L&A探偵物語
<CHAPTER 1-3>
「カトレア家の当主と対面したアンジェは、まず相手の話を一通り聞いた。
「お話はわかりました。」
「では、早速養子縁組の手続きを…。」
「いいえ。あなたがそのようなお考えなら、私は養女になどなりません。二度と構わないで下さい。」
普段の内気な様子とはうって変わってはっきりと相手を拒絶するアンジェに、いざとなったら援護射撃を送る心づもりだったレイチェルは驚いた。
「では、お前はこの家がどうなってもいいと言うのか?」
「私には関係のない世界のお話です。」
家名がどうの格式がどうのと言われても、アンジェにはさっぱりだったし第一そんなことばかり言うこの人と家族になるなど御免だった。この家に入るということは、アリオスが言ったように、名前を背負わされて婿を押し付けられるだけということだとしか思えない。
「気は済んだか?」
「ええ、帰りましょう。」
優しく声を掛けたアリオスに即答すると、アンジェは席を立った。
だが、ドアの近くまで来た時、アリオスはアンジェを自分の背に回した。
「きゃっ。」
アンジェの驚く声を聞きながら、アリオスはドアのノブをそっと回して少しだけ開けた後、隙間に足を入れて一気に蹴り開ける。そして、ナイフを構えて襲い掛かって来た影を、あっという間に返り討ちにした。
「爺ィ、これはてめぇの仕業か!!」
「違う。儂は知らん。」
「じゃ、心当たりは?」
聞いてからアリオスは、あり過ぎてわかる訳ねぇか、と思い直した。そうこうしている内にも新手が襲って来る。アリオスはアンジェを守るようにして部屋の奥へと戻って行った。
すると突然、アンジェとは違う少女の悲鳴が上がった。
「レイチェル!!」
アリオスにその存在を忘れられていたレイチェルが、敵の手に捕らえられたのだ。
「おっと、動くなよ。下手に動くとこの娘の命はないぜ。」
男はアンジェの方を見据えて言った。
「あんた、大人しく養女になりな。そして、この俺と結婚するんだ。そうすりゃ俺はカトレア家の次期当主だぜ。」
誰だ、こいつ?とアリオスはエルンストのところで見た資料を必死に思い出した。しかし、なかなか該当者が出てこない。
「俺は、一生を日陰者で過ごす気はねぇんだよ!!」
その言葉をヒントに、アリオスの頭の中である男のデータがヒットした。カトレア家の遠縁の端に連なる家の庶子。但し、アリオスと違って公式に認められていたはずだ。だが、跡目争いに参加出来たのは嫡出子達だけで、彼を後押しする者は誰も居なかった。争いに参加するにはアンジェを跡目に据えて、その婿として入り込むしかない。
「言えよ。養女になって、俺と結婚するって。さもないと、こいつをぶっ殺すぜ。」
「アンジェ、ダメ…。そんなこと言っちゃダメだヨ。こんな奴と結婚なんて…。」
レイチェルは、真っ青になりながらもアンジェに語りかけた。
「うるせぇぞ! 人質は黙ってろっ!!」
男はレイチェルの首元を締め上げる。
「レイチェルっ!!」
アリオスは、駆け出そうとするアンジェを掴まえて押しとどめた。
「ん? あんた、もしかしてそいつの男か? …邪魔だな。」
男がアリオスを睨みつけたのと前後して、最初に気絶させた者が目を覚ました。そして、ナイフは椅子の下に入り込んでしまっていたが、アリオスが下手に動けないと知って殴り掛かって来た。
アリオスはアンジェを庇うようにして、防御に徹した。
「いいぞ、そのままやっちまえ!!」
アンジェを守りながらレイチェルを救う隙を窺うアリオスだったが、なかなかチャンスは訪れてくれなかった。
為す術のないアリオス達の救世主は、同時に悪魔でもあった。
戸口から飛来した小剣がレイチェルを人質にした男の手に突き刺さり、それを機にアリオスは自分を殴りつける男を気絶させると、主犯の手からレイチェルを救い出した。そのまま、足を使って主犯も気絶させる。
「レイチェル~!!」
駆け寄って抱き合うアンジェとレイチェルを横目で見た後、アリオスは戸口から歩み寄る黒い影に身を凍らせた。
「レヴィアス…何で、ここに…。」
レヴィアスは無表情に辺りを見回すと、アリオスの目前まで来て一言告げた。
「…………ドジ。」
溜めに溜めてから言われた一言は、アリオスの頭を殴りつけ心に突き刺さった。
そんなアリオスの襟元を掴んで引き寄せ、顎に手を掛け、レヴィアスはアリオスの怪我の具合を検分した。
「大したことはなさそうだな。だが、我の身内にこのような仕打ちをした罪は重い。」
当事者以外は、まさか「身内」と書いて「おもちゃ」と読むとは思わなかっただろう。
「これで、カトレア家は終わりだ。」
一族内の争いにレヴィアスの身内を巻き込んで傷つけたとなると、取引先は全てそっぽを向く。レヴィアスの逆鱗に触れた者に明日はないのだ。
「てめぇ、最初っからそれを狙ってたな。」
「当然だ。そうでなくて、誰があんな虫がいい話に力など貸すか。」
アリオス以上に目が利き頭が切れるレヴィアスが、こんなチャンスをフイにするはずがなかった。他者を蹴落とすチャンスがあれば、最大限に利用すべし。それがレヴィアスのやり方である。レヴィアスは、カトレア家を潰し、アリオスに恩を売るという一石二鳥を狙っていたのだ。
「そう不機嫌になることもあるまい。これで、その娘は普通の女子高生のままだ。交際なり結婚なり、勝手に申し込むが良かろう。」
言われてアリオスはアンジェと目が合った。途端に、揃って赤くなる。
「だが、一つだけ言っておく。」
「何だ?」
「我の目を欺いて逢い引きすることは二度と許さぬ。」
この時になってやっとアリオスは、今回のことでますますレヴィアスにつけ込まれる隙を作ってしまったことに気づいたのだった。