L&A探偵物語

<CHAPTER 6-3>

予告の時間となった。
邸の作り出す影の中から忍び込んだオスカーは、影を伝って建物まで辿り着くと、夜ばいの要領でレイチェルの部屋までやって来た。
「7分の遅刻だヨ、泥棒さん。」
レイチェルは余裕の構えを見せながら、月に照らし出されたオスカーのシルエットに向って声をかけた。それに対して、オスカーも平然と答える。
「泥棒とは酷いな、お嬢ちゃん。せめて、怪盗と言ってくれないか?」
「どんなに表現を変えたところで、泥棒に変わりないヨ。」
そして、レイチェルは部屋に入って来たオスカーの姿を目にした。
「へぇ~、本当に本人だったんだぁ。」
部屋の明かりでハッキリと顔を見せたオスカーを見たレイチェルは、アリオスの資料にあった写真そっくりだと感心した。
「そっくりさんとかじゃないよね?」
「こんな変な奴が2人と居て堪るかよ。」
その声に、オスカーはレイチェルから視線を移した。
「アリオス!?」
嬉しそうに声を上げてから、オスカーはアリオスに歩み寄った。アリオスも、アンジェとレイチェルに壁に貼りついているように手で合図して、少しだけ前に出る。そんなアリオスにオスカーは喜び勇んで駆け寄ると、肩に手を伸ばした。
「こんなところで俺の女神に会えるとはな。まさに俺達は運命によって引き合わされたとしか言い様がないだろう。」
予想通りの行動に、アリオスはこれがオスカーであることを確信した。
「『天使の涙』と俺の女神の両方が手に入るとは、運命の女神はよほどこの俺の魅力にまいっていると見えるな。」
「何言ってやがる。どっちも、てめぇのもんになんざならねぇよ。」
アリオスは、呟きながら拳をオスカーの腹に叩き込んだ。オスカーはグッタリとなる。
「さて、と。それじゃ、さっさとあいつに引き渡すか。」
そう言ってアリオスがオスカーの身体を持ち上げようとした時だった。倒れていたオスカーが突然跳ね起き、アリオスに襲い掛かって来た。
「げっ、てめぇ狸寝入りか?」
ちょっと加減を誤ったかと悔やみながら反撃したアリオスだったが、組み合ってしまうとパワーと体格と、別の方面での慣れの問題で圧倒的に不利な立場に立たされてしまう。そして気がつくと、両方の手首が身体の前で肘を付けたような格好で縛り上げられていた。
「何で麻縄なんか持ってんだよ!?」
「俺に愛されるために存在していると言うのに、聞き分けのなくなるレディも居るからな。」
以前に比べて更に守備範囲を広げ一層見境なくなったらしいこの自意識過剰男に、腕の自由が制限されたアリオスは床に組み伏せられてしまった。
「フッ、まずは女神を捕獲、だな?」
「…マジかよ。」
「とりあえず、味見だけでもしとくか。」
ニヤリと笑うオスカーに、アリオスは必死に抵抗した。
「食われて堪るかっ!!」
縛られた腕はまっすぐ振るのは困難だったが、横から薙ぐようになら振り回せる。しかし、それでもあまり力は入らない。
押さえ込まれたアリオスを見て、アンジェは壁際から飛び出した。そのまま、涙を浮かべてオスカーをぽこぽこと叩き始める。
「アリオスから離れてよっ!!」
「おやおや、これはなかなか可愛らしいお嬢ちゃんだな。」
オスカーは、アリオスから片手を放してアンジェの手首を掴む。
「あっ、こらっ、そいつに触るんじゃねぇ!!」
アリオスはオスカーの下でもがいた。只でさえこんな奴の手にアンジェが触れられるのは我慢ならないのに加え、激しく暴れたためアンジェの襟元から微かにネックレスの鎖が見えている。オスカーに気付かれたら、アンジェの身が危ない。だが、ジャケット裏に仕込んだ小剣を取り出すには体勢が悪すぎる。
そうこうしている内に、オスカーはもう片方の手もアリオスから放してアンジェの顎に手をかけた。
「嫌っ!!」
アンジェは反射的に空いてる方の手で相手の顔を引っ掻いた。大した威力ではなかったが、それは目の近くを掠めたためにオスカーは怯んだ。わずかに身を引き、力が緩む。その隙を逃さずアリオスは身体を捻ってオスカーをひっくり返し、アンジェとオスカーの間で起き上がった。すかさず、アンジェがアリオスのジャケットに手を突っ込み小剣を取り出して縄を切る。
「サンキュ。」
麻縄を床に振り落として手を軽く振ると、アリオスは改めてオスカーを睨みつけた。
「もう、手加減なんてしねぇぞ。ちっと目測を誤って肋骨折れたり内臓傷めても知ったこっちゃねぇからな。」
その言葉の通り、アリオスは起き上がったオスカーのみぞおちに力一杯拳を叩き込み、今度こそ本当に昏倒させたのだった。

レヴィアスに引き渡されたオスカーは、表立っては大して変わった様子は見られなかった。ただ、内定していた就職がパーになり、代わりにレヴィアスの息の掛かった会社に就職することになっただけだ。
「どういうつもりなんだ?」
不満そうに聞くアリオスに、レヴィアスは冷ややかな笑みを微かに浮かべて答えた。
「あの者の能力は、うまく使えば我の役に立つ。」
但し、自由に動き回らせる気はなかった。アリオスが過去に集めた資料と今回の事件の資料をネタに、行動に制約を付けてある。
「心配せずとも、お前やアンジェの身に危険が及ぶことはあるまいよ。」
アリオスで遊んで良いのは我だけだし、アンジェは我のお気に入りだ。あんな男の好き勝手になどさせるものか、と呟いてからレヴィアスはニヤリとした。
「だが、どうやらアレはアンジェにも心を奪われたらしい。陰で横取りされぬように注意するのだな。」
オスカーにとってアリオスが女神なら、アンジェは天使だった。宝石で作られた『天使の涙』を拝むことの出来なかったオスカーだったが、アリオスを助けようとして飛び出したアンジェの目に光る涙を目にし、魅了されたのだ。
「こういう言葉を知っているか?」
楽しそうにアリオスを見上げるレヴィアスに、突然何を言い出すのかとアリオスが不思議そうな顔を向けると、レヴィアスは軽く目を伏せがちに閉じて続けた。
「油断大敵、火がボーボー。」
その言葉に、アリオスは頭を抱えたのだった。

-CHAPTER 6 了-

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