L&A探偵物語

<CHAPTER 6-2>

「…っと、大体こんなもんかな。」
自分から話せる限りのことは話して、アリオスは話を切り上げた。
「調査資料は保存してあるか?」
レヴィアスに問われて、アリオスはその時の調査資料その他を持ってきた。本音を言えば、細かく切り刻んで燃やした挙げ句に汚水に流したかったものが大量にあるのだが、それが出来ない程度にレヴィアスによく仕込まれてしまっていた。
「これは…ラブレターか?」
アリオスが持ってきたものを見て、レヴィアスは目を丸くした。開封されているのは1通だけで、後は手付かずになっている。
「中身見たら、いくらお前でも目眩がすると思うぜ。筆跡だったら、宛名だけでわかるだろ?」
敵を良く知るために中身もすべて見たいっていうなら止めねぇけど、と疲れた顔で言うアリオスに、開封されているものの中身を読みかけたレヴィアスは、さすがに動揺を押し隠せずに奇妙な顔をして急いで便箋を元に戻した。
「どうやら、今回の犯人に間違いなさそうだな。」
アリオスに名乗った名前そのままの差出人名に、「お嬢ちゃん」発言に、カードに付いたバラの模様とコロンの香り。それだけなら誰かの騙りということも考えられる。しかしカードとラブレターの筆跡は同一人物のものと思われるし、何よりもアリオスの話と調査資料よりうかがわれる過剰な自信と自己中心的性格から、これは本人と判断するべきだろう。
「ならば、この予告状も悪戯とは言えぬな。お前の依頼、引き受けよう。」
レヴィアスは、レイチェルの依頼を引き受けた。
「それにしても、アリオスってばよくそんなの相手にしながら授業受けられたね。」
心配事が一つ解決に向って、レイチェルは先程の話を蒸し返した。
アンジェもレイチェルも、最初から内容に驚いていたが、そんな話を淡々と話すアリオスに驚嘆した。そこへ更にあの授業妨害である。もしも自分がそんな人に付きまとわれたら、と考えると想像しただけで気が遠くなってしまう。
「そりゃまぁ、鬱陶しかったし、かなりの精神的ダメージは受けたけどな。」
過ぎてしまえば、という気もするし、単位落としてレヴィアス達に嫌味言われるのは御免だったし、とアリオスは口の中でモゴモゴと答えた。
「出来ることなら、最初に教室に踏み込まれた時点で再起不能になるくらいまで叩きのめしたかったんだけど…。」
やってやれないことはなかったのだが、事を荒立ててレヴィアスの手を煩わせると後でどんな目にあわされるかと思うと、アリオスは耐え忍ぶことを選ばざるを得なかったのだった。
「それに、昔からいろいろあったからな。嫌がらせ受けるのには慣れちまったのかも…。」
それを受けて、アンジェが小首を傾げて聞いた。
「いろいろ、って?」
アリオスはレヴィアスの方へ視線を流しながら答えた。
「ああ。レヴィアスに引き取られてしばらくの間は、周りの奴らから寄って集って苛められたんだ。レヴィアスの身内宣言でそういうのは激減したけどやっぱり陰でこそこそやる奴は後を立たなかったし、何よりこいつからもっといろいろ酷い目にあわされまくったからな。」
アンジェとレイチェルの頭の上に「をいをい」という文字が浮かび上がる。
だが、アリオスの視線を受けて、レヴィアスは平然と言ってのけた。
「つまりは、お前がそこまで打たれ強くなれたのは我のおかげということか。」
「ああ。まったく、あまりにもありがたすぎて感謝の言葉なんざ浮かんで来やしねぇよ。」
予想通りのリアクションだとばかりの表情で言い返すアリオスを見ながら、アンジェは再び小首を傾げた。
「どうしてそこまで虐げられながらもアリオスはここに居るの?」
アンジェは前々から不思議でならなかった。普段からアリオスは多少の口答えはしながらもレヴィアスの我が侭な要求に従っているし、何かと「レヴィアスにどんな目にあわされるか解んねぇから」と口にしている。何かにつけて虐げられているにも関わらず、どうしてレヴィアスの元を離れようとしないのだろうか。
確かにレヴィアスの元に居ることで他の者達からの攻撃を防ぐことは出来たのだろうし、反対にレヴィアスから身体的にも精神的にも様々な暴力を受けて来たことで逆に離反することへの恐怖が植え付けられたのかも知れない。だが、引き取られてすぐの非力な子供だった頃ならいざ知らず、今のアリオスなら何処へ行っても生活していけそうだ。
レイチェルも、話を聞く程にアンジェと同様の疑問を抱かずには居られなかった。
それに対するレヴィアスの答えは簡単な言葉のようで、アンジェ達には理解し難いものだった。
「我の元を離れては生きていけぬように、よく躾けておいたからな。」

気を取り直して、レイチェルはレヴィアスと今回の作戦について打ち合わせた。
単にネックレスを守りたいだけならレヴィアスが預かってしまえば済む。彼の手から物を盗むのは容易ではないからだ。しかし、こうして予告状を出して来た相手への礼儀として、レイチェルの部屋で待ち伏せてやるべきであろう。何より、場所を移動しても相手は気付かない可能性が大きいのだから。また、犯人に痛手を負わせてやるには現われそうな場所で待ち構えるしかない。アリオスは二度と関わりあいになりたくなかったが、そんなことは言っていられないのだ。
レイチェルの部屋で待ち伏せるには、アリオスがレイチェルの部屋に上がり込めるだけの理由付けが必要だった。いざとなればこっそり忍び込むくらい出来るのだが、なるべくなら堂々と上がり込みたい。その方が、後々の立ち回りが楽だ。
しかし、警察が信じなかったように、レイチェルの両親もこんなふざけた予告状は本気にしてくれなかった。かなりの放任主義とは言え、若い娘の部屋に男性が泊まり込むのはそう簡単には見過ごしてもらえないだろう。
「アリオスは、保護者と学校公認のアンジェの恋人だから、アンジェと一緒ならワタシの部屋もフリーパスだと思うヨ。」
後は、徹夜でゲームでもしてることにすれば大丈夫、と請け負うレイチェルに、その作戦で行くことに決まった。
そして当日。アリオスは、本当にそれであっさりとレイチェルの部屋に通されてしまったのだった。
「そろそろ予告時間になるね。」
待ってる間、これ幸いとアリオスを家庭教師代わりにしながらアンジェと一緒に宿題を終わらせて、宣言通りゲームをしていたレイチェルが時計を見てカードを伏せた。
「それじゃ、アンジェ、ちょっと来て。」
レイチェルに手招きされてアンジェがのこのこと彼女について部屋の片隅に行くと、レイチェルはアンジェに『天使の涙』を付けさせた。
「レイチェル?」
「ここが一番安全な保管場所だヨ。」
アンジェの服の下にネックレスを押し込んで、レイチェルはアンジェをアリオスの方へ押しやった。
「だって、これならあなたを守るためにもアリオスは逃げだせないでしょ?」
本当に相手が二度と関わりあいになりたくない人物だったとしても、アンジェを守るためにはアリオスは敵と対峙しなくてはならないのだ。さもなくば、ネックレスはおろかアンジェの身すらも危うくなる。何しろ、相手はあのオスカーだ。もしもアンジェが彼の手に落ちたら、何をされるか想像すらしたくはない。例えネックレスだけを狙ったとしても、それを取るためにはアンジェの服の中に手を入れなくてはならない。当然のことながら、そんなことを許せるアリオスではなかった。
「ちゃんと守ってよね。」
レイチェルに念を押されるまでもなく、アリオスは何としてもアンジェを守るべく覚悟を決めた。

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