そうでなくても、セイランに見られてかなり恥ずかしい思いをしているのに…。
しかし、そんなアリオスの心情も知らず、夕食の支度が出来ようとした頃、事務所の扉がノックされた。こんな時間に誰だろう、と思いながらも台所に居るアリオスに代わってドアを開けたセイランは、そこにアンジェとレイチェルの姿を見て驚くと同時に心の中でアリオスに向って「御愁傷様」と唱えた。
「こんばんは。これ、クラスの皆から皆様への感謝の気持ちです。」
衣装の縫い直しをしてくれたアリオスとセイラン。土壇場でエイミーのドレスを用意してくれたレヴィアス。彼等への感謝を示すため、クラスの皆でお小遣いを出し合って、代表でアンジェとレイチェルは3つの花束を抱えて事務所まで走って来たのだった。
まずは出迎えてくれたセイランに花束を渡すと、アンジェは中に入ってレヴィアスにも花束を渡した。
「アリオスは台所ですか?」
「ああ。今、呼ぼう。」
レヴィアスは意地悪な微笑みを浮かべてアリオスを呼んだ。
「…お呼びですか、御主人様。」
目一杯棒読みに答えて、アリオスはレヴィアスの前に立った。
「ア、アリオス!?」
指差して叫ぶレイチェルを、アリオスはキッと睨みつけた。
「指差すんじゃねぇよ。」
アリオスは、言葉の割には少々弱気らしく僅かだが涙目になっていた。
「何で、そんな格好してるのヨ?」
「…ドレス調達の交換条件だ。他のやつらにはバラすなよ。」
「わかった。誰にも言わない。」
ああ、なるほど。あの時の叫びはこれだったのか、と納得してレイチェルはアリオスから視線を反らした。
しかしアンジェはと言うと、アリオスの真正面にポテポテと歩み寄ると、にこやかに花束を差出したのだった。
「はい、アリオス。これ、皆からのお礼。」
いつもと変わらない様子のアンジェに、アリオスは少し屈むようにして花束を受け取った。
「もうちょっと屈んでくれる?」
言われるままにアリオスが更に屈むと、アンジェは彼の首に手を伸ばしてそっと頬に口付けた。
「これは、私からのお礼よ。アリオスが居なかったら途方に暮れるばかりでただ泣いてることしか出来なかったから。」
アンジェのこの行為に、アリオスは目を丸くしてそのままボ~っとなった。レヴィアスが邪魔に入らなかったら、長々と思考が停止していたことだろう。
「ラブシーンはそこまでだ。メイドは仕事に戻れ。」
今の格好を思い出させられたアリオスは、そのまま台所へ走っていった。そして、レイチェル達も早々に退散することにした。
「一緒に夕食とっていかないのかい?」
「折角ですけど、この後、打ち上げなんです。ちゃんと花束渡したことも報告しなきゃいけないし…。」
打ち上げ前のつまみ食い程度でも、美味しいとアンジェが自慢しているアリオスの手料理を食べたいのはやまやまだったが、これ以上居るとアリオスに悪いので、レイチェルはアンジェを引っ張ってさっさと帰ることにした。
「気を付けてお帰り。」
レイチェルに引っ張られ、セイランに見送られて出ていく際、アンジェは台所に向って叫んだ。
「やっぱりアリオスはとっても美人ね♪」
その直後、アリオスはシンクの端にすがるようにして床へと崩れ落ちた。そしてしばらくそのまま固まった後、天を仰いで「褒め言葉になってな~い!!」と叫んだのだった。

-CHAPTER 7 了-

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