5. 唇のラテックスモデル

  唇のまわりで起きる、気体音響的および音響的な現象についての詳細は、解明されていない。この領域で、このモデルを改良し続けるために、実際の楽器を使った、厳密な実験と測定が必要であると感じた。それゆえ、口となる管に挿入され、実トランペットのマウスピースに対して圧力をかける唇のラテックスモデルを作成した(図7参照)。この管は圧縮空気に接続されている。この口についてのプロジェクトはBenoit Govignonが、注目に値する成果を上げた[Gov97]。この完璧な人工の口はプレクシ・ガラス(アクリル酸樹脂)のマウスピースをも作りだしているAlain Terrerによって構想され、作り上げられた。

 図-7

5.1 人工口の優位性

  我々のシミュレーションモデルが持つ非線形性は唇に存在している。唇の後方側の流量については定常状態のベルヌーイ理論によって漏れなく計算できる。この理論は圧縮のない定常的な流れについて適用できる。唇は一秒間に数百回開閉するため、この条件が全て満たされることはないと思われる。

  数値的な流量のシミュレーションは、実際に何が起きているかを洞察できるようにしてくれる筈である。しかしながら、唇の動きとマウスピースの幾何学的な位置関係の三次元的なシミュレーションは、今日までになされていないように思われる。ただ単純化された形状の固定された唇について、二次元的なシミュレーションが妥当な範囲で行われたにすぎない。唇に接して何もない空間ではなく、マウスピースを置くことで、流量シミュレーションを行うための理論的な難しさは、シミュレ−ションのためのコストと同じく、急激に増加させることになる。

  唇周辺で起きている気体音響的な現象について知るための、もう一つの方法は、実在のトランペット奏者について計測することである。しかしながら、人間的要素が加わると、再現性が難しいものになる。さらに、幾つかの人間に関わる計測は不可能なことがあり、阻害要因となる。幾つかの実験機器を、トランペット奏者の口の中に入れることは、演奏の品質に影響してしまうと思われる。記録を録る間、定常状態を保たなければならないため、特に高音域の音について難しく、ストロボスコープを人間の奏者に対して使うことは簡単なことではない。この様な理由もあって、これまでの実験や測定はトロンボーンを用いて行われたと思われる([Jor95] [CS96]参照)。一方で、人工の口と唇の機器は、このような難しさを解決し実験と計測に新たな可能性を与えてくれる。

5.2 人工口についての記述

  口はスチール製の管で作られており、その容量は人間の口の大きさにあわせて作られている(図7参照)。実際の唇の粘性−弾性特性に近づくために、多くの弾性素材を試験した。人間の顔の整形に詳しくプラスティックを使う外科医からもアドバイスを貰った。最終的に、我々の人工唇はラテックス製で中に水を注入するものとなった。ラテックス製の袋に入れる水の量を変化させることで、もしくはラテックスの厚さを変化させることで、唇の弾性を変化できる。人工唇の一方は、歯に相当するスティール製の部品上にセットされる。スチール製の歯の開き具合いは、トランペット奏者の下顎の平均位置にセットされている。プレキシグラスで作られたマウスピースは、よく使われているバック製の1・1/2Cに合わせて彫られているものを使用している。プレキシグラスのマウスピースの平面にカットされている面は、光学的な歪みをなくし、唇の画像が大きくなるように角度が計算されている。この装置には、ストロボスコープ画像装置とビデオ録画装置を組み込んでいる。(ストロボスコープによる視覚とビデオ録画が容易になる)

  トランペットは支持台の上に固定されている。口は二方向に微調整できるマイクロ計量機構に取り付けられている。一つ目はマウスピースの唇にかかる圧力を調整できる。二つめは唇とマウスピースの角度を調整できる。これらの二つのマウスピース位置と唇の間の調整は、トランペット奏者にとって重要なものである。このことは我々の機器を使っても確かめられている。このようにして実験のための条件はいつでも再現できるものとなった。供給される空気の圧力は圧力計によって測定されていて、調整できるようになっている。ラテックス製の袋に注入される水の量は、二本の漏れのない目盛り付きの注射器状管によって制御されて、唇の弾性を変化させることができる。そして、マウスピースの位置はマイクロ計量機構で制御されている。

5.3 測定と記録

  唇の開き具合い、口の中の圧力、マウスピースのカップ内の圧力、管内の圧力を測定した。口の中には光源が挿入されている。光学発光ダイオード(LED)をマウスピース内に設置し、振動している唇を通じて届く光の強度を測定する。唇の振動はマウスピースの平らな面を通じ、ストロボ光として撮影される。フィルムは唇の実際の動きを示し、この会議でも提示される。振動を撮影し解析することは、簡単なことではないため、LEDの出力信号は、コンピュータ上で唇が開いていることを示す重要な関数として使われる。結果的にLED信号は、唇の開閉と他の信号を同期させるている。

5.4 結果

  この人工の口は、人間が吹いたトランペットに非常に近く優秀な音の結果を作りだしている(図8参照)。供給する空気の圧力、唇の弾性そしてマウスピースとの角度を変化させることで、ペダルトーンから8倍音までの広い領域の音を得ることができた。人工の口は、本物に近い動作し反応する。例えば、高い音に固定させるためには、供給する圧力を上げ、マウスピースへの圧力も上げなければならない。

 図-8

  唇の開いた領域と、唇の間に流れる流量、そして唇のそれぞれの側に掛かる圧力の非線形な関係について、計算し予測することを試みたい。唯一の未知な点は、流量である。音響的な流量については、マウスピースの圧力とトランペットの計測されたアドミッタンスの複合から計算される。従って、唇における非線形性について評価することができ、そして、我々のシミュレーションで用いたベルヌーイ理論より導かれる非線形の式と比較することもできた。結果は、ラテックスモデルと数値モデル、そして、人間の吹いたトランペットとの比較とともに、この会議で発表される。


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