L&A探偵物語

<CHAPTER 2-1>

滅多に依頼を受けない探偵事務所の奥の部屋で、今日もアリオスは家事に勤しんでいた。そんなアリオスに、事務所の方からレヴィアスの声が飛ぶ。
「アリオス、茶を持て。」
レヴィアスの注文したキノコクリームコロッケを揚げ始めたところだったアリオスは、レヴィアスに向って叫び返した。
「今、手が離せないから、ちょっと待ってくれ。」
「待てぬな。さっさと、茶を煎れろ。」
タイミングを計って言ってるに違いない、と思いながらも、アリオスはどうやって時間を稼ぐか必死に考えを巡らせた。うまく時間稼ぎしないと、お茶を持って行った途端にそのお茶を頭から浴びせられてしまう。あるいは手近なところにあるものを次々投げ付けられるか。それで僅かでもお茶がこぼれようものなら、意地悪な笑みを浮かべて「煎れ直せ」と命じるのだ。
アリオスが頭を悩ませていると、彼に天使が舞い降りた。事務所の扉がノックされ、1人の少女が入って来たのだ。
「あっ、こんにちは、レヴィアスさん。アリオスは奥ですか?」
あの事件の後アリオスは本当にアンジェに交際を申し込み、後見人の叔父にも交際の許可を貰い、現在ほのぼのとしたおつき合いの真っ最中であった。デートは基本的にこの事務所の中。訪ねて来たアンジェがアリオスの家事を手伝い、おしゃべりしながら一緒にお茶を飲む程度である。後はせいぜい、一緒に買い出しに行くとか…。レヴィアスは、給料の要らないバイト兼アリオスをからかうダシとしてアンジェの存在を容認している。
「やった~、天の助け。アンジェ、来た早々悪いが、レヴィアスにお茶煎れてくれ。」
「えっ、お茶?うん、わかったわ。」
この状況にもすっかり慣れてしまったアンジェは、てきぱきとお茶を煎れるとレヴィアスのところへ持って行った。
間もなく、アリオスはレヴィアスの元に昼食を運んで来た。
「ああ、それ揚げてたから手が離せなかったのね。」
「そういうこと。お前が来てくれて助かったぜ。サンキュ。」
そう言うと、アリオスはアンジェと共に自分も昼食をとるべく彼女をキッチンへと誘った。さすがのレヴィアスも食事中は大人しくなるので、この時だけは一息つける。だが、そんな憩いのひとときを邪魔する者は外部から現われた。

事務所の扉が叩かれ、思いつめたような顔で1人の青年が入って来た。
「あの…、探偵事務所はこちらでよろしいのでしょうか?」
それらしく見えない部屋の様子に、青年は控えめに中に向って声を掛けた。
「ああ。L&A探偵事務所へようこそ。話は所長が聞くから、そこに掛けて待っててくれ。」
いつものようにそう答えた後、アリオスはレヴィアスの食事が終わるまでの時間稼ぎに依頼人にお茶を出した。
「それで、所長さんは?」
「そこで食事中だ。」
「はい?」
青年は、部屋の奥で優雅に昼食をとっているレヴィアスの方を見て目を丸くした。
「構わん。ここでも聞こえるから、話せ。」
「…だとさ。それじゃ、依頼内容を聞かせてくれ。」
アリオスに促されて、青年は戸惑いながらも話を始めた。
青年の名はリュミエール。依頼の内容は、アンジェリークの捜索だった。
「アンジェリーク?」
アリオスはアンジェの方を見た。アンジェは、心当たりはないと首を振る。
「これが、アンジェリークの写真です。」
差出されたのはアンジェと同世代の金髪の少女だった。
最後に姿が確認されたのは5日前の夜。婚約者のリュミエールと高級ホテルでディナーを共にした後、帰宅して以来行方不明になっていた。
「身代金の要求もありませんし、部屋が荒らされた様子だったのですが警察が調べても関係者以外の指紋は出なかったとかで、捜査は難航しそうだということです。それで、知人からこちらを紹介していただきまして…。」
その知人の名をセイランと言う。手術の際の手さばきは芸術の域に達していると言われる凄腕の医師だ。元は脳外科医だったらしいが、何でもこなし、現在は監察医などもやっている。
「こうしている間にも、彼女がどこでどのような目にあわされているのか心配で心配で…。」
そこまで言って、リュミエールはそっとハンカチを目元に当てた。
「可哀想。アリオス、早く探してあげてよ。」
「って、言われてもなぁ。」
アリオスは、レヴィアスの方へ目をやった。話を聞いてる内に、彼は食事を終えている。
「どうする?」
「報酬金額50万で引き受けよう。」
淡々と言うレヴィアスに、リュミエールは即座に頷き、契約を完了した。
リュミエールが帰って行ったのを確かめた後、アリオスはレヴィアスに問うた。
「今回は、普段と比べて要求額が高いみてぇだけど、何か特別な訳でもあるのか?」
そんなに複雑そうな話なのか、それとも何か裏があるのか。何にしても、実際に動くのはアリオスなので、その辺りは聞かせておいてもらわないと困る。
「お前は、どう見た?」
「どうって…お嬢様の家出じゃねぇの?」
資料を見ると、部屋からの紛失物は大量の洋服と少量のアクセサリー。そして、何故かお嬢様愛用の枕。
「そう、最初はな。だが、それにつけ込んだ奴が居そうだ。」
「えっ? どういうこと?」
アンジェは横から声を上げた。
「枕を持ち出すようなお嬢様が、そうそう何日も息を詰めていられると思うか? 恐らくは、最近裏町辺りで起きている行方不明事件に絡んでいるか、その娘を攫うだけで特をする人間が一枚かんでるのだろう。」
「で、それとあの金額にどういう関係があるんだ?」
アリオスは、この程度のことでレヴィアスが報酬を釣り上げるとは思えなかった。
「あの者の紹介だからふっかけただけだ。」
単純な答えに、アリオスとアンジェは拍子抜けした。

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