L&A探偵物語

<CHAPTER 1-1>

L&A探偵事務所に、ひとりの少女が依頼に訪れた。だが、彼女が話し始めるなり、レヴィアスは冷たくあしらって追い返してしまった。
「ちょっと言い方きつすぎたんじゃねぇか?」
「ミーハーな女など、あれで充分。」
これまでにも、「命を狙われてる」とか「ストーカーに付きまとわれてる」とか言って、彼らにボディガードを依頼する女性は数え切れないくらい訪れた。中には、サクラを使って本当に狙われている振りをする者まで来る始末。
「でも今までの女と違って、本気で脅えてたみたいだぜ。」
「演技派の者もいるものだな。」
レヴィアスは取りつくしまも無かったが、アリオスは先ほどの少女が気になって仕方がなかった。
「最近、変な人に後を付けられてるみたいで…。おまけに、よく突き飛ばされたり足引っかけられたりするんです。」
あまりに頻繁に恐い思いをしたので、通りすがりにここの看板を見て衝動的に飛び込んだという少女をレヴィアスは「ボディガード目当ての『騙り』」として追い出してしまった。
しかし、アリオスはあの少女のことが気に掛かって仕方がなかった。しばらく考え込んだ後、アリオスは上着を手にしてドアの方へと向った。
「どこへ行く?」
「晩飯の材料買ってくる。」
半分嘘だったが、レヴィアスは然して気に留めることもなく、また手元の本へと視線を戻した。

大通りまで出たところで、アリオスは先ほどの少女に追いついた。しばらく様子を見ていると、確かに自分以外にも彼女を尾行している人間がいることに気づいた。
「どうやら、本物みてぇだな。」
尾行している人間がセミプロクラスの者と判断したアリオスは、少女に近づいて声を掛けた。
「おいっ、ちょっと待ってくれねぇか?」
「きゃ~!!」
声を掛けながら軽く肩を叩いたアリオス目掛けて、何かがスプレーされた。辛うじて避けたものの、先ほどまで身を置いていた辺りには何やら赤いものが撒き散らされている。
「…唐辛子スプレーか?」
目を丸くして顔を上げるアリオスを、少女は肩で息をつきながら見つめていた。目にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。
「悪かったよ、驚かして。」
「あなた、さっきの探偵事務所の…。」
「ああ。」
「召し使いさん。」
アリオスは、少女の言葉に危うくその場に倒れ込むところだった。
「所員のアリオスだ。」
「あっ、ごめんなさい。」
この女、助けるのやめようかな、と一瞬本気で考えたアリオスだったが、ここまでボケてる奴ならボディガード目当てで『騙り』などはするまいと確信して彼女から詳しい話を聞くことにした。
近くの店でケーキセットを奢ってやりながら、アリオスは様々な事柄を聞き出していった。
少女の名はアンジェリーク・コレット。通称はアンジェ。スモルニィ高等部在学中の17歳。数年前に親を事故で亡くし、その後は父方の叔父を後見人として学校の寮で暮らしている。
「で、異変に気づいたのはいつごろなんだ?」
「2週間くらい前です。思い返すと、もっと前から変なことはあったんですけど…私ドジだから、転んだり足踏み外したりしてもあまり不思議に思わなかったんです。」
「じゃ、変だと思ったきっかけは?」
「レイチェルが-あっ、親友なんですけど-彼女が、私を突き飛ばす人を目撃したんです。それでなるべく離れないようにしててくれたんですけど、その間に何度か変な人を目撃してて、私も先日寮の前でじっと部屋を見ている人影を目にしたんです。それで…。」
現役女子高生に何度も目撃されるなんて素人だよな、とアリオスは疑問を抱かずにはいられなかった。先ほどの奴は、確かにセミプロクラスだ。となると、こいつを狙ってるのは元が一つじゃないってことか。
「ところで、その…。」
「ん?」
「この依頼って、先ほど断られたと思ったんですけど。」
「ああ。レヴィアスは『騙り』だと決め付けて断ったけど、俺は気になったから。」
挙げ句にあれを見て、ここまで話を聞いてはもうアリオスは後には引けなかった。
「どうやら『騙り』じゃないみてぇだし、乗りかかった船だ。個人的に引き受けるよ。」
「ありがとう。それで、その…金額は?」
アンジェに報酬額を問われたアリオスは即答できなかった。うちの相場って幾らだったっけ?今までのケースを思い返してみても、レヴィアスの気分次第で金額が変わるため相場らしき相場はなく、何と答えて良いかわからなかった。
「まぁ、こっちから売り込んだみたいなとこもあるし、あいつが酷いこと言ったから慰謝料代わりに只働きでもいいぜ。」
「只働きなんて、そんな…。」
アンジェは慌てて両手を振った。
「それじゃ、解決したら茶の一杯も御馳走してくれ。」
「はい。」
契約完了の印に握手して、アリオスはアンジェを寮まで送り届けると早速調査を開始した。

アリオスが買い物ついでにエルンストのところに寄ってデータ調査を依頼すると、数日後には様々なネタが山のように出てきた。
今の彼女の生活水準は並みの中か上だが、系譜を辿っていくと母方の祖母はカトレア財閥のお嬢様に当たる。
現在のカトレア家の当主は1人息子に先立たれ、先日その忘れ形見が事故で亡くなった。遠縁の者達は今の当主が亡くなった時に向けて、自分や自分の子供を跡目に据えようと必死らしい。
そこで当主が思い出したのが、駆け落ちした姉のことである。彼女の子や孫が居るなら探し出し、性格に問題が無いならその者を跡目に据えようというのだ。
「まぁ、金の亡者どもと比べたら何の問題もないな、あれは。」
別の意味で性格に問題ありそうだけど、と思いながら、アリオスはエルンストの報告書の続きを読み始めた。
どうやら、あのセミプロの尾行者は当主の命令でアンジェを探していた者で、それらしき少女を見つけ出して、身辺調査を行っていたようだ。
逆に、素人の集団は遠縁の者の関係者で、アンジェを狙っての場当たり的な犯行らしい。
アリオスはそのまま寄り道ついでに裏道にたむろってる輩を締め上げると、アンジェが歩道橋から突き落とされかけた件について裏を取り、その足でスモルニィの寮へと向かった。
敷地内に忍び込み、アンジェの部屋の窓辺によじ登って窓を叩くと思った通りアンジェは不思議そうな顔をして窓を開けた。
「クッ、お前、命狙われてる自覚あんのかよ。こんなに簡単に窓開けやがって。」
「あなたこそ、ここが女子寮だってわかってるの?」
「わかってるから、こっそり来たんじゃねぇか。」
声を潜めながら怒るアンジェに、アリオスは笑って平然と答えた。そして、現在までに調べ上げた内容について説明した。
「で、お前はどうしたい?」
「どうって?」
突然そんな漠然とした質問をされて、アンジェは困惑した。
「カトレア家の養女になるか。今の生活を守りたいか。ぼやぼやしてるとお前の意志に関係なく養子縁組されて、気がつきゃ婿まで付いてくるぜ。」
「そんなぁ~。」
アンジェは、アリオスの話を踏まえて真剣に今後のことを考えた。自分がどうしたいのか、今はそれをはっきりとした言葉で答えなくてはならない。
「会ってみたいわ。」
「はぁ?」
「まずは、その大叔父様って方に直接お会いして話を聞いてみたい。」
直接話して、家族と呼べる相手ならば養女に入ってもいい。でも、単に駒が欲しいだけの人なら二度と自分には構わないで欲しい。
アンジェの強い意志を感じて、アリオスはそれを実行に移す手段を考え始めた。しかし、相手は財界の大物だ。一介の青年と小娘がいきなり訪ねて行って会わせてもらえるほど甘くはない。下手をすると、その場でアンジェだけ連れて行かれて、彼女の意志とは無関係に養子縁組となる恐れもある。
「これって、やっぱりあいつの力を借りるしかないのかなぁ。」
アルヴィース財閥トップのレヴィアスの名をもってすれば、カトレア家当主への面会など容易いことである。しかも、対等以上の立場でそれが叶うから、アンジェの意見を聞いてもらうことも難しいことではない。
しかし、これには大きな問題がある。今回のこの仕事はレヴィアスが断った依頼なのだ。レヴィアスの意に背いて勝手に動いておきながら「力を貸して欲しい」などと言ったら、一体何を言われるかわかったもんじゃない。
「力を借りたかったら土下座して頼め、くらい言いそうだよな。」
それならまだマシな方かも、とアリオスの背筋を冷たいものが走った。
「あいつ、顔と頭は良いけど、性格は悪いなんてもんじゃないからなぁ。」
しかしそれでも他にアテも無く時間も無いとなると、アリオスにはレヴィアスに頼むより他に道はなかった。

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