29 区 石部宿〜石山駅 21.2Km(JR草津線
歩行者 塘 幸生 ・ 椎木 俊郎
参加人数 18名(スタッフ3名 県外門信徒 7名 滋賀組 8名
手記 椎木 俊郎
集合30分前に甲西駅に到着。絶好のウォーキング日和に多数の仲間、
入念なストレッチ体操等で身も心も軽くなり勇気凛々です。のどかな田園風景の中を旧東海道に出てスタートです。
後でお聞きしたのですが当初予定は国道を一路南下案、
多少遠くなるけれども旧道を行くのが本筋なので直前に変更されたとの事、
まずは隣の石部駅までの5Kmを歩きトイレ休憩
次のてはらに向けて歩く事小一時間、旧道の山門横に石塔が建つ同宗の真教寺さんがあったので立ち寄りました。
不意の多数の休憩申入れにも関わらず心良く 本堂に
上げて頂き住職のお話をお聞きしました。
真教寺内陣
滋賀県は全国で4番目にお寺さんの多い所(人口比)、
平均35戸の門徒で一寺を成している話、
先代の住職は龍谷大の学長まで勤められ住職を譲られた後,
親鸞聖人と同じ90歳で亡くなられるまで栗東市の基盤整備に尽力されたと有りました。
市が生涯学習をモットーとしているユニークな都市であるのも納得です。
昼食のてはら駅に向かいだしましたが途中で門徒の酒屋さんで休憩、
暖かい接待を受け古いお堂のある公園での昼食が良いと奨められ全く計画にない展開でしたがかえって楽しいサプライズでした。
お堂は古く室町時代、保存用建物の二重構造になっていました。
神木の椎の木(小生とおなじ名前に感激)を見ながらの昼食です。
午後はいよいよ草津に向け歩け歩けです。途中まで淨教寺の衆徒の方の出迎えに感激です。
ボランテアガイドを兼業されており名案内され東海道と中山道の合流地、
追分道標、本陣(現存では日本有数の建物と説明あり)等の説明を聞きながら住職
以下大勢の方に出迎えを受け淨教寺に到着です。
淨教寺にて
お寺の由来等拝聴しました。お茶、菓子等が疲れを癒していただきその上お土産に
うばが餅まで頂き勇気百倍です。
行程が遅れ気味なので石山駅までの10Kmをひたすら歩き5時到着、
石山駅にて
サプライズ等があった為恐らく25Kmくらいは歩いたと思います。
お互い無事完歩した事を祝い合いました。
案内役の滋賀組の方々、真教寺、淨教寺、スタッフの方々お世話になりました。
親鸞聖人のみあとを訪ねて〜稲田から本山へ歩く〜 に参加しました。
手記と歩行者 塘 幸生
29区 2011年4月2日(土) 天気 晴れ
滋賀・草津線甲西駅〜琵琶湖線石山駅 24.0km
3月31日夜、これまで全区間歩かれていた茨城東組のIさんから電話を頂きました。
「4月2、3日は、お葬儀があって行けなくなったよ、おばさんが・・・大切な方を・・・、
残念だが、ともさん・・・俺の分まで頑張って歩いてきてよ・・。」と
全区間制覇が目標だったIさんに、「任せて下さい」そこには御同朋の絆があります。
4月に入り、いよいよ「親鸞聖人第750回大遠忌法要」に向かって、
カウントダウン、あと一週間となった4月2日は、滋賀県甲西駅(草津線)〜石山駅(琵琶湖線) 24.0kmの旅でした。
親鸞聖人は琵琶湖を望んだ時、どんな心持だったのでしょうか?
参加者19名(一般参加14名、スタッフ3名、教務所2名)です。
一般参加のうち、今回は門推員・中央教修生165回同窓会から地元滋賀の方二人と、
その時のご講師様(中央基幹運動推進相談員)にもご一緒に歩いて下さって、
み教えをいただいた仲間との出遇いがありました。
門推員の一人は、リュックの背中に「親鸞聖人のみあとを訪ねて、
茨城稲田の草庵跡から京都西本願寺まで、
「親鸞さまの思いを踏みしめ み教えを仰ぎながら歩む645キロ」と付けての歩みとなりました。
よくぞと・感動でした。
8時40分より柔軟運動をしっかりと行い、甲西駅前で集合写真を撮り、
スタッフより注意事項、そして全員自己紹介して、9時に出発しました。
旧東海道をひたすら歩き、3.9キロの地点の 東海道五十一番目・宿場町「石部宿」にて休憩をとりました。
この宿は、徳川幕府直轄と膳所直轄の二つの本陣が置かれ、
多くの商家や旅籠が1.6キロに渡って並び宿場町として栄えました。
石部宿(湖南市)を10時20分出発し、旧東海道伊勢落(栗東市)を過ぎて
11時に本願寺派日向山(にっこうさん)「眞教寺」に到着、
山門を入ると、「勧学浄楠院釋尚邦和上顕彰の碑」があり、
ご住職様からは「寺号は蓮如の時代に建立したときから」とお話しをいただき、
坊守様もとてもにこやかに、あたたかく迎えてくださり、こころ熱くなりました。
眞教寺にて
「眞教寺」本堂前で、記念撮影後、111時20分に出発、
本派「長徳寺」前〜林〜六地蔵村〜「大角氏庭園」前〜旧東海道一里塚と進み道幅は少し狭いが、
旧東海道の旅は、至る所に屋号看板、沢山の史跡そしておもむきたっぷりの旧家があって、
情緒ゆたかに満喫出来ました。街並みに惚れました。
そして、ようやくお昼ご飯を公園で(食前・食後のことば)を添えて大変おいしくいただきました。
昼食休憩後一時に出発して30分すると、一人の方が急に参加してきました。
その方の黄色いシャツには「草津ボランティアガイド」とありました。
詳しく聞くと、草津市のガイドをされている方で、これから訪ねる栗太組「浄教寺」の衆徒さんでした。
「浄教寺」様への到着予定(2時)より30分前から、私たちの為に草津市の観光ガイドをしていただけました。
またまた心がジンと温まるのを感じました。
浄教寺にて
1時45分に草津市に入りました。早速に草津川の土手へ案内いただきました。
草津宿では、天井川の代表としては草津川が挙げられます
JRや国道 が市街地の中で川の下を潜り抜けている風景は 他に例がないそうです。
JR琵琶湖線(東海道線)の草津駅の西(京都寄り)300メートルほどの所に草津川があります
この川の両岸には桜の木が沢山あって人々の眼を楽しませてくれるそうです
そして、草津川の堤防を歩いていると、「浄教寺」のご住職様がいらしてました。
こんなに歓迎してもらうと涙が出てまいりました。
草津天井川から平地に下ると、「右東海道いせみち 左中山道美のぢ」と刻まれた道標がたっているこの地は、
東海道と中山道のまさに分岐・合流地点。
江戸時代に東海道や中山道を行き交う多くの旅人の道しるべであった。
草津宿本陣(国指定史跡)の前を通り、2時20分本願寺派「浄教寺」に到着。
「浄教寺」の衆徒様には、約50分間観光ガイドしていただき大変有難うございました。
それから坊守様とご門徒の方にもお迎えいただき又感激です。
「浄教寺」でご住職よりご法話をいただきました。ご恩報謝の言葉です。
「浄教寺」様のおもてなしには、厚くお礼申しあげます。
本堂の前で、集合写真を撮り、2時20分に出発。
旧東海道ル−トをひたすら東海道五十三次の大津宿方面へ歩いて、
瀬田の唐橋を渡り教の最終地点の「石山駅」へ着いたのは、五時になっていました。
駅前で整理運動を行い集合写真を撮って解散しました。
みんなの思いが一つになって・・今生きている幸せを感じながらの旅になりました。
歩みを共にする多くの仲間に出遇えた歓びを、親鸞さまのみ教えに出遇えた歓びと重ねています。
また明日生かされていたら気張ってみようかな。
29区担当の塘でした。