西原つれづれ06.3月
06.1
2.22

いのちの学び162号をアップしました。どこで番号が入れ替わったのか、会報の番号がずれてしまっています。ついでに仏教タイムスに掲載した原稿と、築地本願寺新報3月号の原稿をアップします。

掲載原稿をみて、築地本願寺新報社は、年に一度、3月か4月に私に原稿を依頼する手はずになっているようです。来年は未定ですが。

今日からまた、四季社から、「現代の葬儀における法話」(仮称)の監修をしてくれと頼まれて、新しい原稿に取り組んでいます。まずは、現代における死の持つ意味、現代における葬儀の持つ意味、などの総論を8000文字程度で書きます。

幸い今日は出勤の仕事がないので、除草剤をまくのと原稿執筆に当てます。できたら原稿は今日仕上げます。どんな原稿ができるのかお楽しみに。

2.07

5日は、築地本願寺で講演会でした。三好春樹先生の付け足し講演でした。先生1時間半、私は30分です。お礼も同様です。

先生の講演で面白いと思ったのは、「老人になって、寝たきりか、ボケか、どちらかしか選択の余地がない場合、どちらを選ぶか」という参加者への設問でした。私は寝たきりに手を上げましたが、参加者の8割方は、ボケに手を上げました。先生いわく、これは全国的に同じ答えなのだそうです。その理由を手を上げた人に聞くと「ボケは周りが困るが自分は困らない。寝たきりは自分がつらい」とのことでした。すべてではないでしょうが、ありえることです。

自分中心の世相がみえて面白く感じました。

3日の午前中、久しぶりに野田市にある新興宗教「霊波の光」http://park8.wakwak.com/~kasa/Religion/reihanohikari.htmlの本部を覗いて来ました。法話会の講師への観光のための偵察でした。5年ぶりでしたが、大きな建物が2棟新たに加わり、全体的に見事な設備でした。

15年位前は、信者数36万人くらいだったのですが、現在は90万人といわれます。、現教主の二代様(波瀬敬詞)は初代教主の養子で血縁ではないということです。二代様は北朝鮮の出身で日本語があまり上手でないため人前であまりしゃべらないという情報もあります。また、この関係からか信者の3〜4割は在日韓国人・朝鮮人で占められているともいわれています。

印象的だったのは、以前からある説教場に入ると、大きな広間で、3つくらいのグループが、講師を囲み、講師は15人くらいを相手に、この世は心ひとつといった類の、説教を人に囲まれて辻説法のようにしていました。1階のホールでも、同様に各部屋ごとに講師らしき人が少人数相手に説教をしていました。相手の悩みが聞こえる距離での説教は、「悩みに答える」「病気を治す」という何か蓮如上人時代の談合風景を見ているようで、教壇の熱気が感じられました。

人をだますには、権威と熱意、見事です。境内に、新ししく信者の休憩施設をつくるらしく、その建設のための寄付札の掲示されていました。いつも来るたびに、違った寄付札が立っています。最高額3500万円の人の札があり、多くは10万円でした。


2月分

02.23
「浄土真宗の常識」、最終校正が終わり、一応この仕事から解放されました。発売は3月20日、定価1.500円プラス税です。この本は当寺のお盆のお扱いです。私のお供えです。明年8月のお盆のお供えも、仕込んでおかなくてはと思っています。


02.20

朝青龍関が土俵入り 千葉・成田山新勝寺  
 ◇千葉県成田市の成田山新勝寺で19日、大相撲の横綱・朝青龍関が土俵入り。今月から建設が始まる総門の地鎮祭で奉納された。

 ◇同寺での土俵入りは25年ぶりで、雲竜型の力強い姿に約1万人の見物客から「よいしょ」と大きな掛け声。横綱の四股(しこ)には邪気払いの力があるという。

上記は毎日新聞の記事です。

最近、陰陽道の本を何冊か読み、相撲は陰陽道そのものであると思いました。上記の記事に「邪気払い」のことが出ていたので、この機会にご紹介します。

相撲の四角に丸は、中国の常識である丸は天を、四角は大地を表しています。古銭に丸に四角い穴があいていたのがありましたが、これも同じです。中国の皇帝は、四角の車に丸い屋根をつけていましたが、これも同じです。

土俵の天井の屋根の四隅に「房」がぶら下がっています。この房は4つあり青、赤、白、黒になっていて、陰陽五行思想の中の五行を色で配したものです。「東の青房」「西の白房」「南の赤房」「北の黒房」中央は土=土俵の色です。つまり土俵が結界内であることを示しています。力強い四股は地の負(陰)を鎮め、天の陽へと祈り上げる呪術的作法であるとあります。この作法は陰陽師の平閇(へいぱん)という歩行法に基づいているとのことです。そして腰のしめ縄、かしわ手を打ち、四股を踏むとき、背後で立行司が祭文を唱えるそうです。全体の構成が地鎮祭そのものです。

また行事の八卦良い残った残ったも「八卦」の考え方に由来しています。 


02.14 過般、門信徒Hさんの婿さんが亡くなった。59歳、枕経の折、Hさんは、インフルエンザに罹り、熱が少しあるという。通夜も、途中で退席されたと葬儀のおりに聞きました。葬儀の折、私は会場に着くとHさんのいる控え室を訪ね、「熱はどうですか」とおでこにふれました。Hさんは80歳くらいの女性です。「あらもったいない」と、少しはにかみ遠慮する仕草をされた。

今、この話を持ち出したのは、Hさんが喜んだかどうかではありません。「もったいない」という言葉が流行っています。真宗で高名な僧侶も、多く使っているようです。

私は、いまふと、Hさんの言葉を思い出して「もったいない」という言葉と、念仏が重なりました。私の身の上にお念仏が届けられている。もったいないことです。阿弥陀如来が直接、私に触れてくださっているのですから。

20数年前、前門主も東京での侍僧をしていたとき、よく前門主をお乗せして車の運転をしました。そのとき少し気を使い、いつもより慎重な運転をしました。そのときの感覚を体が覚えているので、後年、また今でも時々、「いまここに大切な方が乗っている」と、「阿弥陀さまから大切な方よ」と尊ばれている自分を労わることがあります。

清風60号アップしました。

02.08 「浄土真宗の常識」(朱鷺書房)のゲラが出来上がってきました。昨年は出版は2月の予定でしたが、この分だと3月末になるかもしれません。

今年は、この本を販売するために、自分の首を絞めない程度で意識的に講演等を受けています。といっても月2回程度ですが。

上記校正を一回読みました。あと1回読んで、出版社に回します。

あとがきをお裾分けとして掲載します。

「浄土真宗の常識」あとがき

あとがき

弱肉強食のいのちの連鎖は、花の美しさから、果物の美味しさ、また動物の腕力の強さまでゆきわたり、強い種として今日に受け継がれてきました。人類も、学問の英知から経済活動はいうに及ばず、子育てから娯楽まで、この弱肉強食のいのちの連鎖の輪の中で生活しています。

「涅槃経」に、人の流し涙は大海の潮より多く、苦しみの中に流した血液は大海の潮より多いとあります。悲しみと苦しみの涙の中に終わっていった力なき弱い存在から何が生まれたのか。自らの存在に涙するしかなく、悲しみと苦しみの中に終わっていった無数のいのちの連鎖から阿弥陀如来の願いは生まれたとお経にあります。涙の中に虚しく終わっていったいのちに対して、強くあれと願わず,条件をつけず、ありのままの存在をそのまま肯定し満し育むという精神の領域が言葉となっていったのです。

釈尊が「大無量寿経」の説法として阿弥陀仏の願いを説かれ一五〇〇年後、この日本に、のちに善信房親鸞と名のるひとりの男が誕生した。そして阿弥陀如来の願いの本質は無条件の救いにあることを明らかにして去っていかれた。このことは聖人の誕生によって、人類のもつ闇の深さが無条件で救われるしか救われようのないほど深く果てしないことが明らかになったということでもあります。

親鸞聖人は、この闇に起因する苦悩の体験をとおして、人類未到達のトランスフオーメ−ションとも呼ぶべき「凡夫が仏に成る」という質的転換、悲しみの涙のどん底まで至り届いている阿弥陀如来の大悲に感応していく道を明らかにされました。そしてその教えを浄土真宗と名づけ、私たちに示されました。その浄土真宗の教えは、脈々と名もなき人たちの宗教体験を通して、今、私の日常生活の上に及んでいます。

仏教の宗派が、行儀や形式・作法の流派のように扱われている昨今、この書が行儀作法の入門書にとどまらず、浄土真宗の真髄にふれる機縁となることを念願してやみません。

最後につたない私の文章を世に公にしてくださった朱鷺書房代表の北岡敏美氏に感謝の意を表します。