L&A探偵物語

<CHAPTER 6-1>

いつものように事務所の手伝いに来たアンジェは、レヴィアスに改めてレイチェルを引き合わせた。
「レイチェルが、依頼したいことがあるそうなんですけど、とりあえずお話を聞いていただけますか?」
レヴィアスは、無言で奥のデスクから手前の応接セットへと移動した。内情を知っているアンジェの言うことなので、保護だの素行調査だのということはないだろうと踏んでのことだった。
レヴィアスが正面に座るのを待って、レイチェルは話を切り出した。
「実は、ワタシのところにこんなものが届いたんです。」
レイチェルは、かばんの中から1枚のカードを取り出して、レヴィアスの方へ差出した。勿論、レヴィアスの読みやすいようにカードの天地を逆にすることも忘れない。
それは予告状だった。「月の満ちる夜 噴水が燃え上がる時 『天使の涙』を戴きに参上する 楽しみに待ってるんだぜ お嬢ちゃん~炎の貴公子」と書かれている。
月が満ちる夜とはそのまま満月の晩のこと。噴水が燃え上がる時とは、レイチェルの家にある噴水の水が赤く見え始める時刻のことだ。光の加減で時刻毎に色が変化する七色の噴水が赤になるのは、夜10時。つまり、明日の夜10時が犯行予告時間だ。
「『天使の涙』と言うと、あのネックレスのことか? 確か資産価値は大したこと無いが、ディープなファンが後を絶たぬとか。何度か目にしたが、なかなか美しいものだったと記憶している。」
「さすがはレヴィアスさん。詳しいね。それが今はうちにあってね、ワタシの超お気に入りなの♪」
だから守って欲しい、というのが依頼の内容だった。勿論、誰かの悪ふざけかも知れない。警察はそう言って取り合ってくれなかった。でも、万が一本物だったら…。資産価値だの周囲の評価だのは関係なくお気に入りのネックレスだから、レイチェルは何とかして守り抜きたいのだ。そして、出来れば犯人にはそれなりに痛手を負わせてやりたい。
レヴィアスとしては、この予告状が本物だったら結構面白いかもしれないとは思うが、あまりにも情報が少なすぎて即座には依頼を受けることはできなかった。
「炎の貴公子…?」
この予告状の主が既にどこかで盗みを働いているならともかく、まったく知らぬ相手では簡単に請け負う訳にはいかない。
そんな風にレヴィアスが予告状を見てその端々から情報を得ようとしていると、洗い物を終えてやってきたアリオスが近くまで来て急に身を固くした。
「どうした?」
レヴィアスに見上げられて、アリオスはハッと我に帰った。
「あ、いや、急に物凄く嫌なことが思い出されて…。」
アリオスは、何故急にそんなことを思い出したのか、原因と思しきものを探して視線をあちこちに巡らせた。そして、レヴィアスの手元の予告状に目を止める。
「それ、見せてもらえるか?」
レヴィアスの差出した予告状を手にしてちゃんと文面を読み、カードを観察したアリオスは、深々と溜息をついた。
「あの野郎、相変わらず、本当に何考えてんのかわかんねぇ奴だな。」
「知り合いか?」
レヴィアスの問いに、アリオスは嫌そうな顔で曖昧に頷いた。
「話せ。知っていることは包み隠さず、どんな些細なことでも全てな。」
促されるままに、アリオスは正直に知っていることを話し始めた。

自称、炎の貴公子。本名をオスカー・ウィル・フレイムと言い、学部などは違うがアリオスにとっては大学の後輩に当たる。アリオスから見れば「どこが貴公子なんだ!!」ということになるのだが、フレイム元伯爵家の次期当主であり、整った容姿で女性の扱いが上手いことは事実であった。基本的に、女性に対する呼称は相手が守備範囲外の年下なら「お嬢ちゃん」、それ以外は「レディ」。
アリオスが彼と出会ったのは昨年の初夏だった。いつものようにアリオスが救護室で昼寝させてもらっていると、怪我をしたオスカーが救護室へやって来たのだ。
後で知ったことだが、気軽に声をかけた女性とキャンパス内で親密にしていたところにその女性の恋人がやって来て、恋人同士で言い争いになった挙げ句に男がオスカーに対してカッターナイフを振り回し、止めようとして割って入った女性を守るためにナイフの刃を握りしめたらしい。しかし、それで懲りずにここでも担当の救護員を口説きに掛かっていた辺りは、もう救い様がないだろう。
とにかく、何やら騒がしくなったために目を覚ましたアリオスがそっと身を起こしたのと、救護員の制止を振り切ってオスカーが仕切りのカーテンを開けたのは殆ど同時のことだった。
「こんなところで女神に会えるとは、何という運命の巡り合わせだ。」
声を掛けられたアリオスはキョトンとした。どうやら、アリオスがカーテンと反対方向を向いて寝ていたため、身を起こした時に肩に掛け布団が引っ掛かって殆ど身体の線がわからなかったらしい。けだる気に振り向いたアリオスを女性と勘違いしたようだ。まぁ、レヴィアス同様の綺麗な顔立ちで、彼に比べてやや小柄で線が細く、寝起きの表情は色気が2割増となれば無理もないことか。
アリオスが不思議そうな顏をしてぼんやり見ていると、オスカーは何やら気色悪い台詞をはきながら近付いて来てその肩に手をかけようとした。
一気に目が覚めたアリオスは、伸ばされた手を払い除け、布団を蹴り上げて相手に被せ、滑るようにベッドから降りるとオスカーの背後に回り込んで殴りつけた。そして、そのまま気を失ったオスカーをベッドに転がし、カーテンの外へ出た。そこで大きく息を付くと、上から3つ目まであけていたシャツのボタンを嵌め直して着衣や髪の乱れを直して気を取り直してから救護室を後にしたのだった。
その後、アリオスはオスカーが自分を探し回っていることを知り、保身も兼ねて彼のことを調べ上げた。この時ばかりは、探偵稼業に引きずり込んでくれたレヴィアスに感謝せざるを得なかった。集められるだけのデータを収集し、敵の行動範囲やパターンなどを頭に叩き込んで、アリオスはオスカーと顔を合わせないように大学生活を送った。幸い、と言っていいのかは疑念の余地があるが、オスカーは「銀の髪に翡翠の瞳の美女」について聞き回っているので、簡単には正体がバレなかった。
だが、男だと発覚してからはそう長くは保たなかったようだ。最初の出会いから4ヶ月ほど経ったある日、オスカーが両手に一抱えもある真紅のバラの花束を持って授業中に教室に踏み込んで来たのだ。アリオスはとっさに持ち物をかき集めて机の下に身を隠したが、オスカーに魅了されたクラスメートの裏切りによって、簡単に見つかって引きずり出されてしまった。
「フッ、この俺をここまで夢中にさせるとは罪なひとだな。だが、やっと見つけたぜ、俺の女神。」
あまりのことに、アリオスは気が遠くなりかけた。そのまま倒れなかったのは、同時に激しい怒りが沸き上がった所為だ。レヴィアスから解放されて気楽に過ごせる貴重な時間を邪魔する者の罪は重い。
オスカーは、アリオスが下を向いて黙っているのをいいことに更に口説きにかかる。教授は、出て行くように言っても聞かないオスカーに業を煮やし、アリオスに何とかするように言ってくる。
怒りに震えていたアリオスは荷物を抱え直すと教授に向かって「早退します!!」と叫んで教室を出て行った。
当然のことながら、オスカーはアリオスに付いて来る。彼を教室から離すために、逃げ出したいの堪えてアリオスが歩調を合わせている間も、聞きたくもない口説き文句は続いた。そして、完全に校舎を出たところで叫んだアリオスの声は、先ほどの教室にまで聞こえたと言う。
「俺はヤローに口説かれて喜ぶ趣味はねぇんだ。二度とその面見せんな、この変態野郎!!」
アリオスは差出された花束ごとオスカーを思いっきり蹴飛ばして、そのまま木々や校舎の間をぬって大学を抜け出し、その日は逃げ失せることが出来た。
しかし、一度見つかってしまってはもう姿を完全にはくらませることは出来ない。すべての授業をエスケープする訳にもいかず、結局それ以来、自分の授業がない時にはアリオスの隣に陣取って時間いっぱい延々と囁きつづけるオスカーを、無視し何やら行動に出られたら叩いて阻止するということを余儀なくされながら講義を受ける日々が続いたのだった。

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