Je se donne corps et ame au Ange

-2-

スタジオの前でエルンストとヴィクトールとも再会したアリオスは、3人を連れて街中の喫茶店の裏までやって来た。そして、顔に?マークを張り付かせた3人を後目に裏口を開ける。
「ただいま、っと。」
「ああ、お帰り。早かったな。ん、何だ、後ろのは?」
「ちょっとな。個人的な客だ。店の方、もうしばらく平気か?」
「まぁ、大丈夫だろう。用が済んだら、とっとと降りて来て手伝えよ。」
「へいへい。」
アリオスは店の方から顔を出したマスターと少々言葉を交わすと、3人を連れて2階へと上がって行った。
「ねぇ、今の人、誰?」
「この店のオーナー兼マスター。そんでもって、俺の拾い主だ。」
「拾い主、ですか?」
「ああ。行き倒れてたのを拾ってもらったんだ。本人曰く、道に落ちたままにしとくのは勿体無いと思ったとか何とか…。もう4、5年前になるかな?」
おどけた風に言いながら、アリオスは3人を自分の部屋へ通して適当に座らせた。
「それより、一体、何しに来たんだ?ずっと探してたとか、消えちゃって酷いとか言ってたみたいだったが…。」
「そうだよ。もうっ、いつもいつもアンジェリークの前から消えちゃって。その度に、彼女がどんな思いをしてるか考えてみたことあるのっ!!」
メルは、握りこぶしを振り上げてアリオスに詰め寄った。
「メル、落ち着いて下さい。」
「だって、エルンストさん…。」
「メル。」
諭すような声調でエルンストに名前を呼ばれて、メルは大人しく座り込んだ。
「まずは改めまして、お久しぶりです。」
「ああ、久しぶりだな。あいつ、元気にしてるか?」
アリオスは、警戒しながら返事をした。
「あまり元気とは言えませんね。ところで、あなたは私達のことを知っていた、否、覚えていたようですが、前世の記憶をどれくらいお持ちなんでしょうか?」
その質問に、アリオスは答えを躊躇した。一体、何を確かめようとしているのだろうか。しかし、その真意を明らかにさせるためにも、アリオスは正直に答えた。
「大体、全部覚えてるぜ。お前らの宇宙を侵略したことやその前に起きたこと、一緒に旅をしたこと。そしてお前らに倒されたこともな。ついでに言えば、魔導も以前とほぼ同じように使える。」
「そうか。」
ヴィクトールが辛そうな顔で相づちを打った。
「で、どうするつもりだ?向こうの宇宙へ連行する気か?それとも、ここで一戦交えるか?」
「いいえ。転生した者を前世の罪で裁くような法は、どちらの宇宙にもありません。まして、あなたはこの宇宙の住人です。私達にどうこうする権利などありませんよ。」
「それじゃ、恨み言でも言いに来たか?」
「恨み言を言うために探し回る程、俺達は暇人じゃない。」
喧嘩を売っているようなアリオスに、エルンストとヴィクトールは静かに答えた。
「だったら、何の為に?」
アリオスは、少しだけ肩の力を抜いた。
「レイチェルから、メルと私に依頼がありました。アリオスを探して欲しい、と。」
「レイチェル…?って、あいつの補佐官とか言う奴だっけ?」
アリオスは、旅の中でアンジェから聞いた話を思い出して問い返した。それを肯定されて、自分の記憶が正しかったことは確認出来たものの、どうして会ったこともない奴に探されなきゃいけないのかと首を捻った。
そんなアリオスに、エルンストは眼鏡を直しながら告げた。
「あなたが転生の地から姿を消したショックで、アンジェリークから笑顔が消えたそうです。」
アリオスが転生した星には、アリオス以外の人間は誕生しなかった。恐らくは、アンジェがアリオスにゆっくりと魂の傷を癒して欲しいと思っていたことと、あの場所を特別なものと考えていたことによるのだろう。故に、研究院から上がってくる報告でアリオスの存在を確認することが容易であった。他の星々で次々と生命が誕生し文明が発展するだけの時間をかけて光の珠の中で少年の域まで成長したアリオスが初めて外に出た時、アンジェはその報告を受けて小躍りして喜んだと言う。
ところが、ある日の報告でアリオスの存在が確認出来なくなってしまったのだ。そう、アリオスがあの星から姿を消してしまったのである。
「魔導の力を保持していると聞けば、住処を移したものと納得は出来ます。ですが、そんなことは知りませんでしたから。」
「アリオスの消息を掴んで欲しい、生きてるなら探し出してってレイチェルから頼まれたんだ。それで、僕の占いとエルンストさんの解析調査でこの星まで来たの。」
「俺は、ボディガードみたいなものだ。」
それで初めてアリオスはこの面子に納得がいった。

メル達が当初の目的を語り終えたところで、今度はアリオスのこれまでのことと今後のことに話題が移った。
「俺の時間で4、5年くらい前になるんだが…。」
アリオスは、この星に居る理由を語り始めた。
魔導の力が以前とほぼ同じように使えるようになって、アリオスはアンジェの元へ行こうとした。だが、アンジェのいる場所は聖地である。当然、結界が張られており、アリオスはそれに弾き飛ばされた。今思えば、まだ力が足りなかったのだろう。さもなくば、結界を破ってアンジェに多大なダメージを与えてしまう所だった。不幸中の幸いである。
「で、この星に落ちて来たんだが、そん時のショックで気を失って道端に転がってたらしい。」
「それを拾ったのが、先程の方と言う訳ですか。」
「ああ。目が覚めてもちょっと記憶が混乱してて、おかげで普通の身元不明の行き倒れ扱いだ。」
アリオスは苦笑した。
マスターは細かいことは気にしないと言うか、過去は詮索しない主義らしく、居心地は悪くなかったのでなし崩しにアリオスは店を手伝わされてそのままここに住み着いてしまった。店の客に声をかけられてモデルのバイトを始めたが、それでも何故かここの手伝いは続いていて、喫茶店従業員が本職のつもりでいる。
「まぁ、今は裏方専門だけどな。」
さすがに、店内でオーダーとってたらファンが押し寄せて、反って営業妨害になるだろう。
「アンジェリークのことは、もういいの?」
楽しそうに話すアリオスに、メルは寂しげに訊ねた。
「いいわけねぇだろ。これでも、何とか穏便にあいつの元へ行けないか考えてるんだぜ。」
魔導の力が完全に戻ったと思われる今、転移などしようものなら今度こそ結界を破ってしまう。そんな、アンジェに負担をかけるような方法で会いになど行けるはずがない。何とか聖地と連絡をとって結界を一時的に解いてもらうか、さもなくば別の方法で聖地の門をくぐるか。
「お前らと一緒に次元扉をくぐれるなら事は簡単なんだけどな。」
エルンスト達には自分達の一存でアリオスを連れて行けるような権限はなかった。だが、協力することは出来ない話ではない。
「彼女の元へ行けるなら、こちらでの生活がどうなろうと構いませんか?」
「ああ。あいつの傍に居られるなら、他はどうでもいい。」
何か上手い方法に心当たりのあるらしいエルンストに、アリオスは即答した。その態度に、エルンストは静かに言った。
「レイチェル達に話してみましょう。」

前へ

次へ

indexへ戻る