L&A探偵物語

<CHAPTER 5-2>

アリオスを射程に捕らえたランディは、風を読み、狙いを定めた。幸い、標的は女子高生と思われる少女と親しげに言葉を交わして立ち止まっている。決して人に当てないように、しかし明らかに狙われたという印象をアリオスに持たれるように、ランディは彼の目の前を射抜くようにして弓を引き絞った。だが、矢を放つ瞬間、自分に向かって鋭い視線を向けたアリオスに心が乱れ、ランディは手を滑らせた。
「しまったっ!!」
叫んだところで放たれた矢が方向を変える訳もなく、それはアンジェ目掛けて飛んで行った。
アリオスは、とっさにアンジェを突き飛ばした。それは、アンジェの居た場所に自らの身を置くことになる。だが、漏れかけた悲鳴を飲み込んでアリオスはアンジェに向って叫んだ。
「ボ~っとしてんじゃねぇ。さっさと建物の陰に隠れろっ!!」
しりもちをついて居たアンジェは、弾かれたようにわたわたと建物の陰に入り込んだ。それを見て、アリオスも後に続く。そして矢の飛んで来た方向の様子を探りながら呟く。
「どうやら犯人は逃げたようだな。」
「アリオスっ!?」
アリオスの言葉にホッと一息ついたアンジェは、彼の右肩に刺さった矢を見てハッとなった。アンジェを突き飛ばした時、身替わりになったのだ。
「騒ぐな。ちっとドジっただけだ。」
そう言いながら、アリオスはゴソゴソと左手でケータイを取り出した。
「痛くないの?」
「痛いに決まってるだろ。だから、触るんじゃねぇぞ。」
手を伸ばすアンジェから身を引くようにして、アリオスは痛みを堪えてケータイを開く。
「でも、抜かないと…。」
「おいおい、俺を失血死させるつもりか?今抜いたら一気に血が吹き出すぜ。」
アリオスはアンジェの手から逃れるようにしながら、レヴィアスに連絡をとった。
「アンジェ目掛けて矢が飛んで来た。場所は商店街の文具店の前。射撃ポイントは隣のブロックのカルチャーセンターの屋上。犯人は逃走したが、垣間見えたところでは俺をつけてたのとは別のやつのようだった。」
痛みを堪えて淡々と報告するアリオスに、レヴィアスは「手配しよう」と答えた。
「ついでに、救急車もな。」
電話を切る寸前のレヴィアスの言葉に、アリオスは苦笑した。
「お見通しかよ。まぁ、おかげで手間省けたけど…。」

病院についたアリオスは、嬉しそうなセイランに出迎えられた。
「随分と嬉しそうだな。」
「そりゃあね。麻酔無しで手術出来る機会なんて滅多にないからさ。相手が生きてるって実感出来る貴重な一時だよ。」
セイランの答えに、アリオスは苦々しい顔で吐き捨てた。
「…サディストめ。」
「文句なら、麻酔の効かないその身に言うべきじゃないのかい?」
アリオスは好んで薬物の効かない身体になった訳ではないのだが、麻酔が効かないのは事実なので仕方がない。言い返すことも出来ずにセイランを睨みつけていると、不機嫌そうなレヴィアスがやって来た。
「しのごの言ってないで、さっさと治療にかかれ。」
「はいはい。」
セイランは肩を軽く竦めると、レヴィアスに向けた視線をアリオスに戻した。
「さて、と。それじゃ、その矢を抜かなくてはね。僕とレヴィアスのどちらに抜いて欲しい?」
セイランにメスで傷口を大きく切開されて矢を摘出されるのと、レヴィアスに力任せに抜き取られるのとの二者択一を迫られて、アリオスはしばし考え込んでから答えた。
「……レヴィアス。」
アリオスが答えるが早いか、レヴィアスは無造作に片手で矢を握りしめ、もう片方の手でアリオスを壁に押し付けるようにしながら一気に矢を引き抜いた。微塵のためらいも無く力任せに引き抜かれた矢尻が肉を抉る。
「!!」
床に血が飛び散り、傷口を押さえたアリオスの手や服が血に塗れる。声にならない悲鳴を上げるように口を大きく開けて息を止めて身を固くした後、苦しげに息を吐きながら壁に凭れるアリオスに、アンジェは駆け寄った。
「アリオス、大丈夫?」
「お前には、これが、大丈夫に見えるのか?」
アンジェは素直に首をフルフルと横に振る。その素振りに、アリオスは苦痛に責め苛まれながらも微かに笑みを浮かべた。
「担架かストレッチャー要るかい?」
「要らねぇ。歩く。」
アリオスはセイランの申し出を断ると、彼に促されてフラフラと手術室の中に消えた。
「心配か?」
扉の閉まった手術室の方を見つめて胸の前で手を握りしめているアンジェに、レヴィアスは平然とした様子で声を掛けた。
「セイランは、ああ見えても腕は確かだ。アリオスが痛みで暴れたとしても、手元が狂うことはない。」
「って、それでアリオスは大丈夫なんですか!?」
「この程度でどうにかなるような奴ではない。」
レヴィアスは涼しい顔で答えると、犯人の遺留品である矢を手にして病院を後にした。

アリオスに怪我をさせたとわかったランディは、パニクって逃げ出した後、探偵事務所に向った。ミスとは言え、やってしまったことには責任を取らなくてはと謝りに来たのだ。その後の事は、相手の出方次第だ。だが、意を決して扉を叩いても、誰も出ては来なかった。そうして、事件を知ったマルセルが彼を探して事務所の前に来るまで、ただ建物の前でうろついていたのだった。
一方、アンジェラも事件を知って呆然とした。怒りに任せて頼んだことが、とんでもないことに発展してしまったのだ。
「ゼフェル様~、私、どうしたらいいんでしょうか?」
アンジェラはゼフェルの元へ駆け込んだ。
「どうって言われてもよぉ。おめーは、おどかしてくれっつっただけなんだろ。後はランディ野郎が仕出かしたことだろうが。」
「でも~。」
「大体、何だって探偵を雇おうとしたり、あいつらにそんなこと頼んだりしたんだ?」
ゼフェルに問われて、アンジェは事の起こりから説明した。すると、聞いてる内にゼフェルの様子が落ち着きを無くしていく。
「やべぇ、オレの所為かよ。」
「えっ?」
ゼフェルは、ガシガシと頭を掻きながら、時々アンジェラの後をつけていたことを白状した。
「何で、そんなことしたんですか!?」
「おめーにどうしても言いてぇことがあって、タイミング計ってたら結果的に付け回したみたいになっちまったんだよっ!!」
怒ってるような口調のゼフェルに、アンジェラは心配そうに聞いた。
「私に、言いたいことって…?」
「だからよぉ、その…、つまり…。」
真っ赤になって口籠るゼフェルに、アンジェラはキョトンとした顔をした。そんな彼女に、ゼフェルは思い切って手を伸ばし肩を掴むと、叫ぶようにしてずっと伝えたかった言葉を吐き出した。
「オレはおめーのことが好きなんだよっ!!」
一気に言い切って、ゼフェルは荒い息をしながらアンジェラの表情を探った。そして、ある可能性に望みを託す。
「で、おめーは何でオレんとこへ来たんだ?」
大変なことになって、どうしていいのかわからなくなって、それでとっさに駆け込む先に何故ゼフェルのところを選んだのか。こんな時に、どうして自分を頼って来たのか。
「わからない。足が勝手にここに向って…。」
アンジェラは困惑した。どうしていいかわからなくなって、気が付いたらゼフェルの元へ来ていたのだ。
「えぇっと、もしかしたら私、ゼフェル様の事が好きなのかも知れません。」
考え込んだ結果、アンジェラは真っ赤になって上目遣いに告白した。
「けっ、もしかしたら、かよ。ホント、おめーってトロくせーよな。」
「ゼフェル様~。」
「まっ、そこが、その…、か、可愛いんだけどよっ。」
照れくさそうに言うゼフェルにアンジェラが目を丸くしていると、ゼフェルが急に真面目な顔になって彼女の手首を掴んだ。
「おらっ、とにかくその怪我したヤツんとこ行くぞ。」
「あ、はいっ!!」

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