Je se donne corps et ame au Ange

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新宇宙の辺境惑星のとある街の小さなスタジオの前に、奇妙な3人連れが姿を現わした。1人は変わった格好をした赤毛の少年。1人は王立研究院の制服に身を包んだ眼鏡の青年。残る1人は王立派遣軍の軍服に身を包んだやや貫禄のある男性。そう、メルとエルンストとヴィクトールである。
「間違いない。この中に居るよ。」
「これは、ちょっと厄介ですね。」
「会いに来たと言っても追い返されるのがオチだな。」
探している人物が中に居るとわかっていても、相手が人気モデルでは取次いでもらえないだろう。
さてどうしたものかと年長者2人が扉を睨んでいると、メルが無造作に扉を開けて中に入ってしまった。
「あっ、待ちなさい、メル!」
エルンストは慌てて呼び止めたが、メルは構わず中に入り、そのまま誰に見とがめられることもなく奥へと進んで行った。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「もしかすると、あの格好なら関係者と勘違いされるかも知れんな。」
むしろ、自分達の方が怪しまれそうな状況にある2人は、メルの首尾に期待しながらそっと扉の前から離れたのだった。

スタジオの中では、アリオスが写真集のための撮影の真っ最中だった。
「よ~し、次はゆっくりとコートを脱いでくれ。」
カメラマンの注文に応えながら、アリオスは適当に動く。その仕種や表情は、どこか危険な香りを醸し出す。
「いいよ、そのまま…。」
アリオスの姿を切り取るようにフィルムに納めていたカメラマンの言葉が止まった。
「どうした、アリオス?」
アリオスは、カメラマンやスタッフの声が耳に入っていないかのように、素に近い表情で部屋の入り口の方を見つめていた。
不審に思って振り返った関係者達の目の前で、赤毛の少年がアリオスに向けて走り寄った。
「やっと、見つけた~♪」
「お前は…。」
アリオスの脳裏に、あの戦いの旅の風景が浮かび上がった。この雰囲気は知っている気がする。だが、何か違うような気がして…。そして、やっと思い当たった。
「メルか?」
「わ~い、やっと名前で呼んでくれた。」
メルは、嬉しそうにアリオスにしがみつくのをやめて顔を上げた。
「ずっと、探してたんだ。もうっ、酷いじゃないかっ!! どうして、そう、いつもいつもアンジェリークの前から消えちゃうの!?」
その言葉に、アリオスは困惑した。
何故、メルに探されなくてはならないのだろうか。そもそも、どうして彼がここに居るのか。
ここはアンジェの新宇宙で、メルは別の宇宙の住人である。そう、前世でアリオスが侵略し、アンジェ達の手によってそれを阻まれたあの宇宙の住人。それが、どうしてこっちの宇宙でアリオスを探していたのか。
「おい、アリオス。こいつ、知り合いか?」
「あ、ああ。昔ちょっと、いろいろ…。」
スタッフに声を掛けられて、アリオスは今の自分の状況を思い出した。
「話は後だ、メル。あと少しで終わるから、そこら辺で待ってろ。」
「うん。邪魔しちゃって、ごめんなさい。」
メルは大人しく壁際へ下がるとそこに置かれていた椅子に腰掛けた。
撮影に戻ったアリオスだったが、メルが来た理由に思考を巡らせずには居られなかった。
自分を見つけだして向こうの宇宙で裁くためとか抹殺するためなどとは考え難い。それなら、メルがここに居るのはおかしい。確かに他の者ではアリオスを見つけだせなかったかも知れないが、だからと言ってメルが1人でアリオスの前に姿を現わす必要などない。見つけだした後、然るべき相手に報告すればいいはずだ。もっとも、どんな相手が現われたところで、簡単に逃げ失せる自信は大いにあるが…。
そこまで考えて、アリオスは自嘲した。どうして、自分は逃げることを考えたのだろう。自分に危害を加えようとする者ならば、返り討ちにしてしまえば済むのに。それだけの力はとっくに取り戻している。
そこでアリオスは近くで鳴るシャッター音にハッとした。
「…っと、悪い。今、俺…。」
「いや~、良い表情だったよ~。珍しいショット、山程いただきだ。実に新鮮だったね~。」
「チッ、言ってろよ。」
自覚のない表情を山程撮られてしまったアリオスは、不機嫌そうにカメラマンを睨んだ。
「それじゃ、ラスト。そこの布を使って適当に動いてくれ。」
アリオスは示された白いシーツのような布を広げて、マントのように靡かせてみたりしながら動き回った。そうしていると、あの時のことが思い出される。アリオスは布の端を掴んだ左手を顔の前に上げ、エメラルドグリーンの左目だけをカメラに曝し、そのまま布を跳ね上げて手を放した。そうして、アンジェのことを思い出しながら目を閉じる。布はアリオスの姿を完全に覆い隠した後、静かにずり落ちていった。
「よ~し、撮影終了! お疲れさま~っ!!」
素晴らしいショットを撮れて、スタッフは満足げに微笑んだ。
「それにしても、終盤は随分と珍しい表情のオンパレードだったな。もしかして、あんたの所為か?」
「えっ、僕?」
アリオスが着替えている間に、スタッフは壁際のメルのことを思い出して彼を取り囲んだ。
「普段は、そう、不敵な微笑みとかが多いな。注文すれば、それに応えた表情を見せるが、今日みたいな顔は初めて見た。」
「そうそう。特に、最後のあの優しく深く静かな表情なんて…。」
「アンジェリーク、って、女の名前だよな。あいつとどういう関係?」
取り囲まれて一斉に話し掛けられたメルは、おろおろしながら答えようとした。しかし、口を開きかけた時にアリオスが輪に割り込む。
「余計なこと喋るんじゃねぇ。妙なこと言いやがったら、差し入れのバナナを口に突っ込むぞ。」
「やだ~。」
メルは慌てて口を押さえた。アリオスはそんなメルの腕を掴むと、そのままスタジオを出て行った。

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