Je se donne corps et ame au Ange

-3-

それからアリオスの時間で半月が過ぎた頃、喫茶店に2人の少女が訪れた。
「あの…、アリオス居ますか?」
茶色の髪の方の少女が、おずおずとマスターに訊ねた。
「ん~? どこで聞いて来たか知らないけど、うちはファンの面会はお断りだよ。」
「ファン、じゃないんですけど…。」
「それじゃ、何かな?」
マスターに問われて、少女は困ったように俯いた。
そんな彼女の様子をしばらく観察するように見つめた後、マスターは彼女達を空いてる席へ座らせると、徐に電話を取り受話器に向って一言告げた。
「うちの店に、天使が来てるぞ。」
それからものの数分で、アリオスは店の入り口から飛込んで来た。
「アンジェ!!」
その声に、少女が顔を上げた。
「アリオス…。本当に…?」
驚き、立ち上がって振り向いたまま声をなくして立ちつくしているアンジェを、アリオスは駆け寄って抱き締めた。他の客が見てようとお構い無しである。
「会いたかった。ずっと、会いに行きたいと思ってた。」
「私も会いたかった。だから、レイチェルに無理を言って一緒に来ちゃったの。」
「レイチェル?」
アンジェに言われて初めてアリオスは彼女のすぐ後ろに立っているレイチェルに気が付いた。
「あんたが、こいつの補佐官って奴か。」
「あら、レイチェルはただの補佐官じゃないわよ。私の大親友なんだから。」
腕の中のアンジェから抗議の声が上がった。それを受けてアリオスの注意が再びアンジェに向いたところで、レイチェルの不機嫌そうな声が掛かる。
「初めまして、アリオス。そろそろ、アンジェから手を放してもらえないかしら?」
追って、マスターもアリオスに声を掛ける。
「そうだな。ラブシーンは奥でやれ。ついでに荷造りも忘れるなよ。」
その言葉に、アリオスはきょとんとした。
「お前さん、その子と一緒に出て行くんだろ?」
「どうして、それを…。それに、さっきもこいつのこと「天使」って…。」
深く考えもせず、アリオスは「天使」と聞いてとっさにアンジェだと思って飛んで帰って来たが、よく考えてみればマスターのこの発言は謎である。
「お前、あれだけ大きな声で話してて聞こえないとでも思ってたのか?」
まぁ聞こえて来たのは部分的にだったが、と話すマスターに、アリオスは先日の話を盗み聞きされていたと気づいて焦った。部分的とは言え、一般人に聞かれてはあまり嬉しくない話もしていたはずだ。
「心配するな。俺も、あの世界とは無関係じゃない。」
「えっ?」
驚くアリオスを後目に、マスターはアンジェに向って訊ねた。
「マルセルは元気にしているかな?」
「マルセル様ですか? はい、先日お会いしましたがだいぶ大人っぽくなられて…。って、あら?」
答えてしまってから、アンジェは不思議そうな顔をした。
「あの、マルセル様とお知り合いなんですか?」
「ちょっとな。」
マスターは、ウインクして誤魔化した。餞別として渡されたワインからマスターの正体が発覚したのは、ずっと後の事である。
有耶無耶にされたままアンジェ達は奥へと消え、数時間後にはアリオスはこの街の住人ではなくなった。彼のアルバイト最後の仕事となった写真集は、その中に収録された今までと違う雰囲気のカットの魅力もあって爆発的な売り上げを記録したとされている。

アリオスはアンジェの恋人として聖地に迎えられ、それから程なく補佐官立ち会いの元に婚姻の誓いを立てた。
参列者はエルンストとメルだけという内輪だけのささやかな結婚式となったが、アンジェは大いに喜んだ。
「まさか、女王の身で結婚式が挙げられるなんて思わなかったわ。」
女王でなくなるまではアリオスと触れあうことを許されないと思っていたアンジェは、レイチェルがアリオスの身分を設定するに於いて「女王の配偶者」という案を提示した時、すぐには信じられなかった。夢でも見ているのではと頬を抓っているアンジェに、レイチェルは呆れたように言ったのだ。
「ここでは向こうの宇宙の慣習なんて関係ないの。アナタが幸せであることが一番だヨ。」
「私が幸せであること?」
「そう。アナタが不幸になったら、宇宙だって不幸になっちゃうじゃない。」
現に、アリオスが消えたと聞いてアンジェがふさぎ込んでる間、宇宙の発展速度は著しく鈍ったのだ。
「だから、アリオスっ!! 今度アンジェを泣かせるような真似したらただじゃおかないから、よ~く覚えておいてヨ。」
"仏の顔も3度まで"って諺を肝に銘じておきなさい、と言い放つレイチェルに、アリオスは神妙に頷いた。アンジェは既に3回泣いているから、後はない。その様子に、レイチェルは「よろしい」とばかりに頷き返し、それから1枚の書類を取り出した。
「あなたの名前ってどっちが正式なの?」
やっぱりレヴィアス?それとも今はアリオス?と聞かれて、アリオスは自分でも良く解らなかった。仕方がないので、アンジェにお伺いを立ててみる。
「お前、どっちがいい?」
「どっちも好きよ。あなたの名前だもの。でも、アリオスの方が呼び慣れてるから記録上はレヴィアスにしてもらおうかしら。」
何だそりゃ、と首を傾げる2人にアンジェはニコニコと笑いながら続けた。
「だって、どっちの名前も失いたくないんだもの。」
そんなアンジェの我が侭とも言える希望に従って、アリオスはレヴィアスの名で聖地に登録された。
その結果、奇妙な結婚式となってしまったのは言い出したアンジェにとっても、またアンジェに伺いを立てたアリオスにとっても自業自得と言うものだ。
「汝、レヴィアス・ラグナ・アルヴィース通称アリオスはアンジェリーク・コレットを妻とし、いついかなる時も愛し労り共に歩むことを誓いますか?」
「ああ、誓う。」
「汝、アンジェリーク・コレットはレヴィアス・ラグナ・アルヴィース通称アリオスを夫とし、いついかなる時も愛し敬い共に歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
偉いのは、この面倒なアリオスの呼称を滑らかに呼び続けたレイチェルだろう。
「それでは、誓いの口づけを。」
レイチェルに促されて、アリオスはアンジェのベールを持ち上げ、そっと唇を重ねた。
「愛してる。もう二度とお前を離さない。」

-Fin-

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