L&A探偵物語
<CHAPTER 2-3>
車を見失った後改めてレヴィアスに連絡を入れ、指示通りの場所でアリオスが待機していると、さほど待たない内に黒塗りの小さな車が目の前に止まった。
「運転、代われ。」
「へいへい。」
言われるままにアリオスは運転席に座り、レヴィアスが後部座席に乗り込んだのを確認して車を出発させた。助手席のエルンストのナビでしばらく車を走らせると、エルンストが驚いたように声を上げた。
「これはっ!! どうやら敵はアジトについたようですが、これは少々厄介ですね。」
「どこだ?」
アリオスに問われたエルンストは、後部のレヴィアスにディスプレイを示した。
「ロズマリーの別邸か。」
確かに少々厄介だった。元は皇族の別邸だっただけあって、セキュリティーはかなり厳しい。いくらアリオスでも忍び込むのは容易ではない。車のナンバーからもしやとは思っていたが、この事件はどうやらロズマリーのバカ息子の仕業らしい。
「さて、どうしたものか…。」
「どうもこうもねぇだろ。アンジェが連れ込まれたんだぜ。すぐに助けに行く!!」
アクセルを踏み込もうとするアリオスを、エルンストが止めた。
「焦っては、反ってアンジェリークさんが危険ですよ。」
これには、アリオスも納得して軽く舌打ちする。そんなアリオスを面白そうに見ながら、レヴィアスは道の端に車を止めさせた。そして、エルンストに邸の見取り図を出させる。
「恐らく、最近攫われた娘達はこの辺りに監禁されているだろう。ここならば、見張りにたいした人数を割かずに済む。」
レヴィアスが指差した部屋はさほど広くはなかった。エルンストとアリオスが立て続けに反論する。
「ですが、10人以上を監禁するとなるとそこでは…。」
「ここじゃ、せいぜい5~6人だな。」
「だから、最近と言っておろう。他は、どこかに売り飛ばされている。」
素人相手に宗旨換えしたものの気に入る娘はなかなかおらず、次々攫っては不用な娘を売り飛ばす。それが奴のやり口だろう、とレヴィアスはさらりと言ってのけた。
「ってことは、今回のターゲットとアンジェはそこに居るってことか。」
「いや、お前の恋人は今頃あのバカ息子の目の前だろう。せいぜい、気弱な少女のままでいることを祈るのだな。」
「えっ?」
アリオスにはレヴィアスの言葉の意味がすぐにはわからなかった。
「もし食って掛かったりしたら、奴のお眼鏡に適って寝室に連れ込まれる。」
「げっ、あいつが大人しく震えてる訳ねぇぞ。やっぱり、急いで殴り込みかける!!」
普段は内気なくせに、土壇場になるとメチャクチャ強気なアンジェである。絶対、相手の態度に腹を立てて何か捲し立てているに違いない。
そう確信して車から飛び下りようとするアリオスを、レヴィアスが首根っこを掴んで止めた。
「正面から殴り込んでいては間に合うまいよ。」
そう言うと、レヴィアスはアリオスに最適な殴り込みルートを指示した。
「セキュリティシステムはこちらで撹乱しますが、長くは保ちません。」
「ちゃんと、ターゲットと他の娘どもの身柄も確保しろ。」
エルンストとレヴィアスの声を背に受けて、アリオスはアンジェ救出(ついでに依頼達成おまけ付)作戦を開始した。
レヴィアスの指示通り最短ルートで最も豪華な寝室に駆け込んだアリオスの前で、アンジェはバカ息子相手に孤軍奮闘していた。
アンジェは服をところどころやぶられていて顔にも殴られた跡があったが、相手は顔中引っ掻き傷だらけでどうやら噛み付かれたりもしたらしい。アリオスが扉を開けた時は、ちょうどアンジェに臑を蹴られて踞ったところのようだった。
「アンジェ、こっち来いっ!!」
「アリオス~!!」
必死の形相で相手を睨んでいたアンジェは、途端に涙ぐむとアリオスに駆け寄ってしがみついた。そんなアンジェを捕らえようとして追い縋った敵はアンジェの身体越しにアリオスの強烈な蹴りを喰らって失神する。
「悪い、遅くなった。」
「ううん。絶対来てくれるって信じてた。」
でも恐かった、と泣くアンジェをアリオスは優しく抱き寄せるとそっと髪を撫でた。と、その途端、アリオスのケータイがポケットで震えた。
「誰から?」
小さな声で聞くアンジェの声を聞き取ったのだろうか。電話の主はアリオスにさっさと監禁されてる者達を助け出すように念を押して電話を切った。
「ったく、あいつは俺に盗聴器でも仕掛けてるのか?」
そんなことをされないように入念にチェックしてる筈なのに、とブツクサ言いながら、アリオスはアンジェと共に他の娘達を助けに走り、エルンストの示した制限時間内に邸から脱出することに成功した。ついでに、発信機も回収する。
「で、これからどうすんだ?」
不良少女達は勝手に帰ってもらうとして、アンジェリークは事務所に連れて行くか自宅に送り届けるか。それに、誘拐犯達の始末もある。
「俺としちゃ、アンジェをこんな目にあわせた奴は簀巻きにして浮き輪つけて海に流したい気分なんだけどな。」
「奴には、親共々潰れてもらおう。これは充分すぎる醜聞だからな。」
レヴィアスの回答に、アリオスは「ああ、やっぱり…。」と溜息をついた。
事務所へアンジェリークを迎えに来たリュミエールは、事の顛末を聞くと彼女の頬を引っぱたいてからその身を抱き締めた。
「どうして家出など…。私がどれだけ心配したと思っているのですか。」
「だって、リュミエール様は私がどんな我が侭言っても平気でいらしたから…。」
所詮は親が決めた許嫁、適当に御機嫌とっておけばいい、って思われてると考えたアンジェリークは、彼に心配して欲しくって家出したのだった。
「申し訳ありません。私の態度は、そんなにもあなたを不安にさせていたのですね。」
「やだっ、ごめんなさい。リュミエール様が悪いんじゃないのに…。」
アンジェリークは慌てて顔を上げた。すると、リュミエールは真剣な表情で彼女を見つめた。
「親の思惑など関係ありません。私はあなたが好きですよ。あなたの意志で、この手をとって欲しい。」
「はい、リュミエール様。」
そうしてアンジェリークがリュミエールの手をとるのを見届けて、レヴィアスはアリオスの口から手を放した。
「てめぇら、いい加減にしやがれっ!! ラブシーンは余所でやれってんだ!!」
「敵の目の前でラブシーン繰り広げてた奴が、よく言えたものだな。」
途端にアリオスとアンジェが真っ赤になる。
そして押し黙った2人を後目に約束の報酬を受け取ると、レヴィアスはその一部をアンジェの手に差し込んで、残りを自分の懐に入れた。
「あの、これ…。」
「新しい服でも買うがよい。残りはアリオスに貢ぐなり何なり好きにしろ。」
そう言い放つレヴィアスに、何を企んでいるのかと訝しんでいるアリオスの横で、アンジェは深々と頭を下げてお礼を言ったのだった。