L&A探偵物語

<CHAPTER 5-3>

手術を無事に終えて、安心して気を失ったアリオスが目を覚ました時、夜が明けていて、ベッドの脇にアンジェが突っ伏して眠っていた。彼女の背には、毛布代わりに黒いコートが掛けられている。
「レヴィアスの奴…。」
ちょっと席を外しているだけなのか、それともコートを貸したまま立ち去ったのか、どちらにしてもアンジェに対する気遣いが感じられる。
「あいつも結構気に入ってるってことだよな。」
アリオスは、レヴィアスのアンジェに対する気持ちが恋愛感情でないことを知っていたが、それでもこういうことをされるとちょっとだけ面白くない気分にさせられた。
とりあえずアリオスは、アンジェを起こさないようにしながらベッドの上で身を起こしてみた。右肩に痛みが走ったが、傷口が開くようなことはないようだ。
「ったく、相変わらず良い腕だぜ。」
幸い、思ったより酷い状態にはなっておらず、かなり深くまで矢が刺さったとは言え骨は無事で神経を丁寧に繋ぎ合わせなくてはならないようなこともなく、はぜた肉の始末と血管等の縫合と消毒で済んだ。
アリオスが手術台に上がるとセイランは血まみれのジャケットとシャツを引きはがし、アリオスの口におしぼりタオルを押し込んで、助手にその身体を押さえ付けさせながら鮮やかな手並みで手術を行った。あの細身の助手のどこにあんな力があるのか不思議だが、セイランの指示した位置を押さえて、反射的に跳ね上がりそうになるアリオスの動きを、たった一人で見事に封じ込んでくれたのだ。そして、彼等は短時間で全ての処置を完了した。
「これで、よしっと。傷さえ塞がれば、直に元通り動けるようになるよ。」
アリオスがその言葉を聞きながら意識を手放していく中で、セイランは呆れたように続けた。
「やれやれ。どうせなら手術前に痛みでさっさと気絶してくれれば押さえつける手間が省けるのに。ああ、でも、それじゃ面白くないかな。」
クスッと笑うセイランの楽しげな顔をぼんやりと目の端に捕らえながら、アリオスは気を失った。
「痛みで気絶、出来たら楽だよな。」
セイランの言葉を思い出して、アリオスは苦笑した。そして、アンジェに視線を送る。
「こいつだったら軽い怪我でもあっさり気絶しちまうのかな。」
ピーピー泣いて、血を見て貧血起こして…。他人が怪我してもあれだけ青くなるんだから自分が怪我したらもっと大変なことになりそうだ、などと考えながらアリオスはそっとアンジェの髪に手を伸ばした。だが、その手がアンジェに届く前に邪魔が入った。
「目が覚めたようだな。」
この部屋には隠しカメラでもあるのか、と叫びたくなるのを押さえて、アリオスはレヴィアスを睨みつけた。
「犯人が自首して来たぞ。」
「ふ~ん。それで、お前はどうするつもりだ?」
アンジェを危険な目にあわせアリオスを傷つけたとなると、レヴィアスはどんな報復をするかわかったものじゃない。アンジェが狙われた以上アリオスとしても只で済ます気にはなれないが、自首して来たような輩には少々怒りも薄れる。そんな相手に、レヴィアスはどのような報復措置を取るつもりなのだろうか。
「どうして欲しい?」
「別に…。どうせ、俺が何言ったって関係ねぇんだろ。」
怪我した本人が言うのも変だが俺は犯人に同情するぜ、とでも言いたげなアリオスに、レヴィアスは極薄い笑みを浮かべた。
「会ってみるか?」
どんな意図があってレヴィアスがそんなことを言うのかはわからなかったが、アリオスは頷くと、促されるままに起きだして、ゆっくりと病室を出た。

離れたところの空き病室で待っていた犯人達は、アリオスが現われると口々に謝罪の言葉を口に乗せた。
「うるせぇ。1人ずつ喋れ。」
ゆっくりと静かにベッドの端に腰掛けながら、アリオスは端から順番に話を聞き始めた。そして、全員分聞き終えたところで、呆れたように息を吐く。
「お前ら、莫迦じゃねぇの?」
「同感だ。あまりのバカバカしさに、我も報復する気が失せた。」
なるほどね。だから「どうして欲しい?」なんて聞いたわけか。こいつが俺の意向を伺うなんて変だと思ったんだよな、とアリオスは再び溜息をついた。
「事故で処理するか?」
「まぁ、それが妥当な線だろう。」
白昼堂々アリオスが射たれた以上、多数の目撃者が出ている。それを全て無かったことにするのは少々面倒だ。
「金はあるようだから、治療費と見舞金はもらおう。後は、警察に対してお前とセイランが『かすり傷』と言い張れば丸く収まる。」
「『かすり傷』、ね。」
派手なかすり傷もあったものだ、とアリオスは苦笑した。
そしてアンジェラ達は口裏をあわせて警察に出頭し、事情聴取に現われた刑事に対してアリオスとセイランは『かすり傷』だと言い張った。
「治療に際して、麻酔も鎮痛剤も使用量0だよ。これを『かすり傷』と言わずに何と言うのさ。」
セイランにそう答えられては、刑事もあっさり引き下がらざるをえなかった。
「あ~あ、凄ぇ言い訳。」
「嘘は言ってないよ。」
ただ詳しいことまで説明しなかっただけさ、と涼しい顔で言ってのけるセイランに、アリオスは咽奥で軽く笑った。
「『かすり傷』でも油断は禁物だからね。今週いっぱいは入院してもらうよ。」
「へいへい。ああ、でも、ヤバいな。」
「何が?」
「レヴィアスの飯。」
エリスは餌が出てこなければ勝手に外を出歩いてどうにかするだろうが、レヴィアスは舌が肥えてて我が侭で据え膳上げ膳が当然。店屋物を頼むとかあるものを適当に食べるなんて感覚は一切持ち合わせていない。例え一流の店であっても独りで食事になど赴くはずもないから、恐らく昨夜と今朝は何も食べずに酒だけ飲んでたに違いない。
「あの、私が…。」
アンジェがおずおずと横から口を挟んだ。
「アリオスみたいに上手じゃないけど、簡単なものなら作りに行けるから。」
アリオスに向ってそう言った後、アンジェはレヴィアスの方へ視線を流した。
「では、アリオスの代わりを務めてもらうとするか。」
「無理だっ!!」
代わりなんて誰にも出来ないと知っていてそんなことを言うレヴィアスに、アリオスは勢い込んで跳ね起き、肩を押さえて呻いた。
「心配せずとも、給仕だけで許してやる。」
味などにも我慢してやろう、とレヴィアスはさも仕方ないといった顏をした。アンジェには学校もあるのだし、少なくとも彼女が毒を盛る心配はないのだから、と。
レヴィアスに連れられて帰っていくアンジェを見ながら不安そうな顏をするアリオスに、セイランはアリオスに向けて意地悪な微笑みを浮かべた。
「大丈夫かな、あの子?」
「とりあえず、あいつは平気だろ。」
最初からレヴィアスはアンジェの作るものに期待していない。余程の事がない限り、出されたものを無言で食すだろう。
「じゃぁ、問題は彼女の失敗の程度によって君の運命が決まるってことかい?」
「そういうことだ。」
アリオスが退院したら、レヴィアスは彼が不在だった間の不満をまとめてぶつけてくるはずだ。もちろん、その中にはアンジェの失敗で蓄積されたストレスも含まれる。レヴィアスはアンジェがドジを踏んでも彼女にお茶を浴びせたり物を投げつけたりはしないのだろうから。
「退院後のこと、今から覚悟しておいた方が良さそうだね。」
「ああ。当分の間、普段以上にいびられるな。」
でもあいつが怪我するよりは遥かにマシだ、とアリオスは苦笑しながら答えた。
「真っ先に自分の身を守る、って言ったじゃないの!?」
そう言ってアンジェに泣かれてしまったのは辛かったが、自分を心配して泣いてくれてるのがわかるだけに嬉しくもあった。そして、とっさに彼女を守れたことを誇らしく思えた。その代償がこれなら安いものだ。
「確かに、いい子だね、彼女。」
見てて面白いから僕も興味が湧いたよ、と漏らすセイランに、アリオスはまたしても強力なライバルの出現に焦りを覚えたのだった。

-CHAPTER 5 了-

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