L&A探偵物語

<CHAPTER 0>

オフィス街の外れのビルの中に、こじんまりとした探偵事務所があった。
大金持の所長が趣味で運営しているため採算度外視で、腕が良くて所長と所員のルックスが最高(但し、殆ど同じ顔)となれば依頼主は後を絶たない。しかし、気に入らない仕事は一切しないので、滅多に仕事を受けることはない。
この事務所の毎日は、パッと見には仲良く支え合う兄弟、しっかり見れば主人と召し使いのような2人によって紡がれていた。
所長のレヴィアスは当年とって28才。10年以上も前からアルヴィース財閥のトップの座に君臨している政財界のドンである。
優秀な部下に恵まれた彼は、ふとした思いつきでこんな事務所を開いた結果、時折本邸に電話やメールで指示を出す程度でことが足りるので今ではすっかりこの事務所に住み着いてのものぐさ生活が板に付いている。
しかし、この縦のものを横にもしようとしない男は有り余る知識と鋭い洞察力で、本職では適確な指示を出し、趣味では難解な事件もあっさり解決してしまい、ついでに本職の利益を計る。だからこそ、こんなことをやっているのである。
所員のアリオスは当年とって23才。レヴィアスにとっては腹違いの弟に当たるが、先代の庶子との認識はされていても「アルヴィース」の名を名乗ることは許されていない。
中学へ上がった頃に母親に先立たれ、路頭に迷いかけたところをレヴィアスに引き取られた彼は、そこそこハイレベルの教育を受けるチャンスを与えられた結果、大学在学中にレヴィアスにバイトと称してこの仕事に引っ張り込まれ、卒業と同時に正式に所員にさせられてしまった。当然、他の就職先など探すことさえ許されなかった。アリオスは、レヴィアス程では無いものの豊富な知識と鋭い洞察力の持ち主である。それを放っておく程レヴィアスは甘くは無い。
基本的にレヴィアスが指示を出してアリオスが実動部隊として動くような形式に見えるが、実際にはレヴィアスが趣味で首を突っ込んだ事件をアリオスが解決して回っていると言った方が正しい。最初の分析のみレヴィアスが行い、後はアリオスが臨機応変に動くことで大抵は事足りる。そして、最後にレヴィアスがオイシイところだけ持って行くこともある。それに味をしめたレヴィアスは、自分の権力とアリオスに対する影響力をフルに活用して彼をこき使っているのである。
普段のアリオスの一日のスケジュールは、レヴィアスの世話が殆どを占めていると言っても過言ではない。食事の支度、事務所と居室の掃除、買い出しやお使い。夜中に突然「夜食を作れ」と叩き起こされることも少なくない。
ここまで虐げられてもアリオスがレヴィアスの元を去らない理由は、彼に引き取られた時にうっかり感謝の念など感じてしまったからだと本人は思っている。
「あれが間違いの元だったんだよな。」
何度思い返しても、アリオスはそこで間違ったとしか思えなかった。
レヴィアスに引き取られても一族の者として公式には認められず、それでいて事実は付いて回り、その結果彼を罵るものや集団で暴力行為に及ぶものが現われた時、レヴィアスはハッキリと宣言したのだ。
「例え一族に名を列ねることが許されずとも、これは我の身内だ。手出しするものにはそれ相応の代償を払ってもらおう。」
これで喜んだのが敗因だったのだ。この言葉の裏にあった本音を知るまでの間に、アリオスはすっかりレヴィアスに使役される生活に骨の髄まで染まってしまった。それと気づいた時には、既に手遅れである。まさかあの言葉が「アリオスを苛めて遊んでも良いのは自分だけだ」って意味だったとは…。
「まぁ、偏執的なサディストじゃないだけマシか。もっとも、あいつがそんな奴だったらとっくに俺は自分の喉掻っ切ってるけどな。」
さすがに「面白い玩具は生かしておいてこそ楽しめる」とほざいただけのことはあって、アリオスを苛めて遊ぶにも方法は選んでくれているらしい。決して、不可能なことをさせようとしたり後々まで傷が残るようなことをしたりはしない。
「もしかして、これってあいつ独特の甘え方なのかな? あ、いや、そうじゃないっ!! 大体、そんな風に物事を良い方に考えたから俺は人生を間違えたんだ。」
しかし、アリオスがタメ口をきこうが反抗的な態度をとろうが、怒るどころかレヴィアスは楽しそうにしているから不思議であった。一方アリオスの方も、その気になればしばらく家出するくらいは出来そうなのに、逃げる気にはなれなかった。何故か、レヴィアスの食生活が気になってしまうのだ。何しろ事件解決の折に怪我した時に「ヤバい。これじゃメシ作れねぇよ」なんて考えていたくらいである。
「まぁ、いっか。生活には困らねぇし、あいつが首突っ込む事件って結構面白いし…。」
そんなことを回想しながら、家事に勤しんでいたアリオスに声が掛かった。
「あの~、探偵事務所ってここでいいんでしょうか?」
「ああ。L&A探偵事務所へようこそ。話は所長のレヴィアスが聞くことになってるから、そこに掛けて待っててくれ。」
これが、アリオスとアンジェの出会いであった。

-CHAPTER 0 了-

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