西原つれづれ 05.1
04.12

05.1.23

昨日は築地本願寺にてビハーラ講座。当初、ご講師に予定していた聖路加病院の井原チョップレンは、病気のため出向不可となり、池滝さんというがん患者の方の講話でした。

昨日の朝、その井原牧師のことで気づかされたことがあります。

昨年10月25日、何人かの仲間で聖路加病院をお訪ねし、緩和ケア病棟や井原牧師の話を伺いました。そのときは、既にすい臓癌で、少し身体もキツイご様子でした。来年(2005)の1月は、もう死んでいて無理かも知れないとのことでしたが、一応そのときは、講演をお願いしました。そのことはいいのですが、気づかされたということは、その1年半位前にも、聖路加をお訪ねし、チョップレン室で色々なことをお聞きしました。その一昨年のこと、昨年10月のことをあわせて考えると、井原牧師の態度、お話しすること、お人柄、仕事に対する思い等々は、まったくかわりなく平生のご様子でした。私がすごいと思うのは、これは私の深読みかもしれませんが、命の終わりを視野に入れて、平生で仕事をすることではなく、おそらくすい臓癌になる前も、すい臓癌になって死が視野に入ってきた時と同じ心境で日常生活を行っていたのではないかということです。

私がすごいと思うのは、すい臓癌になってからの生き方ではなく、すい臓癌になる前の井原牧師の行き方です。私だったら、もっと煩悩が動くに違いない。病気を得て平生であってもそのことを誇ったり自慢したりです。

父の時、ご紹介した話であった化と思いますが、父が食道がんを患ったときのことです。食べ物が入らなくなってからの発見で、それまで不整脈や胆嚢の摘出、脳梗塞2回、肝炎などを体験しており、この食道がんは手術を出来ないとのことでした。当初、私が気になったのは、「父は後、何ヶ月の生命か」ということでした。しかししばらくして、かけがえのない生命を何ヶ月という数量ではかる。それは大変に不遜なことだという思をもちました。生命を一ヶ月二ヶ月という数量にしたとたん、一ヶ月より二ヶ月、二ヶ月より三ヶ月の生命の方が価値ありという生命が物に転落してしまうからです。

私たちは一日より二日、二日より三日と生命を量ではかり、その数量の多さに幸せを感じていきます。しかし実際は、三日より二日、二日より一日と、短くなればなるほど、一日の重みが増していきます。そして、その極みが「今のひと時」です。ここに立つとき、「今という時は二度と巡ってこない」という永遠に巡り会えないという質をもった生命であることに気づかされます。死を意識するとことは、長い生命のうえに幸福を感ずる価値観から、生命の短さの中に、永遠を感ずる考え方に回心する最良の時でもあります。そう考えた時、父との一日一日を大切にしていくしかないと腑に落ちました。

命のおわれであっても、平生であっても、同じことをしていくしかない。しかし、同じ、同じ生活であっても、命の終わりを視野に入れたところの同じ生活は、質がだいぶ深まった同じことなのだと思います。

井原牧師に感じた、すごさは、そこです。終末期になって平生の如く生きるすごさと、平生の時、終末期を視野に入れたが如く平生に生きる。これは同じことなのだと思います。

芭蕉は、去来や支考から辞世を求められたとき「きのうの発句は今日の辞世、今日の発句はあすの辞世、我が生涯云い捨てし句句一句として辞世ならざるはなし、もし我辞世はいかにと問ふ人あらば、此年頃いひ捨て置きし句いずれなりとも辞世なりと申し給はれかし」(花屋日記)と語ったと云う。そこに通じます。

井原 泰男牧師

1935年千葉県市川市生れ。立教大学卒業、聖公会神学院卒業。米国ヴァージニア神学校修士課程修了。

ヴァージニア州立医科大学で、臨床牧会訓練受講。聖路加国際病院付牧師、聖路加看護大学教授

05.1.13

いのちの学び155号、アップしました。正月は、一日午前6時から、元旦のおつとめ、前日、雪が降って、路面が凍結しているため、参拝者は、少人数でした。3日の、初法座は70人出席。40分法話をし、御流盃で、茶話会でした。

今年は、親鸞物語を書き上げます。またできたら、仏三十二相の法話を出版したいと思っています。宗派の仕事、ご門主の組巡教も、七月で終了。この一年がどんな年になるか、わくわくしながら過ごしていきます。