4 音量変化(ミュートの使用)

この作品にはハーマンミュートが使われている。このハーマンミュートというのはワワミュートの内部管を抜いたもののことで、ジャズの偉大な演奏家マイルス・デービスが使って、世界的にその音色は有名である。ちょっと影のあるというか暗い感じで遠くから聴こえてくるような印象をもつミュートである。譜面上ではWith Harmon mute (stem out)となっている。この stem というのが、内部管(出臍のように見えるので、へそと呼ばれたりもしている)で、それをアウトする、即ち付けないで奏される。奏者は四分休符の休みの間に、ミュート本体を楽器からはずして演奏しなければならない。このミュートの付けはずしに要する休符は八分休符ないしは四分休符である。そのことだけでも、演奏上の困難を伴う。また、このミュートは音程面にも大きな影響を与える。音程はかなり高くなってしまう。チューニングスライドにして3〜4ミリは抜かないと、同じ音程は得られない。そこを唇で補って演奏するのだが、その意味でも音程良く演奏するのはさらに困難である。前述のホーカン・ハーデンベルガーの日本初演の際は、ストレートミュートを電気スタンドのアームのようなものにとりつけ、そこに楽器のベルを差し込んだり、はずしたりして演奏を行っていた。ミュートの「付けはずし」の煩雑さと音程管理の面から、そのような方法を採ったと思われるが、ハーマンミュートをストレートミュートにするだけで、音程のコントロールの困難さは若干であるが、解消される。

では、改めてハーマンミュートを付けて演奏されるフレーズを紹介しよう。(譜例no.1)このモティーフは非常に遠くから聴こえてくるというイメージで演奏される。その効果を担うのはハーマンミュートである。


このフレーズは前述したようにこの後少しずつ姿を変えて何度も登場するのだが、(総譜参照)2ページ目の4段目の途中で初めてミュートを付けないで演奏される。同時に、冒頭でミュートを付けないで奏されたフレーズが4度上がってハーマンミュートの音色で奏される。まるで、遠くに見えていた樹木が目の前に現れ、先ほどまで近景に捉えていた風景が遠ざかったような気分にさせられる。そしてその風景自体も見る角度によって微妙に変化している。武満氏はこのハーマンミュートに音の遠近感の表現を託していると言っても良いだろう。


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